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11.戦いの始まり

 ベイザルにトドメを刺したところで、レーナは魔剣についた血を落とすために、剣を振るう。

 ピシャリッと周囲に血が飛び散る。

 それを横目で見ながら、レーナは呟いた。


「ハゼル、かぁ」


 いずれ魔王になる男――そんな事をベイザルは言っていた。

 魔王になるというのなら、確かに勇者の末裔だというスフィアは邪魔になるのかもしれない。

 いつか障害となるのならば先に排除してしまおう、という考えなのだろう。

 そうだとすれば、ハゼルという男はレーナにとって邪魔になる。


「……スフィアのところに戻ろう」


 レーナは剣を納めて、その場を去ろうとする。

 だが、剣から手が離れない事に気付いた。


「あれ、おかしいな……」


 見れば、剣を握る手は震えていた。

 何事かと思ったが、すぐにレーナは気付く。


「あっ、そっか。わたしは魔族を殺したの、初めてだもんね」


 レーナはそう、冷静に呟いた。

 以前の記憶では、人だろうと魔族だろうと殺した経験はある。

 だが、レーナとしては初めての事だった。

 久しぶりの感覚に、身体がついていけていないのかもしれない。

 レーナは冷静に、もう片方の手で指を外していく。


「大丈夫。もう思い出した」


 レーナは震える手を剣から離すと、握り締めてその場を離れる。

 空を見上げると、ちょうど月がレーナを照らすように真上にあった。


「スフィア……」


 確かめるように、その名前を呼ぶ。

 レーナは駆け出した。

 村の方は、相変わらず静かだった。

 夜に外を歩く者はいない。

 まだ明かりが付いている家はあるが、基本的には静かな場所だった。

 レーナの家は、村の奥の方にある。

 小さな家だが、レーナ一人が暮らすには丁度いい。

 レーナが家に戻ると、そこは静かで変わらない場所だった。

 ただ、ベッドには小さく寝息を立てるスフィアがいる。

 レーナは剣を置き、スフィアの下へと近寄っていく。

 安心したように眠るスフィアの横顔を見て、レーナもまた安心した。


「よかった。やっぱり、何も変わらないよ」


 レーナはスフィアの事が好き――その気持ちは変わらない。

 勇者の末裔だとか、そんな事は関係ない。

 好きになった人を守るのに、理由なんていらないのだから。


「スフィア、わたしが守るからね」


 レーナはそう言いながら、ベッドで横になるスフィアに近づく。

 自分からそうやって近づくのは、初めての経験だった。

 そうしていると、胸の鼓動が高鳴るのが感じられる。

 それだけ、スフィアの事が愛しく感じられた。


(もう、一回だけ)


 レーナはそうして、再びスフィアに触れようとする。

 そのとき、


「ん……レーナ?」

「っ!」


 眠っていたスフィアが目を覚ましてしまった。

 レーナはスフィアの顔を覗き込むように、そしてキスをしようと近づいている状態だった。

 レーナの表情が凍りつくが、スフィアは心配そうにレーナの方を見ている。


「どうしたの? 顔色が悪いよ?」

「え、わたし?」

「うん。何かあった?」

「何かって――何もないよ」


 レーナは冷静に答える。

 大丈夫、ばれていない。

 スフィアはレーナの気持ちには気付いていない。

 今はそれでいい。

 そう思ったのに、スフィアはレーナを優しく抱き寄せる。


「っ!? な、なにを……」

「何があったのか、分からないけどさ。つらい事があったら相談してくれていいんだよ? ボクもレーナには世話になってるからさ」


 そう言って、スフィアは優しくレーナの頭を撫でる。


(ああ、わたしどんな顔をしてたんだろう……)


 スフィアがそんな心配をするくらい、ひどい顔だったのだろうか。

 レーナはスフィアから離れようとしたが、身体は上手く動いてはくれなかった。


(今だけは、いいかな)

「もう少しだけ、こうさせてくれる?」

「いいよ、いくらでも」


 レーナの言葉にスフィアはそう答えた。

 静かな夜はそうして過ぎていった。


   ***


「それじゃ、家にある物は勝手に使っていいから」

「うん、ありがたく使わせてもらうよ」


 翌日――レーナは王都の方に行くと嘘を伝えて、村から離れる事にした。

 三日後にはスフィアのところへ戻ると伝えてある。


「本当なら、ボクもいけたら良かったんだけどね」

「いや、大丈夫。わたしの用事だし」

「そっか。レーナが戻ってくるまでに元気になっておくから」

「期待してる」


 これから行くところに、スフィアを連れていくわけにもいかない。

 スフィアの世話をすると言っておきながら残していく事には少し罪悪感があった。

 けれど、レーナには一刻も早くやらなければならない事があった。


「おう、レーナ。今日も森に行くのか?」

「ううん、おじさん。三日くらい村を離れるから」

「お、そうなのか? まあ気を付けていけよ」

「うん、ありがと」


 すれ違ったゼンジとそんな軽い会話をかわして、レーナは村を出た。

 しばらく進んだところで、レーナは魔剣に手を触れる。


「さ、始めようかな」


 レーナは魔剣の力を完全に解放する。

 今から三日間――レーナはたった一人で戦いを始める。

 狙うのはただ一人――スフィアを狙う男を始末するために。

 タンッと軽く地面を蹴るだけで、周囲の大気は震えた。

 今、レーナが解放できるだけの力の全てを持って行動する。

 ――それから数時間後、《魔界域》と呼ばれる場所は戦火に包まれた。

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