聖女の儀式
光沢のある純白のドレスに身を包んだカサンドラはまだ顔に幼さが残るものの凜とした佇まいはまさしく聖女だった。カサンドラは膝を折り教皇様から聖女の冠を戴いた。聖女誕生の瞬間である。カサンドラは立ち上がって振り返ると、手にしていた長い錫杖を天に掲げた。するとキラキラと輝く光の粒が式に参列していた王侯貴族の上に降り注いだ。その中にポール殿下のお姿もあった。眩しいものを見るような視線をカサンドラに注いでいた。誰もが聖女を崇めた。
大聖堂の外では聖女の姿を一目見ようと大勢の国民が押し寄せていた。
教皇様と連れ立って外に出られた聖女の姿に一人の者が跪くと次々と波及し誰もが跪いて頭を垂れた。
「今日ここに聖女様が降臨されたことを宣言する。初代聖女様と同じ名を持つ奇跡の聖女様である。この国にとって誠に行幸である」
「皆の未来に祝福を」
葉を揺らす風のような透き通る声で言葉を発した聖女が再び錫杖を天に掲げると、国の隅々にまで輝く光の粒が舞い降りた。それは大聖堂前に集まった者達だけでなく畑仕事で来ることが出来なかった者達、勢いを無くしていた木々や動物にまで等しく降り注いだ。人々は涙し聖女の名を口にした。
「カサンドラ様、万歳」
聖女の儀式が全て終わると私たち家族は晴れやかな気持ちで馬車に乗り込んだ。聖女様の血筋としての役目を果たした気持ちで一杯なのだろう。父も母も上機嫌であったがここにカサンドラはいない。カサンドラの乗った馬車は教会の用意した聖女専用のものだ。もし同じ馬車に乗っていたらどれ程の讃辞をカサンドラに述べていたことだろう。そんな場面に遭遇することがなかったことにほっと胸をなで下ろした。
夜は王宮で聖女の降誕祭が開かれる。いよいよポール殿下の新しい婚約者としてカサンドラが紹介される筈だ。誰もがこの国の輝かしい未来を信じて疑わないだろう。
この前いらしてしてからポール殿下にはお会いしていない。もう私にはあの方にお会いする資格もないのだ。あの時大丈夫だと仰っていたが、きっと父の言うように次の嫁ぎ先の事を言っていたのだろう。殿下は責任感の強い方だから気にかけて下さったに違いない。私が取り留めも無いことを考えていると侍女のアンがやってきた。
「お嬢様、降誕祭のお支度を始めませんと間に合わなくなりますよ」
「えぇ、そうね。アンお願いするわ」
アンは初めて子供におねだりされた母親のような笑顔でにっこり微笑むと私の銀色の髪を梳かし始めた。
輝きの増した髪に青いリボンを複雑に編み込んでいく。アンは見事にアップにされた髪の所々に青い薔薇の蕾を差し込んだ。お化粧は白い肌をいかして最小限に留め、頬に薄らと紅をさしただけである。小さくぷっくりとした唇は元々赤いため艶を出す香油が塗られた。
これが本当に私なのだろうか。鏡に映し出されたのは見たこともない人物だった。今まで空気のような自分には個はないと思っていた。改めて自分を認識する必要性を感じて来なかったのだ。
「お嬢様、お綺麗でございます。それではドレスを着替えましょう」
アンに言われるがままに立ち上がった私の前にドレスが運ばれてきた。小麦の実る頃の空の青を写し取ったような色で銀糸の細かな刺繍が施されている。刺繍の合間には小さな宝石がちりばめられており、ドレスが揺れる度に輝きを放っていた。
「アン、こんなドレスあったかしら」
「贈り物でございますよ、お嬢様」
「そう」
お父様が気遣って下さったのかしら。そう言えば執務室に呼ばれたときに済まなかったと仰っていた。私がドレスに袖を通すと私の手を引いたアンが姿見の前に誘導する。
「凄いわ」
思わず言葉がこぼれた。実際に着てみるとそのドレスは私の体にぴったりとフィットした。最近採寸したのはいつだったろうか。
「お嬢様、私はお嬢様にお仕えできて幸せでございました」
「アン? あなた急に何を言ってるの? 私が嫁ぐ時には……どこに嫁ぐかもわからないけれど、でもあなたに付いて来てもらわないと私困ってしまうわ」
アンはそばかすの浮いた顔をくしゃりとさせた。
「もちろんでございます。お嬢様。ずっとお側でお仕え致します」
「良かった。アン、一緒に来なかったら許さないからね」
私が少し睨み付けるように言えば、アンは「肝に銘じておきます」と深く頭を下げた。