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一節 商隊の正体

 人は、生きている限り戦い続けなければならない。アークガイアにおいても、それは真理である。

 敵の排除を躊躇う者に、掴みとれる未来などないのだ。

 ジョーは生存競争というものを心のどこかで侮っていたのかもしれない。


………………


 押し寄せる気持ち悪さをこらえ、落ち着きを取り戻したジョーはボタンを押す。

 ブレイバーの股間を通る乗降用の梯子が垂れるように展開されると、同時にハッチが開かれる。


 口元を押さえたジョーが操縦席から下を覗くと、そこには剣を構えた商人たちがいた。

 その中には、ベンに肩を貸してもらっているトーマスもいる。


 取り囲むようにブレイバーの周囲に位置する商人たち。その眼差しは、明らかにジョーに敵意を向けていた。


 突然の出来事に、一瞬にして吐き気の収まったジョー。降りないべきか悩んでいると、何者かがとてつもない速度で梯子を上る音がする。

 それに気が付いた時にはもう遅く、細身の男が操縦席に飛び込んできていた。


「うわっ!」

「大人しくしてなぁ。でねえと、こいつが刺さっても知らねぇぜ」


 突然入り込んできたピーターは、ジョーの首元にナイフを突きつけ、宣告する。

 その声には先ほどまでのふざけた感触は無く、冷酷さがにじみ出ていた。


「何なんですか! いったい!」

「まずぁこいつをトレーラーに戻せ。早くしな」

「わかりましたから、それ下げてくださいよ!」


 ピーターはナイフを降ろさない。

 ジョーは慎重に手を動かし、拡声器のスイッチを入れる。


『どいてください! 動かします!』


 ジョーは商人たちが退くのを確認すると、出したばかりの梯子を畳ませる。

 そして、完全に退避を終えるのを待つことなく、ブレイバーを歩かせ始めた。


――――――


 商隊が死体の処理を終え、急ぎで森を抜けたころには、暗くなり始めていた。

 周囲が視認できる程度の明るさではあったが、彼らはそこで野宿することにしたようだ。

 火を焚き、食事をとる人々。今日を生き延びたことを感謝する者もいれば、死んだ者を思い出して泣いている者もいる。


 そんな中でジョーは、手足を縛られたうえで監視されていた。


「……あの、そろそろこれほどいてもらえませんか?」


 それまでに何度もした要求を、無駄だとわかりつつも改めて口にするジョー。

 その顔には、困惑のみが浮かび上がっている。


「駄目だな。そんなことしたら逃げるかもしれんだろう」


 落ち着いた様子で答えるトーマス。上半身には、衣服の代わりに包帯が巻かれていた。


「逃げませんよ」

「確かに、今逃げても野垂れ死にするだけだろうな。だが、あのMWマシン・ウォーリア……ブレイバーと言ったか? あれについて話すまでは、自由にさせるわけにはいかん」

「さっき馬車の中で話した通りですよ。ヘッドギアにロックがかかってて、僕以外に動かせなかっただけです。それ以外は知りません」


 そのヘッドギアは、彼の頭にはない。


「アデラ、本当なのか?」


 トーマスは傍らの人物に視線を移す。まとめ上げられた赤い髪と、褐色の肌を持つ、比較的露出の多い服を着た女性である。

 彼女は人差し指で器用にジョーのヘッドギアを回している。


「ああ、本当みたいだね。試したけど、その子以外には全く反応しないみたいだよ」

「なるほどな。そこは正とみていいか」

「何も嘘は言ってませんよ」

「となると、あとは何故このヘッドギアだけでしか動かせないかだな。ほかにもヘッドギアはあっただろう?」


 トーマスはジョーを無視してアデラと話を続ける。


「ああ、そうだね。普通のヘッドギアも動いてはいるけど」

「……対応していないみたいでしたよ」

「ん? どういうことだ?」


 ジョーが漏らした一言に、トーマスは食いついた。


「あのボクサー型のヘッドギアは、どれもブレイバーには反応すらしないようでした」

「アーミーで使えることは確認しているんだ。なぜブレイバーには使えない?」

「さあ。ただ、その僕のヘッドギアは特別なモデルで、他の機種にはない機能もあるんです」

「ふぅん。ヘッドギアも高性能なんだ」


 アデラは納得したように頷いた。

 ジョーはさりげなく所有権を主張しているのだが、当然返す気配はない。


「なら、ロックを解除することはできないかい? それができれば、ヘッドギアだけいただいて、すぐに開放してあげるんだけどねぇ」

「多分、専用の設備がないとできませんね」


 嘘である。その気になれば簡単に譲渡できるようになっている。

 彼は唯一の手掛かりであるヘッドギアを手放したくないのだ。


「同じのを探すしかないか」

「どうやら、そうみたいだね」

「解ったら返してくださいよ。……大体、何で僕の物を貴方たちが持ってたんですか」


