出会い⑤
※変更しました。
菟田野高校→菟月高校
窓の奥に広がる空にはのっぺりと雲が垂れ込めていた。
今にも雨が降りそうだ。
「もう諦めろよ」
俺は言ってやった。
「……ヒッキーには関係ないでしょ」
「そうかも知れないが無理なもんは無理だろ。橘先生だってそう言ってんだし」
「匹見にしては珍しく物分かりがいいじゃないか。私の忠告もこれくらい素直に受け入れてくれると助かるんだがな」
「それとこれとは別です。ほら、もう行くぞ」
俺は女の子の手を引っ張るなんてことはしない、というかできないので制服の裾を引っ張った。
気安く触るなとか言われそうだったからだ。特に城ヶ崎なら言いそうだが。
「気安く触らないで!」
パシッと手が弾かれる。
裾しか触ってないのにこの始末だ。
「あぁそうかよ。なら俺はとっとと帰らせてもらうぜ。橘先生、先に失礼します」
「まぁ待て匹見、ちょっとからかってみただけだ」
「…………」
「先生それってどういうことですか……?」
俺の言葉を城ヶ崎が代弁した。
「悪い悪い。さっき言った3番目の条件なんだがな、あれは公認の場合のみなのだよ。要するに非公認の部活なら1番目と2番目の条件だけ達成すれば誰でも作れるということだ」
「ほ、本当ですか……?」
「ああ本当だ」
城ヶ崎は湧き上がる喜びを抑えているようだ。
まあ俺からしてみれば他人事だしどうでもいいことだ。
すると城ヶ崎は何故か俺へと歩み寄った。
「な、何だよ」
目と鼻の先に城ヶ崎の顔がある。何かの弾みでキスしてしまうんじゃないかと思うほど唇が近い。
もちろん童貞な俺には刺激が強いことこの上なし。
クソ、何だってんだ! さっきから心臓がバクバクいって息が苦しいんだが!?
「ち、近えよ。お前」
平静を装うも声が上ずってしまう。
「いいからそのままでいて」
城ヶ崎はおもむろに俺の鞄へと手を伸ばし、2番目のファスナーを開け出した。そこには何も入ってないはずだが。
というより他人の鞄に躊躇なく手を突っ込める城ヶ崎の人間性はもう手遅れだろう。
ひょいと城ヶ崎が俺から離れる。その手には見覚えのない封筒が持たれていた。
「何だそりゃ? そんなもん俺持ってたか?」
「……やっぱあの時か。凄い確率だけどこれはちゃんと返してもらうね?」
城ヶ崎はその封筒を開け、中から一通の紙を取り出し橘先生の机の端に広げた。置いてあったボールペンを握り何やら書き出す。
ものの1分でそれらの作業を終え、はい、と言って橘先生へと渡した。
「これで問題ないですよね?」
「……ふむ。確かに受け取った。となると記載通り非公認だが「お助け部」という名前で、部長は城ヶ崎 ユイ、部活生は匹見 ヒキヤの2人。顧問は……仕方ない。私がなってやろう。これで間違いないか?」
「はい! 問題ありませ――」
「大ありだ馬鹿野郎! 何で俺の名前があんだよ、つーかその紙部の申請書だったのかよ」
「えぇーもういいじゃん書いちゃったし、しつこい男は嫌われちゃうよ?」
城ヶ崎の顔がとにかく憎たらしい。
前にも公言したが俺の青春は俺で決める。俺の辞書に部活なんてもんはない。
非公認だが何だか知らんが、部活なんてもんに入る気は一切ねえ。
まず「お助け部」って何だ、ネーミングセンスの欠片も感じない。
「よく考えるんだ匹見、君はこの部に入るべきじゃないか? 自己変革というやつだ。もしかすると何かのきっかけで、その捻くれた性格と死んだ目も少しはマシになるのではなかろうか」
もはや教師が教え子に言う台詞とは思えない。
ちょっと待て。なんだこの雰囲気。このまま流されれば間違いなく俺はこの「お助け部」とかいう訳のわからない部に入れられることになる。
何せ部活ということは、俺はほぼ毎日この意味不明な女、城ヶ崎と顔を合わせなくちゃならなくなる。
それだけは絶対に勘弁だ!!!!
「ね、ヒッキー頑張ろ?」
「断固として拒否する!」
「ヒッキー自分で言った台詞覚えてる? えっとぉ、確か強制わいせつ罪♡」
「…………」
半ば脅しのような格好で俺は「お助け部」に入部させられることになってしまった。
ホント、人生何が待ってるか分かったもんじゃねえ。