10.魔剣を持つ少女
何が起こったのだろうか。
ベイザルは状況を確認する。
村の入口付近で、魔剣を持った少女と話をしていた。
ベイザルは少女の力をある程度は把握している。
レッド・オーガを倒す火力を持っていたとしても、所詮は人間の少女だ。
速度でベイザルが劣る事はないと確信していた。
だが、気が付けばベイザルの身体は動かず、視界には自身が吹き飛ばされたという痕跡が目に入る。
文字通り一撃でやられたのだ。
「がっ、はっ」
まともに呼吸すらできない。
夜の静寂の中、ベイザルの荒い呼吸と、そこへ近づく足音だけが響く。
魔剣を抜いた状態の少女は、無表情のままベイザルを見下ろしていた。
「お前、は、何者だ……?」
ベイザルの問いに少女は少し困ったような表情を浮かべた。
無機質なものではなく、普通に人間らしい少女が悩んでいるように。
けれど、ベイザルはすでに理解している。
目の前の少女は、ベイザルに致命傷を負わせるほどの攻撃を繰り出しながら、そこには殺意も存在していなかった事に。
「……わたしはレーナ。この村で普通な生活を送る、普通の女の子だよ」
まるで、自身に確認するように少女――レーナはそう言葉を並べた。
ベイザルを見下ろしたまま、レーナは言葉を続ける。
「約束通り、殺さないであげたから。わたしにしては上出来だよね」
「ほっ、ほほっ、お前が普通の女の子、だと? 魔剣の力を使える時点で、お前は普通じゃない」
レーナが魔剣を持っている事に対しても疑問はあったが、レーナはその力を完全に引き出している。
ベイザルから見れば、その状態が異常だった。
けれど、レーナはきょとんとした表情で答える。
「別におかしい事なんてないよ。これはわたしの物なんだから」
「なん……だと、それはどういう――」
だが、ベイザルの問いかけをレーナは剣を突き立てる事で遮る。
魔剣を腿の部分に、迷う事なく突き刺した。
「がっ、ぐあっ!?」
「この状況ならあなたが聞くんじゃなくてさぁ……わたしが聞くのが普通じゃない?」
そう言いながら、レーナはその場にしゃがみこむ。
目の前で見れば分かる。
やはり目の前にいるのは普通の人間だ。
けれど、先ほどスフィアという勇者の末裔と一緒にいた時とは違う。
ベイザルに向ける視線は、本当に何とも思っていないという様子だった。
「わたしも大変なんだよ。普通に生きていくっていうのはさ。それっぽく振る舞うのだって、結構大変だったんだよ?」
「努力の賜物なんだから」と少女は剣を握り、さらに突き刺していく。
「ぐっ……」
「ねえ、教えてくれる? あなたはどうして、スフィアを狙ったの?」
「それは……」
ベイザルにとっては、本来隠す必要のない事だ。
聞かれた事に素直に答えてやるくらいはする。
だが、このレーナに対してはそれをしていいのか躊躇った。
ベイザルの主に、危害が加えられる可能性を危惧したのだ。
そんなベイザルに対して、初めてレーナは笑顔を見せる。
「教えてくれたら、逃がしてもあげるよ?」
特別だから、というようにレーナは言う。
先ほどレーナは「殺さないであげる」と言ったが、逃がすとは言っていない。
それはまったく別の話なのだ。
ベイザルはそこで恐怖をした。
だから、自身に言い聞かせて都合のいい逃げ方をしたのだ。
「あの方ならば、必ずお前を殺してくれるだろう」
「あの方?」
「ハゼル・ノートン様だ。いずれ、この大陸を支配する魔王となられるお方……」
ベイザルがそう答えると、レーナは「ありがと」と一言礼をのべて、その剣を抜き取る。
それだけで、レーナはどこに向かうべきか理解したようだった。
ハゼル・ノートン――ちょうどこの村から離れてはいるが、最も近くにある魔界域を支配している男の名だった。
「すぐにこの村から消えて、二度とスフィアの前に姿を現さない事。もし次出てきたら、問答なしで殺すから」
そう言って、レーナは剣を納める。
その場から去ろうとするレーナにベイザルは問いかけた。
「ハゼル様を知らないわけではないだろう……。ハゼル様の名を聞いても、お前はあの勇者の末裔を守るというのか? お前にとって、勇者の末裔はそれほどの存在だというのか」
ベイザルの素朴な疑問だった。
魔剣を操れるレーナは少なくとも、普通ではない。
それほどの力を持っているのだとしたら、なぜまだ力もない勇者の末裔など守るのか、と。
レーナが振り返り、再びベイザルの方を見る。
その表情に、ベイザルは驚いた。
「だって、好きなんだもん」
「……!?」
ここでようやく見せた少女らしい態度に、ベイザルは困惑する。
一体どちらが、レーナという少女なのだろうか、と。
(だが……)
ここにきてようやく、レーナが隙を見せた。
魔剣も納めている。いまなら、やれると。
指先を動かし、ベイザルはその装置を作動させる。
カシャッと小さな音がして、毒の塗られた小さな針がレーナ目掛けて射出された。
レーナは、それを親指と人差し指で掴んだのだ。
「なっ……!?」
隙だらけだったはずなのに、途端に無表情になったレーナはベイザルを見下ろす。
否――先ほどまでとは違う。
今度は、レーナの表情には殺意があった。
「もったいない事したね」
そう一言だけレーナは言うと、魔剣を再び抜き取る。
迷う事なく、それはベイザルへと振り下ろされた。