 二人は落胆している。そんなことはお構いなしにジョーは返還を要求し、ついでとばかりに問いただそうとした。


「まだ駄目だな。嘘を言っていないとも限らん」

「最低でも、もう少し調べてからだね」


 トーマスの意向に、頷きながら同意するアデラ。

 ジョーの問いかけは完全に無視されているが、その態度が彼の神経を逆なでする。


「何でブレイバーが必要なんですか」

「お前には関係のないことだ」


 今度ははっきりと突き放すように、トーマスは答えた。


「僕が持ってた他の物は!」

「面倒だから静かにしてくれ。――何なら、黙らせてもいいんだ」


 下がったトーマスの声音が、我慢の限界を伝えている。

 しかし、警告にも構わず、ジョーは反発する。


「僕が喋らなくなったら、困るのはアンタたちじゃないのか!」

「黙れと言っている!」

「大体、いろいろおかしいんですよ! 商品を運ぶはずの馬車に僕以外の荷物が乗っていなかったり! 規模の割には護衛が老人一人しかいなかったり! 極めつけには商人の癖に戦いなれてる! 強盗よりも強いじゃないか! 今更商人だなんて言われても信じられませんよ!」

「……そうか、なるほどな。ふふふ……」


 感じていた違和感をすべてぶちまけたジョー。

 対して、トーマスはなぜか含み笑いをしている。


「――もういい、答えてやろう。その代わり、逃げられると思うなよ」

「ちょっ、トーマス!」

「元から自由にさせるつもりもない癖に……!」


 アデラは慌ててトーマスを止めようとするが、そんな彼女をトーマスは押しのける。

 ジョーは、どこまでも高圧的な態度を受け、秘めていた反抗心をさらに増大させていた。


「さて――お前が持っていたものは間違いなくヘッドギアだけだ。全裸だったから服すらない、本当だぞ。ついでに、お前が倒れていたのは街道ではなく、遺跡の中だ」

「遺跡?」

「そこまで話してやるつもりはない」


 また、ジョーの知らない単語が出てきた。しかし、今回はその意味を知るすべはないらしい。


「そして、お前の考えている通り、俺たちは商人ではない。そうだな、言うなれば――」

「センドプレス皇国第三遊撃部隊。任務は主に、敵国からの物資の強奪だ」

「つまり……軍人!?」


 いつの間にか近づいて来ていたリックが、言い渋っていたトーマスに代わり答える。


「……おい、そんな正直に話すこともないだろう」

「トーマスよ、吾輩は素直にこの少年に協力を求めるべきだと思う」

「何故だ?」

「理由は二つある」


 リックは腰を下ろし一息つく。そして、ジョーを一瞬だけ横目で睨むと、再びトーマスへと向き合った。


「現状、あのMWがジョー少年にしか動かせないのが一つだ。――もう、悠長なことをしているだけの余裕はないのだろう?」

「そうだ。だが、こいつに頼るのはごめんだ」

「何ですかその言い方! 僕が何かしましたか!」


 その物言いを不当に感じたのだろう。ジョーは再び歯をむき出し、叫ぶ。


「今日、三人死んだよ。お前のせいでな」

「僕が殺したのは一人だ! それに、死んだのは三人だけじゃないでしょう! アンタたちがもっと殺したはずだ!」

「盗賊なんてカウントするわけないだろっ! お前の迂闊な行動で死んだ奴がいるんだよ!」

「……っ!」


 ジョーにとっては謂れのない非難であったが、目の前の男から送られる憎悪の視線が、真実であると物語っている。

 確認することもできないまま、生まれて初めて感じるその視線に、彼は怯えることしかできなかった。


「そこまでだ」


 リックが仲裁に入り、ジョーとトーマスは冷静さを取り戻す。だが、二人は互いに視線を合わそうとはしない。

 呆れながらも話を続けるリック。


「はぁ……もう一つの理由。それは、MWの扱いに長けていることだ」

「俺は見ていなかったが、納得できないな」

「吾輩は見ていたが、間違いなくお主よりはうまいぞ」


 トーマスは面白くなさそうに、顔をしかめる。


「……ハッ、そんなわけあるか」

「どこへ行く」

「もう寝るんだよ。今の話は頭の片隅くらいには留めておいてやる」


 それだけ言い残し、トーマスは立ち去る。

 リックもジョーに早く寝るように伝えると、追っていった。

 アデラはヘッドギアと共にいつの間にかいなくなっていた。


 逃避欲求にも似た眠気に襲われたジョーは、姿勢の苦しさを我慢し、大地へ寝転がり天を見上げる。

 その心には罪悪感ばかりが積み重なり、蝕まれてゆく。


 星の一つ一つが天に召された人間ならば、自分のせいで死んだ人間はどこにいるのだろうと、考えずにはいられない。

 だがきっと、その中に彼と親しかった人物は一人としていないのだろう。なぜならば――


 満天の星空に、月は無い。

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