五節 死者たちは、天へと還れ
皇都での戦いから、三日が経った。
戦いの傷も癒え、人々は元の生活に戻りつつある。まるで何事も無かったかのように、皇都は活気を取り戻しつつある。
晴れて戦勝国となったというのに、民はいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。そう、勝利から得られたものは、彼らにとっては当然あるべきの安寧だけなのである。
そしてそんな彼らと同様、何も得るもののなかったジョーは、城へと呼び出されていた。
彼を呼びつけたのは、この国の最高権力者――戦いの利益を最も享受しているのであろう男、センドプレス皇帝である。
ジョーは一抹の不安を覚えながらも、素直に皇城へと赴くことにした。
――それが、罠だとも知らずに。
「よく来てくれた、勇者ジョーよ。そなたの活躍、大儀であった」
「……いえ」
ここは謁見の間。かつてジョーが皇帝によって、勝手に『勇者』に認定された場である。
しかし今回は、以前と大きな違いがあった。前は大勢の人間がジョー達を見守っていたのだが――今は、殺風景に感じるほどに、人などいない。
この場にいるのは、ジョーと皇帝の他、ルイーズと皇族の護衛である四人の親衛隊、そして勝手にジョーについてきたサクラのみである。
ジョーが適当な返事を返すと、全身を鎧で包んだ親衛隊が彼を睨みつけた。
兜で隠れた下の表情を想像すると、ジョーは身震いした。そして、言葉遣いには気を付けるよう意識する。
「……それだけに、残念である」
「は? 何がですか?」
「本当なら何か褒美をやりたいところであるが……それも叶いそうにない。実に残念だが、仕方がない」
「何が言いたいのよ」
ジョーは早速言葉遣いのことなど忘れ、いつもの調子で問いかける。
意味深長に語る皇帝の言葉に不安を覚え、強気に出てしまう。
だが親衛隊はそんなジョーやサクラに対して、特に何か動きを起こすことはなかった。
「『勇者伝説』を覚えておるか」
「知りませんよ、そんなの」
「儂があの日語った伝説の一節はこうだ……『その者、アークガイアが危機にさらされし時、どこからともなく現れ、すべての敵を打ち倒し、消える』」
皇帝は玉座から立ち上がり、号令を出すように腕を掲げた。
親衛隊は一斉に剣を抜き放ち、一歩前に出る。
「――そう、役目を終えた貴様には、消えてもらわねばならないのだよ!」
「……お父様っ!」
「民には、天に還ったとでも伝えておこう! それならば、後腐れもない!」
ここに来て、ようやくジョーは理解した。
――そう、嵌められたのだと。
「なるほど……! これは戦後処理の一環ってことか!」
「ちょ、ちょっとどうすんのよ! アンタ武器なんか持ってないでしょ!」
「ははははは! 抵抗しないのであれば、せめて楽に葬ってくれよう!」
不思議なことに、親衛隊はそれ以上動こうとしない。
だというのに、ジョーはその様子に気が付くことはなく、ただ怒りを湧き上がらせる。
切り抜けようのない窮地を前に、諦めにも似た反骨心だけを吐き出す。
「……ここで死ぬというのなら、それもいいかもしれません。一度は死んだ身です。また死ねというのなら、あるべき姿に戻るだけです」
「え!? 何言ってんのよ!」
「ほう。さっぱり訳が分からんが、殊勝なのは良いことだ」
「――でも!」
そしてジョーは、魂から叫んだ。
「これだけは言っておく! 本物の『勇者』はもう消えた! 沢山の命と共に、光となって天に還ったんだよっ! アンタが恐れるものなんて、本当はもう何一つとして無いはずなんだ!」
――『伝説』は、とっくに幕を引いているのだと。
当事者であるジョーは、感情のままにその雄姿を語る。
その言葉が通じるかなど考えもせず、ただ激情のままに『彼』の偉大さを語る。
「あのドブネズミのことを言っておるのか……確かに、奴にしては良く役に立ってくれた。おかげで、我々は勝利を手にすることが出来たのだからな……」
センドプレス皇帝は、一笑に付した。
それはジョーの予想通りの反応ではあったが、拳を握らずにはいられなかった。
そして一通り笑い飛ばすと、皇帝は再び理知的に話し始める。
「だが、それでも貴様が不都合な存在であることに変わりはない。たとえ偽物であっても、『勇者』は存在してはならないのだ。後の統治に関わるのでな」
「……お父様。統治とは、どのような……」
