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デクスの過去

デクスは、遠い昔の神殿の、修道士の一人だった。

美しい女神であるナディアを信仰し、その頃は生神であり、人と同じ体を持って、皆と共に生きていたらしい。

そのナディアには、シャルディークという夫が居た。

シャルディークは大変に力を持つ男で、それは女神のナディアをもしのぐほどであったが、その力の全てを、大陸の命の気の流れを大陸全体に行き渡らせるため、石の結晶にしてある神殿に設置して、シャルディーク自身は力を全て失くした。

デクスは、その頃シャルディークという男の事も、崇めていた。

だが、ある時から急に黒い思いが胸に渦巻くようになった。

これまで何の欲望も邪な想いもないままに、ただナディアに仕えていただけのデクスに、ナディアと共に生きたいという、暗い思いが湧き上がって来て、抑えることが出来なくなった。

デクスは、大きな神殿を建てさせてナディアを過剰に信仰させる方向へと持って行き、シャルディークの事は地下深くに封じ、二度と出て来られないようにした。

心の奥深くで、そんな事をしても何も良い事などないと以前のデクスが叫ぶのを聞いたが、それさえも暗い思いのデクスに抑えられて表へ出て来られなくなり、そうして、いつしかデクスは全く別の人格のデクスとなって生きていた。

権力を求め、シャルディークを探して狂ったようになったナディアを、山の神殿に封じてその力を自分の利になるように使おうと思っていた。

しかし、ナディアを封じる時に共に封じられてしまい、長く同じ神殿の脇の箱の中に籠められて、身動き取れずに居た。

だが、箱には隙間があった。

そこから何とか命の一部を外へと出して、そこへ来た男に憑りついて外へ出ようと励んだ。

ほとんどのものは、デクスが入ると死んでしまった。だが、たった一人リーマサンデという国の企業の社長だという男には、体が合ったようで、入り込むことが出来た。

その男の力と知識を使い、デクスは空に居るという、創造主に会いに行こうと思った。

それは、自分の中の僅かな昔の自分も、同意していた。なぜなら、こんな気持ちを持つようになった理由を、知りたいと願ったからだ。

そのまま、天へと還って自分の罪が消え去ってくれたらと、中の自分は願っていた。

そんなデクスを、何人かの人間が阻もうとした。そいつらは、デクスが二千年ほど前に封じていたシャルディークの魂魄を解放し、それと共にデクスを襲い、ついにデクスは、天で創造主に会った直後に、その存在を消滅させられることになった。

「…オレは、いや、我はの、そこでウラノスに、魂魄の一部を助け出されたのだ。」デクスは、長い記憶をザッと話してから、言った。「消えて行く途中、我の心の一部はホッとしておったものよ。だが、そこでウラノスの声がした。本来のお前だけは、残してやろう、との。」

ライナンが、想像もしていなかった大陸の歴史の中の動きを聞いて、少し戸惑いながら言った。

「では、今のデクスはその、本来のデクスであると?」

デクスは、首を縦にも横にも振らなかった。

「どうであろうの。しかし、思い出した直後の我は黒い方の我だった。だが、こうして落ち着いてみると、大部分が元の我。恐らく、元の我が追いやられて消滅寸前であったゆえ、そのままでは命を助けられなかったのではないかと今は思うておる。つまり、命を維持するため、あちらの我も少し残したのではないかとな。」

体の中に、黒く暗い記憶の命も持っているのか。

シエラは、デクスに同情した。壮絶な記憶を思い出した後、そんなものをまだ持っているなど身の毛もよだつからだ。

ライナンが、言った。

「…やった事を、後悔しているか?」

デクスは、それを聞いて一瞬暗い顔をしたが、頷いた。

「あれは我ではなかった。我は心の底に沈められ、時に見える外には苦しむ人々の顔ばかり。神に身を捧げて、民の幸福を祈っていた我には耐えられぬ事ばかりであった。そんなものに飲まれた、己など消え去った方が良いと思うた。あの遺跡でも九人もの人々を殺めてしもうたであろう。もう、天へ戻りたいとコンラートにも申したのだ。」

コンラートは、首を振った。

「デクスは、リツコという創造主に黒い心を植え付けられていたんだ。」シエラが驚いていると、コンラートは続けた。「ウラノスから聞いたんだよ。ここへ来てすぐ、僕はウラノスを呼び出して状況を話した。デクスはウラノスに、天へ還りたいと言ったんだ。だが、あの時デクスが会いに行った、あの世界をウラノスから任されていたリツコという女の創造主は、狂っていたんだって。自分の世界をめちゃくちゃにすることを楽しんでいて、善良な命にあり得ない黒い心を植え付けて、それに悪事の限りを尽くさせて皆が苦しむのを見て喜んでいたらしい。だから、デクスが殺された後、リツコも消されたんだ。でも、リツコは魂の欠片を地上に残していて、権力が欲しい男に憑りついて、その生気を吸って復活した。それを、ウラノスは消そうとしたんだけど…。」

