表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

3 魔法はタダではない


「使い込まれた」


 建物を出て、開口一番アバルは手負いの獣のうなり声のような声音でそう呟いた。青い顔をして肩を落とす彼の傍らにはフェーリスとリコリスが、彼ほどではないにしろ似たような気落ちした表情で立っている。

 アバルがたった今出てきた建物は、扉も壁材も高給そうなものだった。入り口の扉の傍らには、「魔法配信ギルド・配信ショップ、タラニス・ミディール店」と書かれた看板が掲げられている。

 アバルは思わず漏れそうになる溜息を飲み込んで、顔を上げて周りを眺めた。数多くの家々に商店が並び立つ町の中心部は、いつも通り人通りと活気に満ちている。


 彼が立つのは、「ミディール」という都市の一角だった。

 人類社会全体からすれば、未開の地に程近い辺境にある小国――タラニスという国の、更に辺境に位置する街である。だが、その規模は「辺境」などという言葉がどこかに忘れ去られて踏みつけられているのではないかと思わせるほどに、立派なものとなっている。

 アバルが見渡す範囲だけでも、きちんと整えられた石畳に、美しく整備された水路、多くの商品を並べ活発に取引する商店がいくつも、と、それなり以上の規模の都市でなければお目にかかれない光景が広がっている。

 ミディールが辺境に位置しながらもこれほどまでに発展しているのは、ひとえに、ミディール近郊に存在するとあるもののおかげであった。


 それこそ、遺跡――『封印墓所』と呼ばれる、古代の遺跡である。


 『封印墓所』は、世界各地に点在する古代の遺跡の中でも一際巨大な遺跡であり、どれも同じような様式をもっていることからまとめて「封印墓所」という名で呼ばれている。なぜ「封印」なのかといえば、冒険者たちの間ではこの巨大な遺跡こそかつて賢者たちが巡り、その最奥で「魔法の智恵」を獲得した遺跡だとされているからだ。

 大きな成功を望み、ロマンを追い求める冒険者たちにとって、遺跡探索、それもとりわけ「魔法の智恵」という最高の宝の眠ると噂される「封印墓所」は、冒険者としてもっとも心踊る場所であり、挑戦すべき冒険の目的目標となっている。

 ミディールは、そんな遺跡目当ての冒険者によって発展した町だった。遺跡が発見され、冒険者が大挙してやってくるようになって数年、ミディールには信じがたいほどに富が流れ、人が根付いたのだった。

 別名、「冒険者の町」と呼ばれるほどに、ミディールには冒険者が多く、それを狙う商人が多い。

 アバルたちもまた、そうして流入した冒険者たちの内の三人だった。


「うーん、吃驚だねえ」


 そんなミディールの商業区をとぼとぼと歩き出すアバルに、フェーリスが呑気な呟きを零す。

 吃驚、と彼女は言ったが、アバルにしてみれば吃驚どころではなかった。なにせ、


(四百五十万だ……そこそこ裕福な家庭が一、二年はやっていける額だぞ)


 胸中で絶望的にその数字を思い浮かべて、彼は表情を険しくした。


「やはり、私たちから姿をくらませた後すぐに、でしょうか」


 と、リコリスが、静かに確認するようにアバルに言った。つややかな黒髪を左右に分けた間から、白く綺麗な額を覗かせ、考え込むような顔をしている。


「だろうな。ああ、もう、あんのクソ傭兵ウィザード……!」


 毒づく。


「キャシー……キャサリン、いい人だと思ったんだけどねー」

「腕は良かったさ。雇われのウィザードとしちゃそれなり以上だった。だが――傭兵がパーティーを突然抜けるってことはままあるがな、今回のこれは間違いなく悪意の固まりで、悪質だ」


 キャサリンというウィザードは、傭兵――冒険者パーティーの数を補充するために雇う、特定のパーティーに属さない冒険者のことだ――であり、アバルたちが雇っていたメンバーであった。


「突然離脱するのも迷惑だが、よりによって月額対象外の魔法をがんがん使いまくってそのまま逃げるってのは、犯罪的というかもう悪魔的でしかない。何の恨みがあったんだ」

「最高位魔法なんて中々試せる機会ないから、とかじゃないかな」


 フェーリスの言葉に、アバルはぬぐぐ、と怒りの呻きを上げてから、


「配信魔法は基本的に高額だ……従量課金で使用すればまともに払えないようなとんでもない請求金額になるとは聞いていたが……」


 そう語り、首を振って息を吐いた。

 ――アバルたちが問題としているのは、要するに、「魔法使用料」の金額についてだった。

 「配信魔法」は、その使用に料金が発生するのである。

 かつて賢者が持ち帰った『魔法の智恵』は、不完全で断片的なもので、人類全体に魔法をもたらすには至らなかったといわれている。

 そこで、ある集団……後に現在の「魔法配信ギルド」と呼ばれる組織を作ることになる一団は、この「魔法の智恵(の断片)」を最大限利用し、ある仕組みを作り上げることに成功した。

 それこそが魔法配信であり、マジックネットワークであり、配信魔法――ストリーミング・マジックである。

 かつて存在し、しかし封じられ忘れ去られた魔法の記憶。

 それを、魔法配信ギルドは文字通り「配信」することで人に、一時蘇らせるのだ。

 世界に張り巡らされた魔法によるネットワークを通じて、組織が保管する「魔法の智恵」を人の中にほんの少しの間だけ情報として送り、魔法の行使が可能な状態を作る。それが配信魔法の原理だった。

