18.待ち続けた時
レーナの左腕は完全に折れていた。
戦いの最中でも骨折している事は分かったが、魔剣を扱っている時のレーナはそんな事は気にしない。
今のレーナはとても後悔している。
「いたたたっ! 痛いって!」
「我慢しな。まったく、折れたのにそのまま帰ってきたなんてバカだね」
「や、優しくしてっ! あっ、やさしくっ!」
「馬鹿な事言ってんじゃないよ。優しくしてほしかったら暴れるんじゃない」
「むりっ、無理だからっ」
ギリギリと木の板に締め付けられながら、レーナは悲鳴を上げる。
涙目になりながら、マースの診療所で治療を受けていた。
とにかく固定しなければきちんと治らないとの事で、他にも裂傷がいくつかあったレーナはベッドに押し倒されて治療を受ける羽目になった。
三日の間に、スフィアの方はかなり良くなったらしく、普通に出歩いても問題なさそうだった。
治療を終えると、付き添ってくれたスフィアが声をかけてくれる。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないかも」
「途中で魔物に襲われたって言ってたけど、怪我で済んでよかったよ」
「あはは……帰ってくるまでは大丈夫だったんだよ?」
スフィアと一緒に寝てから――激痛で目覚めた。
当然と言えば当然の事だった。
レーナは一人で大軍を相手にして、通常の人間ならば即死であっただろう攻撃を何度も直撃している。
魔剣がなければ、レーナはすでにこの世にはいない。
おそらく、まだ人間側にはギルファの状況は伝わっていないだろう。
すでに支配者を失った土地は、未だに混乱しているかもしれないが。
「レーナはしばらく安静だね」
「や、薬草採りくらいならいけるって」
「ダメだよ。ボクだって安静して良くなったんだから。レーナも安静にしないと」
「うん……分かった」
スフィアのいう事にレーナは頷く。
別にすぐに仕事をしなければならないほど困っているわけではない。
無理をすれば出かける事もできはするが、その必要もなかった。
ただ、スフィアが剣を持っているところが少し気になる。
「スフィアはギルドに行くの?」
「今日から慣らしていこうかと思って。大丈夫、もう無理したりしないから」
「レーナが待ってるからね」とささやくように言うスフィアに、レーナは顔を赤くする。
そういう事を平気で言えるようなタイプなのは、正直羨ましいと思う。
レーナとスフィアはまだ出会って間もないが、友達よりも少し進展した関係になった。
お互いに気になる間柄だったというのも大きいだろう。
スフィアは勇者の末裔であり、レーナの前世は魔王――確かに強い因縁のようなものはあるかもしれない、とレーナは考えた。
それでも、レーナの気持ちに嘘はないと確信していた。
しばらくは、レーナと一緒にスフィアも暮らす事になる。
けれど、スフィアはいつまでもこの村にいるわけではないという。
そうなった時――レーナはどうするべきか。
(答えなんて、もう決まってるけどね)
レーナはスフィアと一緒に居たい。
今の気持ちは、ただそれだけだった。
「さ、今日は無理せずに帰って休んで。送るからさ」
「うん、ありがと。少し前とは逆になっちゃったね」
「ボクは頼られる方が好きだから構わないよ」
笑顔で言うスフィアに、レーナも笑顔で返した。
スフィアに支えられて、レーナは家へと戻ったのだった。
***
荒れた戦場に、一人の女性が立った。
長い銀髪に褐色の肌――尖った耳を持つダークエルフという種族だ。
ローブに身を包み、周囲を確認するように窺う。
そこはすでに戦いが終わり、周囲には敗れた者達の残骸が散らばる。
「まさかとは思いましたが……」
女性は戦いの痕跡を見て、疑惑は確信に変わる。
この戦い方をするのは――女性の知る限りでは一人しかいない。
たった一人で、国を相手取る事ができる存在であり、戦場を駆るその姿を人々はこう呼んだ――《魔王》と。
「……ずっとお待ちしておりました」
女性は胸に手を当てて、空を見上げる。
この時をずっと待っていた。
魔王と呼ばれた男がこの世を去ってから、それでもあの人なら必ず戻ってくると。
「イザール様……」
女性がその名を口にする。
かつて、自身が仕えた相手であり、唯一無二の主。
《魔王》を名乗る事が許された人物は、イザールを置いて他にいない。
女性――ライラ・リーリスはそう確信していた。
魔王の側近であったライラにとって、この日をどれだけ待ちわびたか分からない。
ただ、気がかりな事は一つあった。
イザールが向かってきたのは、人間達の住む領地からである事。
そして、実際に生きていた者に話を聞くと――猛威を振るったのは人間の少女であったという事。
それでも、ライラの気持ちに変わりはない。
どんな姿であろうと、絶対の忠誠を誓ったのはその人ただ一人なのだから。
「今、参ります」
ライラはイザールの痕跡を追って、人間界を目指す。
そこに、ライラの求める魔王がいると信じて――




