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俺は駅近のとある喫茶店にて並木さんと共にいた。並木さんが近くにお気に入りの店があると言うのでついていってしまって今に至る。
入ると店内はビンテージ風に装飾されていた。壁は鮮やかな赤褐色のレンガで、丸テーブルや椅子は木目がはっきりと浮き出ていて一目で手作りだと分かる。90年代ものの洋楽が微かに流れていて、雰囲気を一層引き立てていた。
こんなお洒落な喫茶店が駅近にあることを俺は知らなかった。
並木さんはというとストリートライブで使用していたあのキーボードピアノを横の壁に立てていた。
おそらくだが並木さんは気付いてる。俺が尾行していたことに。正直どこから話せばいいか分からない。
そんな俺を見かねた並木さんは軽く手を上げウェイトレスを呼ぶ。コーヒーとサンドウィッチを注文した。俺はウェイトレスの人に自分は結構ですとだけ言った。ウェイトレスが去っていったところで俺からきり出した。
「その、悪かった……」
「何で匹見君が謝るの?」
「いくら依頼の解決のためとはいえ並木さん本人に黙って不審者同然のようなことを俺はしたんだ。罵倒されようが蔑まれようが仕方ないことだと」
「んーそれはちょっと違うんじゃないかな?匹見君たちは私の身を守ってくれるためにずっと後ろからついてきてくれたでしょ?」
「へ……?」
匹見君たち。このワードに俺は疑問を抱かざるを得ない。
たちということは城ヶ崎や黒葛原も含まれてるってことだ。
「まさかあいつらのことも?」
「うん。え、私何か変なこと言った……?だ、だって匹見君たち凄くバレバレだったよ?」
「なにぃ?!」
どうやら俺たちの尾行のセンスは皆無らしい。
あの2人はともかく俺もないことにショックが隠せない。
そこでウェイトレスがやってきて並木さんがさっき注文したコーヒーとサンドウィッチを持ってきた。並木さんはそれらを美味しく召し上がっていく。若干俺の腹が鳴ったが我慢した。
「どうだった?」
唐突に並木さんが訊いてきた。
この場合のどうとはおそらく路上ライブのことだろう。
「まぁまぁだったな」
「嘘だぁ。匹見君ってばずっと真剣に聞いてるように見えたけど?」
「良かった、これは本当だ」
「どういたしまして」
「しかし驚いたな、まさか並木さんが音楽活動してたなんて。いつからか聞いていいか?」
「本格的に路上ライブをし出したのは去年の秋から。やっぱり私って似合わない?」
並木さんの俺の勝手なイメージだと文芸部とか書道部とかにいそうな感じだ。
「似合うか似合わないかと言えば、まぁ似合わないな」
「さすが匹見君だね。変に気遣わないあたり、むしろ私は好きかな。でも他の子にはちゃんと紳士に接してあげなきゃ嫌われちゃうよ?」
「そりゃどうも」
俺は吐き捨てるように言ってやった。
一見大人しそうだがそれとは裏腹に小悪魔的な面を覗かせる並木さん。
やはり人は見た目じゃない。そのことがひしひしと分かる。
「匹見君、本当は私ね、君たちに謝らないといけないの」
「謝るって俺たちにか?そりゃどういう意味だ」
一つ間を空けて、並木さんは吐く息に身を任せるように喋り出した。
「本当は不審者なんていないの。全部私の作り話なの。ごめんなさい」
俺は絶句した。
じゃあ俺の、俺たちのあの放課後の尾行はなんだったんだ?
「ちょっと待て、じゃ何か?俺たちはいもしない犯人の背中を追ってたって訳か?」
「……そうなるかな。本当にごめんなさい」
どうやら冗談でも、ましてや嘘でもないらしい。
俺は自身の肩から力が抜けていく感覚を覚えた。
だが反面ほっと安心している自分もいた。
ももちと話したように最近この街で不審者が出没していることは事実なのだ。
真実を知った俺は、別に怒りとかそういう感情を覚えることはなかった。
「だけどあいつらが納得しないんじゃないか?」
「城ヶ崎さんと黒葛原さんのこと?」
「あぁ。そもそも何でこんな嘘なんかついたんだ?」
「そ、その……だ、誰かに見てもらいたかったの。本当の私を」
つまり並木さんは俺たちを路上ライブに誘うために視線を感じるなどと嘘をつき尾行させたってことだ。
彼女はなおも続けた。
「学校じゃ私は大人しい……えっと確か清楚系って言うんだっけ?」
自分で言うな。
と、俺は心の中で突っ込む。
「とにかくそういう人ってみんなに思われちゃってるから。私が音楽活動なんて似合わないことやってるって知られたら嫌われちゃうと思って……。でも、でもそれ以上に誰かに私の歌声を聞いて欲しかったの。どうしてかは分からないけどそれが匹見君たち、いや、匹見君だって直感したの」
並木さんの目には涙が溜まっていた。
俺は胸ポケットからハンカチを取り出しそっと彼女へと渡す。
直感か……。
「それはアーティストとしての直感ってやつか?」
「いや、違うかな。女としての……かな」
急に上目遣いで俺を見てくる彼女。この角度だと胸が強調されて目のやりように困る。
「ほら匹見君って目が死んでるでしょ?私の音楽の力で治せないかなーって」
「そこまでくるともはや悪口にしか聞こえねぇな」
「ふふ、冗談だよ。冗談」
「はぁ……まぁなんだ。話戻すけど要するに人の目なんてもんは気にしてもしょうがないと思うぜ。俺なんて学校じゃ友達ゼロのぼっちでも全く気にならねえよ?」
「匹見君って意外と面白いんだね」
意外は余計だ。しかし涙を拭き終えた彼女の顔は清々しいほど穏やかだった。その涙に嘘は感じられない。
彼女は本当に誰かに自分の音楽を聞かせてあげたかったのだ。それが今回はたまたま俺だったってことだ。
俺は椅子からのそっと立ち上がった。
「だが後始末はちゃんとやらねえとな。そこはまぁ、俺に任せとけ。いい作戦がある」