「決まっておる! 帝国を始めとした他の国を属国とし、永遠に我が皇国に貢がせるのだ! このアークガイアに存在する全ての国が、センドプレスの繁栄を不滅のものとする! それこそが、優良種たる我らにのみ許された、勝者としての生き方だ! はっはっはっはっはっ!」
ルイーズの問いに、嬉々として答える皇帝。
ジョーは皇帝の語る野望に戦慄したがそれ以上に、俯いているルイーズに同情していた。
実の父親との意識の違いに失望し、諦観してしまったのだと思っていた。トーマスの心など関係なしに進む世界に絶望し、未来への希望を失ってしまったものだと思い込んでいた。
――だがその考えは、大きな間違いであった。
「……今、わかりました……」
「何がだ! お前は黙って見ておればいいっ!」
ルイーズが顔を上げた。その眼には、確固たる覚悟があった。
まるで、先ほどまでとは別人のような――まるで、心の中にあった弱い部分を全て振り払ったような――
ジョーにはそれが、戦う人間の顔であるように見えた。抗う意思を宿した、変革を望む者の眼であるように思えた。
「――あなたのような者に、このアークガイアの未来を委ねるわけには参りません! 今この瞬間から、私がこのセンドプレス皇国の王となります!」
その宣言に、ジョーもサクラも――それどころか、絶対的な支配者であるはずの皇帝さえもが驚愕していた。
後ずさる皇帝は、驚きを通り越した恐怖さえもが、その顔に張り付いていた。
「な、何を言っておる! 血迷ったか!」
「貴方たち! お父様を――アークガイアの未来を脅かす、この大罪人を捕らえなさい!」
「ええい、こうなっては仕方がない! お前たち、ルイーズを拘束しろっ! 勇者の処分は後回しに――!」
ルイーズと皇帝が、同時に親衛隊に命令する。
その声を受けた親衛隊が、皇族側に振り向くと――
「な、何故儂に剣を向けるぅっ! ルイーズを拘束しろと言ったはずだ!」
彼らは、皇帝に刃を向けた。
全員が迷うことなく、一斉に反逆の意思を示したのだ。
あまりにも予想外な展開の連続に、ジョーはただ黙って見ていることしかできなかった。
「まだわからないのですか! この場にいる者たちは皆、私の同志です! トーマスの切り開いてくれた未来を腐らせぬために集った、『勇者』の意思を受け継ぐ者たちなのです!」
親衛隊が兜に手をやると、一斉に脱ぎ捨てる。
綺麗な大理石の床に、鉄の兜が打ち付けられて弾み、転がる。
「あっ! アンタたち!」
「なるほど……出来すぎてると思った」
親衛隊の兜の中から出てきたのは、ジョーの知っている顔ぶれであった。
「きっ、貴様ら……あのドブネズミの子飼いの……! 本物の親衛隊はっ!?」
「おねんねしてるぜぇ。ケッケッケ!」
「そういうわけだから大人しく捕まりなよ、皇帝陛下。……いや、元皇帝と言ったほうがいいのかねぇ?」
「どっちでもいいですよぉ」
「……早くしろ」
ピーター、アデラ、シェリー、ベンの四人が、剣を突き立てて皇帝に迫る。
迫りくる剣に怯える皇帝には、先ほどまでの威厳などない。
そこにいるのは、全てをひっくり返されて墜ちた、ただの敗北者であった。
「わ、儂をどうするつもりだ……!」
「貴方には、これから一生を牢で過ごしていただきます。表舞台には、もう出られないものとお考え下さい」
「それが実の親に対する仕打ちかっ!」
「はい。私は貴方を葬る覚悟さえできています」
ルイーズは、一切悪びれもせずに言い放つ。
その言葉が本気であると、毅然とした態度が物語っている。
ジョーは、既に皇帝は追い詰められるところまで追い詰められたのだと悟った。
――だから、その皇帝が突然肩を震わせたことを、ジョーは怪訝に思った。
「ははは……ふふふふふ……ははははは……!」
「あら? 気でも触れたのかしら」
「かもしれないねえ」
サクラとアデラは、勝ち誇っているのか呑気に笑い飛ばす。
ジョーは警戒心を解かないが、皇帝の次の動きなど予測はできない。
「おかしいとは思っていたのだ……何もかも……! リチャードの奴があのドブネズミを拾ったことも、この吾輩に密告などしたうえで、『勇者伝説』などという世迷言を語ったのも……! そうか、儂はまんまと奴の掌の上で踊らされていたわけだな……こうなることを、リチャードめは予見していたのだな……!」
皇帝は剣への恐れを振り払ったかのように、物怖じもせずに歩き出した。
まるで落ち着きを失ったかのように、あちらこちらへ動き出す。
誰も気には留めなかったが、皇帝は確実にある人物の下へと向かっていた。
