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12.魔界域戦線

 《魔界域》と呼ばれる場所は、厳密にはそれぞれに領地としての名前がある。

 ここの領地の名は《ギルファ》。

 ハゼルが支配する領域であり、《ギルファ魔国軍》がここを防衛している。

 ただ、人々はそこに行く事ができないために総じてそう呼ばれるようになった。

 《瘴気》と呼ばれる人にとって毒となる物に満ちているからだ。

 地面から滲み出す泥は触れるだけで、人を死に至らしめる。

 ここを人間が通るためには、自身を常に魔力によって保護する必要がある。

 あるいは、瘴気に耐性を持つ者が人間の中にもいる事がある。

 そうでない場合は、魔界域に入る事すらできない。

 そんなところでも生活できる魔族は、人間達に対して圧倒的な優位性を持っていた。

 そこに軍隊を構えれば、魔族側からは好きな時に攻められて、守りを行う必要などないのだから。

 だからこそ、魔族は人間側から攻められるという事態をほとんど考えていない。

 パシャリ、パシャリと水音を立てながら、ローブに身を包んだ少女――レーナは魔界域を進む。

 その視線の先が見えているのはさらに向こう側だ。


「本当に、疎かな守りだね」


 警戒という警戒が行われていない。

 元々、警戒する理由もないというところもあるのだろう。

 魔界域を抜けて人間か来る事など稀であり、仮にそうしたとしても――


「コォオオオオオ……」


 黒い息を吐く巨大な魔物が地上を闊歩する。

 ここに棲息する魔物達は、生半可な冒険者では傷一つ付ける事はできない。

 四本足に鋭い牙を持つ魔物は、レーナを見下ろしていた。

 レーナは気にする事もなく、そのまま歩を進める。

 魔物の事など、気にも留めていない。


「……」


 スッと魔物が片足を上げ、振り下ろした。

 ドォォン――という大きな音と共に、大地が揺れる。

 毒の沼が波打ち、地面が割れた。

 完全にレーナを狙っての動きだったが、


「邪魔」


 レーナはすでに魔物の上に立っていた。

 そのまま魔剣を振るい、魔物の頭部を切り落とす。

 黒く分厚い毛皮で覆われた魔物は、剣などを通す事はない。

 だが、レーナにとってはどんなに強力な鎧を着ていようが関係なかった。

 魔剣フォルスは、レーナに魔王だった時の力を取り戻させてくれる。

 今、この場においてレーナを倒せる者は存在しない。

 ズンッと大きな音と共に、魔物の巨体が倒れる。

 レーナは地面を蹴り、その場から加速した。

 何体もの魔物が、レーナの後を追うように走る。

 だが、その全てをレーナが魔剣を振るえばそれで終わる。

 いつしか、レーナの通る道には魔物の死骸で道が作られていた。

 遠くから、レーナの事を見ている人陰がいる事に、レーナも気が付いている。

 人間が来る事はほとんどないと言っても、この地域にも監視塔のような物は存在しているようだ。

 レーナを見て、そこから数体の人陰が出てくるのが見えた。


「ようやく出てきたんだ」

「貴様、何者だ……」


 鎧に身を包んだ者達が数名――レーナの前に現れる。

 そのほとんどが人間に近しい見た目をしているが、中には魔物に寄った者もいる。

 魔族とはそういうものだった。

 レーナは小さくため息をつく。


「はぁ……わたしが何者かっていうのが重要なのかな。こうしてここにやってきているだけで、分かるでしょ?」

「……そうか」


 鎧を着た男はそう呟くと、腰に提げた剣を抜く。

 それぞれが、レーナを前にして武器を持った。

 大剣から斧――後方には《魔法》を扱うであろう者達も待機している。

 レーナに話しかけてきた男が、後方の者達を制止する。

 剣を抜き取って、レーナにそれを向けた。


「人間の小娘が、たった一人でここまで来た事は褒めてやる。俺が直々に葬ってやろう」


 なるほど――レーナは理解した。

 目の前の男が、この監視塔を管理するリーダーであるという事を。

 そして男の発言聞いて、レーナはにやりと笑う。


「直々に? あはっ、笑わせないでよ」


 ブゥン――と魔剣を振るうと、男の首がその場で消し飛ぶ。

 何が起こったかも理解できなかっただろう。

 その場にいた全員が動揺の声をあげる。


「な、隊長!?」

「き、貴様っ! 何をした!?」

「何でもいいじゃない」


 動揺する男達を前に、レーナは一歩前に踏み出す。

 屈強な魔族ですら、レーナを見てたじろいでしまうほどだった。

 そんな者達をあざ笑うかのように、レーナは魔剣を構える。


「全員で来なよ……少しでも長く生きていたいならさ」


 それが開戦の合図となった。

 牛のような顔をした魔族が、大きな斧を振りかぶってレーナへと向かう。

 レーナは地面を蹴ると、すれ違うようにその魔族と交差する。

 斧ごと身体を切断された魔族は、そのまま死を迎える。

 何体かの魔族は空を飛べる。


「「「紅蓮の炎よ、燃え盛れ!」」」


 魔法の詠唱が耳に届き、レーナが空を見上げた。

 魔方陣が浮かび上がり、そこから炎が雨のようにレーナへと降り注ぐ。

 レーナは魔剣を、横に振るった。

 炎はかき消され、空を飛ぶ魔族達は空中で分解される。

 戦いの最中、何とかレーナにまで切っ先を届けた者もいる。


「……あははっ、残念」

「っ!?」


 歪んだ笑顔でレーナはそう言った。

 ほんの少しだけ頬を掠めた後、剣を振るった者は魔剣に貫かれて絶命する。

 それに合わせて、同じように剣を振るった者がいた。

 今度は剣が届く事はなく――レーナは二本の指で剣をピタリと止める。


「なん――」

「やれる、と思ったでしょ?」


 最初に頬を掠めたのも、本当はレーナにとっては避ける事も防ぐ事も簡単だった。

 わざわざ、レーナは勝てるかもしれないという希望を与えてやった。

 その上で、レーナが自身の力を見せつける。

 剣を奪い取り、その剣で切りかかってきた兵士を突き殺す。

 しばらくの戦闘の後――気がつけばレーナに背中を見せて逃げ出す者まで現れていた。


「ああ――昂ぶってきたよ」


 ここでようやく、レーナは年相応の少女らしい笑みを浮かべる。

 久しぶりの感覚だ。

 魔王として、戦っていた頃を思い出す。

 レーナが魔界域に侵入してから一時間――ギルファ魔国軍の駐在する《監視塔》が三本破壊され、本格的にギルファの本隊が動き出すまでにさらに四本が破壊された。

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