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19.魔王になるという事

 レーナが戻ってから一週間ほどが経った。

 左腕の骨折は完治には遠いが痛みには慣れた。

 ようやくまともに寝られるようになってきたところだ。

 スフィアの方はすっかり良くなって、もう仕事もまともに受け始めている。

 レーナの方はというと、左腕くらいなら大丈夫だと薬草の採取を始めていた。

 その隣に、スフィアもいる。


「まだ無理しない方がいいと思うよ」

「大丈夫だって。折れているのは片腕だけだし……」


 魔剣の力を使えば治癒力を上げる事もできたが、スフィアの前ではあまり使いたくなかった。

 だから、自然治癒に頼っている。

 正直、普通に治すと一か月以上はかかるかもしれないとは言われている。

 その間もずっと休んでいては、さすがにレーナの身体も鈍ってしまう。


「レーナの怪我がきちんと治ったら、一緒に狩りにでも行こっか」

「うん。できるだけ早く治すよ」


 そうは言っても――骨折となるとやはり月単位はかかってしまうが。

 一通り薬草を採取し終えると、レーナとスフィアは村の方へと戻っていく。

 普段はこうした採取の依頼をこなし、余った時間を二人で過ごす――それが当たり前になりつつあった。

 ただ、あまり関係が進展しているとは言えない。

 それでも、レーナは今のままでいいと思っていた。


「ねえ、スフィア」

「なんだい?」

「手、つないでもいい?」

「ん、いいよ」


 こういう願いは、スフィアは簡単に聞いてくれる。

 レーナにとっては、それだけで満足する事ができた。

 こういう事を、きっと幸せと言うのだろう。

 レーナにとって、ここで暮らした日々も十分に幸せだった。

 だが、今はそれ以上に幸せだと感じている。

 少し前に、レーナは考えた事がある。

 魔界域には他にも、魔族達が存在している。

 レーナが倒したのは最も近くにいて、勇者の末裔を狙っていた敵だったわけだ。

 もしも、他にもスフィアを狙う者がいるのなら――それもまとめて相手にするつもりではある。

 あるいは、もう一つの選択肢があった。


(……もう一回、わたしが魔王を名乗る事)


 今のレーナには部下もいない。

 その上人間であるレーナに従う魔族など、きっといないと思っていた。

 だが、魔剣の力を誇示する事ができれば、レーナでも十分に魔王を名乗る事は可能である。

 先日の戦いで、レーナはそう確信した。

 今の魔族には、レーナに並ぶ者はすでに存在していないと。

 なぜなら、イザールの使っていた魔剣の力を使って次期魔王と呼ばれるような存在が支配を広げていたくらいだ。


「レーナ、大丈夫?」

「え――あ、ごめん」


 ふと気がつくと、レーナは色々と考えを巡らせている間に足を止めてしまっていたらしい。

 心配そうにスフィアがこちらを見ていた。

 レーナは笑顔で返し、再び歩き出す。

 ギルドに薬草を納品したら、家の方に戻って今日は休む予定だった。

 だが、ギルドの方でふとある人物が目に止まる。

 ローブに身を包んだ、華奢な身体付きをした女性だった。

 何故だか、レーナはその女性に見覚えがあったからだ。


(あれ、何でだろう……)


 その人を知っている気がする――そう思いながらも、レーナはその女性に目を合わせる事はなかった。

 けれど、すれ違い様に女性が呟く。


「森の方でお待ちしております、イザール様」

「っ!?」


 レーナが驚きの表情で振り返る。

 女性はすでにその場から消えていた。

 スフィアも不思議そうに周囲を見渡す。


「あれ、今誰かいたと思ったけど……」

「……」

「レーナ?」

「ごめん、先に帰っててくれる?」

「え、レーナ!?」


 レーナは駆け出した。

 森の方で待つと言っていた女性の声に、レーナも聞き覚えがある。

 その女性が口にした名前は、かつてのレーナ本人なのだから。

 村から少し離れたところで、先ほどの女性が立っていた。


「お元気そうでなによりです」

「……あなた、誰?」

「すっかり雰囲気も変わられましたので、少し心配でした。けど、その腰に提げた魔剣は本物ですね。イザール様」


 パサリと、女性がローブを取る。

 その顔を見て、レーナはようやく気がついた。


「……ライラ、なの?」

「イザール様、ようやく、ようやくです。あなた様が勇者に敗北してから――私はずっとあなたの事を待っていました」


 ライラはレーナの前に膝をつき、そしてレーナを見上げる。

 その表情には以前と変わらない忠誠心があった。


「あなたが再び魔王になられる時を、ずっと待っておりました」

「……わたしは――」


 久方ぶりに出会ったライラの言葉に応えようとした時、ガサリと木の陰から音が聞こえた。

 レーナはバッと振り返るが、誰もそこにはいない。


「……」

「いかがなさいましたか?」

「ううん。何でもない。ライラ、わたしはね、魔王になる気は正直言って――ないの」

「……あの娘ですか?」

「え?」

「イザール様の雰囲気が随分変わられたと思いましたが、特にあの娘と手をつなぐような事までして……まるで普通の人間のようです」

「わたしは、そうだよ。今はレーナ――この村で暮らす、普通の人だよ」


 ライラにそう宣言すると、ライラは目を瞑ったまましばらく動かなかった。

 やがて、ライラは静かに立ち上がると、


「あなたはこの世界でただ一人の魔王です――それをお忘れなく」


 そう一言だけ告げて、ライラは姿を消した。

 魔王になると宣言する事はできた。

けれど、今のレーナにはそれができなかった。

 スフィアを守るために魔王になる――頭の中を過ったそれが正しい事なのか、レーナには分からなかったからだ。

色々と考えて、次回で一先ず完結とさせていただこうかと思っています。

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