う
オレンジ色に染まった部室の中、俺たちーー俺、城ヶ崎、黒葛原、橘先生の4人はジャイアントパン君を囲んで向かい合っていた。なんだこの状況。
「城ヶ崎、今の言葉もう一度いいか?万が一にも私の聞き間違いかもしれないからな」
「ごめんなさい先生。悪いですけどこの旅行券は売れません」
「ほう、なるほど。なら50でどうだ?」
ふぁーー!?
50。つまり50万円という意味だ。
あんた、どんだけ行きてえんだよ。
城ヶ崎はというとかぶりを振った。
それを見た橘先生は微かに歯をくいしばった。
先生をここまで突き動かすのは、やはり20代最後の旅行だからなのだろうか。それとも働き詰めでしばらくの間旅行に行く余裕がなかったからか。いづれにせよ目の前にいるこの人物は俺たちの知る先生ではない。生徒の私物をカネの力で買収しようとする悪魔だ。
「な、ならこれでどうだ……!」
橘先生は両手を広げ開示する。
この流れだとおそらく100万円。
俺が城ヶ崎なら真っ先に売り飛ばすところだが、彼女はそうはしなかった。
「いい加減にしてください先生」
目を瞑ったまま言葉を発したのは黒葛原だった。威圧感がとにかく凄まじい。
その一言に橘先生は我に返ったかのように大人しくなった。
先生のボルテージが急激に低下していくのが分かる。
これではどちらが教師でどちらが生徒が分からなくなる。
「ごめんなさい先生。これはお助け部のみんなで行くってもう決めちゃったんです」
「そ、そうだったのか。それは悪いことをした。すまない城ヶ崎」
「ん……?お助け部ってことは俺たちと行くってことか?」
城ヶ崎は嬉しそうにこくんと頷いた。
俺は慌てて黒葛原へと視線を投げかける。黒葛原は真顔だが明らかに目が喜んでいやがる。
黒葛原は得意げに腕組みをして。
「城ヶ崎さんがどうしてもと言うなら仕方ないわね。特に断る理由も見つからない訳だし、行ってあげてもいいわよ。ね、匹見君?」
俺に了解を求めるな。
黒葛原の行くという意思が分かり益々ご機嫌な城ヶ崎。
自然と城ヶ崎と目が合ってしまう。ヒッキーも行くよね?的なつぶらな瞳で凝視されても困るんだが。
なぜ困るかというと、俺の隣にいる橘先生がめちゃくちゃ羨ましそうな感じでさっきから俺を見つめているからだ。
「はぁ好きにしてくれ……。ちなみに俺はどっちでもいいぞ」
「ありがとヒッキー!」
これで俺、城ヶ崎、黒葛原の3人は決定した。
だが旅行券の招待数は4人だ。この場にいてそのことに気付かないはずがない人物が1人いた。もうお分かりであろう。
「では4人目は私ということで決まりーー」
「先生は駄目です」
早い、早いよ黒葛原さん!
せめて最後まで言わせてあげてくれ。
「な、何故私は駄目なのだ黒葛原!」
「先生は教師なんですよ?生徒と共に旅行なんて学校の規則が許すはずないでしょう。それに先生はゴールデンウィーク期間中に何度か会議があるはずです。仕事をサボって実の生徒とバカンスなんて大問題もいいところです。安心してください、ちゃんと現地の写真とお土産は持ってきてあげますから」
「ほ、本当に駄目なのか……?」
「はい。残念ですが」
こ、公開処刑。何だろうこの気持ち。
俺の性格が捻くれてるのは知ってるが、さすがにここまで血も涙もないことは言えない気がする。やはり人間見た目じゃないってことだな。
俺は素直に痛感した。
部の様子を見に来ただけなのに、部屋を入る時と出ていく時じゃ天と地ほどもテンションが下がった橘先生の背中を見送り、俺はしんみりとした気持ちになった。
「で、4人目はどうすんだ?一応3人でも行けるはずだが誰か誘いたいやついるか?」
「私は特にいないわ。匹見君に友達いないのは誰もが知ってるから聞く必要はないし、となると城ヶ崎さんは?」
「そだねー。私も特にいないかなー。変に人数合わせで誘うと、なんていうかぎくしゃくしちゃうからね。そういうのはあんまり好きじゃないし……」
そんな経験など皆無な俺には城ヶ崎が何言ってるか全く分からん。
その時、俺の頭にふとももちが現れた。
確か行きたいようなことを言っていた気がする。
「そういや俺の妹が行きたいみたいなこと言ってたんだが、誘ってみてもいいか?」
「へー、ヒッキーって妹いたんだ?」
「ああ一応な。2こ下だからちょうど中2だ。いいか?」
「私は構わないけれど、あなたの妹ってことはやはり外面や内面も似通ってるのかしら?」
「あ?何でそんなこと聞くんだよ」
「あ、いや、ただ何となくよ。答えたくないのなら別に構わないわ」
何だその投げやり感満載の捨て台詞は。
俺は頭上にももちを思い浮かべた。
小悪魔のような笑い顔。容赦ないキック。そして常時ジャージ姿。
「んー、一個も似てねえかな。まあそこそこ可愛いほうだとは思うぜ」
「そう。似てないのなら問題ないわ。とりあえず4人目は匹見君の妹さんってことで保留ね。この件はまた後日話し合いましょう」
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが俺は気のせいにしてやった。
その日の夜、俺はこのことをももちに話してやった。
案の定ももちは歓喜のあまり飛び上がって行きたいと名乗りを上げた。
終いには俺に抱きついてきやがった。