「おのれリチャード……!」
「あっ!?」
皇帝が恨み節を吐き出し始めたと同時に、左手でシェリーを突き飛ばす。
同時に腰の剣を抜き放ち、構える。
押し倒されたシェリーは、ルイーズの一番近くにいた。
アデラは完全に油断していたし、ベンやピーターが気を抜いていないとは限らない。
ジョーは焦った。皇帝が凶行に及ぼうとしても、彼は止められる位置にいないのだ。
「おのれトーマスゥッ! 儂の娘を誑かしおって! かくなる上は――がっ!」
――だがそれは、杞憂であった。
ピーターは皇帝の服を掴み、ベンの剣は首を刎ねていた。
皇帝は床に仰向けに引き倒され、断面からはおびただしい量の血が溢れる。
宙に舞っていた頭部は一瞬遅れて、床に落ちた。兜と共に転がるその表情は、憎悪と無念に満ち溢れている。
「……ふん」
「ヘッ! 大人しくしときゃよかったのによぉ……」
「いたたたた……あんなこと言われたんじゃ、しょうがないですよぉ」
「数合わせのためとはいえ、アンタを連れてきたのは間違いだったねえ……」
「そ、そんなぁ……」
目の前に凄惨な骸が転がっているというのに、彼らは一切の興味を示さない。
それは皇帝の排除が、これから彼らの目指す道の第一歩でしかないからなのだろうと、ジョーは考えた。
そしてジョーは、彼の者の死を単なる過程とは見なせないであろう人物の顔を見つめる。
「さようなら、お父様……。私たちは、必ず良い未来を築いて見せます。どうか、天から見守っていてください……」
変わり果てた父親の姿を見るルイーズは、一滴の涙だけを床に零すと退室した。
それを一瞥したジョーは、未だ首から血を流す皇帝の死体を眺めていた。
世界を掴み損ねた哀れな男の姿を、彼はその目に焼き付けていた。
……この後、皇帝の死の真相は闇に葬られ、ルイーズは難なく玉座に着く。
そして同時に、センドプレス皇国の解体と、『アークガイア統一国家』の建国を宣言したのであった。
曰く、統一国家は議会制をしき、各地の有力者――つまり旧国家の首脳陣を交え、戦争の勝敗による格差を取り払った上での国家運営を目指すという。
その議長の座に就いた彼女が、どのような政治を行い、どのように世界を導くのか――
それはジョーたちが知ることのない、また別の物語である。
◇
――そして、半年もの月日が経った。
ジョーは、各地のマシン・ウォーリアを壊して周った。
ルイーズの協力もあり、多くの機械巨人が破壊され、廃棄された。
そして、地上からマシン・ウォーリアの影は無くなり、ジョーは最後の役目を果たそうとしていた――
「合図で同時にタイマーをセット。わかってるね?」
『それ何回目よ。いい加減うんざりしてきたわ……』
草木の一本も生えない荒野で、二体のブレイバーが向き合って直立している。
塔のように伸びる岩をバックに、白金と赤の機械巨人が対峙している。
最後のマシン・ウォーリアたちは、最期の時を迎えようとしていた――
ジョーはキサラギの操縦席でコンソールを立ち上げ、開いたハッチの先にいる、ジーク・レイのサクラへと呼びかける。
既にコマンドは打ち込まれており、後はキーひとつでいつでも実行できるようになっていた。
「いくよ! 三、二、一っ!」
自らのカウントに合わせて、ジョーはコマンドを実行させた。
それを認めると、ジョーは梯子を伝いキサラギから降りる。
そして中ほどまで下ると、ジョーは飛び降りた。
着地の瞬間、身をかがめて衝撃を押さえる。かつてのように足を痛めたりはしない。
そう、この日のために練習したのだから。
華麗に降り立ったジョーは前を見据え、ジーク・レイから降りているサクラを見守る。
「早く! 三分で動き出す!」
『何でそんな設定にしたのよおっ!』
「それぐらいあれば足りるかなって……」
『バカ! アンタと違ってこっちは素人なのよっ!』
「うるさいな! 前もって話しておいただろっ!」
残り二分で、ジョーの仕込んだアクションプログラムが作動する。
まだまだ余裕はあるが、彼らを焦らせるには十分な時間の経過であった。
――だというのに、未だサクラは慎重に梯子を下りている。
足元を覗くその顔には、焦りと恐怖が張り付いていた。
その様子を見かねたジョーは、ジーク・レイの下へ向かって駆け出す。
「もう飛び降りろっ! 僕が受け止めるっ!」
『無理よっ! 無理無理無理っ!』
「いいから早くしろ! 間に合わなくなっても知らないぞっ!」
『ああっ、もう! 信じるわよ!』
