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6.二人の夜

 レーナはスフィアを村の診療所へと連れていき、一先ず診てもらった。

 打ち所が悪かったために意識を失ってしまったようだが、少なくともスフィアに大きな外傷はなかった。

 ただ、背中のところに広く打撲が見られるため、意識が戻ったらまた明日連れていくという約束をした。

 夜――今はレーナの家のベッドにスフィアを寝かせている。

 そう、スフィアを家まで運んできたのだ。


「……」


 今は落ち着いたように寝息を立てるスフィアを、レーナは離れたところから見ていた。

 ある程度離れたところならば、そこまで緊張する事はないと分かった。

 ――というより、顔を近くで合わせるのがまずい。


(何でなんだろう……)


 これが恋というものなのだろうか、とレーナは自問する。

 けれど、誰も教えてくれる事はない。

 魔王だった頃には感じられなかった気持ちだ。

 新鮮で、どこかもどかしいような、言い表せない感覚。

 スフィアを見ていると、そんな気持ちがわいてくる。

 ぶんぶんと顔を横に振り、レーナはスフィアから視線を逸らした。


「ん……?」


 ふと、スフィアが着ていたシャツが目に入る。

 スフィアは包帯を巻いた状態で、上には特に何も着ていない状態だった。


「離れていても……ちょっと緊張はするけど大丈夫だし、物でも大丈夫なのかな」


 レーナの素朴な疑問だった。

 そっと立ち上がると、綺麗に畳んだシャツを持ち上げる。

 スフィアが着ていた――とそう思っても特に緊張する事はない。


(やっぱり顔なのかな……? あ、匂いとかっ)


 思い立ったようにレーナはシャツを嗅いでみる。

 今日、抱きかかえた時と同じようにいい香りがした。


(……何だろう。何かいけない事をしているような――)

「ん……ここ、は?」

「っ!?」


 耳に届いたスフィアの声に、レーナは悲鳴を上げそうになるのをこらえて振り返る。

 まだ状況が理解できていない様子のスフィアがそこにはいた。

 レーナはそっとスフィアに近づいていく。

 視線は、少し下に逸らしてだ。


「め、目が覚めた?」

「レーナ……?」


 スフィアの問いかけに、レーナは頷いて答える。


「うん、わたしだよ」

「ここ、は?」

「わたしの家」

「ボクは一体――っ!」

「あ、まだ起きない方がいいって!」


 スフィアは身体を起こそうとして、痛みからか表情を歪めた。

 極力緊張している事を隠しながら、レーナは自然とスフィアに接していた。

 さすがに今の状態で無理をさせるわけにはいかない。

 高鳴る鼓動をこらえながら、スフィアをゆっくりとベッドに寝かせる。

 この感覚は、一体いつまで続くのだろうと心配になる。


「ごめん……」

「大丈夫。明日また診療所で見てもらう事になるけど、安静にしていれば大丈夫だろうって」

「ありがとう……レーナが運んでくれたの?」

「う、うん。森で倒れていたから……」

「……《レッド・オーガ》にやられたんだ。村の方は……?」

「大丈夫。魔物はこっちには来なかったから」

「そっか……ボクがここにいられるのは、運に助けられたんだね」


 レーナはスフィアに嘘をついた。

 実際には、レッド・オーガが立ち去る事などあり得ない。

 スフィアにトドメを刺そうとしたところをレーナが守り、そして倒したのだ。

 けれど、その事実を伝えるつもりはない。

 スフィアは少なくとも、レーナがCランクの魔物を軽く倒せる程度の実力がある事は把握しているだろう。

 レッド・オーガまで楽に倒せるという事実を知られてしまったら――もう一緒にはいられないような気がしたからだ。


(こんな事気にするなんて、おかしな話だけど……)

「村も無事でよかった――え、あれ……?」


 スフィアはふと、何かに気付いたように慌て始める。

 その様子は、常に冷静そうなスフィアが見せなさそうな態度だった。


「どうしたの?」

「首に掛けていたお守りがないんだ……。あれは失くすなって言われてたのに……」

「お守り?」


 レーナも気がつかなかった。

 スフィアを運んできた時には、すでに首元にそんな物はなかったと思う。

 スフィアがこれだけ動揺するのだから、よほど大事な物なのだろう。

 慌てた様子のスフィアに、レーナは一先ず落ち着かせようと声をかける。


「落ち着いて。明日わたしが探してくるから」

「いや、でも……あそこは一人じゃ危ないから」

「大丈夫。わたしはここの人間だから、ね? だから今日はゆっくり休んで」

「……うん。ごめん、ありがとう」


 レーナの言葉を聞いて落ち着いた様子に戻った。

 スフィアが窓の外を眺める。

 ちょうど月明かりが差し込むようになっていた。

 どこか幻想的なスフィアの横顔を、レーナはちらりと見ては視線を逸らす。

 だが――スフィアがふとベッドから手を出してレーナの手を握った。


「っ!?」

「ごめん、嫌だったら言ってほしい」

「い、嫌とかじゃ、ない」


 触れられていてもレーナは物凄く緊張する。

 ただ、スフィアの手が少し震えているのに気が付いた。


「本当はもう、会えないかと思ったんだ」

「え?」

「あの時、誰かがボクを助けてくれたような気がしているんだけど、思い出せなくて。でも、最後に考えていたのは君の事だった」

「わたしの……?」

「うん。会ったばかりなのにこんな事言うのも変だけど、何て言えばいいんだろう。本当に、ここでレーナと会えて嬉しかったんだ」


 ぎゅっとレーナの手を握る力が強くなる。

 少しだけ潤んだ目で、スフィアがレーナを見た。

 レーナも、初めて自分からスフィアと視線を合わせる。

 その時、レーナの心の中に会った緊張感が和らいでいくのが感じられた。

 少しだけドキドキとするけれど、嫌な感じはしない。


「また会えて嬉しいよ」

「……うん、わたしもスフィアが無事でよかった」


 これは嘘偽りのない気持ちだった。

 スフィアが無事でよかったと、レーナは心の底から思っている。

 レーナもスフィアの手を握り返した。

 やがてスフィアはまた小さな寝息を立てて、安心した表情で眠りにつく。

 レーナもその表情を見て、小さくため息をつく。

 素直に安堵したからだ。


(やっぱり、そういう事なのかな)


 初めて会った時は、言い知れない不安感にも似た感覚だった。

 でも、どこか気になってしまう。

 もっとスフィアと一緒にいて、この気持ちを確かめたいと思った。

 スフィアという少女に恋をしている――改めて、レーナはそう感じたのだった。

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