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2 何もかもの始まり


 遥か遠く、古の時代、人々は際限無き万能の力――『魔法』をその身に宿し、自由に行使していたという。


 宙を舞い星星を引き寄せ自らの声を世界の隅々にまで届ける――人はそんな魔法の力を、己が手足を振るう方法と同じく自然と身の内に宿していた。老若男女誰もが魔法の智恵を持ち、魔法を行使し、魔法に救われ、そして魔法に溺れていた。

 万能の力を極大に引き出し行使し続けた人々は、その力の万能さ故に、ある時世界を崩しかけ、そして人を滅ぼしかけたという。

 古代の人々は自らの行いを恥じ、人と世界を存続させるため、誰もが持つ魔法に関わる智恵と知識、記憶と意識を封じることとした。


 かくして魔法の全てを人々は忘れ、封じられることとなった。

 それから長い年月が経ち、人々が魔法に関する言い伝えを歴史というよりは伝説か御伽噺と捉えはじめた頃。

 再び、魔法は世に蘇ることとなった。


 元々のそれよりも、不完全な形の力……『配信魔法ストリーミング・マジック』として。


   *


「そういうわけで、来月と再来月の請求分がこちらの金額になりますね」


 完璧な笑顔とともに完璧なつくり声で告げられたその言葉に、アバル・グラストンはただ無表情に頷くことで応え、同時に差し出された紙片に指を伸ばした。

 なぜだかどことなく全身ぼろぼろな彼の背後には、二人の人影があった。一人はまだ少女的な骨や肉の未成熟さが各所に残る、細身の亜人だった。頭部に黒く柔らかな獣の耳を持つ猫人種ミアキスのシーフ、フェーリスだった。暇そうにくああ、と欠伸などしつつ、アバルの背後であさってのほうに視線をやっている。

 もう一人は、落ち着いた静けさと深い知性の色を宿した女性である。隣のフェーリスよりもやや大人びており、こちらは外見を見る限り亜人種ではなくノーマルな人間種族のようだった。動きやすいゆったりとしたローブを身にまとっているが、その上からでも大いにメリハリの利いた体の線が見て取れる。


 三人がいるのは、広く清潔な建物の一室だった。木造りの建物だがどこもきっちり磨き上げられている。都市部の広めの酒場ほどもある部屋の中には高そうな木製の商品台がいくつも置かれ、最新モデルのマジック・アミュレットやその周辺機器が並んでいる。

 部屋の奥の壁際には長机、カウンターテーブルが設置され、手前側には客用の椅子が並び奥には客に対応するためのスタッフが数名控えている。

 アバルがいるのはそうしたスタッフの一人、きっちり清潔なシャツに身を包んだ女性スタッフの前だった。カウンターを挟んで椅子に腰掛けている。


 迷宮でしこたま竜人に蹴転がされつつもなんとか逃げ出したアバルたちが、地上に戻るなりまず訪れたのがこの場所だった。全てのウィザードが配信魔法契約の窓口とする店舗だ。抜けたウィザードの契約を解除しなければ無駄な費用がかかる――とそう考えてのことだったが、アバルたちを担当するスタッフは彼らを見るなり先んじて魔法使用料の請求について切り出したのだった。

 なんとも怪しい展開ではある。アバルは内心で冷や汗などかきながら努めて平静を保っていた。


 背後に控える、ローブを纏ったほうの女性は、やや高価そうな、レンズやフレームに歪みの見られない眼鏡をかけており、そのレンズの奥から心配そうな視線をそんなアバルの手元に向けていた。やがて彼女は、小さく口を開いた。


「アバル……大丈夫でしょうか」


 小声で、そう呟く。


「心配ないさ、リコリス」


 彼女――リコリスと呼んだ女性――にそう返事をして、アバルはカウンターの上に差し出された紙切れに指を触れさせた。嫌味なほどに綺麗な紙(魔法の存在により生産が容易になったとはいえ、上質紙は高級品だ)を、彼は意を決してさっと受け取り、顔に近づけた。

