公爵令嬢と婚約破棄した王太子な俺
「エメルダ・バーニー!君との婚約を破棄する!」
学園の卒業パーティーの場で、王太子である俺はそう言い放った。
俺の横には平民の少女、エミリと宰相子息で学園一の秀才のルドルフ、背後には学園一の剣の腕を持つランディ、そして同じく学園一の魔道士レイドルがいる。
本来なら数日後には婚礼の準備に入る婚約者にこんな場で破棄を言い渡すのには随分と勇気がいったが、彼等に支えられ何とか実行に移すことができた。
エメルダはそのやや釣り上がった眼を細め冷静に切り返してきた。
「あら、何もこんな所で仰らなくても……。謹んで命に従いますわ」
エメルダは優雅に礼をしてこの場を立ち去ろうとした。
会場は騒めき、小さくエメルダを憐む声が聞こえてくる。
「待て!エメルダ・バーニー!お前には不敬罪嫌疑がかかっている!よってここで拘束する!」
ルドルフの言葉にエメルダはピタリと歩みを止めゆっくりと振り返った。
「どういうことですか?私はエミリ嬢に何かをした覚えはございませんし、実際彼女が何かの被害に遭ったというお話しは聞いておりませんが?」
「なぜエミリの名前が出てくる?お前の罪は王太子殿下、レオナルド様への不敬だ。証拠は全て揃っている!」
「なっ何ですって!!!」
それまで冷静だったエメルダも、予想外の罪を言い渡され、仮面の下を露わにせざるを得なかったようだ。今まで見たことがないほどの焦りの色が浮かんでいた。
「影からの報告で、お前が王太子殿下を不当に貶め、茶会のネタにしていたことは一字一句わかっている。本来殿下を支え、一番に敬うべき者がそれでは王太子妃として相応しいわけがないだろう。このことは国王陛下、王妃殿下、公爵閣下も了承済みだ。公爵は責任を取って爵位返上することも決まった。後はお前一人が裁きを受けるのみだ。覚悟しろ」
エメルダはルドルフの容赦ない言葉に驚愕して狼狽えた。
「そ、そんな、何かの間違いですわ……。私はそんなつもりはありません!ただの言葉のあやですわ!」
必死に言い訳するが、そのあちこちに彷徨う視線が余計に彼女が「潔白」という訳ではないような印象を与えた。
「言葉のあやで、他国の王子や第二王子を持ち上げたのは悪手だったな。それに一々私たちの名も挙げて殿下と比べたことも許されない。我らは殿下の知恵となり、剣となり、力となる者だ。我らの能力は全て王太子殿下に捧げるべく日々研鑽してきたものだ。言うなれば我らの力は全て殿下ご自身の力でもある。それなのにお前は我らと殿下を一々比べて、殿下を貶めただろう!」
ルドルフはいつもの冷静な姿からは信じられない程の怒気を込めてエメルダを責め立てた。
俺の幼馴染みであり、側近でもあるルドルフ、ランディ、レイドルは皆秀でたものがあるのにも関わらず、俺は知恵も、剣も、魔法もそこそこの出来で、何一つ自慢できるものがなかった。性格も快活な弟と違ってインドアで、大人しく、王になるには気弱すぎると母にも心配されるほどだった。
そんな俺に公爵令嬢であるエメルダは不満があったのも頷ける。が、彼女はあろうことかそれを口に出して言ってしまい、王家の影から俺の父母に報告された。二人はもちろん幼馴染み達や弟も怒り、今日の断罪劇となったのだ。
エメルダ……、俺が不甲斐ないばっかりに、頑張り屋で能力も高い君がこんなことになってごめんな。
だがしかし、『王になるならサミュエル殿下(隣国の第三王子で留学生)か、アスマイル殿下(俺の弟)ぐらいじゃないと!』はアウトだ!この言葉で、俺に反する意思があると見なされ、不敬罪と婚約破棄が決定的になったのだ。
正直俺よりも周囲の方が怒ってるんで、すまんがもう俺にはどうにもできん。
「嘘よ!レオナルド殿下はエミリ嬢と結婚したいから私を陥れているのだわ!」
「はあ?」
エメルダは取り乱してそう叫んだが、ルドルフはさらに声を低くした。側で聞いてる方が怖いよ!
「エミリは私が事務能力を買って、補佐として雇っているだけだ。お前らが吹聴していたようにここにいる誰かの恋人であるということは一切ない!」
最後の言葉は、エメルダだけでなく会場中の生徒皆に向けられていた。
エミリは特待生の平民で、その能力は素晴らしく、ルドルフは一目置いており、卒業後はルドルフの部下として彼女を文官に据えることにしていた。
そのため、生徒会の運営や俺の執務などにも関わり、俺や側近達と関係を密にしていたため、あらぬ噂を立てられていた。
かといってエミリが虐めに合うこともなく、俺達は聞かれたら関係を否定するに留めていたんだ。
エメルダには直接噂は事実無根であると一度伝えたことがあったのだが、それで納得してくれたと思っていたんだけどね!やっぱり納得してなかったんだね!
