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10 優秀な冒険者


 ミディール冒険者ギルドの重役、グデイコは、多くの冒険者に受けが良い。

 地位が高くなろうとも尊大な態度を取らず、一人一人の冒険者を気にかけ、友人のように接する男であるというのがその原因であることは、ミディール冒険者の大半の共通認識だった。彼は豪胆な見た目に似合わず仕事は細かくきっちりとこなす一方で、人付き合いの面では見た目通りの大胆さをもっている。良く街に出かけ、見かけた冒険者と話し、飲み、喰い、時に踊りすらする。


 単なる遊び歩きに見えなくもないが、そうした遊びの中で密なコミュニケーションを多くの冒険者ととり、情報と信頼を同時に集めていたりするのだから、地位に応じた能力を持った人間であるのは間違いがない。


 彼は、配信魔法の普及と共に起こった社会の変革期に幼少期を過ごし、そんな動乱期の争いの中身寄りを失い冒険者家業に入り、着実に力をつけ多くの成果を上げていったという。そして冒険者ギルドの発足と拡大の中必要になった管理者の一人として目をつけられた、らしい。


 ミディールの冒険者であれば皆が知っている、グデイコの大雑把な経歴だ。


(グデイコの世代なら冒険者になるところまではよくあるパターンだが、後半は実力に裏打ちされた経歴ってとこか)


 と、アバルは大通りに面した食事処の軒先の屋外席に座して、目の前の大男をちらと見やってそんなことを考えていた。


 アバルと小型の丸テーブルを挟んで座っているのは、グデイコその人だった。いつも通りに豪快かつ人当たりの良い笑みを浮かべている。『新しい商売』のために協力者を募って街を右に左に歩き回っていたアバルは彼と偶然出くわし、食事に誘われたのだった。


「またおかしなことを始めるんだと、既に噂が入ってきている」


 軽い昼食をつまみながら、グデイコはおかしそうにアバルに笑いかけた。


「お前さんがまだ絶望しとらんようで、安心したよ」

「いやまあ……悪あがきだよ。まだ今はどんな先行きになるか分かったもんじゃない」


 苦笑してアバルは言葉を返す。出会った頃はしっかり丁寧な言葉を心がけていたし今でも他の目上の人間にはぞんざいな口調をきかないアバルだったが、このグデイコとの会話はすっかり砕けた口調になってしまっていた。アバルに限らず、それなりに長い期間ミディールの冒険者ギルドに所属する冒険者は皆そうだった。グデイコとはつまり、そういう人間であるわけだった。


「調べさせたのか?」


 アバルが訊くと、グデイコは広い肩幅を少しだけ縮めるようにすくめて見せた。


「軽くな。というかただ噂を聞いた程度に過ぎん。宿やら食事処や酒場に声をかけて回っているとな。冒険の様子を魔法を通じて見せるだとかなんだとか」

「ああ、今はそのための商売のパートナー探しって所かな……冒険者ギルドの迷惑にはならない形にはするつもりだが」

「そこは心配しとらんよ。しかしまあ、変なことを考えるもんだ」

「あの新人――ソフィアのおかげだよ。彼女がいなければ成り立たないし考え付かなかった」


 言いながら、アバルはふと疑問に気がつく。


「というか、よくオリジナルなんて紹介してくれたな……あんな貴重な人員、引っ張りだこだろう? ギルドにしてみれば、未来の危ういうちのパーティーなんかに引き渡したくなかったんじゃないのか?」

「元々お前さんのパーティーの募集に応募してきた人間だ。横から勝手に奪ったりはせんし、それに本人が頑なにそっちのパーティーを志望しとったからな。ま、役立ったならなによりじゃないか」


 からりと言ってのけるグデイコにアバルはまたも苦笑してしまう。オリジナル・ウィザードともなればその価値は冒険者にとっても社会にとっても巨大なものになる。いくらソフィアがこのタラニスという国で忌み嫌われる理由のある亜人・ドライアドであっても、あっさりアバルのパーティーにこの貴重な存在を渡してしまうグデイコの誠実さと懐の広さは今の世ではそうそうない。ともすれば、オリジナルウィザードよりも貴重かもしれない。

