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第2章 日常①

 あの忌々しい日から数日が経っていた。

 午後の授業も終わり、俺の大嫌いな放課後がやってくる。


 まだ課外授業やら補習やらを受けていた方がマシとさえ思うついこの頃。


 教室を出ようとした俺は何者かの視線を察知した。咄嗟に視線だけで周囲を哨戒する。


 そして即座に視線の正体に気付くことに成功する。

 犯人は橘先生だった。どうやらこのまま俺が部活へ行かずに下校しないか見張っているようだ。


「ここは刑務所かよ……」


 俺は目をすがめ、行きますから行きますからと合図を送る。フッ、と橘先生の頰があからさまに綻ぶ。何だか負けた気がして苛つく。


 最近毎日これの繰り返しだ。

 もはやため息すら出てこない。


 俺のクラス――1年7組は東棟の3階に位置する。2年は2階。3年は3階。やはり最低学年は階段の登り降りが面倒くさい3階というのは暗黙の了解らしい。


 ちなみにだが、俺たちの部「お助け部」の顧問である橘先生はどんな権力を行使したのか、南棟の2階にある使われていい空き部屋を俺たちに用意してくれた。


 使われていないと言っても面積はちょうど1クラス分あり、特に不自由はしない。


 初めて入った時はそりゃもう凄い有様で無造作に置かれた机や椅子やらでごった返していて、もちろん埃なんかも雪のように積もっていた。しばらく人が入っていないのは一目瞭然だった。


