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3.振りまわされる元魔王

 薬草の採取をしつつ、レーナはスフィアを案内していた。

 近辺は森に囲われているが、食べられる木の実のある場所や水浴びが出来る川のあるところなど色々だ。

 森の中を歩きながら、スフィアについていくつか分かった事がある。

 年齢は十四歳――レーナより一つ上だが、この年齢でCランクの冒険者というのは歴代でもやはり相当早い部類らしい。

 一番早かったというのは皮肉にも、かつて魔王として君臨していたレーナを倒した勇者とその仲間達だった。

 実際、勇者一行はレーナのところにやってきた時もまだ二十代前後といったところだったろう。

 あまり思い返すと、色々と疲れるのでレーナはそこで考えるのはやめる。

 今は、レーナの素性の話をしていた。


「じゃあ、レーナは一人で暮らしているんだね」

「うん。村の人達が優しいから、寂しいと思う事はないけど」

「……でも、大変だったんだね。ボクももう両親はいないけれど、親代わりの人には育ててもらったから」

「親代わり?」

「あ、うん。大分歳のいったお爺ちゃんなんだけど、幼いボクを引き取ってくれたんだ。その人から色々と冒険者についても教わったんだ」

「そうなんだ」


 世の中そういう人もいるものなんだな、とレーナは感心する。

 実際、この村の人々だけで言えばいい人ばかりなのだが、近くの町では盗賊がやってきて襲われたという話も聞いた事がある。

 どこでも安心できるというわけではなかったが、少なくともレーナ本人については安心だった。

 腰に提げた魔剣フォルス――これがある限り、今のレーナが命の危機に瀕する事はない。

 実際に、レーナは全ての力を取り戻しているわけではない。

 各地に散らばる魔剣をすべて手に入れる事ができれば、レーナはかつての力を取り戻す事ができる。

 けれど、そこまではレーナにとって必要なかった。


(今の方が性に合ってる気がするし)


 慣れてしまったという事もあるだろう。

 レーナは大きな変化を望むつもりもなく、ただこの地で平和的に生きていくつもりだった。

 変化と言えば、スフィアという少女が現れてからレーナには大きな変化があった。


(そういえば……スフィアに出会ってからスフィアの事ばっかり考えてる気がする……)


 今は自然と振る舞えているが、スフィアといると心臓の音がよく耳に届いた。

 それこそ、スフィアにも聞こえてしまうのではないかと思うほどに。

 今思えば、スフィアと話している間――自分はどんな表情をしているのだろう。

 そう考えた時、レーナは少し恥ずかしくなった。


(変な顔とかしてないよね……?)

「レーナ?」

「っ! な、なに?」

「どうしたの? 難しい顔してるけど」

「うっ、な、なんでもない!」


 まさか今、タイミングよく表情について指摘されるとは思わなかったレーナ。

きっと変な顔をしていただろう。

 前髪を撫でるようにして、レーナは恥ずかしさを誤魔化す。

 今のレーナが元魔王だと言っても誰も信じてくれないかもしれないだろう。

 レーナも普通の女の子とはいえ、魔王としての記憶もある。


(そうだ。私も元魔王……一人の女の子相手にいつまでも動揺しているわけにはいかないんだっ)


「スフィ――」

「待って、レーナ」


 意を決し、目を合わせて話そうとした時、スフィアは真っ直ぐ森の奥を見つめていた。

 その横顔は以前、剣を交えた勇者が戦いの最中に見せる表情によく似ていた。

 それだけで、レーナの決意はあっさり揺らいでしまう。


(ああっ、せっかく勇気を出したのに!)


