表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/20

9.勇者の末裔

 《魔王》イザールがこの大陸を支配するのにそれほど時間はかからなかった。

 単独で国を滅ぼす力を持っていたイザールは六つの魔剣を操り、刃向う者を悉く滅ぼした。

 剣技や魔法といった類のものではなく――純粋な力。

 生まれ持った強さゆえに、魔王イザールは最強の強さを持っていた。

 そんなイザールを唯一倒した者――その男の名はレシル・ヴァリィ。

 四人の仲間と共に、イザールを打ち滅ぼした最強の男だ。

 イザールも死の間際にそれを認めた。

 きっとこれより先に、生きていたとしてもイザールをここまで驚かせる者は現れないだろうと――


   ***


「レーナ、どうしたの?」

「うん、ちょっと待って……」


 ここはレーナの家。

 その洗面所で、鏡を前にレーナは深呼吸をしていた。

 今は一糸纏わぬ姿で、この状況を必死に受け入れようとしている。

 スフィアはすでに――先に浴室にいた。


(まさか、こうなるなんて……)


 スフィアの世話をしばらくしたいと、レーナから申し出た。

 けれど夜になって、一緒にお風呂に入る事になるとは思っていなかった。

 考えてみれば普通の事だ。

 スフィアからすれば、歳の近い女の子同士――ましてや怪我をしている身だ。

 一緒にお風呂に入るくらい、普通の事なのだろう。

 だが、レーナは違った。


(女の裸なんて、まともに見た事ほとんどないんだけど……!)


 ぎゅっとスフィアは手を握る。

 魔王だった頃も女性の裸を特別見ようとも思っていなかった。

 それが今、こんな風に逆効果になって出てくるとは思わなかった。


「レーナ?」

「今いくよ……」


 あまりスフィアを待たせるわけにもいかない。

 レーナは意を決し、浴室へと入る。

 そこには当然だが、裸のスフィアが待っていた。

 包帯を取っている状態で、背中の部分は腫れているのが分かる。

 けれど、全体的に見れば健康的な肌色をしていた。

 ボーイッシュとはいえ、改めて裸を見ればよく分かる。

 スフィアは女の子だった。


「どうしたの?」

「いや……」


 今までとは違い意味で、胸の鼓動が早くなる。

 この経験も初めての事だった。


(いけない……魔王だった頃にこんな動揺はしなかったよ)


 レーナは心を強く持ち、平常心のままスフィアの後ろに座る。

 今日はスフィアの身体を洗う約束までしてしまったのだから、どうしようもない。

 レーナは極力見ないようにしながら、スフィアの身体を洗っていく。


「ふ、ふふっ、ちょっとくすぐったいかも」

「ご、ごめん」

「ううん。気持ちいいくらいだよ?」


 そんな風な会話をしながら、レーナは何とか平常心を保ちながらスフィアの身体を洗う。

 特に、背中の部分はまだ腫れているので優しく洗った。

 改めて見ると、レーナと比べても変わらないくらい小さな身体つきをしている。


(これで普通にCランクの冒険者なんだから、天才なんだよね……)


 魔剣がなかったら普通の女の子だったレーナとは違う。

 スフィアはきっと、将来有名な冒険者となるだろう。

 一方のレーナはどうだろうか。

 将来に夢があるわけでもない。

 ただ、この村で静かに暮らしていければいい――そんな平凡な願いを持っているのがレーナだった。


(わたしのやりたい事……)


 もし叶うのなら、スフィアと一緒にいたい。

 今の話ではなく、これからも。

 そう願い始めている事に、レーナ自身も驚いていた。


「ありがとう。もう大丈夫だよ。ボクはお風呂にはまだ入れないから、先に上がるね」

「あ、うん……」


 スフィアが先に浴室から出る。

 レーナは一人、湯船に浸かって考える。

 これからすべき事――レーナがしたい事はなにか。


(……するべき事は、あるみたい)


