ここでの日常
シエラは、18歳になったばかりの男子だった。
双子の妹のジェンナと、見た目はあまり似ていない。シエラは金髪で青い瞳だったが、ジェンナは茶髪に薄い青の瞳だった。
二人は、母親に起こされて朝食を済ませ、学校に行く準備をしていた。
各家庭に絶対にある小さな神棚に手を合わせ、今日1日の安全を祈るのを忘れずに、二人は母親に見送られて家を出る。
すると、家の前には車が待っていて、その側に立つ送り迎えのパイクにドアを開けてもらい、それに乗り込んだ。
中には、同じ学校のカイラと誠二が居て、言った。
「なあなあ、今日の魔法の授業の課題、やって来たか?オレさあ、癒しの術がどうも苦手で上手く行かないんだよ。」
シエラが、答えた。
「やったよ。母さんの手荒れが酷かったから、ちょうど良いって試してみたら、綺麗に治った。」
ジェンナが、頷く。
「私がやっても全部治せなかったのに、シエラはすぐに治しちゃうの。嫌になっちゃう。」
カイラが、胸を張った。
「あたしは父さんの腰痛を治したわ。治癒の術士に頼まなくて良くなったから助かったって褒められたんだから。」
すると、パイクが車を運転しながら言った。
「今は魔法の授業があるんだね。オレ達の頃はなかったから、術士の家系の子達か、才能がある子達しか専門の学校に行けなかったのに。」
カイラがそれに答えた。
「神殿の台座にアレクサンドル様がお越しになれなくなって、もう四十年だからって母さんが言ってたわ。みんな、少しでもアレクサンドル様のお伝えになられた術を知って、またお越しになられるまで自分達のことは自分達で守らなければならないからって。」
パイクが、深刻そうな顔で頷いた。
「アレクサンドル様は、修道士にしばらく来れなくなったと、大変に慌てたご様子でお伝えになられたとか。それまでは、ミサの時などに時々顔をお見せくださったのに…オレも、幼い頃に一度お見上げした。お優しそうなかたで、光の中でキラキラ輝いておられたのを昨日の事のように覚えているよ。」
誠二が、興奮したように運転席に身を乗り出した。
「え、パイクさんアレクサンドル様を見たの?!本当に居た?!」
パイクは、苦笑しながらも、頷いた。
「見たよ。病の人が進み出たら、その人の病を見極め、治すための術を修道士に教えて、修道士は一人一人を治して行った。脇の修道士は、その術を丁寧に書き記して。古来からそうやって、病の人を治す術を伝えてくださっていたのだと親から教わった。」
シエラは、言った。
「でも、だったらどうして来れなくなったんだろう。何かあったんだろうか。」
カイラは、首を振った。
「修道士にも分からないと聞いてる。でも、また来られるのだと信じてるって。父さんも母さんも、子供の頃にお姿を見たことがあるって言ってたわ。」
シエラは、じっと考え込んだ。母親からも、毎日のように聞いている。アレクサンドル様は本当に居て、皆を見守ってくださっている、と。
だが、今居る若い人達は、誰もその姿を見たことがなかった。
病も、アレクサンドルが残したもので効かない場合、医術を使わなければならないが、医術の方はそこまで発展していないので、命を落としてしまうもの達も居た。
それまでは、どうしようもなく悪くなっていない限り、神殿へ行けばなんとかなっていたらしく、大人達はアレクサンドル様さえいらしてくだされば、と、いつも嘆いていた。
シエラは、もうアレクサンドルは来ないのではないか、と漠然と思っていた。
だが、それを皆に言えるはずもない。何しろ、ほとんどの人達が神を信じていて、子供達もその親に育てられるので信じていないなどと公言するものは居ない。
なので、そのまま黙って、学校までの道のりを車に揺られて行った。
シエラが通っているのは、小学校から大学まで全てがひとつになった、公共の大きな学校だ。
普通なら小学校六年、中学校三年、高校三年で大学四年なのだが、努力次第でいくらでも上に行く事が出来る。
シエラが今在籍しているのは、大学で今四年だった。
妹のジェンナは皆と同じように可もなく不可もなくで来たので、同い年の18才だが大学の一年、しかし、今年から大学で魔法の授業が誰でも選択出来るようになったので、魔法のクラスだけは同じだった。
これまでは、魔法の素質があるかどうかのテストを大学の講師から受けて、その後修道士の審査を受け、神殿に併設されている学校へ通うしか、術士になる方法も、魔法を習う方法もなかった。
もちろん、日常的に使う、物を小さくする術とか、着火する術などは、子供の頃から親に習うので知っていた。簡単な傷を治す術も、親から習うものだった。それぐらいなら、特に素質が無くても、誰でも掛けられる術だったからだ。
だが、大きな術は違った。
扱いを間違うと人を殺してしまう恐れもあるので、簡単には教えてもらえなかった。
それを、大学に入った者達の中で、良識がありそうな者達なら、特に素質などを見極められることなく授業を受けられるようになった。
どうやら、術士の数もそう多くなく、神が降臨しなくなってしまって数十年、住人達の世話が術士たちだけでは回らなくなって来ていて、出来たら小さなことぐらいなら、自分で治せるようにしたいと思って方向を変えたのではないか、と考えられていた。
授業が行われる教室へとジェンナと誠二、カイラと共に入って行くと、シエラと同い年でありながら、もう講師を務めているショーンという白い長髪に赤い瞳の男が、教壇で立って名簿を目で確認していた。
時計を見ると、まだ授業開始まで15分ある。
出席はまだ取っていないようだったが、四人は手近な席へと慌てて座った。
ショーンは、続々と到着する生徒たちに目をくれることも無く、何かをじっと考えている。
その横顔は大変に端整で品があり、黙っていれば誰もが惹かれたが、あいにくショーンは口が悪い。しかし、悪気はないようだった。
実はショーンはこのシマネキヅキの出身ではなかった。
この世界の隣りに40年前に突然に現れた大きな大陸である、ディンダシェリアの術士で、あちらの土地の魔法の発展はこちらの比ではなく、ショーンはその大陸で過去最高の術士と言われている男らしい。
その術士が、最近になってあちらからやって来て、こちらの魔法の講師になった。それまでは、同じ大陸から来た別の講師が二人で神殿の学校で教えていたらしいのだが、一般の学生にも教えるとなって、急遽このシマネキヅキ大陸のミマサカの国へと派遣されて来たという事だった。
その現在の地図を、早く覚えなければいけないという事で、今学校では各教室の、目に付く場所にそれが大きく貼り出してあり、シエラも小学生の時からそれを見て育っていた。
これまで、自分たちの土地だけで、真ん中に流れる大河、アレク大河を挟んで西にミマサカ、東にヤマトという二つの国の交流だけでやって来たシマネキヅキの民達は、いきなりの大陸の出現に驚いたが、ミマサカの王である栄進と、ヤマトの王である龍雅の二人で話し合い、栄進が臣下を連れてあちらの王に会いに行き、そうして交流が始まったのだと歴史で習った。
本当に、ほんの数十年前の話だった。
栄進が持ち帰った地図を龍雅とも共有し、こちらの地図と繋げて描かせ、皆に素早く浸透させようと教育したのは、混乱を収めるためだったようだ。
お蔭で、皆は未知の土地に興味はあっても、恐怖を感じる事は全く無かった。
みんなが教室へと入ってきてチャイムが鳴った。
ショーンは、顔を上げて皆を見回し、出席を取り始めたのだった。