13.対要塞戦
《ファンブル要塞》はギルファにおいて五つ存在する要塞の一つだった。
監視塔が六つ破壊された時点で、要塞にも連絡が入っている。
敵勢は一人――軍でも隊でもなく、個人による侵攻だと。
それも人間の少女が一人で、だ。
「情報によれば、魔剣を持っているという話だが」
「はい、不確定情報ですが、発見されていない物の一つという可能性が高いと」
ファンブル要塞の指揮系統を管理するのは、コルネル・バザフィ。
見た目は人間に近く、白髪で壮麗の男性のようだが、頭部には二本の曲がった角が生えている。
黒いコートに身を包み、要塞内における大隊長室で状況を見ていた。
待機している兵士の一人に確認する。
今、この国に攻撃を仕掛けているのは、たった一人の人間の少女だと。
「大隊長、いかがなされますか?」
「信じがたい事ではあるが、人間一人が我々軍隊を相手取り、我々が劣勢であるという事実もある。その少女はこちらに向かっているのだな?」
「はい、正確には都を目指しているものかと」
兵士の言葉を聞き、まさかとは思いながらもコルネルは考える。
少女の狙いは、この国を支配しているコルネルの主なのではないかと。
(そもそも、ここに人間がやってくる事自体が驚きではあるが……)
「よろしい。《竜殺し》の準備をせよ」
「竜殺し――ですか? 大隊長、お言葉ですがあれは……」
「分かっている。《対軍魔導兵器》だ。それを、私は一人に使えと言っている。君は私を臆病者と思うか?」
「いえ、そのような事は! 出過ぎた発言でした」
兵士はコルネルの指示に従い、準備を開始するように伝達する。
竜殺し。それは《竜》すらも一撃で屠る事ができると言われる、圧縮した魔力を光弾として放ち、巨大な爆発を起こす兵器だ。
その爆風だけでも、町が一つ吹き飛ぶほどの威力がある。
この要塞には、それが十本存在している。
「魔剣を持つ少女、か」
たった一人で軍隊を相手取る、そんな常識外れな行動をする人間。
かつてこの大陸を支配した魔王、イザールがそれと同じ事をしたという記録を思い出す。
「ふっ、年甲斐もない事だが、楽しくなってきたじゃないか」
コルネルはにやりと笑った。
この状況において、コルネルはその少女に他の者達とは違う感情を持っていたからだ。
***
「これで、八つ目」
破壊した監視塔を背に、レーナは呟いた。
守りは確かに手薄ではあったが、侵攻する事に敵の数は増えてきている。
返り血と、瘴気によって汚染された泥を浴びて、その臭いが鼻につく。
「わたしは、レーナ」
戦いを一つ終えるたびに、思い返すようにレーナはそう呟く。
魔剣の力をここまで長く解放した事はなかった。
気を抜くと、意識を手放してしまいそうな感覚が常にある。
「うん、大丈夫」
レーナはそう言って、再び進み始める。
ぱらぱらと、少しだけ雨が降ってきた。
レーナはフードを外して空を見上げる。
曇り空も相まって、この近辺はとても暗かった。
「これで少しは落ちないかな……」
もし戻ったとき、血の臭いが消えなかったらスフィアに何と言われるだろう――この状況で、そんな事を考えていた。
「う、あ、待て……」
うめき声が聞こえ、誰かがレーナの足を掴む。
「あ、ごめんね」
反射的に、レーナは魔剣を振るった。
衝撃で地面が割れ、泥が巻き上がる。
その場に残されたのはレーナを掴む腕だけだった。
レーナが謝ったのは、中途半端に生きた状態に放置してしまったという事。
それも何となく謝っただけで、他にも同じように倒れている者はいるが、見る事すらしない。
レーナが見据えているのはここからかなり離れたところにある、一つの施設だった。
壁のようなもので覆われているが、その中に建物が見える。
「あそこにいるかな」
レーナはそこを目指して進もうとしたとき、ある事に気がつく。
筒上の大きな物が、その建物からレーナに対して向けられているという事。
そして、妙な青白い輝きを放ち始めているという事。
レーナはそれを見ても、特に慌てる様子もない。
「大砲、かな? わたし一人にそこまでやるかなぁ」
首をかしげながら、レーナは要塞の方へと歩いていく。
まだ息のある者もいるが、それすら巻き込んでここに砲撃を放とうとしている。
やがて、砲台は強烈な輝きを放った後に、レーナ目掛けて光弾を射出した。
尋常ではないほど強大な魔力の塊を見て、レーナは少し驚く。
「今はああいう武器もあるんだ。でも、個人で持てないんじゃ意味ないよね」
レーナはそう呟きながら、魔剣を見る。
普通に戦うだけなら、レーナにとってはそれ一本で十分だからだ。
ちらりと光弾を見るが、完全にレーナを捉えているわけではないらしい。
少しレーナの後方へと着弾した。
「どこ狙って――」
それを確認した瞬間、周囲は爆風に包まれる。
泥が空高く巻き上がり、炎の柱が出現する。
嵐のような轟音が響き渡り、レーナの身体は数百メートル以上に渡って吹き飛ばされる。
湿地にできあがったクレーターが、その威力の高さを表している。
「――」
レーナは湿地をしばし転がったあと、ゆっくりと立ち上がった。
見てみれば羽織っていたローブはなくなり、着ていた服もボロボロになっている。
それでもレーナが負った傷は、
「ちょっとだけ、痛かったかな」
わずかに頭部から出血している程度だった。
レーナは今の威力を見て、大体の事を把握する。
直撃するのはあまりよくはない、その程度の認識だった。
レーナが生きている事を確認したからか、さらに要塞からいくつもの砲台が出現し、レーナの方に向けられる。
レーナは冷たい視線を向けたまま、静かに魔剣を構える。
「嫌いだなぁ、そういうの。今ので無駄だって分かったと思うんだけど」
レーナは地面を蹴り、駆け出した。
およそ人が出せる速度を超えて、湿地をかけていく。
二撃目――別の砲台から光弾が射出される。
今度はレーナの方が動きを見てか、やや手前側へと着弾しようとしていた。
レーナはそれを見て、着弾地点へとわざと移動する。
光弾はパチパチと閃光を走らせながら、レーナの前へとやってくる。
レーナはそれを――左手で受け止めた。
受け止めた瞬間に、メキリッと鈍い音が耳に届く。
地面に両足がめり込むが、それでもレーナは光弾が前に進もうとする力を抑え込んでいた。
「だから、返してあげる」
レーナはそう言いながら、思い切り地面を踏み込んで光弾を要塞側へと投げ返した。
ほぼ同時に、別の砲台から光弾が射出される。
それらはぶつかり合うと、より大きな爆発を起こしながら地上を爆炎で包み込む。
熱量によって、泥から水蒸気があがり、濃い霧が発生したように白に包まれる。
ズチャリ、泥を踏みしめて、レーナはその中の歩いて進む。
要塞から、飛翔してくる魔族達が目に入った。
大きな壁は開き、大軍がレーナ目掛けて押し寄せてくる。
それを見て、レーナはまた笑う。
「あははっ、初めからそうすればよかったんだよ。この方がお互いにさぁ……楽しめるよね、戦いっていうのを」
魔剣を構えると、レーナはそのまま大軍の下へと駆けていく。
初めの一撃で、一気に軍勢は瓦解した。
レーナの言う戦いなど、初めから起こりすらしていない。