 そう思ったが、スフィアの表情は思ったよりも真剣だった。

 そんな横顔に胸が高鳴りながらも、レーナも森の奥地の方を見る。

 いつもと変わらない風景がそこに広がっていた。

 この先は《カジャルー森域》と呼ばれている。

 住まう魔物のランクは高くてもCランク程度で、大型の物も時折現れるが、草食で温厚な魔物が多い。

 森の広さは相当な物で、抜けるには徒歩で約一週間程度かかる。

 徒歩で、と言っても森の中は人が通れるスペースがある程度で、馬車などが通れるほどの広さはない。

 スフィアが気にしているのは、そんな森だった。


「どうしたの?」

「《精霊》達がざわついてる」

「精霊……? スフィアは精霊と話せるの?」

「あ、うん。話せるっていうほどじゃないけど、何て言うんだろ。感情っていうのは分かるよ。今は怖がってる」


 精霊――魔力によって構成された身体を持つ生命体であり、基本的にその姿は目に見えない。

 高位精霊にもなると、人や動物の姿をしている場合もあるが、低位精霊はただの小さな光のような存在だったりする。

 精霊と話せる者はそういう才能がある人間であり、実際にそれができる人間は稀だった。

 たとえば実力があれば話せるわけではない。

 レーナも魔王としての力を持っていても、低位精霊の感情などは伝わってこないからだ。


「怖がってる……?」

「うん。何かいるみたいだ」


 レーナには精霊の言っている事は分からないが、別の事は分かる。

 近辺にいる魔物達が怯えているのは、レーナにも分かった。

 魔物の感情が理解できるのは、魔剣の力の一つだった。


(……ここの魔物が怯えるっていう事は、結構強い魔物がやってきた可能性もあるのかな)


 滅多にある事ではないが、実際にCランク以上の魔物がやってきた事例はあるらしい。

 レーナがまだ幼かった頃に一度だけ、討伐隊が編成された事があった。

 その時の魔物のランクはB――やや大型だったが、冒険者達が協力して倒せないレベルではなかった。

 レーナの判断早かった。


「スフィア、一旦ここは離れた方がいいかも」


 自然とスフィアの手を引こうとしたが、スフィアに触れようとすると胸の鼓動が高鳴ってしまう。

 ここにやってきているかもしれない魔物の事よりも、よっぽど緊張してしまっていた。


「レーナは先に戻っていて」

「っ!?」


 そんなレーナの気持ちも知らずに、スフィアはレーナの手を一度強く握って言った。

 レーナの動きが止まり、スフィアの言葉にも反応できない。

 その一瞬の間に、スフィアが駆けだしてしまった。


「……あっ! スフィア!?」

「大丈夫! 様子を見てくるだけだから!」


 そんな事を言いながらも、きっとスフィアは強力な魔物がやってきていたら戦うだろう。

 そういう性格だという事は、レーナと出会った時の行動や今の行動でも理解できる。

 レーナがスフィアに見せた力の事が分かっていても、スフィアはレーナの事を気にかけて戻っているようにと言ったのだ。


(っ! まったく、見た目だけならともかく性格まで勇者みたいな事……!)


 レーナ自身、勇者がどういう人間だったかは詳しく知らない。

 けれど、そういう人のために動く人間だったという事は今でも伝わっているし、対峙した時にも分かる。

 そうでなければ、魔王などと対峙しようとは思わないだろう。

 ただ、近くにスフィアがいない状態でのレーナは冷静だった。


(勇気と無謀は同じじゃないっていうのに……)


 スフィアは若くしても実力のある方ではあるが、その行動に実力が完全に伴っているとは言えなかった。

 だから、レーナもスフィアの後を追うように駆け出した。

 ただ、魔剣の力を解放していない状態だと身体能力に差があり――


「は、速いっての!」


 レーナが追いつけない程度には、スフィアは速かったのだった。

 すぐにスフィアの後ろ姿が見えなくなってしまう。

 一度、レーナは足を止めた。


「はあ……はあ……何で、わたしがこんな事……」


 悪態をつこうとしたが、レーナは首を横に振る。

 どうせ、村の方にやってくる強力な魔物がいたら、レーナは力を使って撃退するつもりではいたからだ。

 すぅ、と小さく深呼吸をして、レーナは目を瞑る。

 腰に提げた魔剣に手を触れた。


「起きなさい、《フォルス》」


 普段、レーナはある程度力を制御している。

 スフィアと出会った時のように、動揺して力が出てしまうという事自体が初めての経験だった。

 その時とは違い、正常にレーナは力を解放する。

 魔剣がカタカタと震えた後、一瞬の静寂が森を包む。


「ふっ――」


 わずかに息を吐く。

 レーナが地面を蹴ると同時に、周囲に突風が巻き起こる。

 先ほどとは比べ物にならないほどの速さで、レーナは森の中を駆けて行った。

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