出会い③
当たり前の日常が当たり前のように過ぎていく。代わり映えしない毎日。一見つまらない様に思えるが、それこそが俺の望んでいる青春だ。今までだってそうして生きてきたのだ。
俺のようなプロフェッショナルなぼっちにとって、友人や知人といった人間関係は害でしかない。
いづれ誰もが気付くはずだ。ぼっちの素晴らしさに。人間関係なんかに頭を悩ませることの愚かさに。
あれから数日が経ち、再び穏便なぼっち生活が舞い戻ろうとしていた矢先に一件の校内放送が流れた。
その内容は俺に放課後に職員室に来るようにとのことだった。
その時ちょうど昼休みで、俺は話す友達などもちろんいないので1人机の上に突っ伏していた。
これは寝たふりをすることで少しでもやることのない昼休みを潰そうという作戦だ。ぼっちは色々と大変なのだ。
実のところあまりこう何度も俺の名前は呼んで欲しくない。その度にクラスメイトが俺を冷ややかな目で見てくるのだから。
またあいつか? ってな具合にな。おかげで顔を上げづらいことこの上なしだ。
そもそも放送で呼び出される奴は大概何かしらの問題を起こした奴って相場は決まっている。
――授業が終わり放課後がやってきた。俺は鞄を背負い気怠さに耐えながら職員室に向かう。
職員室は南棟の一階にあって、これで3度目の訪問ということになる。この前のが2度目で1度目は……アイツの顔が過ぎるのであまり思い出したくない。
コンコンコンと3回ノックし、決まり文句の失礼しますを言って中に入る。
案の定、橘先生はいた。何やらノートパソコンと睨めっこしている様子だ。
「先生、今度はまたどんな用件で呼んだんすか?」
俺の問いかけに橘先生はきょとんとした顔をする。
「やぁ匹見じゃないか。ん、用件とは何のことだ?」
「とぼけないでくださいよ、昼休みに校内放送で俺を呼んだの先生じゃないんですか?」
「はて何のことやらさっぱりなんだが……。私は君のことなど呼んでないぞ? 私は昼休みは委員会の会議に出席していたから放送で君を呼ぶ時間なんてなかったぞ」
橘先生の表情や態度からは微塵も嘘をついてる様子はない。
俺が話しかけたせいで集中力が切れたらしく、橘先生はタバコに火を付けぐったりと椅子にもたれかかった。
となると一体誰が俺を呼んだんだ?
あの声は確かに橘先生だった気がしたが。どうやら俺の気のせいだったようだ。
「よく分からんが私に何か用か?」
「あ、いや。俺の勘違いのようです。なんか仕事の邪魔してすいません」
「いいんだいいんだ。ちょうど困り果ててた所だったし。そういえば匹見、この前の私の忠告少しは聞く気になったか?」
「……はぁ、まだ言ってんすか。俺には友達なんて必要ないです。第一柄じゃないですし」
「本当に頑固な奴だな君は。今年は匹見のような生徒がもう1人いるから骨が折れるよ全く。少しは私の身にもなってほしいものだ」
俺のような生徒か。と言うとどんな奴だろうか。
友達いらないの一点張りか? それとも陰キャラか? それとも目が死んでるのか?
「いづれにせよ俺もそいつも性格に難ありってことですね」
「あぁその通りだ。……自分で言って悲しくならないのか?」
橘先生が言い終え、タバコを消したと同時に「失礼しまーす!」と誰かが大声で職員室に入ってきた。
否応無しに視線は声の主へと引き寄せられる。
そこに立っていたのは、まさに数日前にバス停で俺とぶつかったアイツだった。
「あ、いた!」
俺を見るなり指を差して声を荒げる。
こいつはいちいち大声を出さないと気が済まないのだろうか。
もちろん職員室には他にも先生がいるわけで、近くにいた1人の先生から少しばかり説教をくらったようだ。
「へっ、ザマァ見ろ」
「おい匹見、人の不幸を笑うな。まぁこの場合私も同感だが」
俺は橘先生と小さくハイタッチした。
どうやら説教が終わったらしくアイツがズカズカとこちらにやって来た。
「橘先生こんにちは」
「あぁこんにちは。君は確か1年1組の城ヶ崎 ユイだったか?」
「わー! 凄いですね先生、もしかすると生徒全員の名前覚えてるんですか?」
「まぁな。覚えて損はないからそうしているだけだ。一種の職業病ってやつだ」
おいマジか。この学校って確か全校生徒700人はいなかったか?
この人案外凄いところあんだな。俺は素直に来年三十路を迎える目の前の人物に感心してしまう。
どうして毎度の合コンが失敗で終わるのか、益々謎が深まるばかりだ。
橘先生は俺と、俺の隣にいる城ヶ崎を交互に見やって、軽くため息をついた。
「ふう、今日は客人が多いな。ところで城ヶ崎、君は私に何か用か?」
城ヶ崎は満面の笑みでこう答えた。
「はい。実は私……、先日登校中に隣にいるこの匹見ヒキヤ君に道路で押し倒された挙句、無理やりパンツを見られたんです」
「ぬあ!?」
親父、お袋、そしてももちよ。
俺の人生はどうやらここで終焉を迎えるようだ。