 小さな紙には、いくらかの端的な文言と、そして数字が書かれていた。

 その数字をさっと目でなぞり――その桁数を何度か数え直し――ふっと息を吐いて、アバルは天を仰いだ。直後、その場に崩れ落ちる。


「あがぶぉ、のぐぉ、あばば」


 手足を痙攣させながら意味の無いうめき声を漏らす。カウンターの向こうに座るスタッフが立ち上がり「あ、お客様、嘔吐は店外にてお願いいたします」と少しも表情を崩さずに声を降らせる。アバルが手にしていた紙ははらはらと彼の手から落ち、カウンターの上に着地した。

 顔を片手で覆って嘆息するリコリスを尻目に、アバルはしばしの間びくびくと床の上でのたうち回り、それからがばりと勢いよく起き上がった(嘔吐はしなかった)。なんとなく泣きそうな顔をさっと真顔に戻して言葉を吐く。


「つまりこれは日頃利用してくれている客を驚かすためのジョーク的なあれであるとか」

「いいえ全く」

「計算ミスだとか、適用プランの確認ミスだとか」

「請求金額の提示に関しては三度のチェックを行っております。まず間違いないかと」

「君は謎の犯罪結社に娘と夫と従姉妹と友達の友達とかを誘拐されて脅されていて、それで仕方なく命令に従い偽の請求金額を提示した――」

「結婚しておりませんし子供もおりませんし友人もおりません」

「そうか……」


 しょんぼりと肩を落として、アバルはまたもどさりと崩れ落ちた。


「あばば」


 今度は口の端からちょっぴり泡など吹きながら痙攣する。


「あー……なるほど」


 ひょいと身を乗り出したフェーリスが、細い指でちょいとカウンターの上の紙を取り上げて覗き込み、そう呟いた。

 紙に書かれているのは、請求金額と、その内訳だった。

 書かれた文字の最も上段には、なんとも分かりやすく一言、「配信魔法使用料」と書かれている。

 そのすぐ下には歪み一つ無い美麗な字体で、『四百五十万オーロ』と書かれている。

 オーロ、というのは、通貨の単位のことだ。


「よんひゃくごじゅうまん……」


 フェーリスの呟きに、屈みこんでアバルを介抱しようとしていたリコリスが顔を上げる。


「四百五十万!?」


 その声に反応してかどうなのか、再度、がばりと跳ね起きてアバルは手負いの獣のような表情でカウンターの向こうのスタッフに食いつく。


「確かなのか? 通常の……いや、かなり高額な月額プランでも一人頭この十分の一もかからないだろ?」

「ええ、その通りです。ですが……」


 スタッフは冷静に、何処までも冷静に、フェーリスが手にした紙を視線で示した。


「詳しく見ていただければ分かると思うのですが、このたびのお客様のパーティーへの請求額の大半は、月額プラン、つまり定額使用のプラン無しでの高位魔法の大量使用によって発生したものであると考えられます」

「高位魔法の?」

「はい。従量課金での魔法仕様で高位の魔法を使用されますと、ご存知かとは思いますがマジックネットワークの使用料が非常に高額になりまして――」

「待て、待て、うちのパーティーはそんな、定額対象外の魔法なんて使用した覚えはないぞ。そもそも、レベル6までの高位魔法をカバーしたプランで契約したはずだ」

「はい、その通りでございます。ですが、この度お客様のパーティはその更に上のレベルの魔法を数多くご使用になられたようで」

「その上って……レベル7や8の大魔法……? ますます覚えがないが」

「ご利用になったのは、キャサリンという方のようですが、お心当たり、ございませんか?」


 スタッフの口から飛び出た名前に、アバルは瞬間、硬直した。フェーリスとリコリスの二人も意味ありげに視線を宙に漂わせる。


「……キャサリン・ドロレスが?」


 アバルが声を震わせて訊くと、相手はコンパクトな動作で頷く。


「はい。お客様が来店なさるより少し前に、キャサリン様が来店なさいまして」

 言いながら、彼女はカウンターの下からきらきらと金色に輝く何かを取り出した。


 それは、金色の細い鎖だった。正確には、鎖と、そこから垂れる深い藍色の宝石のようなもののセット――ペンダント型のアミュレットだった。


「マジック・アミュレット……」


 アバルが呆然と声を零す。差し出されたそれを見つめて、ただ見入る。


「こちらを、お客様、アバル様が来店なさったら渡してくれと頼まれておりまして。まあ、その……そういうことかなと」


 幽霊のようにおぼつかない手つきで、アバルは目の前のアミュレットを掴み、それから思い出したように顔を上げ、問いかけた。


「支払期限は?」


 相手は一秒も間を空けず、淀みなくすっぱりと返答した。


「来月末です。延滞は一月なら延滞金が付きますが可能です。二月以内に全支払額の半分以上及び利息が払えない場合、お客様のプランでは当初の契約通り、冒険者ギルドへと請求が回ります」


