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4 鮮やかな夏の葉の色


 アバルは、それなり以上に腕のいい戦士ファイターだった。

 既に青年と呼べる歳ではあるがまだ若い――にもかかわらず、冒険者として、ダンジョン探索者としてのキャリアは意外にも長い。

 ひょんなことから少年時代に冒険者となり、それ以後多くの戦いと探索を経て彼は今、ミディールにいる。初めは傭兵としてパーティーに参加しミディール近郊の遺跡、封印墓所――通称「ミディール遺跡」――の探索に参加し始めた。


 その後同じく傭兵だったフェーリスやリコリスと出会い、馬が合い固定パーティーを結成してから約一年。広大なミディール遺跡の探索は、順調に進んでいたはずだった。徐々に遺跡深部へと進み、地図を作り安全なルートを模索し形成し……だが、ここにきて極大的なトラブルが発生した。


「金の問題こそどんな魔物より恐ろしい」


 街中を歩きながら、アバルは小声で一人呟いた。

 それは、数多くの冒険者が知る、シンプルな格言だった。

 誰だって金が回らなくなれば、首が回らなくなり、行き詰ることになる。


(行き詰る……遺跡の探索も、なにもかも)


 歩きながらそこまで考え、アバルは強烈な焦燥感を感じて一瞬肌を振るわせた。

 冒険者として、遺跡に潜れなくなる。

 それは、考えうる限り最低と言ってもいい状況だった。ことによれば、命の有無にも匹敵するような話だった。

 金が稼ぎたいだけなら、日々を生活したいだけなら、冒険者などせずとも術はある。日々危険に晒されず、根無し草として狭い宿に止まらずとも良い生活を選ぶこともできる。

 だが――


(それだけはお断り、だ。……どうにか、どうにか切り抜ける方法を考えないと)


 考え付かなければ、廃業だ。しかしその道は選べない。

 冒険者たちは、ただ一攫千金を夢見たり、あるいは放浪を好んだり、もしくは元犯罪者か何かで定住できないだけ、といったような者も多くいる。だが他方で、それらとは異なり、何かしら「冒険者」という立ち居地に執着を、金銭以外の目的を持っているものも存在する。


(俺もまたその一人だ)


 とひとりごちた時、突然に、強く角のある声が飛び込んできて、アバルは思考から意識を引き剥がした。


「どうなんだ、おい」


 詰問するような口調が耳を揺らす。

 見れば、男が数名、何かを道端沿いの建物の壁に追い込むような形で取り囲んでいた。そのすぐ向かいには周囲の商店や食事処、酒場の建物と比較しても巨大な石造りの建築物がどっしりと腰を据えている。その建物は、アバルが目的としていた「冒険者ギルド」の館だった。


「何で、お前のような奴がいるんだと聞いている!」


 男たち――数えてみれば三人だった――のうち一人が、声を荒げる。皮で補強された軽鎧とブーツ、それに長剣で武装しており、今は岩のような骨ばった顔を険しくしている。他の二人も、服装について言えば似たようなものだった。衛兵のような重武装でも無ければこそ泥という風情でもない。一目で冒険者だと知れる。


 よく観察してみれば、男たちの背中の間から、ちらちらと別の人影が見えていた。壁を背に、男たちに追い詰められる格好となっているその人影は、男たちより二周り以上は細く小さな、少女のものだった。

 少女のほうも、鎧や剣こそ携えていないものの、動きやすい旅装のような格好をしており、街娘ではないことが一目でわかる。だが、そんなことよりも、目を惹くものがあった。


 少女は、アバルの肩ほどしかない背丈であり、フェーリスよりも尚幼さを残した細い四肢も首元も、何かの冗談のように綺麗な造作をしている。絵本の中の妖精か何かのように。だが、そんな部分よりも目立っているのは、頭髪と、瞳の色だった。

 肩ほどまで伸びた髪は、鮮やかな夏の葉の色をしており、日に透かしたエメラルドの輝きのような色を周囲に振りまいている。瞳のほうは薄紅で、こちらは春先の花の色そのもののようだった。


 どちらも、人の髪や目の色としては普段まず目にしない色だった。


(ただの人間、じゃないな……亜人か?)


