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トキワ

船は問題なく航海しているようだった。

途中、立って側面上の小さな丸い穴から外を見ると、結構高い位置に乗せられているのが分かる。

本当に最後の最後に、無理やり乗せられたようだった。

「…ギリギリの時間だったしな。」ライナンが、立ち上がって言う。「よく積み込んでくれたよ。」

「それでも、これで最初に下ろされるわ。」美琴は、涼しい顔で言った。「待たなくて良いし、まだ暗い時間だから脱出しやすいわよ?良かったと思う。」

美琴は案外に気が強いようだった。

真っ直ぐな黒髪で、鋭い緑の瞳の美人なのだが、確かに気が強そうな印象ではあった。それでも、女子なのでそこまでではないと思っていたシエラにとって、今まで接した事の無い種類の女子だった。

「…ま、お前ならそう言うと思ったけどな。」ライナンは、慣れているようで、そう答えた。「でも、置いて行かれるかもしれなかっただろ?」

美琴は、腰に手を当てて言った。

「あのね、このコンテナがアシカガ青果のコンテナだって事は、見て知ってたわ。野菜は普通、朝出荷だからまだあそこにあるのがおかしいって事もね。」

シエラが、驚いて座ったまま美琴を見上げた。

「え、じゃああの一瞬でそう判断したのか?」

美琴は、頷いた。

「そうよ。積み残されたら明日まで缶詰めじゃない。あそこにあった中じゃ、これが一番積み残される危険が少ないと思ったの。」

シエラと誠二が呆気に取られていると、ライナンが言った。

「こいつは頭だけは良いんだよ。大学だって先に卒業しちまって、今は学校に居るが、こいつは教師として学校に通ってた。」

誠二が、言った。

「二人ともいくつなんだ?オレとシエラは18。」

ライナンは、言った。

「オレと美琴は22。美琴は二年前に大学院も出て教師になった。高校で地理を教えてる。」

美琴は、頷いた。

「歴史と経済もね。でも数学は駄目なの。そこはライナンには敵わないから昔は任せてたわ。」

高校の社会の先生ってことか。

誠二が、ため息をついた。

「この中じゃオレが一番下かな。オレはやっと大学一年だから。シエラは賢いと言われてて今四年だけどな。」

シエラは、首を振った。

「オレは言語学が得意だから国語で上がって行ったようなもんだよ。」と、美琴を見た。「先生だなんて知らなくて。偉そうだったらごめん。」

美琴は、それには表情を弛めて微笑んだ。

「良いのよ、気にしないで。先生なんて言わなくていいわ。私達は仲間よ。」

ライナンは、途端に厳しい顔をして言った。

「ところで、教師には何も説明は無かったのか。お前があの場に居た唯一の教師だったし、厳しく聞かれたんじゃないか。」

美琴は、肩を竦めた。

「まあね。でも、天体観測サークルの顧問をしていたと答えたわ。星の事を歴史を絡めて説明してたって。後は轟音と崩落。私が何も知るわけがないもんね。父さんは、結局何も知らないままだったわ。連絡も来なかった。」

ライナンは、シエラを見た。

「そっちはどうだ?母親は何か言っていたか。」

シエラは、首を振った。

「何も。疲れ切って帰って来て、それどころじゃなかったみたいだった。ジェンナの付き添いをしていたからな。誠二はどうだ?」

誠二は、首を振った。

「うちの母さんは普通の会社員だし、ずっと家に居て何も情報は無いみたいだった。イライラしててこっちも不愉快だったぐらいで。」

ライナンは、ため息をついた。

「そうか…うちも、親父は帰って来てなかった。兵士もみんな、今は城に常駐させられてるみたいだ。交代が来ても、城の宿舎で休めと言われて居るらしい。港の警備についてた兵士や、街の警備の兵士を見ても、かなりの数を動員されてるからな。仕方がないな。」

