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12 アバルの場合


 その一・アバルの場合



「ま、なんだかんだ言ってだ。迷宮探索におけるシンプルな見せ所ってのは、まずはこれだろ。つまり――怪物、モンスターだな、やっぱ」


 と、勿体つけてアバルは仲間たちに言ってみせた。怪物――一般的な動植物や昆虫とは明らかに生態系からして断絶している、異形のものどもに焦点を当てようと。


 人語を解する食人植物に二足歩行し道具を扱う獣。ゼリー状の群体生命に、鶏と蛇の合わさったような生き物。まずもって尋常な場所では見られない脅威の怪物、モンスターが、封印墓所と呼ばれるこの古代の迷宮には多数生息する。


 それらは古代の魔法の力で生み出された、あるいは既存の生物を魔法で改造して作り出されたとされており、迷宮の宝を狙う冒険者たちにとって罠や遭難、金欠といった脅威と並んで恐れられる存在である。基本的に迷宮の奥深くほど強力な怪物が潜んでおり、深く潜れば潜るほどに脅威の度合いも大きくなる。

 そんな、冒険者にとっては脅威でしかない怪物だが、しかし異様な外見や非常識な体機能などは街に暮らす普通の人々にとっては珍しい以外の何ものでもない。その生きた姿動く姿を広く公開しレポートすることはなんともいい案ではないか。


 危険じゃない? との問いが三人から上がったが、


「まあ低層や中層の入り口付近辺りならそこまで強い怪物もいないし、俺たちの錬度なら大丈夫だろ。受けるぞ、これは。売れるぞ、これは!」


 と、アバルは答えて自らの案を自らで採用することにした。実際アバルもリコリスもフェーリスも、ミディールではそれなりに熟練の冒険者であり、冒険者ギルドに属する人々からは一目置かれてすらいる。低層に存在する酸性のゼリー生命や脆い骨だけで出来た魔法生物のスケルトン、それにこないだのレプラカーン程度は軽くあしらうことが出来る――はずだったのだが。


「おおおおああああああああああああぁぁぁぁあ!」


 何故だかアバルは叫びを上げつつ、迷宮の通路を全力疾走していた。


 広くも狭くもない、陰気な石造りの通路である。見た目には飾り気の無い砦の内部や教会の地下墓地の通路にも見える。だが長い年月を経ているにもかかわらず壁や床の石材はさして劣化しておらず、更に壁にはどんな原理で炎が輝き続けているか分からない松明のようなものが等間隔に設置されている。

 ミディール迷宮の低層の大部分を占めるのはこうした殺風景な通路と、それをそのまま拡張したような部屋のようなスペースだった。


 その一部をアバルは――そしてその仲間は、とにもかくにもひたすら全力で走り続けていた。

 彼らの背後の暗がりからは、なにか恐ろしく重々しい音が連続して響いていた。人には持ち上げられないほど巨大な鉄槌を続けざまに大地に打ちつけるような、血の気の引く轟音が、四人の足音を追うように打ち鳴らされ続けている。


「あれの! ど・こ・が!」


 アバルと併走しながら、四人のうちで最も身軽で走りに余裕のあるフェーリスが叫びを上げる。


「『低層だから大丈夫だろ』、って!?」


 普段から吊り気味の瞳を更に厳しく吊り上げて、彼女は自分の背後を指差した。

 思わず気圧されつられてその指の先をアバルが見やると、ぜいぜいと顔面蒼白で走るリコリスとソフィアの背後に、巨大な影が見えた。


 幅四メートル以上はありそうな通路がしかし馬鹿みたいに窮屈そうに見えるほどのやたらでかい何かだ。全体としては、ワニによく似ている。だがその大きさも、手足に付いた黒曜石のような大振りなカギ爪も、殺意にギラつく赤い瞳も普段から岩しか食ってないんじゃないかこいつというような馬鹿げた鋭さの牙も、明らかにワニではあり得ない。