 それを聞いて。


 アバルは、今度は倒れて痙攣したり泡を吹いたりするだけの気力も無く――ただ、項垂れたのだった。


   *


 何もかもの始まりは、『魔法の復活』にあった。


 かつて、古代の民は万能の無制限力、世界改変の力たる魔法を極大的に使い続けたが故に、滅びに瀕した。古き人々は見渡す限りの土地を焼き、自由に雨を降らせ、重力や光や時間を歪め、時に大陸の形すら意思一つで変えることができたという。だが大きな力はやがて大きな災いに転じた。「万能の力」などというものを野放図に使用した古代人は滅びかけ、そして、一つの決断をした。

 魔法の封印である。

 人が持つ魔法の力、記憶を封じることで世界から魔法を消したのだ。滅びを避けるために。

 これは、誰もが知る有名な話だった。伝説、御伽噺、教訓のための小話として。


 だが、五十年ほど前、全てが変わった。


 知識の探求を人生の業とする集団、「十一賢者」と呼ばれる人々が、前時代の遺跡を巡る中で、封印された「魔法の智恵」を見つけ出したのだ。

 彼らのほとんどはそのまま姿を消したが、唯一「十一人目」と呼ばれる男だけは、その「魔法の智恵」を人々の元に持ち帰った。

 彼もまた、その後姿を消したのだが、その前に彼は「魔法の智恵」を人類社会に遺した。とある集団が彼の持ち帰った「智恵」を研究し、不完全ながら人々に魔法の力を広げ、もたらすことに成功したのだ。


 配信魔法ストリーミング・マジック……現在そう呼称される革命的な力は、こうして世に現われた。


 魔法の力は、社会を塗り替え捻じ曲げた。配信魔法は元の魔法と異なり万能とはいえぬ甚だ不完全なものではあったが、遠方に声を飛ばし、水や火を生み、傷を癒す超常の力は、社会に大きなリソースの増加をもたらした。社会の余裕は庶民の余裕となり、その余裕から教育と知識が染み出し流れ――結果、あちこちで、閉鎖的で古くから続いてきた社会というものに亀裂が入り、狭量な君主はその座を追われ、民草は少しばかりではあるが富を手にし、世界には活気がもたらされた。


 そして、それは「冒険者」と呼ばれる人々にも大いに影響を与えることとなった。


 アバル・グラストンは、冒険者である。

 冒険者というものは、書いて字の如く――冒険を生業とするもののことである。つまりは、新天地開拓、野生動物の退治、旧時代遺跡の探索に戦争傭兵業など、ようはなんでもこなす流れ者のことだ。

 彼らは魔法によって社会が変化すると、一気にその数を増やした。社会が賑わい広がれば、未開地の開拓や荒事の解決、商隊の護衛に野生動物の駆除と、様々な需要が生まれてくる。それを満たすに、冒険者はもってこいの存在だったのだ。


 しかし、アバルの専門は、護衛でも開拓でも動物駆除でもなかった。

 古代遺跡――魔法によって滅びたとされる時代の人々が築いた遺跡の探索が、その生業だった。

 賢者たちは、古代遺跡を巡る中で魔法の智恵を手にした。そして、彼らが求めていたような遺跡は、世界中にいくつも点在している。ならば。

 魔法の智恵もまた、点在しているのではないか。賢者たちが手にしていない智恵が、残っているのではないか。埋もれているのではないか。

 冒険者の花形とも呼ばれる者たち――「遺跡ダンジョン探索者」たちとは、そうした考えの下に生きる人々である。


 アバルもまた、その一員というわけだった。


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