い
「おーい、お兄ちゃん生きてる〜?」
ももちに呼ばれ、俺は放課後の記憶から戻ってくる。
そして妹に正当な注意をしてやる。
「おい見えてるぞ」
「何が?」
俺の視線からだと前のめりになったももちの胸の谷間がはっきりと視認できた。
風呂上がりの谷間には汗らしいいくつかの雫が残っていた。
無論、今さら妹の谷間など見ても何とも思わないが。
そのことにようやく気付くももち。途端に顔が赤くなる。
「……お兄ちゃんのエッチ」
「今さら何言ってんだももち。昔は一緒に風呂入ってお互いの裸見せ合った仲だろ、胸の谷間見られたくらい恥じることじゃねえだろ?」
「その言い方は変な誤解を生むからやめてってば!それよりさ、お兄ちゃんはどうなの?」
「何がだ?」
得意げな顔を浮かべるももち。
片方だけ吊り上がった眉がなんとも憎たらしい。
「だから不審者のことだよ。ももちは見ての通り純粋無垢な女の子だから、痴漢とかストーカーとかするような汚れた心は持ち合わせてないからね。でもお兄ちゃんはどちらかと言うと一般人よりも不審者よりの人間じゃん。だから不審者の気持ちってどんなかなーって」
実の兄を不審者呼ばわりとはももちはやはり将来大物になるに違いない。俺は確信した。
「んーそうだなぁ。不審者つっても目的が様々だからなぁ。まあなんていうか自分のものにしたいんだと思う。いわゆるお金じゃ手に入らないもんってやつじゃないか?だからこそ悪に手を染めてでもやるんだろうよ」
「さすがお兄ちゃん言葉の重みが違うね〜」
「へっ、そんな褒めるなって照れるじゃねえか」
「別にももちは褒めてる気持ちは一切ないんだけどね〜」
「まぁこれは仮の話だが、俺ん家付近で不審者が出没したとなると俺はももちのことを24時間側から見守ってたいかもな。あくまで我が妹を思いやる心配からだが」
「はは、気持ちは嬉しいけど素直に喜べない自分がいる」
翌日ーー。今日は珍しく寝坊してしまった。
満員のバスに揺られ窮屈さを紛らわそうと外の景色を眺めていると、一目見てそれが誰だか分かった。あの後ろ姿は城ヶ崎だ。桃色のショートヘアはどうも目を惹くものがある。
それと同時に城ヶ崎と一緒にいた連中にも意識が向いた。
城ヶ崎を含めどうやら6人のグループのようだ。
ぱっと見だったが全体的にチャラいイメージが強い。
バスの速度は当然早く、それくらいしか分からなかった。
そういえば、と俺は思い出す。
……あいつは、俺と違ってスクールカースト上位の人間だったな。
孤独な1日が終わり、放課後を迎える。
今日は珍しく学校に来てから一言も喋っていない。
まあ普段の喋るといっても後ろの奴にプリントを渡す時の「はい」くらいだが。
高校を卒業する頃には俺の声帯は退化してしまうのではないかと懸念している。
教室を出ると。
「こんこーんヒッキー!」
城ヶ崎が廊下で俺のことを待ってたようだ。
「何だ城ヶ崎か」
「それひどくない!?ほら、早く部活行くよ!」
すると教室の中から話し声が聞こえてきた。
「ねえねえ私匹見君が喋ってるとこなんて一度も見たことないんだけど、あの人ってほんとに喋れるの?」
「さぁ、いつも1人だし友達いねぇんじゃね。なんか雰囲気オタクってイメージだしな」
どうやら俺の陰口らしい。まあ、別に気にしないが。
城ヶ崎がぽんと優しく撫でるように俺の肩を叩いた。
「強く生きるんだよ、ヒッキー」
「うるせぇ」
俺は城ヶ崎の腕を振り切り急ぎ足で部室へと向かった。
後ろから「待ってよヒッキー!」と城ヶ崎の声がしたが当然無視してやった。
俺と城ヶ崎が部室に入るとやはり黒葛原が先に来ていた。
黒葛原は読んでいた本をぱたっと閉じ席を立つ。
「ようやく来たわね2人とも。さ、時間もないことだしとっととここを出るわよ」