 はてそんな特徴の亜人はいただろうかと、記憶を探る。だが目の前の状況はアバルの黙考など無視して変化していく。


「私は、別に」


 少女の小さな唇が震え、そんな細い声が飛び出す。だが男たちが上げる荒々しい声にすぐにかき消されてしまう。


「ここはタラニスのミディールだ。いいか、分かってるんだろうな?」


 言いながら、男の一人が腕を振り上げる。本気で殴るというふうではない、軽いスイングだが、少女は身をすくませる。


「おい――」


 思わず声をかけようとする。だがそれより先に、少女の唇が素早く蠢いていた。

 聞き取れない小声がかすかに空気を振動させる。と、同時に。


「うぉっ!」

「あぁ?」


 間の抜けた声が、三人の男から上がる。見れば、男たちの目の前すれすれの位置に、鏡写しのように彼ら自身の姿が突如現われ出でていた。格好もポーズも表情も同じそれらは正に鏡写しだが、そこには無論鏡など無く、しかも出現した像は立体的ですらあった。


「『逆遠隔視』の魔法……」


 アバルは呟いていた。ウィザードの魔法の中でも中程度の難易度の魔法の一つだった。術者の見ている視界、視覚映像と、ついでに聞いている音を、限定的に他所へと送り見せることの出来る魔法である。遠方に音と視覚映像を送るこの術は特に貴族や王族、政治家や大商会の幹部などが遠隔地との情報のやり取りに使うことの多い魔法だった。


 それを、男たちに囲まれた少女は目くらましとして目の前に出現させたのだ。僅かに聞こえた詠唱とその効果からアバルは一瞬でそう見抜いていた。

 男たちはそんな魔法の存在を知ってか知らずか、突如現われた自分自身に戸惑い、動きを止めている。

 ここだな、と判断して、アバルは大股で男たちに歩み寄った。


「おい」


 三人が揃って振り返る。


「お前ら、冒険者か? ここがどこだか分かっているのか?」


 ぞんざいな口調で言ってやると、男たちは更に狼狽しつつも、一人が声を返す。


「そっちも冒険者か? なんにしろ関係ないだろ、すっこんでろ。いいか、俺たちは地元民だ。他所からやってきた奴が口を出すんじゃない」


 嘆息して、アバルは首を振った。


「何があったか知らんが、冒険者同士の問題ならギルドを通して解決しろ。民間人とのトラブルなら街の衛兵か司法機関を訪ねるんだな。なんにしろ、ここで騒ぐんじゃない。さもないと――」

「さもないと、なんだってんだ?」


 アバルはちらりと視線をすぐそばの大きな建物――冒険者ギルドだ――に送り、それから答えた。


「お前らより血の気の多いお偉いさんがお怒りになる」


 正しくアバルのその言葉と同時に。

 どばたん! と大胆な音を立てて冒険者ギルドの、大きな正面扉が左右に開かれる。


「おんどりゃあああぁ!」


 更にその扉の向こうから獣のような咆哮と共に木製の椅子が凄まじい勢いで飛んでくる。

 ひょいと避けたアバルの眼前を通り過ぎた椅子は、なんとも上手く三人に連続で激突し、まとめて男たちを薙ぎ倒してしまう。

 地面にへたり込んだ少女(男たちよりもむしろ飛んできた椅子に驚いたらしい)は、目をまん丸に見開いて冒険者ギルドの入り口を見つめていた。

 そのギルドの入り口、開かれた扉の奥から、のそりと大きな影が姿を現す。


「よお、アバル。そろそろ来ると思ってたぞ」


 その巨体に似合う野太い声を放ちながら歩み出てきたのは、中年の男だった。

 肩も腰も広く、足や腕も太い。大柄かつ引き締まった全身と、傷跡がいくつか走るこれまた厳しい顔面はどこかの軍隊の将軍のようだが、身に着けているものはそれなり以上に高価な飾りつきのシャツや質のいい毛皮を使った上着で、どこかアンバランスだった。衣服だけならばそれこそ腹の出た裕福な商人連中の一張羅のようである。


「グデイコ」


 アバルが名を呼ぶと、男――グデイコは、にっと力強く笑みを浮かべる。

 それからアバルが再度少女のほうを向くと、少女は今だへたり込んだままだった。苦笑して、アバルはそちらに言葉を投げる。


「あー、まあ、なんて言うか、知ってるかもしれないが、彼はグデイコ……ここミディール冒険者ギルドの、上級管理員だ」


 少女はやはり、ぽかんとしているばかりだった。


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