 ようは、足し算も出来ない子供が一時的に数学者の頭と自分の頭を繋げ、その知能を借りて問題を解けるようにするようなものである。


 魔術師、ウィザードは、配信ギルドが販売する特殊なマジック・アミュレットを使用することで魔法の「要請」を行い、配信ギルドはそれに応えて「魔法」を配信する。

 一時的に魔法の智恵の欠片とネットワークで繋がったウィザードは、その瞬間古代人と同じく、魔法の記憶を持ち、世界をどうすれば変化させられるかありありと知り、実感する(適正や訓練によって個人差は存在するが)。

 そうして、魔法が行使されるのだ。


 だがそこには無論、コストが発生する。


 魔法ネットワークの維持費、配信ギルドの組織運営費、多数の配信要請に応えるための配信設備のための費用……諸々を補填し、配信ギルドが利益を上げるための支払いが存在する。


 魔法は、無料タダではないのだ。


 具体的には、魔法を行使するためには配信契約を交わし、アミュレットを購入することになる。魔法は使うたびにマジックネットワークを通じて配信されるのだが、配信ギルドはここに「通信料」なる料金を課しているため、魔法を使えば使うほど金がかかる。


 それもかなりの高額で、高位の魔法ともなれば料金も大きく膨れ上がり、一度の行使で凄まじい額となる。それが故に配信ギルドでは「定額制」などという一定料金で一定期間、決められた種類の魔法を使い放題というプランなどを展開しているのだが、時折冒険者の中にはその枠を超えて魔法を使ってしまい、後で馬鹿高い料金に泣きを見る者もいる。


 現在アバルたちを直撃しているのは、正にそれだった。パーティーで雇っていたウィザードが姿をくらませた上で大きな魔法を試しまくった(高額な魔法は試す機会が少ないため、貴重な経験にもなる)結果、恐ろしい請求額が出来上がったというわけだった。


「でもさ、なんでアバルが払う必要があるの?」


 フェーリスが自らの耳を指先で整えながら訪ねる。


「契約者が、俺だからな」

「キャシーの配信契約なのに?」

「支払いをまとめていたんだ。リコリスも魔法を使うだろ? キャサリンを契約させるときに、「パーティー割」に加入したんだがその場合支払いをパーティーで一括請求にすることになって……」


 言いながら、アバルは自分でもよく分からなくなりそうになる。

 魔法配信ギルドは様々な契約のプランを用意しており、個々の冒険者のスタイルに合わせて最適な配信魔法の契約が可能だとしているが、実際のところそのプランの種類や組み合わせやそれに付随するルールや例外規定などは複雑極まりない上に膨大な数で、その全てを把握している人間は存在しないとまでいわれるほどであった。


 年単位で割引しつつも一定期間内での解約が不能となる『どなたでも割』に一定レベルの魔法が使い放題となるが使った量によって二段階に料金の変化する『ダブルマジックホーダイ』、パーティー割に血縁者割、それらの適用範囲と両立の可否、マジックアミュレット購入時の分割払いに関する『実質ゼロ費用』と『一括ゼロ費用』の違い……ともかくやたら複雑で、尚且つ明確な料金が分かり辛く、相場もほとんど独占だから妥当な額も分かりはしない――それが配信魔法の料金プランというものだった。


「まとめて支払いを適用してパーティー割にすることで基本使用料と定額料が一割引で……まあとにかくだ、抗議はしたんだが、請求先は『アバル・パーティー』として契約されてるの一点張りだったんだよ」

「契約内容の確認を怠ってしまいましたね……」


 リコリスがその元来真面目そうな顔に悲痛な色を浮かべて呟く。

 アバルはポケットからマジック・アミュレット(キャサリンが使っていたもので、ギルドに預けられていたものを返却してもらったのだ)を取り出し、溜息をついてまた元に戻した。

 いかにも猫人種らしくとことことリズミカルに歩いていたフェーリスが、そんなアバルの顔を横合いから覗きこむ。


「やっぱり……かなりまずい感じかな」

「スーパーウルトラまずい状況だな。間違いなく」


 即答して、アバルは考える。


 アバルたちパーティーは、他の多くの冒険者がそうであるように、定住者のような蓄えなどさしてもってはいない。売れる家も屋敷も家畜も畑もない。

 しかし冒険には金がかかる。日々損耗する装備、医薬品、食料に毛布に雑貨類、街の滞在費、足りない人員を補充するための雇用費、そしてなにより、高額な魔法配信料。

 それら諸費用を、「冒険」によって得た資金――猛獣の討伐報酬や護衛依頼などの達成報酬、それに遺跡の中の貴重な遺物の売却代金――で賄うのだ。

 困難な依頼を見事こなしたり、あるいは大きな価値のある遺物を遺跡の深みからもって帰れば一攫千金もある。それは冒険者という職の魅力の一つであるが、しかし同時に、そうしたことが無ければ冒険者は土地も家屋も持たない流れ者に過ぎない。


 大きな借金を背負えば、どうにもならなくなるのだ。一度下手を打ってしまえば最悪、金を稼ぐ手段である冒険にかかる費用も払えなくなり、人生の袋小路に立たされることになる。

 そうなってしまえばあとは一生過酷な強制労働か、あるいはそれ以下の生き方をすることにもなりかねない。


 黒々としたことを思わず想像してしまい、アバルはそれを振り払うように声を上げた。


「とりあえず、俺は冒険者ギルドに行ってくるよ」

「どうしてです?」


 首をかしげるリコリスに、アバルは言葉を返しながら、歩みの方向を変えた。

「ウィザードをもう一人くらい雇おうって、求人出してたろ。あれ取り下げてくる。応募してきたって払える金が無いってことになるだろうからな」

「私たちは?」

「先に宿に帰って、夜逃げする準備でもしておいてくれ」


 リコリスの質問に苦い冗談で返して、アバルは一人分かれてミディールの街の中を早足で進んでく。


(こんなところで、行き詰るのか?)


 頭の中で、悲痛な自問を響かせながら。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