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8 冒険は、金になる


「そもそも、なんであんなに高いんだろうね、配信魔法使用料って」


 フェーリスが思いついたようにそんなこと言う。それに対し、アバルは即答した。


「独占的な商売だからだよ。配信ギルド以外に魔法配信の技術をもつ集団はいない。それに、魔法の智恵をもつ集団も」

「魔法の智恵、ねぇ」


 今一ピンときていない様子のフェーリスに、アバルは苦笑した。魔法は配信魔法によって一般的になったが、その由来や構造となるとウィザード以外の人間はまだまだ疎いのが当たり前だ。


「配信魔法が一般的になってしばらく経つが、未だにウィザードや配信ギルドの人間以外は疎いんだよな、こういう話って」


 フェーリスに目を向けて、アバルは補足する。


「魔法の智恵。古代の人間種族全体――亜人も含めてだが――が生まれつき持っていた、魔法を行使するための知識であり記憶であり体感であり……とまあそんなもんだよ。意識しなくても俺たち人間は二足歩行できるだろ? それと同じように、大昔の人間は魔法を使えたんだ」


 説明しながらソフィアを見ると、こちらもフェーリスと似たり寄ったりな顔をしていた。


「この『魔法の智恵』が世界が滅びかけて封印されたことで人間は今の人間になった。つまり、当たり前に出来ていたはずの歩き方を忘れたようなもんだな」

「その智恵の一部を賢者と呼ばれる人間がとある封印墓所で発見し持ち帰り、それを後の配信ギルドとなる集団が利用した、ですね」


 リコリスがアバルの言葉を継いで言った。その台詞にアバルはどこか、自分でも意識することの出来ない歪んだ表情を暫時浮かべた。


「ああ。利用した。当時、世界の遺跡を回りこの世の神秘、構造、神学や哲理を追い求めていた『賢者』から配信ギルドがどんな経緯で『魔法の智恵』を掠め取ったのか――いや、手に入れたのか。それは明らかになっちゃいないが、実のところ真っ当な方法でなかった……」


 と、そこまで言って、アバルはフェーリスとリコリスの視線に気がついた。二人とも口を噤み、アバルに堅い視線を送っている。アバルはその二人と、それから二人の硬い表情の意味が分からずにいるソフィアを見返して、続けた。


「……なんて、噂する者もいる。なんにしろ、『魔法の智恵』が魔法配信を行うための大元で、それを配信ギルドしか持たない現状、配信魔法はその価格設定も儲けも独占的に決定されるんだ。あこぎな商売だよ」

「でも、『魔法の智恵』は、配信ギルドが全て所有しているわけじゃない、ですよね?」


 と、ソフィアがそっと小さな声で呟いた。風が芝生を揺らすような柔らかな声に、アバルは頷く。


「ああ。ここも含めて世界には封印墓所が――古代の、魔法の智恵を封じたとされている遺跡がいくつもある。だから、遺跡探索を生業とする冒険者の究極目標は『魔法の智恵』の獲得なんだよ」


 それは、冒険者の間では常識と言ってもいい話だった。魔法を再び人にもたらすほどの魔法の智恵が手に入れば、世界で二番目の配信ギルドを立ち上げられる。


「そもそも俺たちが遺跡に潜るのだって――」


 続けてそう言いかけて、アバルは言葉をとめた。立て続けで遺跡に潜った疲れのせいか、口が軽い。頭を振って、話題を逸らす。


「まあ、言うまでも無く魔法の智恵の獲得なんてのは、困難な夢だけどな。実際に手に入れた冒険者は、配信魔法が世に現われて冒険者が活発に活躍しだしてからこのかた三十年だか四十年だか経った現在も、現われていない。封印墓所に眠る『魔法の智恵』なんてただの与太話、伝説の類だと言う人間も多い」


 幻の黄金饗や永遠の命をもたらす不老長寿の薬草、といったものの類だといわれることも多い、というわけだった。


「だから迷宮探索冒険者の稼ぎは実際には古代の遺跡に眠る様々な財宝――現代では作成不可能なマジックアイテムや、高度な技術で作られた装置、未知の合金、生物資源、その他諸々になるわけだが。まあこれらはこれらで馬鹿にならない額にはなるんだけどな。本当に貴重な何かを持ち帰れば一発ででかい資金になることもある。こっちは伝説でもなんでもなく、実際に大金持ちになった冒険者も存在する」