 そうレーナは考えて、静かに窓の外を見据えた。


   ***


「すぅ……」

「……」


 スフィアにベッドを明け渡すつもりだったが、それではスフィアが落ち着かないと結局一緒に寝る事になった。

 先ほどまではスフィアも起きていて、一緒に話をしていた。

 ようやく、スフィアが眠りについたのだ。

 レーナはそんな安心した表情のスフィアの顔を見る。


「こうして、普通に顔が見られるようになって嬉しいな」


 少し前まで、スフィアと顔を合わせるだけでも胸の鼓動が高鳴りつらかった。

 今でも少し鼓動は早まるが、前に比べればましだ。

 むしろ、程よい緊張感がレーナの気持ちを高ぶらせる。


(少しだけ、なら)


 レーナは眠るスフィアの横顔に、顔を近づけて――軽く触れるようにキスをした。

 すぐに、自身のやった事に驚いてスフィアから離れる。


(こんな事……していいわけないのに)

「ごめん、スフィア」


 そうスフィアに謝罪をして、レーナはベッドから出る。

 赤くなっていたレーナの表情は、気がつけば真剣なものとなっていた。

 部屋に置いてあった《魔剣》を腰に提げると、そのまま家から出る。

 一人でしばらく、月明かりに照らされた村の中を歩いていた。

 目指す場所は村から森へと続く道――その付近で、レーナは足を止める。


「そろそろ出てきたらどう? いい加減、見られているのは好みじゃない」

「ほほほっ、気付いていたとは驚きだ」


 レーナの言葉に反応してでてきたのは、鳥のような仮面を付けたローブの男だった。

 身体は細く、人間身のあるような動きをしていない。

 レーナはそれを見てすぐに理解する。


(魔族か……)


 魔族――《魔界域》と呼ばれる場所に生きる種族であり、かつてレーナは魔族であった。

 魔王とは、魔族達を束ねる王の事なのだから。

 こんなところに魔族がいる事に驚きだったが、レーナは表情には出さない。

 スフィアの前以外でのレーナは、どこまでも冷静だった。


「わたしに何か用?」

「少し違う。用があるのは君の家にいる少女の方だ。もちろん、君にも興味はあるが」

「スフィア?」


 レーナは首をかしげる。

 この魔族の男は、レーナではなくスフィアに用があるというのだ。

 魔族の男は小さな声で笑いながら、


「スフィアというのか。あの勇者の末裔は」

「――え?」


 そう、男は口にしたのだ。


「勇者の、末裔?」

「ほほほっ、なんだ。知っていて一緒にいたのではないのか。魔剣を持つ少女よ」

「どういう事……」

「私もつい先ほど気付いたばかりでね。君がレッド・オーガと戦っていた時――その背後に倒れた彼女の手には、確かに《勇者の紋章》が浮かび上がっていた」


 男の言葉に、レーナは目を見開く。

 それに説得力があったわけではない。

 けれど、レーナも理解してしまった。

 スフィアがどうして、あそこまで勇者に似ているのかを。

 考えれば当然の事だが、そんな偶然はあり得ないとレーナ自身考えなかったのだ。

 スフィアは、かつてイザールという魔王だったレーナを殺した男の末裔。

 自身を殺した男の末裔なのだ。

 それを踏まえた上で、レーナの辿りついた答えは一つだった。


「そっか――よかった」

「よかった……?」


 レーナの気持ちは、変わっていない。

 スフィアが勇者の末裔だったと知っても、レーナはスフィアの事を嫌いにならなかった。

 今の気持ちは何一つ、変わっていない。


(やっぱりわたしはスフィアの事が好きなんだ)


 そう確信できた事で、レーナは嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 だからこそ、目の前の男には感謝しなければならない。

 どんな目的で来たのか知らないが――いや、スフィアに用があるという時点で分かっているが、それでもレーナは男に感謝をした。


「ありがと。お礼にあなたは――殺さないであげる」

「ほほほっ、大層な自信だッ! 我が名はベイザル! あなたを殺す者の名を、胸に刻んで逝くがいいッ!」


 男――ベイザルが動く。

 ローブを広げるようにして、レーナへと飛びかかろうとする。

 鋭い爪のような物がいくつも、その隙間から見えた。

 けれど、レーナには一切関係がない事だ。

 ヒュンッと軽く魔剣を振るう。

 その瞬間――ベイザルはまるでボロ雑巾のようにその場から吹き飛ばされた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