ん
「来ないねー」
部室でまず聞く台詞がこれだ。
城ヶ崎は顎に手をつきぶっきらぼうにしゃくれた顔をする。
ここ数日間ずっとこの調子だ。
やはりこんな山奥の秘境のような部活など誰一人としてご存知ないということだろうか。
俺と黒葛原はというと、揃ってひたすら読書を継続中だ。
暇な時ほど読書は捗るもの。
「城ヶ崎さん、そう慌てなくてもすぐに来ると思うわよ。何事も待つことは大切だから。ほら、石の上にも三年ってことわざがあるでしょ?いざ依頼者が現れた時にすぐ対応できるように準備しておくのよ」
3年後は俺たち皆んな卒業してるけどな。
黒葛原の助言に城ヶ崎は感心したように頷く。
「なるほどなるほど。うん、そだね。レイレイの言う通り待つことも大事だね。そういえば2人は昼休みいつも何してるの?」
「昼休み?そうね、特にこれといってすることもないから勉強か読書くらいかしら」
「へぇ〜。やっぱりレイレイは凄いね。私は昼休みまで勉強する気は起きないかなあ」
「全然よ。午前中の授業の予習復習をやってるだけだから。こんなの誰でもやってることでしょ?」
「うぐ……!」
平然かつ無自覚で言ってるあたり、流石は黒葛原だ。
城ヶ崎はいかにも馬鹿っぽい見た目だし、反応からしてまず予習復習なんてしたことはないだろう。そこで俺は2人の視線に気付く。
「な、何だよ……」
「いやまあ。ヒッキーは昼休み何してるのかなーって」
本当に悪気もなく訊いてくるので何とも憎めないのがズルい。
「……はぁ。城ヶ崎さん、そこは察してあげてやって?引きこもりぼっちな匹見君に友達という存在、あるいは概念がある訳ないでしょう。おおかた机の上で寝たふりでも敢行して時間を潰しているのでしょ」
よーく分かった。お前は俺をフォローする気なんて微塵もないことが。まあいい、この際こいつらにも俺の美学を教えてやる必要があるな。俺は読んでいた本を閉じ、席を立った。
「黒葛原よ、悔しくもお前の予想は的中している。確かに俺は昼休みはとにかく机の上に突っ伏して寝ている。いや、正確には寝たふりだな。だがこれはぼっちにのみ許された禁術なんだよ。薄っぺらい情の人間なんかと表面上の馴れ合いをすることもなし、トイレなんかで席を外してる間に自分の机が勝手に使われている心配もなし。いわば戦略的なんだよ俺は」
俺は意気揚々に言い切った。
興奮してしまったせいで少し胸が高鳴っている。ふぅと一呼吸置き再び椅子に座る。俺は片目で2人の様子を伺ってやった。やはりというべきか、城ヶ崎と黒葛原は唖然としていた。
俺というプロフェッショナルなぼっちの一端を垣間見て言葉が出てこないようだ。
「へ、へぇ。何だか分かんないけどヒッキーって凄いんだね?」
「呆れた。いえ、むしろ流石というべきかしら。匹見君の目は死んでるけど、どうやら脳みそまで死んでいるようね」
「ごめんねヒッキー。何だか私いけないこと聞いちゃったみたいかな?」
今更気付いても遅えっつーの。
ここまできて何故か俺は自虐ネタをさらに投下したい衝動に駆られた。ええい、ままよってやつだ。
「フッ、最近のマイブームはな、クラスメイトと話した回数が少ないほど良い日ってやつだな」
ほらな、予想通りだ。俺を見る城ヶ崎と黒葛原の目がもう死んでやがる。
だがそんな目など過去に幾度となくされた俺は全く気にしない。
むしろそういう目で俺を見る奴らは決まって他の人間と群れてないと生きていけないクズだ。
「この際言っておくがな、俺は別にお前たちと馴れ合う気なんてーー」
「ヒッキー!」
城ヶ崎に気圧され俺は言葉を失った。
そして今自分が何を言ったのかを知った。
「わ、悪ぃ。今のはさすがに言い過ぎた」
「ううん、元はと言えば私が変なこと聞いたからだよ。ごめんねヒッキー」
城ヶ崎は言って席を立つ。そして蹴伸びをした。
「うぅーん!それにしても今日も来なかったね。明日こそ来てくれるといいんだけどなあ」
「大丈夫よ城ヶ崎さん。きっと助けを必要としてる人は現れるわ。今日も遅いしそろそろお開きにしましょうか」
「そうだな」
今日の鍵の当番は城ヶ崎で、そのまま他の友達と帰るからということで、仕方なく俺は黒葛原と2人で靴箱へと向かうことになった。言わずとも気まずい空気が流れる。
暗い廊下を俺と黒葛原は無言で進んでいく。2人の乾いた足音だけが響き渡った。
一刻も早く黒葛原と別れたい気持ちで頭がいっぱいになっていると。
「匹見君一言いいかしら?」
彼女から声がかけられた。
俺はごくりと唾を飲み込む。
「次に城ヶ崎さんの前で同じこと言ったら私はあなたを許さないから」
黒葛原は言い捨て、早歩きで俺を1人置いて先に帰っていった。
すっかりぼっちになった俺。もう緊迫感からは解放されている。
「はぁー……」
俺は深いため息をついた。
「やっぱ人間関係って面倒くせぇな」