目的
「…だが、知ってしまったんだ。」ライナンが、重苦しい沈黙を破った。「アレクサンドルは、今は人。もう神ではないし、二度と神として皆の前に現れることも無い。次に死んだら、魂の循環とかいうのに戻って全て忘れるんだろう。天へ行ってまた創造主にならない限り。」
美琴は、頷いた。
「そうね。国民はもう居ない神を崇めて奉っているって事だから、知られたら問題かもしれないけど…でも、神様なんてそんなものじゃないかしら。私はアレクサンドルの姿を見た事も無いし、両親もそう信心深い方じゃなかったから、そこまでアレクサンドル信仰をしていたわけじゃないのよ。だから分かるわ。結局、誰かが見守って助けてくれると思うことで、精神的に楽になりたいって事なんでしょ?だったら、あそこまでして隠すのはどうかとも思うけど。」
コンラートは、首を傾げて言った。
「あそこまでって、そこまで酷いの?ライナンから、戒厳令が敷かれてて外へ出ることも出来ないってチャットが来てたけど。」
それには、ライナンが頷いた。
「兵士が見張っていて、病院に行く時でも兵士が軍の車両を呼んで乗せて行く徹底ぶりだったよ。でも、下水道を警戒しないなんて素人のやり方だって思うけど。今頃、多分オレ達が下水道を抜けて行ったと勘付いて、下水道にも兵士が配置されてるんじゃないかって思うけど。」
シエラが、頷いた。
「オレの父さんは、ジェンナの見舞いのために家を出たらすぐに兵士が寄って来て、軍の車両で連れて行かれたし、母さんは父さんと交代で病院から帰って来たけど、その時も軍の車両に乗って帰って来たからね。徹底してるなって思うよ。」
美琴が、答えた。
「港だって酷いもんだったわ。コンテナの一つに潜んで何とか密航出来たけど、アレク大河を渡れないんじゃないかって心配になったもの。」
コンラートは、言った。
「こっちは全然だよ。ミマサカの政府がヤマトの政府に何も言ってないはずはないんだけど、もしかしたらヤマトには、きちんとした情報が渡されていないのかもしれないね。知っていたとしても、ヤマトの方では痛くも痒くも無いのかもしれないし。」
…アレクサンドル絡みの何かは、もしかしたらミマサカだけのものなのかもしれないということか…。
デクスが、ため息をついた。
「我は何も知らなんだ。だが、我から何かが漏れる事を政府は危惧している。だが、殺しはしなかった。殺せなかったというのが正直なところだろう。今は知ってしもうたし、どちらにしろ政府から狙われておるのは我。お前達は、ここに居らぬ方が良い。我を庇うとお前達まで罪に問われて消されよう。我はどうとでも逃げるゆえ、お前達は別の場所に潜んだ方が良い。」
ライナンが、首を振って言った。
「どうせここまで来たのに。一人で何が出来ると言うんだ。腕輪もないのに、あちらの動きも見えないだろう。今のデクスは悪くないんだ、ウラノスがそれを証明してる。一緒に逃げるべきだ。」
しかし、美琴が言った。
「逃げてどうするの?みんなで隠れ住むだけで寿命が来るのを待つの?ミマサカの国民が騙されているかもしれないのに、政府の陰謀を暴かないままあちらを放って置くっていうの?私はそんなためにここに来たんじゃないわ。」
ライナンは、怒ったように美琴を見た。
「じゃあ、どうするんだよ!政府に対抗出来るような力はオレ達には無いのに。」
美琴は、真剣な顔で言った。
「政府に対抗出来るのは、同じ力を持つ政府よ。ヤマトの王は、龍雅様。とても賢い平等な王だと聞いているわ。若い栄進様とは違って、落ち着いた民の話に耳を傾ける名君なんだそうよ。龍雅様に、話を聞いてもらえないかしら。」
シエラは、驚いた顔をした。ヤマトの王に助けてくれっていうのか?
