並木さん ストーカー犯編
すっかり日も暮れ、家に着いた俺を待っていたのはやはり妹であるももちだった。
今日もいつものジャージ姿だ。お風呂から上がった後なのか、洗面所からドライヤーを持ってきてリビングのソファーで髪を乾かしていた。
「おかえりお兄ちゃん〜」
「おう。ただいま」
「やっぱり無愛想な返事だよねお兄ちゃんって。あ、お風呂沸いてるからご飯の前に入ってくれば?今なら愛しの妹の汗が染み込んだ極上風呂が待ってるよぉ〜?」
「俺はいつからシスコンになったんだ。いいよ、先に飯食うから。今日は確かお袋と親父仕事で帰ってこれないんだろ?」
「うん、だからももちが先にご飯作っておいたよ、ついでに先に食べちゃったのは許してね?ラップしてあるからあとはレンジでチンするだけだよ」
流石は俺の妹だ。もし血の繋がりが無ければ今すぐにでもプロポーズしてるところだ。
俺は一旦制服を脱ぎ、自室のハンガーへと掛けた。 部屋着に着替えて再びリビングへと向かう。
1人ご飯を食べていると、すっかり髪を乾かし終えたももちがこんなことを訊いてきた。
「最近お兄ちゃん帰りが遅いけど、何かあったの?」
「どうしたんだよ急に。別に何もねえけど」
「そ、そうなんだ。ふーん。あいや、別に何もなければいいんだよ」
どうしたんだももち?
ももちの表情にはどこか不安げな色が見え隠れしていた。
「言いたいことがあるなら言えって。隠すことでもないだろ?」
「あうん、それはそうだね。ほら、最近菟田野市で不審者が出没してるって話知ってる?」
不審者。このキーワードは、今日の放課後の部活を思い出させるには十分だった。
記念すべき最初の依頼。
◇
長机を挟んで1対3の格好で俺たちは依頼者と向き合っていた。
右から黒葛原、城ヶ崎。そして少し距離を置いて俺。
「え、えぇっと、名前聞いていいかな?」
おい城ヶ崎、何でお前が緊張してんだよ。
「はい、並木 モモカっていいます。クラスは1年3組です」
依頼者の名前は並木 モモカ。緑色の髪と瞳。控えめに垂れ下がった目尻は見た目通りの温厚な風貌を象徴していた。一応言っておこう。断じて下心などないが、胸は城ヶ崎以上のものを持っているようだ。
さっきから城ヶ崎と黒葛原がちらちら見てるのが第三者の俺からすれば明らかだった。いや、気持ちは分かるが。
「あの、お助け部って何でもしてくれるって本当ですか?」
「あれ、え、そうなの?」
何で部長のお前が把握してねえんだよ。
つか何でもするって俺も初耳なんだが。
城ヶ崎と並木さんのぎこちない会話と、揺るがないアレの完全敗北に痺れを切らしたらしい黒葛原がコホンと咳を挟んだ。
「ごめんなさい並木さん。単刀直入に言うとその無駄な脂肪は切除……ではなくて、何でもは無理よ。でも、私たちも出来る範囲のことなら手伝うつもりだから、とりあえず用件を聞かせてくれないかしら?」
若干本音が聞こえたのはきっと俺の気のせいなはず。
とはいえもう城ヶ崎ではなく黒葛原が部長でいい気がしてきた。
「……はい。実は最近、その、誰かの視線を感じるというか、特に下校の時なんかは後をつけられてる気がしてならないんです」
「そ、それってまさかストーカーじゃ!?」
城ヶ崎が叫んだ。
まさか「お助け部」の記念すべき初の依頼がストーカー被害だとは想像だにしなかった。
最初からハードル高すぎやしないか?
「…………ん?」
じわりと視線を感じた。
「何だよ」
それは城ヶ崎と黒葛原からだった。
「あいや……ほら、ヒッキーって男の子じゃん?あの時だって私のその……。だからそういうことに手を染めちゃったのかなぁーって」
首から上を紅潮させる城ヶ崎。
腕組みをして、目を右から左、左から右へと往来させている。とにかく言ってる意味が分からない。
「並木さん、どうやらこの依頼は一件落着したわよ。何故なら犯人はもうここにいるのだから。そうよね?スト見 ストヤ君」
「全く身に覚えがないんだが!?スト見 ストヤはやめろ!」
つい席を立ってしまう俺。
「何をそんなに熱くなってるの。冗談だとまだ分からないの?ごめんなさいね並木さん。うちの部には見ての通り1人だけ情緒不安定な人間がいるの。大目に見てあげてやって」
「こ、この野郎……!」
真面目に2人の相手をするのが馬鹿馬鹿しいので、湧き上がる怒りを押し殺し俺は席に座り直す。
「ふふ、皆さん仲が良いんですね。その、素直に羨ましいです」
「並木さん、それは冗談でも笑えないわね。私と城ヶ崎さんは犯罪者予備軍の厚生という名目のもと、相手を嫌々やっているのだから報酬の1つや2つ貰いたいものね全く」
こ、こいつ……!黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって!
「レイレイそれは言い過ぎだよ?ほら、ヒッキーに謝って」
「くっ……!」
俺には強く当たれるが城ヶ崎には流石の黒葛原も頭が上がらないらしい。へ、ザマァ見ろ。
「失敬。ところで並木さんはどうしてここへ来ようと思ったの?」
謝罪短か!
見ると城ヶ崎も納得している様子だ。
フォローすらならもう少し頑張って欲しいもんだなオイ。
「ストーカーとか痴漢が怖いのは同性として凄く分かるけど、だからこそ私たちではなく学校や、あるいは警察に相談したほうがいいのでは?」
「それは、その……親やみんなに迷惑はかけたくないから。だからお願い。お助け部の皆さんだけで解決して欲しいかな」
城ヶ崎は俺の方へ困惑した表情を向けてきた。
ど、どうするヒッキー?的な心の声が聞こえる気がしてならない。
俺は目で黒葛原に聞け。と合図する。城ヶ崎は習ってその視線を黒葛原へと投げかける。
もちろんその視線に気付かない黒葛原ではない。
「はぁ……。分かったわ。ではとりあえずは私たちだけで解決する方法を考えましょう」
「あ、ありがとう!」
並木さんは藁にもすがるように喜ぶ。
ま、とりあえずは、な。