船の動力は魔法のはずだ。

遠くゴゴゴと小さく船が振動しているのを感じるので、担当の術士が船のエンジンを回しているのだろう。

再び黙り込んだ四人を乗せて、船は暗い川を一路トキワに向けて航行していた。


シエラがうとうととしていると、急に船のエンジン音が変わった。

ハッとして目を開くと、ライナンが言った。

「船を逆行させてる。到着してスピードを落としてるんだろう。」

美琴が穴から外を見て、頷いた。

「街灯の灯りが見えるわ。トキワに着いた。」

ライナンは、交代で穴から覗いた。

「また大量のコンテナが待ってるな。あっちへ運ぶやつか。」

美琴は、頷いて答えた。

「交易が盛んだものね。便を減らされて積み残しが出てるんでしょう。でも、こっちは兵士は居ないみたいよ。」

やっぱり、こっちはまだ戒厳令なんか出されていないんだ。

シエラは、そう思ってホッとした。少しは普通に歩き回っても問題ないだろう。

ガラガラという音がして、恐らく船から錨が下ろされたかと思われた。

外から無数の声が入り交じって聞こえてくる。

緊張していると、声が近付いて来た。

「こっちから行くぞ!変な詰みかたしてるなー。」

他の声が答えている。

「アシカガ青果だ。これは昨日の昼前に着くはずのヤツだぞ。そういや一個足りないとか文句言ってたヤツが居たなあ。多分これだ。」

一個だけ積み残されたのか。

シエラが思っていると、ガンゴンと乱暴な音がまた聴こえて、しばらくして、何かのモーター音が聞こえたかと思うと、あっちこっちから掛け声がして、そしてコンテナは浮いた。

「うわ…!」

声を上げそうになって、慌てて口を押さえる。浮いたコンテナはフーラフーラと左右にゆっくり揺れて、運ばれているのが分かった。

「…後は出るタイミングだな。」ライナンが言う。「コンテナの間に下ろされたら出やすいんだが。」

美琴は、頷いた。

「急がず待ちましょう。まだ2時だし、中身を引き取りに来る人も朝まで来ないだろうから。見付かったら密航したんだしどちらにしろ捕まるわ。」

こっちではお尋ね者にはなりたくない。

シエラは、黙って頷いた。

ガコン、と結構な衝撃を受けてコンテナは下ろされ、また地上の係の声がした。

「げ!これだこれ、昨日マイクが無い無い騒いでたやつ!」

「マジかよ。夜中に来るってさあ。またあいつ来たら来たで文句言うぞ。」

シエラは、そんなに待ちわびた積荷が何なのかとふと、プラスチック性の箱の隙間から中を見ると、葉物野菜と果物だった。

その果物はレイマンといって、この季節になる高級フルーツで、厚い皮を割ると中は黄色く柔らかい果肉が詰まったミマサカの特産品だった。果肉は甘く、どこでも人気だが、値段が高いので滅多に食べられなかった。

「…レイマンと一緒に乗ってたのか。」

小さく囁くように言うと、誠二も驚いて見た。

「マジか。オレ、好きなんだよなー。今年はまだ食べられてないんだ。」

「一個もらったら?」美琴が言う。「こういうのって数じゃなくて重さだから、分からないと思うわよ。」

レイマン…。

だが、こういうものは術を掛けると味が変わってしまうと言われていて、縮めて持ち歩くのはためらわれた。結構な大きさがあるのに、これを手に持って移動するのは面倒だ。

シエラと誠二が迷っていると、ライナンが一個二個と取って小さくした。

「良いんだよ、縮めたら。味が変わるとか言って縮めないから詰み残されるんだからな。着いたら食べよう。」

美琴が、外の様子を見ている。

さっきから、あちこちからガンゴン音が聴こえて来るので、恐らく順調に積荷は下ろされているのだろう。

「…これ、一個だけ避けられてる感じ。」美琴は言った。「あっちは積み上げてるのに、この上には何も詰まないでしょう。多分、マイクって人が昨日レイマンを待ってて来ないから文句言ったんで、すぐにトラックに積めるように分けてるのね。」