「じゃあ、私たちもそういうの狙う?」


 フェーリスが耳の先を指で整えながら言う。


「狙えれば、な。フェーリス、簡単に足を踏み入れられる迷宮低層や中層にそんなお宝がゴロゴロしてるの見たことあるか?」

「ないけどまあそこはそこはかとなく気合とかでなんとか」

「なるかよ。誰もが持ち帰りやすい財宝は探索が始まったころ、初期段階で消えちまって、だからこそ俺たちは今悩んでいるわけだ」

「冒険者は、外から見るほど華やかな職ではない、ですね」


 リコリスが横合いから囁く。冒険者同士でよく呟かれる決まり文句の一つだった。


「その通り。古代遺跡の探索、怪物との戦い、剣と魔法が舞い踊り、財宝を掴み仲間と共に酒を酌み交わす。楽しそうな話だし実際そういうこともするが、美談ってのは美しく語るよりも大抵現実の話から醜い部分を削って作られるものだからな」

「街の方なんかはよく冒険者に憧れる、って人も多いですけれど。ギャップありますからね」


 こくこくと頷いてリコリスが相槌を打つ。

 冒険者は、配信魔法が一世を風靡し社会が大きくうねり変化したこの現代において、一種花形的立ち居地の職とみなされることも多い。放浪者でしかない彼らだが、一方で様々な景色をその目で見、その身で感じて生きる、広い世界を知る人間というものに、やや開放的になった後の社会はそれなりに憧れたのだ。


「迷宮探索、古代の遺跡での宝探し、といえばまあロマンはあるけどな。だが深く潜れば人知を超えた怪物がうようよしているし、常軌を逸した罠も増える」

「そして、そういう場所に立ち入らなければ大きな儲けにはなりづらい、ですね」


 二人で交互に言い合い、それからぴったり同じタイミングで溜息をつく。

 アバルは半ば自分自身に語りかけるようにして、状況と問題点を整理するために再度口を開いた。


「……大もうけするなら深層の探索が一番だが、そんな危険な場所にいくにはしっかりした備えが必要で、そのためには大きな資金が必要になる。長期間潜るための食料、装備、強力な怪物に対抗するための仲間、強力な魔法の使用料、薬品……そして、俺たちには現状そんな金は無い。時間も限られている」


 冒険者パーティーが最も多く抱える問題は言うまでも無く「金の問題」である。

 迷宮探索というリスクある行為に対しては当然準備のための金がかかる。儲けと投資のバランスに悩むという点では、冒険者はバラ色の稼業でも憧れのロマンある放浪者でもなんでもない。町で帳簿を睨みつけて一日を過ごす商人と同じなのだ。

 「魔法料金」の問題もそうした金勘定の悩みの中に内包される。

 魔法はパーティーの火力の要であり、強力な怪物を打ち倒すことの出来る人知を越えた力そのものであるが、一方で高額の使用料を払わなければならない金食い虫でもある。

 豪勢に魔法を使いすぎればパーティーは破産を迎えてしまうし、逆に魔法をケチりすぎれば思いがけない強敵との戦いや大怪我などの危機的状況に対処しきれず、破産どころか死を迎えることとなる。

 魔法だけでもない。食料だって医療品だって、持ちすぎれば破産するし重くかさばるから移動にも支障をきたすが、足らなければ命が失われる。

 支払いのリスクと冒険のリスクのバランスシート上で揺れ続ける存在。それが、ウィザードというものだ、とそう唱える者もいる。

 と、そんなことをつらつらとアバルが考えていると、今度はソフィアが問いの声を上げた。


「何か、迷宮の低層なんかで大きく儲ける方法というのは、無いんですか?」

「あれば、誰かが既にやってるだろうなぁ……」


 応えて、アバルはまたも嘆息した。この窮状を脱するための方策。金儲けの方法。


(恐喝、美人局、密輸……いや待て、違う、もっと何かあんだろ。ええと、スマートな方法だ。より効果的な。貴族相手の強盗。誘拐。脅迫。駄目だ、心が合法的な方法に全くなびかない。頑張れ俺、常識の香りを思い出すんだ……新興宗教立ち上げ、小麦粉だけで作った健康食品のセールス……)