コンラートは、表情を曇らせる。シエラは、せっついた。

「したんだけど、出来なかったのか?」

コンラートは、顔を上げた。

「あのね、ウラノスには兄弟のような神が居るんだよ。同じように、世界を造った神で、他の世界の面倒を見ているんだけど、その神が、リツコを保護しちゃったんだ。元々、リツコってそっちの神の世界の命だったらしくて、ウラノスも仕方なく手を出さなかったんだって。だから、リツコは今も、そっちの神の天に存在しているらしいよ。」

美琴が、険しい顔でコンラートを見た。

「そんなこと!その女は、ヤバいヤツなんでしょう?残しておいたら、こっちの世界にも何かして来るんじゃないの?」

コンラートは、頷いた。

「そうなんだよ。何しろ、デクスがあんな目に合ったんだものね。本当ならデクスは、神殿に仕えて穏やかな生涯を過ごして、天の循環に戻ってまた生まれて、命を成長させて生きて行けたんだからね。ウラノスから見たら、デクスが哀れに見えたんだろうね。だから助けた。でも、生きていたのを知ったらまた、あちらの世界の誰かが殺しに来るかもしれない。だから、このシマネキヅキに連れて来たらしいんだ。」

デクスは、頷いた。

「そうしたら、なぜか見つかった。誰なのかは分からなかった。あの神殿で潜んでしばらく過ごそうとしていたら、いきなり襲撃されて、一瞬だった。次に気が付いたのは、お前達が封じを解いたあの時ぞ。遠く、アレクサンドルという名を聞いたような気がするが、我を封じたのがアレクサンドルなのかは分からない。覚えておらぬのだ。だが…リツコは、正気に戻ったのだと聞いてはおるがの。面倒な性格なのはそのままらしいが、狂っていた昔ほどではないと。」

ライナンは、不安そうな顔をした。

「それでも、力があるのは変わりないだろう。で、真実っていうのはそれか?アレクサンドルの事は?政府がデクスを隠していたのは、どういう事だ?」

コンラートは、デクスと顔を見合わせてから、首を振った。

「…分からないんだ。デクスは、誰が自分を封じたのか分からずだった。でも、確かに危ないとあちらで殺されたと思っていた男が、生きてこちらに潜んでいると思ったらアレクサンドルが封じに来るのも分かる。でも、問題はどうして殺さずに、封じたのかってことだ。」

シエラは、ハッとした。そうだ、殺そうと思ったら殺せたんじゃないだろうか。何しろ、大陸の者達に、殺されるところだったとデクスは言っていたのだから、殺せない命ではないはず。

ライナンが、言った。

「デクスは、特別な命だったとか?だから殺せないし封じたんじゃないのか。」

シエラが、じっとその答えを待ってデクスを見ると、デクスは首を振った。

「我は何ら特別な命ではない。平凡な命であった。それに、リツコが黒い心を植え付け、あのような事になっただけの事。刻印も無い上に、今となっては黒い心もほんの一部であるし、殺すのは簡単ぞ。隙をつけば、お前達にも我の事は殺せよう。まして、アレクサンドルはこちらの世界の創造主であった。ゆえ、我ぐらいあっさり殺せるのだ。」

シエラは、思わず声を上げた。

「え、アレクサンドルは創造主だったの?!リツコって女と同じ?!」

美琴も誠二も、ライナンも同じ気持ちだったようで、コンラートとデクスを目を丸くして見ている。

コンラートが、頷いた。

「うん。それはウラノスから聞いたから確かだよ。だから、アレクサンドルはね、ウラノスの下で世界を任されていた、普通の命だったんだ。神とか崇められていたけど、それはウラノスから与えられた能力であって、本人が持って生まれ持った力ではなかったらしい。ウラノスは、基本地上にはあれこれ手を加えてはならないって考えで、地上の事は地上の人達がやって行くべきだと思っている。でも、アレクサンドルはとても過剰に干渉して、世話をするタイプの創造主だったみたい。でもそれも、デクスとリツコの事件の二十年後にリツコが復活したんだけど、例のウラノスの兄弟神が出て来て、全部廃止することになってしまって。ほら、リツコが狂ってしまったでしょ?普通の人には荷が重いんじゃないかって、創造主制度はやめて、全部天の魂の循環に戻そうって話になったんだよ。そのために、いろんな世界を一つにまとめてさ。」

美琴は、呟くように言った。

「…40年前?」

コンラートは、頷いた。

「そう。40年ほど前だ。」

美琴は、ライナンに言った。

「歴史の授業でやったでしょう。アレクサンドルが来られなくなると伝えに来た直後、いきなりに大陸が現れたの…今まで、何かの力の障壁で行けなかったこの土地の西側に、ディンダシェリア大陸が現れたのよ。障壁は綺麗に無くなっていて、そこから行き来が始まった。この話と合致するわ。」

コンラートはまた頷いた。

「そうなんだ。創造主制度が廃止されて、本来ならそのまま天の循環に戻って、何もかも忘れて生まれ直して、新しい人生を送るはずだったんだけど、ウラノスは創造主達の希望も聞こうとした。アレクサンドルは、地上で生き直したいと言ったんだ。ウラノスはそれを許して、適当な肉体を与えて地上へと降ろした。そうしたら、アレクサンドルはその途中で姿をくらましたんだ。」

