14.休息
迫りくる軍勢を、レーナはなぎ払う。
魔剣を振るえば、眼前に迫る敵を全てなぎ払える。
四方から槍を構えた兵士達が迫る。
まるで踊るようにその全てをかわすと、レーナは魔剣で全てを吹き飛ばす。
レーナはそのまま、上空を飛翔する兵士達の下へ跳躍する。
「っ!?」
「いい景色だね。見下ろすっていうのはさ」
「貴様ッ!?」
突如として目の前に現れたレーナに、空中を飛ぶ魔族達は驚く。
攻勢に移ろうとしたが、レーナの方が攻撃は早かった。
サンッ――と空気を切る音が響く。
それだけで、空中の支配権はレーナに移る。
着地を狙う――そうやって下で構えていた兵士達に対し、
「そういう悪い子には、お仕置きだよ」
身体を大きく回転させると、着地と同時に魔剣を地面に突き刺す。
魔剣から吹き出す魔力によって、爆発が巻き起こる。
レーナを囲んでいた兵士達は、あっという間に吹き飛ばされてしまう。
ゆらりとレーナが魔剣を構える。
もう、レーナに向かって来ようとする者はいなかった。
「あれ、もう終わり?」
「いや、私が相手をしよう」
レーナの言葉に答えたのは、一人の男だった。
大きく細い剣を持つ、壮齢の男がレーナの前に立つ。
レーナは一応、確認をする。
「誰?」
「私の名はコルネル・バザフィ。この要塞を管理する大隊長を務めている」
「ふぅん、そうなの」
レーナはまるで興味なさげに答えた。
この男は違う――レーナの目的の相手ではないのだから。
だが、コルネルはそんなレーナを見てにやりと笑う。
「正直驚かされてばかりだよ。対軍兵器も効かず、兵士達がまるで赤子のように扱われる」
「……そう。それでも前に出てきたのは?」
「ふっ、お前のような化物と、一戦交えてみたいと思っただけだ」
コルネルはそう言いながら、鞘から剣を抜き取る。
すらりと長い刀身は美しく、よく手入れされている事がわかった。
コルネルの目的は、レーナの戦う事だった。
「私もかつては、《戦神》と呼ばれる存在だった。今となっては、この要塞を管理するだけの男になったが」
戦神――そう呼ばれるからには、それだけの実力があるのだろう。
現に、兵士達がコルネルを見る目には期待があった。
これほどの力を見せても、まだレーナに対抗しようという意思のある者がいるのだ。
「……それで?」
「だからこそ、お前のような化物と戦えるのが嬉しいのだ」
そう言いながら、コルネルは剣を構える。
その表情は、他の兵士と違い気迫に満ち溢れている。
コルネルの言葉を聞いて、レーナは不機嫌そうに眉をひそめる。
そのままレーナは一歩前に踏み出す。
コルネルは剣を握りしめる。
まだ距離はある。
レーナが魔剣を振る仕草を見せれば、反応できる距離なのだろう。
二歩目――レーナの構えは、剣を持つそれではない。
大きく振りかぶり、まるでこれから剣を投げるというような仕草だった。
「なんだ、その構え――は?」
ゴウッと魔剣が奔る。
コルネルはレーナの戦いを見ていた。
ある程度距離が離れていても、魔剣から発せられるエネルギーで確実に仕留めるのがレーナの戦い方だ。
だからこそ、レーナの動きを見て隙をうかがう――そういう戦い方をするつもりだったのだろう。
そんなコルネルの考えを全て無視して、レーナは力任せに魔剣を投げる。
真っ直ぐ――目にも止まらぬ速さで。コルネルの身体を貫いた。
「な……にぃ……?」
「わたしは化物じゃないから。口の利き方には気を付けてよ」
「もう利けないだろうけど」とレーナは言い放つ。
大隊長と呼ばれていたコルネルが倒された事で、兵士達は一気に動揺した。
もはや戦うという選択肢はなく――
「だ、大隊長!?」
「う、うわああっ!」
「た、退却ッ! 退却だああっ!」
散り散りになって逃げていく兵士達を、レーナは追いかける事はしない。
逃げる相手になど興味はない。
ファンブル要塞は数千人以上の兵士が存在したが、ものの数時間でもぬけの殻になるとは誰が想像しただろう。
レーナは倒れたコルネルに近づいていき、突き刺した魔剣を抜き取る。
「が、はぁ……」
「あ、まだ生きてたんだ」
そう言うレーナに対して、コルネルはにやりと笑いながら、
「化、物め」
そう捨てゼリフを吐いた。
レーナはそれと同時に、魔剣を振り下ろす。
衝撃波だけでも、大地が割れた。
「……」
レーナは手で自分の顔に触れる。
そのまま髪をかきあげると、レーナは深くため息をついた。
「はあ……今日はもう、休もうかな」
レーナがここまでやってきたのも、まだ一日目だ。
レーナの計算では二日目に目標を始末し、帰宅も含めて三日かかる計算だった。
だから、今日はもう休んでもいいと自身に言い聞かせる。
ちょうど、目の前には休めるところがあった。
誰もいなくなった要塞の中に、レーナは入る。
金属でできた建物だ。
本来ならばその守りは強固であり、その中から誰もいなくなるなどあり得ない事だ。
けれども、それはレーナの手によって現実になっている。
要塞の中にも、レーナの求めるものはあった。
いくつか薬品の並んだ部屋を見つけ、そこにベッドがあった。
レーナは魔剣を抱えたまま、静かに横になる。
目を瞑っても、すぐに眠れるというわけではなかった。
けれど、こうしていると幾分落ち着いた。
「明日で、終わらせるから」
呟くようにレーナは言う。
レーナの魔界域侵攻の一日目は、こうして幕を閉じた。