 頭部から尻尾までゆうに十メートルほどもあるそいつは、がちがちと大口を開けて牙を打ち鳴らしながらアバルたちを追いかけていた。轟音は、その足音だ。


「まさか最初に出会う怪物が地竜アースドラゴンとは思わなかったよなあ」

「何を他人事のよーに言ってんだー!」


 ぽつりと呟くと、フェーリスがぺしりとその頭をはたいて叫ぶ。

 アースドラゴンは、封印墓所の――世界各地の遺跡の深層に生息する、恐ろしい怪物の一種だった。馬鹿げた巨体と見た目通りのパワーを持ち、知能こそ低いものの強靭な牙と爪を武器に暴れ狂う。玄人冒険者ですら出来れば遭遇したくない、厄介な怪物である。

 初めての『配信』に意気込み、ミディール迷宮低層に足を踏み入れたアバルたちはそれから数時間後、ばったりとこの怪物に出くわしたのだった。


「たまーに深い場所から中層に迷い込んで来るなんて話は聞いていたけど、低層にも来るんだな……」


 手足はあくまで全力で動かしつつ、アバルは酸欠で少しばかりぼやけた頭でそんなことを考え、口に出していた。


 それからはたと気づき、もう一度振り返る。


「ソフィア! 大丈夫か?」


 アバルより少し後ろを走るソフィアに速度をあわせ声をかけると、彼女は息も切れ切れになんとか頷いて見せた。


「な、なんとか……」

「逆遠隔視の魔法は?」

「継続中、です。今も視覚像と音声は、送り続けて、ます」

「そうか、よし」


 途切れ途切れに答えるソフィアにアバルは頷き返し、それから思いついて更に言葉をかけた。


「あ、でもそれならなるべく視界を揺らさないように走ってみようか、ほら、ソフィアの視界がそのまま送られるわけだからなるべく観やすい映像をさ」

「鬼ですかあんたは……」


 リコリスが死にそうな顔をアバルに向けてぼやく。


「アバル、右!」


 と、先頭を走っていたフェーリスが、通路の分岐に気づき声を上げる。見れば、言葉通り進行方向右手に枝分かれした通路が見えていた。

 転がり込むように四人は、分かれ道を右へ曲がる。分かれ道の先はすぐに広い直方体の空間が広がっていた。だだっ広い部屋のようなそのスペースになんとか逃げ込むと、背後で凄まじい衝突音が響く。

 アバルたちを追って通路を曲がったものの曲がりきれず思い切り壁に激突したアースドラゴンが、頑強なはずの石壁をごっそり崩し倒れこんだ音だ。石の雪崩に巻き込まれ、それでも大した傷を負うことなくドラゴンはうなり声を上げる。


「も、もう、ちょっと、走れないです」


 部屋の中央辺りまで来て、リコリスが床にへたり込む。全力で走ることにいかにも向いていなさそうな胸に手を当て、荒い呼吸を繰り返す。

 アバルもまた、息を整えつつ足を止め、背後を振り返った。


「仕方ない、このまま逃げてもどうにもならんだろうし、ここで仕留めるぞ」

「じゃあなんで逃げたんですか……」


 こちらもしゃがみこみつつ、ソフィアが声を漏らす。


「吃驚したからだ。皆即回れ右ダッシュだったろ」 


 答えて、アバルは腰から剣を引き抜く。それから少し思案して、わざわざソフィアの目の前に立つと、剣を振り上げて大仰な構えをとった。「ここであったが百年目!」だとか「キエエ!」とか「ぐはは、おんしここが墓場んなるけぇのぉ」とか口走ってもみる。


「何ですそれ」

「いや、映像に見栄えをと思って何か決め台詞っぽいことを……」


 背後からソフィアに突っ込まれて、答える。それから、肩越しに振り返って尋ねる。


「ソフィア、逆遠隔視を続けながら別の魔法の行使は可能か?」

「ええと、まあそこそこの――中程度の難度の魔法までなら何とか」

「よし。じゃあリコリスと共に援護を。俺とフェーリスで抑えて仕留める」

「いや仕留めるってあんな化け物どうやって――」


 彼女が言い終わらぬうちに、耳を傷めそうな咆哮が地竜の口から発せられる。ジャアア、と獣と爬虫類を混ぜたような声が、硬い石の床や天井すら震えさせる。


「ひゃああー!」


 フェーリスやリコリスが悲鳴を上げる。その音の嵐、声の嵐の中、アバルは床を爪先で蹴りつけるようにして勢いづけて前へと飛び出した。



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