シエラは、困惑した顔をした。

「姿をくらましたって…それって、ウラノスが言っていたの?」

デクスが頷く。

「アレクサンドルの事は、天の都合であって地上の人が起こした事ではないから、話す事が出来ると申しておった。アレクサンドルは、リーリンシアという島に身を潜めて、肉体がもって百年であるのを知っていたので、その島の命の気を遣って老いぬようにしていたのだとか。それを知ったウラノスが、怒ってその場所だけ時を速く流したのだが、二百年経っても、アレクサンドルは死ななかった。地上の理を曲げて生きているアレクサンドルを、ウラノスはそのままにしておけずに、何とかして天の循環へ戻そうとしたようだ。」

コンラートが、続けた。

「何しろ、アレクサンドルが使っていた命の気は大量で、その島の住民たちは魔法も使えていなかったらしいんだよ。魔物達も気が枯渇してしまうから移動を余儀なくされていたり。このままでは死の島になってしまうし、ウラノスも焦っていたんだ。でも、アレクサンドルはしぶとかった。回りを上手く言いくるめて…あの、シャルディークの生まれ変わりの力も借りて、その肉体を滅ばぬようにと術を掛け、今では自由に動き回っているんだって。どこに居るのかも分からない。ウラノスにも、どうにも出来ないんだって。」

時系列を整理すると、律子とデクスの事件が六十年前、創造主廃止が四十年前、アレクサンドルの発見と再び逃走が二十年前だ。つまりデクスは、六十年前からあの遺跡に封じられていたということになる。

シエラが、困惑したまま誠二やライナン、美琴と視線を合わせた。つまり…アレクサンドルは、他の命を犠牲にしてでも生きようとして、それに騙された前のデクスの宿敵であったシャルディークの力であちこち動き回っていると。

生き残って、どうするつもりなのだろう。もしかして、ここへ戻ってまた、神として崇められるために?

「…また、神に戻るために?」

シエラが言う。美琴は首を振った。

「でも、今の話だと体があるんでしょう。だったら人だわ。誰もアレクサンドルだとは思わないんじゃないかしら。その体で戻って来て、自分がお前たちの神だって言われて信じると思う?」

ライナンが、険しい顔で言った。

「…信じたヤツが居たんじゃないか。」シエラが驚いてそちらを見ると、ライナンは続けた。「もしくは、信じたふりをした方が得になる誰かが居たとか。何しろ、全国民が未だに誰も疑っていないんだ。アレクサンドルが、神だってことを。」

コンラートは、考え込むような顔をした。

「実際は神じゃなくて神から力を与えられたただの人だったんだけどね。」と、顎に手を当てて唸った。「うーん、って事は、利害関係が一致するのかな。ミマサカの国王は栄進だったね。栄進王が統治するのに、国民をいろんなことで納得させられるのが、アレクサンドルの存在だからじゃないか。体があっても、アレクサンドルの知識は大したものだろうし。何しろ、この世界を面倒見てここまで発展させたのは事実だしね。信仰が揺らぐのを恐れて、何とか隠そうとしているんじゃないかなあ。」

「デクスは知らなかったのに?」美琴が、言った。「このアレクサンドルの真実の事を。」

デクスは、首を振った。

「我は知らなんだが、知らぬ事実をあやつらは知らなんだやもしれぬ。ウラノスに助けられたからこそ、あの場に居たのはアレクサンドルも知っておるだろうし、ウラノスから話を聞いていると思ったやもな。殺せば早かったのに、殺さなかったのはでは、なぜか?」

それには、コンラートも顔をしかめて黙った。

シエラには、元より分からない。ライナンは、助けを求めるように美琴を見たが、美琴も首を振った。

「私に分かるはずがないじゃないの。デクスを殺せなかった理由なんて…そもそも、封じたのがアレクサンドルなのか、アレクサンドルに命じられた誰かなのかも分からないでしょ。力が足りなかったのかなって思ったんだけど、そういう訳でもないようだし。」

デクスは、息をついた。

「まあ、どうであれ生きておるのだしもう良いのだがの。何かの思惑を感じて落ち着かぬだけ。なぜに我を封じただけで、面倒なのにそのまま捨て置いたのか…。ただ、それが疑問なのだ。」

シエラは、真実を知りたいとは思っていたが、こんな内容だとか思っても居なかったので、全てを理解して頭に留めるのに、時間が掛かっていた。

デクスの過去…残忍な創造主リツコ…犠牲になったその人生。

生き残ったデクス…殺さずに封じた誰か…そしてそれを、面倒なのにそのまま更に封じて隠していた政府。

創造主だったが任を解かれ、地上へ降りて逃げ、永遠に生きようと回りを騙して体を維持しているアレクサンドル。

知った事実がどうなって、何が裏に流れているのか、シエラには、他の者達にも、全く分からなかった。

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