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5 新しいウィザードメンバー


 冒険者ギルドというものは、その言葉通り冒険者のための寄り合い所帯である。


 各地を転々とし、様々な仕事に手を出す冒険者だが、国をまたぎ様々な都市で、町で、村で活動するためには、本来個人では背負いがたい多くの苦労が付いて回るものである。何せ、国や都市といった側からすれば、素性の知れぬ武装した人間が一時滞在しようというのである。信用できるのか、問題を起こした場合どう処理すべきなのか、責任を取らせることは出来るのか、といった話は当然出てくる。

 また反対に、こうした流れ者を食い物にしたいという人間も多数存在する。どうしても流れ者は定住者に比べて軽視されるから、犯罪のターゲットにするには最適だ、といった考えを持つ者たちだ。


 冒険者ギルドは、こうした苦労に立ち向かうため冒険者たちが団結して作り上げた相互扶助機関である。所属する冒険者を庇護し、その立場を保証し、問題を起こしたのならば責任を負う。これがあるおかげで、人々は冒険者をある程度信用して受け入れられるし、下手に手を出せないというわけだ。


 グデイコは、その冒険者ギルドのミディール支部における上級管理員だった。各ギルド支部には数名の管理者――職人ギルドにおける親方のようなものだ――が存在するのだが、彼はその一人であり、そしてミディール滞在の冒険者から最も頼りにされる男でもある。

 かつて、戦乱で故郷を失ったグデイコは冒険者として自ら迷宮探索に乗り出したという。いくつかの遺跡ではかなり深くまで潜り、大きな価値のある古代のマジック・アイテムなどを持ち帰ったことも一度や二度ではない。ベテラン冒険者の過去を持つ男であり、その経験から引退後もギルドで働き、冒険者をサポートし調停し纏め上げているというわけだった。


 ギルドの長の一人としてミディールの政治にすら関わるが、基本的に気さくで下町気質であり、皆から慕われている。アバルは既にミディールに一年以上滞在しており、彼とはその時間分の付き合いがあった。一冒険者と管理員だが、友人のような関係でもある。


「結局、なんだったんだ?」


 冒険者ギルドの大広間に招き入れられたアバルは、いくつも置かれた椅子のうちひとつに身を沈め、テーブル越しに同じく座るグデイコに開口一番そう訪ねた。

 冒険者ギルドは様々な事務処理のための小部屋に物資保管庫から宿代わりの貸し部屋まで色々な施設が一体になっているが、アバルが座る広間は普段冒険者たちが自由に出入りし情報交換や取引、仲間の募集や、あるいは単なる談笑に使うスペースだった。

 今は昼下がりの間延びした時間帯で、人はほとんど出払っているのか、アバルやグデイコ、それに二人から少し離れた位置に座る先ほどの少女(グデイコがなぜか招き入れたのだ)以外に人影は無い。