 記念すべき部の初日は教室の掃除で放課後が丸々潰れたのは言うまでもなかろう。


 さらにこの柊高校の校舎は東西南北の4つに分けられている。

 俺たち1年は東棟で、2年は北棟、3年は西棟で、職員室や俺たちの部室があるのが南棟だ。1日を通して日が1番当たりやすいこの南棟は快適なのだ。


 南棟以外にもいくつか使われていない教室はちらほらとあるが、そこは橘先生が配慮してくれたのかもしれない。また1つ、先生への好感度が上がった。


 俺はいくつかの1年のクラスを横切り階段を降りていく。

 体育館によって日光の遮られた渡り廊下は妙に暗く雰囲気があった。そこを進み、突き当たりを右に、1、2、3番目の教室が俺たち「お助け部」の部室だ。


 引き戸に手を掛け開けようとするが、一度俺の手が動きをやめた。

 この先にあいつがいるのは明白だ。それなのに俺はそこへ自ら足を踏み入れようとしている。


「はぁ、帰りてぇ……」


 何故か既に疲れている俺。だがここまで来て引き返すのも癪なので嫌々俺は中に入った。すると早速あいつのお声がかかった。


「誰なの?」

「…………」


 俺はシカトを決め込む。

 鞄を1番左「窓際」の机に置き、うつ伏せの状態で座り込む。


「人様が訪ねているというのに無視するなんて一体どういう了見かしら」


 もう面倒くさいので適当に応えてやることにした。


「別にお前と話す気なんてねーよ」

「ホント、つくづく癇に触る男ね。私はあなたと話したいなんて一言も言ってないでしょ。あなたはどこの誰なのかを知りたいだけよ。警察呼ばれたいの?」


 あー。怠い。


「柊高校、1年7組、匹見 ヒキヤでーす。これで満足か?」

「そんなことは知ってるわ。もちろん知りたくはないけど。そう何度も自己紹介するのやめてもらえないかしら? ひょっとして自意識過剰なのあなた?」

「じゃあ何で聞いたんだょテメェ!」


 俺の言葉を華麗にスルーし、読書の続きを敢行し出す女の名は――黒葛原(つづらはら) レイカだ。


 外見的特徴をあげるならば美女。その一点に尽きる。スタイルは抜群「ただし胸はそこまでない」。

 そして黒髪ロングは、こいつのドス黒い性格をそのまま具現化したように漆黒の色をしている。極め付けのダークブルーな瞳は凍てつくように暗く、どこまでも冷たい。


 思い出してほしい。そう、先日職員室で橘先生が言っていた俺と似たもう1人の問題児というのはまさにこいつだ。


 いや、違うな。俺と似たというより断トツで俺以上に性格が歪んでいる。まず間違いない。

 橘先生曰く。


「自己変革の名の下、君と同様に彼女もこの部に入れておいた。類は友を呼ぶとはまさにこのことだな。はっはっは!」


 ――だ。いつかあの先生には復讐してやらなければならないようだ。


 しかし特にこれといってすることもないので、俺はひたすら流れる時間に身を任せることにした。


 天気は快晴。何気なく外を眺めていると開いた窓から心地よい風が流れ込んできた。

 グラウンドでは既に野球部が部活動に励んでいるらしく、バットにボールが当たったあの金属音がけたたましく鳴り響いていた。

 運動部特有の掛け声なんかも聞こえる。本当に平和だ。


「…………」

「…………」


 それに比べこの部室はどうだ? 他人から見たら通夜の予行演習だと思われてもおかしくないはず。この気まずい空気で窒息死するかと思っていたら。


「こんこーん!」


 はい、城ヶ崎登場。今ならお前でも喜んで歓迎できる自信がある。

 つか「こんこーん」てなんだ。新しい挨拶を生み出すな。俺の「ヒッキー」というあだ名にしろ、城ヶ崎はなにかと愛称を付けたがるようだ。


「あれ? ヒッキー今日はバトルしてないんだね、もしかして休戦協会ってやつ?」

「それを言うなら休戦協定な。そんな訳からん協会があってたまるか」

「あり、そだっけ? まぁどっちでもいいじゃん! ねー、レイレイ」

「そうね。協会だろうと協定だろうとどっちでもいいことよ。それよりこんにちは城ヶ崎さん。紅茶飲みたいなら淹れるけどどうかしら?」

「んーじゃあお願いしよっかな!」

「分かったわ。ちょっと待っててね」


 はい、ご覧の通りだ。

 黒葛原は城ヶ崎に対しては別人格じゃないかと目を疑うほど優しいのだ。


 そして教室の後ろには何故かポットが置いてある。黒葛原は家から持参してきたであろうティーバッグとカップを取り出し、城ヶ崎へのお茶の準備に取り掛かる。


 城ヶ崎は俺の前の席に座ると、呆れた趣で。


「ヒッキー、またレイレイと喧嘩したの?」

「別に、いつものことだろ。もっとも俺は喧嘩とは思ってねえけど。ただの会話だ」


 それよりも黒葛原 レイカだからレイレイなのか。

 黒葛原も特に嫌がってる素ぶりはないようだ。俺があいつをレイレイなんて呼んだ日にはどうなるか知れたもんじゃねえ。


「はい、城ヶ崎さんどうぞ」


 黒葛原は出来上がった熱々の紅茶を城ヶ崎へとふるまった。


「レイレイありがとー! あれ、ヒッキーの分は?」

「彼はいらないみたい。ね、そうでしょ? 強制わいせつ罪君」

「あぁいらねえよ。お前が淹れた紅茶なんて不味くて飲めるかっての」

「ごめんなさい、私の聞き間違いかも知れないからもう一度言ってもらえるかしら?」

「あぁ何度でも言ってやるよ」

「まぁまぁ2人とも! 仲良く、ね?」


 俺自身どうしてここまで熱くなってしまうのか、不思議だ。黒葛原は何事もなかったかのように自分の椅子へと座る。


 俺もこれ以上相手をしても馬鹿みたいに思えてならないので話題を変えることにした。


「そういえばこの部って何をする部なんだ?」


 これは前から聞きたかったことの1つだった。

「お助け部」。名前的には困っている誰かの手助けをするイメージだが。実際はどうなのか。


「名前の通り、困っている人の手助けをする部活だよ」

「まんまだな。それにしちゃ何ていうか、暇っていうかその……」

「依頼者が来ないのなら仕方ないでしょ。あなたはそんなことも分からないの?」

「んだとっ!?」

「こう、困ってる人ってもっといっぱいいるのかなって思ってたけど、実際はそんなにいないってことなのかな?」


 城ヶ崎はまるで帰り道で道に迷った小学生のような困り果てた顔をしていた。


「……城ヶ崎さん」

「いや、そんなことはないと思うぜ」


 この学校には700人も生徒がいるのだ。1人や2人困っている人間がいてもおかしくない。

 遠くない未来に必ず依頼はやってくる。……必ず。

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