 続々と湧いて出るのは、しょうもない犯罪行為がほとんどだった。


「ここは一つ、結婚詐欺とか――」


 言いかけたところで、アバルは声を止めて無言で立ち上がった。


「音だ」


 低く呟くと、フェーリスとリコリスも既に立ち上がり、周囲に視線を走らせている。少し遅れてソフィアもまた周りを伺う。

 しばし何の変化もない、単調な時間だけが流れる。だが次第にこつこつと硬く小さな音が響くようになり、その数が次第に増えていく。

 アバルが腰の鞘から剣を抜く。刀身の中心に溝のつけられた直剣が魔法の炎の明かりに照らされて鈍い銀色の光をその場に振りまく。


 その光に刺激されたのか。


 明かりの届かない石造りの通路の先、暗がりの向こうから、複数の影が現われた。

 ソフィアよりも背の低い、大人の男の腹ほどまでしかないような、子供のような人影が、明かりの元に姿を現す。背は低いが、顔かたちや皮膚のひび割れ方は中年の男に近く、剣呑な眼差しをアバルたちに向ける様は間違っても人間の子供ではあり得ない。


 現われた影は全部で五つ。その全員が、手に手に凶器と思しきナイフや、石片と布で作ったブラックジャックのようなものを持っている。


「レプラカーン」


 リコリスが呟く。アバルは頷くと、ソフィアとリコリスを手で制して後ろに下がらせた。

 レプラカーン、あるいは単に小鬼や小人と呼ばれるこの危うい気配を放つ集団は、亜人の類ではなくどちらかといえば怪物に分類される、迷宮に生息する厄介者だった。世界各地の迷宮の低層に生息し、言葉も通じず人間には攻撃的であり、一般的には人間の形状を模して作られた迷宮の守り手などといわれている。

 知能は低いがそれでも道具を使い戦う程度には賢く、人間と同じように視覚や聴覚もそれなりに発達している。分厚い鎧を着ているわけでもなく、扱う道具も原始的なものでしかないため、熟練の冒険者であればさほど恐れる相手でもない。


 そういうわけで。


 じりじりと距離をつめようとしているレプラカーンのほうへとアバルはぞんざいな足取りで一気に近づくと、その突然の動きに驚き硬直する小鬼の一人を剣の柄で殴り昏倒させる。その勢いを利用して刃を振るい、別の一人を切りつけて悲鳴を上げさせる。

 獣じみた怒声を上げて、残りのレプラカーンたちが獲物を振り上げアバルへと踊りかかる。

 だが彼らがアバルに武器を振り下ろすより先に、更に悲鳴が二つ上がる。いつの間にか影のように――しっかり注視していなければ影そのものとしか思えないような早さと静けさでもって、フェーリスがレプラカーンの背後から駆け寄り手に持った短刀を敵の関節に滑り込ませていた。


「いやーほー!」


 素っ頓狂な嬌声を彼女が上げる。


「ね、ね、アバル。なんかさ、お金に困って悩んでるときに暴力振るうの凄い爽快感あるよね?」

「そういうのは人格的にどうかと思うぞー」


 やや憮然としつつ半眼でアバルが答えると、既にそのときには残る二匹の怪物もまた倒れている。それぞれにアバルの剣とフェーリスの短刀を受けて。


「全く、どんな楽なモンスターでも休憩中睡眠中に来ると疲れがくる――」


 敵が負傷して動きを止めたことを確認し、ついそうぼやきかける。と、そのアバルの声を遮るように、か細い驚きの声が彼の背後から上がった。


「ひゃっ!」


 ソフィアの声だった。即座に振り返ると、背後に控えていたソフィアとリコリスの更に向こう側、ちょうどアバルとフェーリスが倒した一団の反対側から、一匹のレプラカーンが姿を現していた。


(挟み撃ち、か?)


