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黒葛原に連れられ、俺と城ヶ崎は市内のとある街角で不格好に身を寄せていた。
付け加えるならある人物の後を等間隔で尾行している。現在進行形で。
「……おい黒葛原」
「どうかしたの匹見君?」
「これはさすがにマズイだろ。側から見たらまさしく俺たちが不審者じゃないのか?」
「その心配は無用よ。匹見君、あなた1人なら間違いなく通報される場面だけど幸運にもここには私と城ヶ崎さんがいるもの。そんなことより並木さんから目を離さないように」
俺は渋々黒葛原の指示に従うことにした。
俺たちは「お助け部」の初の依頼者である並木さんの後をつけているのだ。
黒葛原によれば、並木さんが何者かの視線を特に感じるのが下校時間、それならば同時刻に俺たち自身が並木さんの後を尾行すればいつか必ず俺たちと似たような行動を取る者が現れる。そいつが並木さんの言っていた視線の正体であり犯人なのだ。
「ねえねえヒッキー、なんだか凄くハラハラするね。これぞまさしく現代版シャーロック・ホームズ!」
ご覧の通り城ヶ崎は凄く楽しげだ。
おまけに探偵さながらハンチングまでしていやがる。
こいつらおそらく事前に並木さんの尾行を計画してやがったな。
肝心の並木さんはというと1人で黙々と帰路を辿っているようだ。
今いる場所は住宅街で、誰かがいれば物音や気配で察知できるが今のところは大丈夫そうだ。
「ところで並木さんは知ってるのか?」
「「何を?」」
変にハモる2人。
「まさにこの状況だっつーの。俺たちが尾行してることちゃんと伝えてあるのか気になってな」
「もちろん何も言ってないわよ」
「お前は何考えてんだ!もし俺たちが不審者と思われて逃げられたらどうする気だ」
「そうならないためにこうやって距離を空けてるんでしょ。それに並木さんには自然体でいてもらわないと困るのよ。並木さんが変に警戒したりしたら当然不審者も異変に気付くでしょう?」
「まぁそうだが……」
ここで言い返せない自分が惨めに思えてならない。
そうこうして尾行しているうちに並木さんは住宅街を抜けてしまった。
俺たちもそのあとを慎重に追っていく。
やがて商店街が立ち並ぶアーケードへとやってきた。ここは菟田野街の中心部に位置する場所なので必然的に人の姿も増える。
仕事帰りのサラリーマンや学生、主婦なんかが目まぐるしく往来している。
そして並木さんは中央駅の中へと入っていく。俺たちも続く。
「あ、見て見て!パン君のぬいぐるみ!」
城ヶ崎が指差した方は駅の売店だ。その最前棚にご当地キャラのパン君「パンダ」が所狭しと陳列していた。県内だと知らぬ者などいないほど有名なマスコットキャラだ。
補足すると城ヶ崎のバッグにもパン君のキーホルダーがぶら下がっている。
「おい城ヶ崎今はそれどころじゃないだろ。黒葛原も言ってや…れ……」
黒葛原の目は完全に奪われていた。パン君に。
人の目がここまで剥き出しになることを俺は生まれて初めて知った。
「……買いましょう」
「お、おい並木さんの後はどうすんだよ!?」
馬耳東風とはまさにこのこと。
流れるように揃った足並みで黒葛原と城ヶ崎は売店へと吸い込まれる。
お、お前らやる気なさすぎだろ……。
もうなんだか真面目にやっていることが阿呆らしく思えてきたので、俺は黒葛原と城ヶ崎に習って売店で飲み物でも買うことにした。
俺はりんごジュースを買ってふた口で飲み干した。
どうやら2人はまだパン君に釘付けの様だ。
売店横にある休憩スペースの椅子に座っているとどこからか歌声が聞こえてきた。
それは駅内の壁に反響して2重の音色を奏でていた。
キーボードピアノの電子音と肉声。間違いなく弾き語りだ。
一曲が終わり、また次の曲が流れる。
その度に拍手や喝采が沸き起こる。
ストリートライブなんて到底俺なんかとは縁がない言葉だ。
それでも、心地よいこの歌声には強い魅力を感じた。
気付けば20分が経とうとしていた。俺は椅子から立ち上がり2人の様子を見に行くことにした。
2人はというとパン君のことで何やら揉めている様だ。
「レイレイ!それは私が先に買おうとしたパン君だよ!」
「何を言ってるの城ヶ崎さん。このパン君に先に手を伸ばしたのは私なのよ。つまり購買権は私にあるわ」
「ムキーっ!やっぱりここは「お助け部」の部長である私にそのパン君は譲るべきじゃないかな?!」
「それとこれとは別よ。確かに城ヶ崎さんは最初このパン君を見て可愛いねとは言ったわ。でも買うとは一言も言っていない。他にもパン君はたくさんあるのだから私の手の中にあるこのパン君は諦めた方が英断なのでは?」
パン君パン君うるせぇ……。
見ると黒葛原の腕の中には、ランドセルほどの大きさのパン君が抱かれていた。
「お前ら何やってんだよ」
「あ、ヒッキー!聞いて聞いて!私が買おうとしてたパン君をレイレイが横取りしたんだよ?」
「それは聞き捨てならないわね城ヶ崎さん。そうね、ちょうど匹見君が来てくれたことだしこうしましょう。このパン君がどちらに相応しいのか匹見君に決めてもらうのはどうかしら?」
黒葛原と城ヶ崎の視線が俺へと集まる。
「私を選ばなかったらどうなるか分かってるわよね?」と言いたげな黒葛原と、「ヒッキーならもちろん私を選んでくれるよね?」と言いたげな城ヶ崎。
「え、えっと……」
何だこのエロゲに出てきそうな究極の2択は!
俺は悩みに悩んだ末、1つの答えを導き出した。