エミリは可愛い外見に似つかわしくない特殊な人で、正直俺達の誰も彼女の恋人に名乗りを上げることはないと思うけどな!
「そ、そんなあ……。わ、私、私はただ、軽いお喋りのつもりで……」
「安心しろ。一緒にいた令嬢達も皆同罪だ。茶会という公の場で王族の、それも王太子殿下の悪口を言うなど、如何に愚かなことか身に染みてわかっただろう。衛兵!連れて行け!」
座り込んでとめどなく涙を流すエメルダは強引に両腕を抱えられ、この場を去った。
見せしめ的な側面があったのでこの卒業パーティーの場での断罪になったけど、流石に可哀想になってしまう。
領地で謹慎程度の罰にするつもりだけど、これだけ派手にやられると嫁の貰い手探しに苦労するだろうなあ……。
王家の不興を買った女性の血を迎え入れたい奇特な貴族はいないだろうし。
そもそも、婚約者を他の男と比べて影口叩いてたのがバレて婚約破棄された女とか男が一番嫌がるパターンだよ。それとも自信のある男なら、そんなことも気にしないんだろうか。
俺は最弱メンタルなので、彼女が俺を蔑んでいたことを知った日は随分落ち込んだ。それまでもよそよそしいなとは思っていたけど、まさかあそこまで嫌われ、馬鹿にされているとは夢にも思わなかったんだ。彼女はいつも礼儀正しかったからさ。
あまりのショックに人間不信になりかけて、幼馴染み三人と、弟、そして親友になったサミュエル殿下が慰めてくれてやっと浮上できたんだ。
曰く、俺は王なのだから、自ら動く必要はない。
その代わり能力あるものを登用し、その知恵や、力を上手く借りれば良いのだって。
エミリも慰めてくれた。彼女は外国の古典にも精通しているそうなのだが、東国の哲学書に、「君子は人を使うがさらに優れた君子は人の知恵を使う」とあると教えてくれた。自分で動く者は君子としては三流であるとも。
それ以来、俺は人の能力を見極め、それぞれに存分に力を発揮してもらうようにすることこそ俺の役目なのだと考えるようになった。
エメルダについてもこんなことにならなければ、王妃として相応しいと思ってたんだけどね!
明日からはいよいよ俺は王になるための実践の積み上げが始まるのだ。
以前はとても憂鬱に感じられたけど、今は信頼できる者達に囲まれ、自信を持って挑める。
あっでも一番俺の支えになって、信頼しなきゃいけない王太子妃の席が空白になったんだけど、一体どうすれば良いんだろうか?
言うなれば失恋したようなもんだからしばらく考えたくないんだけど、やっぱそうもいかないよね?
◇◇◇
私は幼い頃からこの世界がゲームの世界で、将来婚約者の王太子殿下に婚約破棄されると知っていた。……いや、正しくは思い込んでいた。
この世界がゲームの世界で自分は悪役令嬢だと思い込んだ瞬間から、最悪の事態を避けるためになにかと努力してきたつもりだったが、予想外の結末を迎えてしまった。
ゲームの私はエミリ嬢を虐めてその咎で婚約破棄されてしまう。
だから自分も取り巻きも誰も彼女を虐めないように根回ししたり頑張ったのに!
……しかし、現実では「他国の王子や第二王子を持ち上げた」ことが「王太子への不敬罪」に当たるというもの……。
ああ……、前世のノリで推しトークしたことが不敬になるなんて、迂闊だった……!
私はワイルド系の彼ら二人が好きで、レオナルド王太子は好みじゃなかったのよ!
日本人の感覚のまま謙遜したのも失敗だったわ。
客観的に見て王太子殿下はオールラウンダーだ。突出していない分全てが平均値を余裕で上回っている。
だけど、日本人の感覚でいうと婚約者を褒められたら、他の人を持ち上げないとと思うじゃない!
でもそうなのだ。兄ならともかく殿下を下げて他者を持ち上げるとか冷静に考えると不敬だったわ。
お父様ごめんなさい。日本人の感覚が抜けずに何でもかんでも下手に出ていた私を、いつも諌めてくださったのに、結局爵位返上させるような羽目になってしまった……。
お茶会で巻き込んでしまった取り巻きたちにも申し訳ない。
ああ、私もう修道院エンドしか無いよね?
悪役令嬢って婚約破棄されたらよりハイスペックに溺愛されるのが転生もののテンプレだけど、私に「そんな展開」はあるのだろうか……。
考えてみれば、いつも歩み寄ろうとしてくださった殿下の手をちゃんと取れば良かったのよね。……今更気づいても遅いけど。
だって、どうせ振られると思ったら距離を取りたくなるじゃない!?
記憶がなければ、ゲーム通りに好きになってた?そうしたらこんなことにならなかった?
まあ何を言っても後の祭りよね……。
そうして、私は一人溜息を吐くのだった。
了
歩み寄りって大切だよね!という話しでした。