17.お互いに
夜――村の入り口にレーナは立った。
すっかり静まり返った村はいつもと変わらない。
近場にある川で水浴びをしてから、レーナはここに戻ってきていた。
まだ、髪からはポタポタを滴が垂れている。
ボロボロになった服はそのままに、レーナは自身の家に向かった。
すでに部屋の明かりは点いていない。
スフィアも眠っているのだろう。
ガチャリと扉を開き、レーナは腰に提げていた魔剣を壁にかけた。
「はあ……」
小さくため息をつく。
魔剣を手放しても、レーナはまだ感覚が戻ってこない。
戻ってこない感覚というのは――レーナという少女としての感覚だ。
いまだに、魔剣を振るっていた魔王としての高揚感が残っている。
それでも、レーナの心の中にはスフィアのためという強い気持ちがあった。
こうしてここに戻って来られているのも、そのおかげなのかもしれない。
ボロボロになった服を脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿でレーナはスフィアの前に立つ。
スフィアは、心地よさそうに寝息を立てていた。
その姿を見ると――高揚感に緊張感が交わってレーナは興奮を抑えきれなくなる。
「スフィアを狙う奴らは、わたしが全部倒してきたよ。これからも、心配する事なんてない。わたしが守ってあげるから」
だから――と、レーナはスフィアに近づいていく。
目の前まで来ると、ドキドキと心臓の鼓動がどんどん大きくなっていくのを感じた。
それでも、レーナは今の気持ちに従う事にした。
「んっ」
静かに、眠りにつくスフィアに唇を重ねる。
眠っている相手にこんな事をするなんて――そう思いながらも、今のレーナは罪悪感よりも自身の欲望に忠実であった。
少し甘いような、そんな感覚がした。
すっとスフィアから離れると、レーナは鼓動を確かめるように手を胸に当てる。
どんどん高鳴っていくが、悪い気分はしない。
そうして、ちらりとスフィアの方を見た時――
「レーナ」
スフィアは起き上がった。
そう名を呼ばれたときに、レーナの表情は青ざめる。
その口調が少しだけ、冷たく感じられたからだ。
「起きて、たの?」
「うん」
「今の、も?」
「うん……」
そう答えを聞いて、レーナは言葉を失う。
大胆に行動をしていたのはレーナの方だ。
ばれるかもしれないと思いながらも、キスをしたのもレーナだ。
それでばれてしまったのだから仕方ない――そう割り切れたらどれだけ良かったか。
スフィアは、レーナの様子をしばらくうかがうようにしていた。
やがて、レーナの左手を掴む。
「っ!」
「レーナ、怪我してない?」
「あ、うん。ちょっと戻ってくるまでに色々と、ね」
「急に帰ってきたと思ったら――こんな状態で、しかも裸でキスするって……レーナってもしかしてそういう趣味が?」
「しゅ、趣味とかじゃなくて! あ、いや……うん。ごめん、わたし――出会ったときからスフィアの事が好き」
はっきりと、レーナはそう告げた。
まだ、魔剣の高揚感が残っているからだろうか――それとも追い詰められてしまって吹っ切れたからなのか。
レーナは思っている事を伝える。
「初めて出会った頃から気になってたの。出会ったばかりで好きなんて言えないと思ったけど……少しの間でも一緒に入れて、やっぱり確信した」
「そうなんだ」
レーナがそう言うとスフィアは一言だけ答えて、外を見る。
返事だってもらえなくてもいい。
ただ、明日からはいつものように接してほしい――そんな我儘が頭を過る。
レーナが次の言葉を探していると、先にスフィアから話を始めた。
「正直、ボクにはまだよく分からない」
「……うん」
「でも、ボクも初めて出会った頃からスフィアの事好きだったよ」
「それは、友達として?」
「そうだと思ってた。けど、少し違うかも」
「え?」
「何て言えばいいのかな……うん。特別っていう感じ。これがレーナの言う好きと一緒なのか分からないけど――ボクもこの気持ちが何なのかは知りたい」
スフィアはそう言って、レーナの方へと振り返る。
その表情はとても優しげだった。
スフィアが片手でレーナの頭を引くと、レーナの額にこつんと額を当てる。
「だから、その答えはボクも知りたいっていう事になるんだけど、いいかな?」
「それって、えっと……」
「こういう事」
今度は、スフィアからレーナに向かってキスをする。
突然の出来事にレーナは驚いたが、そのまま身をゆだねるように目を瞑る。
一瞬の出来事あったが、まるで時間は止まっているような感覚だった。
お互いに顔を離したときに、目を合わせるのが恥ずかしいくらいだった。
「何て言うか……自分からやると全然違うものなんだね」
「スフィアから来るとは思わなかったもん」
「そんな事言って、夜中に寝ている人に裸でキスをするって、レーナは相当変態だと思うよ」
「そ、それは言わないで……」
気が付けば、魔剣を持っていた時の高揚感はなくなり、いつものレーナに戻っていた。
この日――二人は少し特別な関係になった。




