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16/20

16.終わりの時

 ハゼル・ノートンは魔族として生まれ、そしていずれ魔王を名乗る事を約束された男だった。

 かつて魔王を名乗っていた地上最強の魔族、イザール。

 そして、イザールの使っていた《魔剣》の一つである《クィネル》を扱う事ができた。

 その力を持って、ハゼルは一つの領地を支配する男となり、魔族達の住まう《魔国》を納める王となったのだ。

 いずれは、この大陸を支配する魔王として君臨する――ハゼルの道は決まっていた。

 決まっていたはずだった。

 ハゼルの道を阻む者など、現れないと。

 仮に現れれば、魔剣を持って全てを制すると。

 だが、最強と呼ばれたイザールですら、人々の中から生まれた勇者によって打倒されている。

 イザールはそれを警戒し、《勇者の紋章》を持つ者を見つけ次第殺すよう、常に指示を出していた。

 慎重さというものは、支配者にも重要な要素の一つである。

 その結果――最凶の少女を呼び込む事になってしまうとは、誰も予想しない事だった。


   ***


「魔王――魔王だと? お前のような、人間の小娘が笑わせるな……なぜ魔剣を使えるのかは知らないが、この際はどうでもいい。それを使えたから、魔王にでもなれると思ったのか?」

「ハゼル……ハゼルで合ってるよね? あはは、魔剣が使えるから魔王になれる――そんな事、誰も思わないよ。あれ、それともあなたはそう思っているのかな? 他人の力を扱えたからって、それで魔王になれるなんてさ」

「貴様……」


 レーナの言葉に、ハゼルは怒りを露わにした。

 レーナは知っている。

 どれほどの力を持っていたとしても、それを上回るものは存在していると。

 だが、レーナ自身がその正体を知っているわけではない。

 それでも、勇者という存在がその力を持って、イザールを倒したのだからきっとそういう事なのだろう。


(スフィア……早く会いたい――)


