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背後に壁を感じる。高所から突き落とされたような感覚で目が覚めた早川舞は、一瞬だけ乱れた呼吸と鼓動を落ち着かせるこに努めた。少し後になって携帯のアラームが鳴り響くのを、うつ伏せのまま待った。
「姉ちゃん!」
弟の声。起き上がり部屋の中を見渡すが、弟の姿は当然なかった。ある筈がない。舞の弟は二年前に亡くなっている。溜息をつく舞に追い打ちをかけるように、けたたましくアラームが鳴る。
「起きてる。起きてる。」
誰に言う訳でもないのに独り言を繰り返し、自身の覚醒を促しながら二段ベットから降りた。午前6:45。テレビを付け、最近見つけたお気に入りのパン屋で見つけた、メロンパンをオーブントースターに入れる。ポットのスイッチを入れ、珈琲豆を挽きながら、朝の憂鬱を感じていた。
「…ュースです。昨夜、第3ブロック南にて通行人5人が何者かに殺害されるという事件がありました。現場の状況から犯行は傷者の可能性が高いとされています。なお、被害者は5人共第3ブロックの住人である事が確認されましたが、身元が未だ不明。現在、犯人と被害者の情報を…」
テレビのニュースを見ていた舞は、珈琲を飲みながら携帯にニュースの内容をメモした。そして最初のページを見返す。
『傷者。3年前から確認されている人間の形をした化け物。全身から様々な凶器を取り出すことが出来る。主に、刃物や鈍器。元はただの人間という話もある。発症(?)の原因は不明。
2年前。お父さんと、お母さん。弟殺したのは傷者のだれか。』
新しく下ろしたスーツに着替え、舞は家を出る。
本日付けで、念願の職場で働けるとことになった。特殊捜査部傷者対策課。死ぬ気で努力した。復讐心を必死で隠し、在り来りで真っ当な理由を志望動機とし、ただそこに入るためだけにこれまでやってきた。
「必ず見つけて殺してやる」
いつもより重く感じる玄関のドアを、いつもより力強く押し、職場へと向かった。