 アバルがそんな風に考えていると、グデイコは何でもなさそうに話を続けてくる。


「アバル、お前んとこ、今どこまで潜ってたっけか」


 潜る、というのは勿論遺跡のことだ。ミディール遺跡に限らず封印墓所は地下に広く深く作られた遺構となっており、深く潜れば潜るほどに先に進むことになり、その最奥にこそ魔法の智恵が眠るとされている。


「深層の調査に乗り出したところだな……最短でもう数週間もあれば最奥へのルートも確保できたかもしれないんだが」


 大雑把な予想だけどな、とアバルは付け足す。


「大したもんだ。少人数パーティーでそこまで行っただけでもな」

「まだ続けるさ。商売が上手くいって金回りが落ち着けば、だけどな」

「上手くいくことを祈ってるさ、アバル。しかし、金儲けが上手くいってもやはり探索は続けるのか」

「当たり前だ。それが本来の目的だからな」

「意外と冒険よりもそういう奇妙奇天烈な商売人も向いているかも知れんぞ」


 冗談めかして嘯き、グデイコが笑う。それから彼は、一つ息を吐いて、落ち着いた声音で呟いた。


「……お前は優秀な冒険者だよ、アバル」

「なんだよ急に?」

「冒険者として見るなら、お前もまた俺にとっては管理すべきギルドの一員だ。だが一人の個人としては、お前のような冒険者は良い友人のようなものだ。かつての自分のように、ひたすら何がしかの価値を目指して遺跡に、冒険に臨む」


 好感を抱かずにはいられんよな、とグデイコは先ほどまでの笑いを残した表情のまま語る。かと思えば、その表情を微妙に変化させ、少しばかり眉を歪めて見せた。


「冒険者ギルドの管理員なんてのはなんとも悩ましい立ち居地だよ。遺跡探索をはじめ冒険者家業には危険が付き物だ。有望な冒険者は組織にとって好ましい存在だし、俺個人にとっても昔の自分を見るようで大事に思えてくる存在になる。だが優秀な冒険者ほど危険の大きい遺跡の深部に潜ったりするわけで、あっさり死んで消えることも多い」


 それは、多くの冒険者と知り合い、管理し、その面倒を見ている人間ならではの言葉だった。


 グデイコはそれと分からぬほどに小さく息を吐いた。嘆息、と言ってもいいかもしれない。いつも活力に溢れたその外見や雰囲気が、僅かに翳み、陰る。


「アバル、お前さんのような人間なら――案外本当に魔法の智恵にまでたどり着くのかも知れんな」


 ぽつりと。


 グデイコはそう零した。奇妙に静かな、彼に似合わぬ声音でもって。

 だがすぐに、表情を元に戻して彼は席から立ち上がる。


「さて、そろそろ戻らんとな。昼に長く抜けすぎると他の者がうるさいんでな」

「ああ、じゃあまた」

「おう。色々上手くやれよ、アバル」


 激励を言い残して、グデイコは素早くきびきびと歩いて去っていく。その背中を見やりつつ、アバルはしばらく席に座ったままで考え込んでいた。グデイコの言葉について。お前のような人間なら魔法の智恵にまでたどり着けるのかもしれない――妙に影のある調子だった。あれはなんだったのか。


(かつて、自分に成せなかったことだからだろうか)


 と、アバルは何となく考える。有能な冒険者であったグデイコは、しかし他の多くの高名な冒険者と同じく、多くの成功を収めながらも魔法の智恵にはたどり着いていない。いまだ配信魔法が配信ギルドの独占状態なのは、だれも――『十一賢者の十一人目』以来誰も、魔法の智恵を持ち帰っていないからだ。

 ギルドの上級管理員という職に就いたグデイコは成功者には違いない。仕事に誇りも持っているだろうし、社会的にも大きく認められる立場だ。だがグデイコ自身冒険者であったならば、現役で魔法の智恵に迫ろうとしている冒険者を見て思うところというのも色々あるのかもしれない。


「魔法の智恵、か」


 物思いを抱えながら、アバルは呟いて自らも席から立ち上がる。午後も街を歩き回らねばならない予定があった。

 


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