「あの男どもか? ……まあ、何と言うべきか、頭の悪いヤクザ者だな」

「冒険者か?」

「ああ。それは間違いない。うちにも何度か来ている。だが、新参者だな」

「分かるのか?」

「お前さんの顔見て誰だか分からんような奴らだ。大方昨日今日冒険者になった新顔だろうよ」


 鼻息で笑い、グデイコはテーブルに置かれた自分のグラスに軽く口をつける。


「俺は有名人じゃないだろ」


 アバルが言うと、グデイコはなにか面白い冗談でも聞かされたように今度は声を出して笑う。


「実力あるパーティーの主催者だ。それよりなにより」


 気分が乗ったのか、グデイコは声を大きくして次の一言を口にする。


「あの『ウォーカー』の一員、名ファイターのアラウン・サマセットとくればこの町でも有名で――」

「グデイコ」


 興の乗った声を上げかけたグデイコを、対照的に硬い声でアバルが制した。

 しばし、二人の間に沈黙が下りる。先にアバルが、軽く息を吐いてから笑みを浮かべた。


「噂好きってのは、悪い癖だな」

「ああ。自覚してる。すまんな、アバル」


 グデイコも今度は控えめに笑う。

 それから彼は、すっと表情を分厚い面の皮の奥にしまいこんでから、アバルに鋭い視線を向けた。


「だが、噂は馬鹿にできんこともある。アバル、大変なことになったな」

「なんだ、もう聞き及んでんのか?」


 眉を寄せ、アバルは天を仰いだ。冒険者たちは皆、大抵噂話が好きだ。誰しもがそうであるように。そのせいでこうした話もすぐに知れ渡ることとなる。


「冒険者ギルドのほうにも通達が来ている。配信ギルドからな。お前さんのパーティーが二月以内に半額以上払えん場合はこっちに請求が来ると」

「暴虐なんだよ、あいつらって」

「経緯はそれとなく聞いたよ。まあ……災難だったな。キャサリンは俺も悪くないウィザードだと思っていたんだが、とんだ外れだったな」

「あんたに紹介させたわけじゃない。自分で選んで雇ったんだ。俺の責任さ」

「ああ……」


 溜息をついて、グデイコは少しばかり、言葉を止めた。それからゆっくりと、口を動かす。


「アバル、分かっているだろうが冒険者ギルドは――」

「互助組織であってガキのケツ拭いてやる場所じゃない。分かってるさ」


 アバルは口早にそう答えた。

 冒険者ギルドは助け合いのための組織だが、足を引っ張るものを無条件に助ける慈善団体ではない。

 「冒険者」という存在の社会的信用を日々努力し続けて少しずつ獲得しているのが冒険者ギルドである。身内で馬鹿をしでかす者がいれば社会より先に強く制裁を加えるし、個人が大きなミスをしても、それが度を越えたものであれば組織としては厳しい対応を取らざるを得ない。


 勿論一般的な保障――ギルド経由で受けた仕事の報酬が支払われないだとか、領主に不当な扱いを受けただとか――であればそれは最大限支援が受けられる。が、今回のアバルの一件はアバル自身が雇った傭兵冒険者と、アバル自身が契約した魔法配信契約に関するミスであり、冒険者ギルドの瑕疵は少ない。

 金銭――多額の借金などの問題を抱えた冒険者にとって、「払えなければ請求は冒険者ギルドに」という文言は、こうした冒険者ギルドの気質を利用した脅しであり最後通牒のようなものなのだ。


 冒険者ギルドは馬鹿な身内が足を引っ張ることを良しとしない。どころか、折角掴み取った「冒険者の社会的信用」を失わせる人間には、容赦しない。


「個人的には肩代わりしてやりたいがな。キャサリンを除名しておかなかったのはギルドのミスだ」


 くやしそうにグデイコは呟く。


「少数の管理員で全冒険者を完璧に精査なんてできない。あんたのせいじゃないさ。……いよいよ俺がどうにもならなかったその時は、どこぞの奴隷船にでも永久開拓労働にでも送ってくれ」


 口にしたのは、いわゆる借金で首の回らなくなった者たちの最終到達点だった。文字通り「身体で金を返す」過酷極まりない人生の地獄コースだ。


「アバル……」

「酷い顔をするなよ、グデイコ。まだ二月ある。なんとかするさ」


 強がりめいたことを口にして、アバルは無理矢理笑って見せた。四百五十万は言うまでもなく大金で、それを支払うにはほとんど奇跡的な成功を遺跡探索で掴み取るくらいしか現時点ではアバルには思いつかない。


「ところで、彼女は?」


 話題を変えようと、アバルはぽつりと座ったまま時折アバルたちをちらちらと見ている少女を視線で指し示す。


「ああ、彼女はな……アバル、お前、ウィザードの補充用に傭兵を募集してただろ」

「ああ。現状うちのパーティーは固定メンバーが俺を入れて三人だからな、遺跡探索も奥のほうになれば、やっぱ一般的な六人パーティーにしたほうが色々都合が良いと感じて……それがどうかしたか?」


 グデイコは、こちらはあごをしゃくって少女を指した。


「彼女がその募集に応えて、応募してきたウィザードだ」


 しばし、アバルはじろじろと少女を見つめてしまう。


「……若いな」


 顔をグデイコに戻し、そう呟く。アバル自身もまだ二十歳そこそこではあるが、少女はまだ十代半ばに達しているかどうか、といった程度にしか見えない。


「数日前に応募してきてな。お前さんが帰ってくるのを待ってた」


 言って、グデイコは立ち上がった。グラスの中身を飲み干し、それを手に持ったまま席を離れる。


「とりあえず、数日待ってたんだ、面接くらいはしてやれ。一応腕も身元もギルドが保証できる人物だ。まあ……雇うかどうかは、今の状況では難しいだろうが」


 立ち去り際、彼はアバルの肩に手を置き、「諦めるなよ」と力を込めた一言を残していく。


(言われずとも、ぎりぎりまでは粘るさ)


 心の中で応えて、アバルは自らも席を立った。

 顔を少女に向けると、相手も同じように視線を向けてきており、互いの瞳が正面からお互いを映し出す。


「新しいウィザードメンバー、か」


 小声で囁いて、アバルは少女へと歩み寄った。


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