ライナンが、顔をしかめた。

「だったら目立つじゃないか。出られなさそうか?」

美琴は、首を振った。

「いいえ。投光器があっちを向き始めたわ。こっちは真っ暗。今なら出られる。」

ライナンは、頷いた。

「よし!」と二人を見た。「行くぞ。足音を立てるな。」

美琴が、封じていた術を解いて、ソッと扉を開いた。

その隙間から外を見て、そしてこちらを見て頷くと、サッと出て行く。

シエラと誠二は、コンテナに入った時と同じようにまた、ライナンに追い立てられるように外へと滑り出て、美琴の背を追って足早に進んだ。


トキワの港も、また大きな物だった。

コンテナの扉を閉めてから追い付いたライナンと共に、街灯と投光器から逃れて脇の小屋のような建物の脇へと身を潜めると、ライナンは小声で言った。

「こっちも下水道を使おう。」と、腕輪を開いた。「マンホールが後ろにある。とにかく遺跡の方角に向かって進もう。キリの良いところで地上に出たら、紛れられるだろう。まだ夜中だし、街中には誰も居ないだろうが、念のためだ。」

シエラは、頷く。こういう事は任せた方が良さそうだ。

また下水道なのは気が滅入るが、それでも捕まるよりはマシだった。

美琴がマンホールの蓋を術で持ち上げて、脇へとやって慣れたように降りて行く。

術を使いこなせない自分が不甲斐ないが、とにかく落ち着いたら全部教えてもらおうと、シエラはその後に続いて下水道へと降りて行った。


真っ暗なのにはもう慣れて来て、逆に安心感すら湧いて来るのに驚いた。逃亡には、闇は格好のツールだ。

きっちりとマンホールの蓋を閉めてから、降りて来たライナンは、腕輪を開いた。

「…コンラートが居るのがあっちだから、遺跡の位置はそっちなんだろう。下水道がどこまで続いてるのか分からないが、それを目指して歩こう。ほら、光の魔法だ。」

言われて、シエラと誠二は急いで髪を光らせた。

辺りが明るくなるのを見て、ライナンは首を振った。

「誠二はいい。シエラはいくらでも魔法が使えるから、こいつの光で行こう。オレ達は、何かあった時の為に力は温存しておく方がいい。」

言われて、誠二は光を消した。みんなは、あまり連続して魔法を放てないのか…。

シエラは、つくづく自分の体質が他とは違うのだと思った。

「下水道の中で、何かあるとかある?」

シエラが歩き出しながら言うと、ライナンは頷いた。

「小型の魔物が居るじゃないか。そういえば、メグミの下水道では出会わなかったのか?」

シエラは、身震いして首を振った。

「え、全然。」

美琴が、苦笑した。

「ラッキーだったわね。小さな魔物が出ることあるのよ。私たちは二度ほど出くわしたわ。フォトン一発でイチコロだったけどね。あなたもフォトンぐらい出せるでしょ?」

シエラも誠二も頷く。それはあの時コンラートに教わったから。

「それぐらいしかまともに使えないんだ。あの日が初めてだったからね。」

ライナンは、言った。

「だろうな。だが、それでも何も出来ないよりはいい。フォトンは役に立つ。起動が速いし結構威力があるからな。」

知ってて良かった。

二人は、心からそう思った。何も知らない他の人達は、どうやって魔物と向き合うんだろう。下水道みたいに身近な所に、魔物は巣くっているというのに。

知れば知るほどコンラートが言っていた事が、間違っていないと思わされて来て、シエラは来て良かった、と思った。やはり皆が自分がどれほど危ない橋を渡っているのか、知らずに生きているのはおかしいのだ。

政府は、いったい何を隠しているんだろう…。

シエラは、騙されているのかもしれない国民達が、自分達が暴くまでどうか無事でと願っていた。

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