 その一瞬、地面を蹴りあげてハゼルが距離を詰めた。

 他の兵士達とはまったく違う動きに、レーナの反応が遅れる。

 ハゼルが魔剣を振るうと、衝撃波によって再びレーナが吹き飛ばされる。

 すぐに態勢を立て直そうとするが、


「――っ」


 ドンッと身体を貫く衝撃が走る。

 ハゼルはその場から動いていない。

 だが、追撃するようにレーナの身体を貫くような衝撃が発生していく。

 見れば、衝撃波を受けたとこから魔力が爆発を起こしていた。

 ちらりと後方を確認すると、あちこちで魔力による爆発が発生している。

 ハゼルの持つ魔剣――クィネルの力だ。

 一度放った魔力は時限式に連続で爆発を繰り返す。

 一発一発の威力が非常に高く、レーナでなければ耐える事はできなかっただろう。

 散り散りになった魔力の粒が、爆弾となるのだ。

 やがてゆっくりだった爆発が、連鎖的に発生して大きな爆発となる。

 ハゼルが地面を蹴ると、今度は魔剣を縦に振るう。

 数キロ先から爆発が連鎖的に発生し、レーナが倒れているところでもまた爆発が発生する。

 そのたびに、レーナの身体はまるで壊れた人形のように空を舞った。

 ――それでも、レーナの身体が吹き飛ぶような事はない。

 ハゼルが攻撃を止めると、レーナは爆発を受けながらも、ピタリと地面へ着地した。

 まだ魔力の爆発は続いているが、よろよろとよろめきながらも、レーナはハゼルの下へと歩いていく。


「……まだ動けるか。それならば、確実に葬ってやる」


 ハゼルがレーナの下へと駆け寄る。

 クィネルによって身体を突き刺せば、体内から爆発させる事ができる。

 そうすれば、あらゆる生物はその攻撃に耐える事ができない。

 確実なる死――その魔剣の持つ力はそういうものだった。


「――なんて、そう思って使ってるんでしょ?」

「っ!?」


 胸の寸前まで迫った魔剣を、レーナは片手で止めた。

 刀身を握りしめて、血が滴り落ちながらも胸に突き刺さる事はなく、剣はその手前で制止する。


「ば、馬鹿な……!? 動かん、だと!?」

「そんなに驚く事かな? わたしはあなたが支配する軍勢を一人で制圧するような人間なんだよ? 剣くらい片手で止められる」

「これはそこらの剣とは違うッ! 魔剣なのだ! 貴様も魔剣を持っているのなら分かるだろう! これがどういう物なのか――」

「うるさいなぁ」


 パァンと渇いた音が響いた。

 レーナが思い切り、ハゼルの手を蹴りあげたからだ。

 その蹴りによって、ハゼルの手から魔剣が離れ、空中で大きく回転をする。

 先に動いたのはレーナだった。

 地面を蹴って、魔剣を回収する。

 フォルスとクィネル――二つの魔剣がレーナの手元へと戻った。

 着地と同時に、驚愕に満ちた表情のハゼルにレーナは笑いながら告げる。


「あははっ、そんな事、わたしが一番よく知ってるよ。言ったでしょ――わたしが魔王なんだから」

「貴様が魔王であるはずが――い、いや待て。まさか、そういう事なのか……ッ!?」


 レーナは少女らしい笑みを浮かべて頷く。


「そ、分かってもらえてよかった。あなたみたいなのでも、わたしの魔剣の力を不完全とはいえ引き出せていたのは褒めてあげる」

「不完全だと……!?」

「うん。まあ、魔王になる前から誰かに怯えているような男には、完全に引き出す事は不可能だったって事」


 そう言い放つレーナに対し、ハゼルは一歩後ろへと下がった。

 先ほどよりもレーナの発言は挑発的だったが、もうハゼルには怒りを露わにする余裕もなかった。

 ハゼルは理解したのだ――目の前にいる少女が魔剣の持ち主であるという事実に。


「特別だよ? 見せてあげる」


 レーナがクィネルを構える。

 ハゼルは後方へと下がった。

 一度距離を取り、態勢を立て直そうとしたのだ。

 だが、その直後にハゼルの片足が吹き飛ばされる。


「っ!? な、ぐあっ!?」

「逃げられると思った?」

「ま、まだ何も――」

「していない? 違うよ、それが勘違いなの。クィネルは剣の形をしているけど、本当の使い方は設置して《毒》を撒き散らす事」

「ど、毒……だと?」

「そう。あなたも魔力を粒みたいに散らばせて、それを爆発させていたでしょ? 本来の使い方はそうじゃなくてね。自分の魔力を霧散させてその場にいる者を爆殺する毒を感染させる事――つまり、これは剣じゃなくて罠」

「……っ!」


 ハゼルは驚きで、声も出ないようだった。

 この剣の力を持って支配者となったハゼルだったが、そもそも剣としてではなく罠として使う物だったという事実に驚いているようだった。


「爆発も無駄に大きくさせちゃって……相手を殺すのにさ――そんなに威力は必要ないんだよ?」

「ま、待って――」


 ハゼルの制止する言葉を、レーナは聞く事はなかった。

 ドォンと小さな爆発の後に、ハゼルの頭部が吹き飛ばされる。

 元より、感染した時点でハゼルに助かる術はなかった。

 倒れるハゼルを見て、レーナはすぅと小さく深呼吸をする。

 これで、予定通りにスフィアのところへと戻れる。

 遠くから、この戦いを見守っている者達がいた。

 自分達の主が敗北した事を理解したのだろう。

 それ以上、追撃をしてくる様子もない。

 レーナはクィネルを無造作に投げ捨てる。

 自身の魔剣ではあるが、スフィアと過ごす上でこの魔剣はむしろ危険になる。

 だからこそ、レーナには一本あれば十分であった。


「じゃあね」


 ドォォン――大きな轟音が響き渡る。

 魔剣フォルスの力を持って、魔剣クィネルをハゼルごと葬り去る。

 必要な事実は――人間のレーナが魔王候補であったハゼルを殺したという事実。

 人間側にはレーナがいるという事。

 それだけあれば、スフィアを狙いに来る者もいなくなるだろう。

 レーナはくるりと反転し、来た道を歩いて戻っていく。

 この時、たった一人の少女によって、一つの国が敗北した。

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