 そう賢くない小鬼が上手く集団で連携して戦うという話はあまりない。そのために単純にソフィアたちを下がらせたわけだが、それが裏目に出た。


(ぬかったなぁ)


 反省しつつ、アバルは落ち着いて長剣を両手で把持し直し、肩の上まで持ち上げた。

 投げれば当たる。その確信があった。距離はさほど離れておらず、風も障害物もない。十分に敵の動きを止められるはずだった。ピンチではない。

 だが、アバルはすぐに動作を止めた。彼が剣を投げ放つより先に、声が響き渡っていた。


「……遠く向こう岸、隔絶して彼岸、理想郷、冥府、渡るでも見せるでもなくただ届かせよ――」


 かなりの早口で、しかし流暢に、春風が肌をさっと撫でて過ぎ去っていくかのように、声が通り過ぎる。

 次の瞬間には、ソフィアのすぐ目の前にレプラカーンがもう一匹出現していた。


「慣れてるね」


 アバルの隣でフェーリスがぽそりとそう呟く。

 ソフィアが唱えたのは、逆遠隔視の呪文だった。街で地元民に因縁をつけられたときと全く同じ、敵の眼前に自分の視覚情報を生み出して混乱させるというちょっとした奇策。

 敵の奇襲に対し、とりあえず時間を稼いでみたといったところか。そこまで広くないこの場所で大規模な攻撃魔法は危険であったし、それを考えればやり方としては上手いものだった。


 と、何かに気づく。何かが頭の中で急に色づき、目に留まってしまう。


(なんだ?)


 ふとした引っ掛かりが唐突に頭の中にいくつも生まれる。逆遠隔視。ソフィア。魔法に長じた種族、ドライアド。そして、オリジナル・ウィザード。

 思い付きが、幾つもの単語が、頭の中にぞろぞろと浮かぶ。混沌とした思考に動きを止めたままでいると、いつの間にかフェーリスが敵を仕留めていた。


「アバル?」


 首を傾げたリコリスが、顔を覗きこんで心配そうに名を呼ぶ。それにも応えず、アバルは胸中で言葉を並べ続けていた。


(ソフィアは優れたウィザードだ。それも、金がかからないオリジナルだ。俺たちは冒険者で、冒険者は社会の新参者で、苦労の耐えない特殊な職業で放浪者で荒事経験者で探索者だ。封印墓所は冒険者を惹きつける。古代の遺産と異様な怪物。見たことの無い景色。街の人間は時に冒険に惹かれる。数々の冒険譚。冒険の味を届かせるもの――)


 蠢く大量の言葉が、渦を巻く。渦を巻いて、一点に吸い込まれるように凝集する。

 いつの間にか俯いていた顔をがばりと上げて、アバルは口を開いた。


「フェーリスに、リコリス。あとそれから、ソフィアも」


 改まったような口調で名前を呼ばれ、三人は疑問を顔に出しつつもアバルに瞳を向けた。

 一人一人をアバルは数秒かけて見返した。ところどころくせっ毛がはねつつもそれすら愛嬌の一部となっている首元までの長さの髪と、吊り気味で大きな、活発で動的な光を宿した瞳を持つフェーリス。それとは対照的に、落ち着きと深い知性を全面から発するように、やや大人っぽい造作の瞳と唇、それに長い髪を持つリコリス。

 そして、瑞々しく、今から自分が何処に向かって伸びていくのか戸惑う若木のような気配を纏った、ソフィア。

 三人分の訝しげな視線を向けられ、しかしアバルは全くそれを気にせずに続けた。


「三人ともさ、美人だよな」


 反応は、三者三様だった。


 リコリスは頬に指先を当てて「何を、その、いきなり?」と言葉を詰まらせ、フェーリスは目を見開いて物珍しそうにしつつも口元ににんまりと謎の笑みを湛えている。ソフィアはただ目を丸くして疑問符を顔面に張り付かせている。

 そんな三人に、更にアバルは告げた。


「思いついたぞ。金儲けの方法」


 自分自身の言葉が、迷宮の闇の中ではっきりと反響したことを感じながら、ゆっくりと剣を鞘に収める。

 唐突な言葉に目を白黒させる仲間に向かって、アバルはややヤケクソ気味に笑って見せた。


「冒険は、金になる。古代の遺産、貴重な物品……それら結果に加えて、その『過程』もな」



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