「そんなこと…ミマサカに送り返されるのがおちだ!」
ライナンが言うと、コンラートはそれを遮った。
「いや、いい考えだと思うよ。」コンラートは、美琴を見た。「リュウガ陛下は、話を聞いてくれると思うの?」
美琴は、頷く。
「一度ヤマトに教師の研修に来た時に、お会いしたことがあるの。龍雅様は民の話をたわいもない事でも優しく聞いてらしたわ。教師からの陳情だって、いきなりだったのに真剣に聞いてらした。その後調査班が送られて来て、職場の待遇は格段に改善されたものよ。とにかく、あの方は一方的に何かを信じよとか、無茶なことはおっしゃらないのよ。国民の信頼も、だから厚いし、ミマサカみたいにアレクサンドル信仰に力を入れてるわけでもない。国民の意思に任せるスタンスなの。」
シエラは、顔をしかめた。言われてみたら、ミマサカではそれが国民のためだと、信仰は不可欠だとされていた。なので神殿の力は絶大だ。神殿からの布令には、従わないという選択肢はなかった。
しかし、ヤマトではそうではないのだ。
デクスが言った。
「…アレクサンドル信仰が悪いとは我は思うておらぬ。」それを聞いて皆が驚いた顔をしたので、デクスは続けた。「確かに人は脆い。信じるものがあった方が強くなれるのもまた事実。主らはアレクサンドルを、今は人だとか、二度と現れないとか申すが、アレクサンドルは確かにこの土地を世話して作り上げた神のような存在であったのだ。人の身を持とうと、アレクサンドルという存在自体は変わらぬ。我はナディアを、人の身を持っていても神として信仰しておった。力を持ち、それを民のために惜しげもなく使い、賢く知識を皆に与えていた。アレクサンドルも同じであろう。多くの人がそれを神だと崇めれば、それは神なのだ。悪いのは、それを利用して己の思うように人を動かそうとする、権力に取り憑かれた人ぞ。前の我が、そうであったようにの。」
シエラは、それを聞いて確かにそうだ、と思った。
アレクサンドルが悪いと思っていたが、そうではないのだ。デクスは、それを利用している人が悪いのだと言っているのだ。
それには、美琴も言葉に詰まって、何も言えなかった。
悪いのは信仰ではなく、人なのだ。
コンラートが、言った。
「そうだとしても、まずは政府が本当にどうアレクサンドルを利用しているかだよね。」皆がコンラートを見る。コンラートは続けた。「政府のことを知るには政府。ミコトは、間違ってない。リュウガ陛下がどこまで聞いてくれるのか分からないけど、話をする意味はあるはずだ。多分、デクスが逃げたことは伝わっているはずだ。定期便の船だって来なくなったんだし、言わなくても調べているはずだからね。でも、こっちじゃ痛くも痒くもないから戒厳令を敷いてない。手を貸してくれなくても、興味はあるはずなんだ。とにかく、こっちの話を聞いてもらうのが重要なんだから。城へ行こう。」
シエラが、慌てて言った。
「でも、捕まらないとは限らないよ?だって、政府同士が協力し合うかもしれないじゃないか。龍雅陛下にとっては、オレ達は国民じゃないし、別にどうでも良い存在だと思うんだけど。」
コンラートは、怒ったようにシエラを見た。
「じゃあ君は、どうしたら良いって言うの?ここで一生逃げ隠れしながら生きるの?そんなために、ここへ来たんじゃないでしょ?だったら、別にあっちでエイシン王の言いなりになってたら良かったじゃないか。君はなんのためにここへ来たんだ?」
シエラが言い返せずに居ると、誠二が言った。
「そうだよシエラ、ここでずっと隠れてるわけにはいかない。そんなためにここへ来たんじゃないだろう。真実の一部は知った。でも、政府が何を考えているのか分からないじゃないか。そっちの真実も暴かない事には、この旅は終わらないとオレは思う。」
言われて、シエラは何も言い返せなかった。そんなシエラに、デクスが庇うように言った。
「そのように。意見を押し付けるでない。それぞれの考えがあるのだ。皆が納得して動かねば、絶対に支障が出て参るぞ。我にはシエラの気持ちも分かる。突然にどんな人か分からぬ権力者の一人に会いに参るなど、敷居が高いではないか。そもそも会えるのか。王とはそんなに簡単なものか?」
言われて、今度は誠二やライナン、コンラートは黙った。
美琴が、言った。
「…私が行く。」驚くデクスに、美琴は続けた。「この中で僅かでも面識があるのは私よ。まだヤマトにまで捜索の手が伸びていないことに賭けて、一人で行ってみるわ。捕まっても私一人で済むもの。もし捕まったら後はお願い。」
コンラートが、少しためらいながら言った。
「捕まっても助けに行くけど、勝算のない賭けはしない方がいいよ。外に視察に出て来るのを待って、そこで話し掛けた方がいいんじゃない?」
美琴は、首を振った。
「そんなの待っていられないわ。今にもこっちでお尋ね者になるかもしれないのに。私が行く。大丈夫よ、龍雅様なら。」
どこにその自信があるのか分からなかったが、美琴は頑として譲らぬ構えだ。
一同は仕方なく、美琴を城へ行かせる事にして、極近くに迫った首都タキへ、夜明けに出発することにしたのだった。