「大丈夫! この高さなら、落ちても大した怪我はしない!」
『不安にさせるようなこと言うんじゃないわよっ!』
呼びかけに応じたサクラは手を離し、背中から飛び降りた。
ブレイブ・センスを発動させたジョーはその背中を受け止め、取りこぼしそうになるものの――
咄嗟に背中と膝の下に腕を回して持ち上げ、所謂お姫様抱っこのような形でサクラを抱えなおす。
そしてジョーは、ジーク・レイの股の間を駆け抜けた。
すると丁度二体のブレイバーが梯子を畳みだし、ヒート・ソードをその手に取る。
「まだ三分経ってないわよね!?」
「……ごめん、『全部』で三分だった! 梯子を畳むのは二分!」
「聞いてないわよバカッ!」
十分に離れたジョーが振り向くと、ジーク・レイの背中からヒート・サムライ・ソードの切っ先が突き出した。
サクラを下ろしたジョーは反対側へと周り、キサラギにも同様にヒート・ソードが突き刺さっていることを確認する。
一対の機械巨人は、互いに剣を相手の腹へと突き刺していた。やがて機体から光が失われ、剣に込められた熱も冷める。
――ブレイバーは今、ここに役目を終えた。
ジョーの頭がその事実を認識すると、目には涙が浮かぶ。
嫌な思い出しかないはずのマシン・ウォーリアに、何だか感慨深いものを感じてジョーは震えた。
「……終わったのね」
ジョーの後ろを着いてきたサクラが、優しくジョーに声をかける。
「うん……これでもう、マシン・ウォーリアなんてものは無くなった。これで……これで……もう、終わりなんだ」
涙ぐむジョーは、思わず言い淀んでいた。
その言葉の裏に潜む感情は、本人にさえ分かっていなかった。
「もったいないことするよねえ……。ユニークマシンは――いや、ブレイバーは貴重なのにさ」
「まあ、仕方ないさ。こうしなければ、ジョウ君たちは納得しないのだからね」
「アンタはどう思ってるのさ」
「私だって、本当は保存しておくべきだと思うよ」
立ち合いに来たブレットとアデラも、その最期に感じ入るものがあったらしい。
少なくとも耳を澄ませていたジョーには、そういうふうに思えた。
「あとはもう……在るべき場所に還るだけか」
哀し気なジョーの独り言は、そよ風に吹かれて大地に溶けた。
決意の揺るがぬジョーの瞳は、青空を見つめて離さなかった。
◇
――某日
世界樹の前に、多数の人間が集まっていた。
そのうち二人は、天高くそびえたつ世界樹を背に――
そのほかの者たちはそんな彼らを見送るように、対峙している。
――そう、この日はジョーとサクラの旅立ちの日であった。
ここへやって来たのは、皆彼らに縁のある者たちである。
ジョーは最後の別れを告げるべく、こうして知人たちをここに集めたのであった。
「今日はわざわざこんなところまで来ていただいて、ありがとうございます。こうして集まってもらったのは、他でもありません。どうしても皆さんに別れを言っておきたかったのと、話しておきたいことがあるからです」
「別れは分かるけど……今更、話しておきたいことって何さ?」
話を切り出したジョーに、早速アデラが疑問を呈した。
ジョーは深呼吸し、緊張で高鳴る胸を抑える。これから語る『決別』の言葉を反芻し、揺らぎそうになる意思を抑えつける。
そしてしばらく沈黙が続くと、遂にジョーは言葉を口に出した。
「……僕たちはもう、二度と会うことはないでしょう」
その言葉は、間違いなく衝撃を走らせた。
誰も彼もが顔を強張らせ、ジョーの次の言葉を待つ。
「僕たちの事情を深く把握していない人もいるので、掻い摘んで説明します。簡単に言うと僕たちは他の世界から来た人間で、このアークガイアの生まれではありません。天上からやって来たとかそういうこともなく、貴方たちの知らない別の世界で暮らしていた人間です」
「ちょっと待ってほしい。言いたいことがよくわからないのだが……それはつまり、君たちはその『別の世界』とやらに帰るから、もうアークガイアには来ないということかな?」
この場で最も事情を把握していないであろうダン・ガードナーが、困り顔で問う。
ジョーは首を横に振ると、なるべく丁寧な回答を心掛け、答えた。
「やや複雑なんですけど、僕たちのいた世界はもうありません。なので、代わりに貴方たちの言うところの『天上界』へと行きます」
「ふむ……いまいちわからないが……まあいいさ。他の人たちは知っているようだから、後で聞くとしよう」
「でもじゃあ何で、今生の別れのようなことを言うんだい? アタシたちが事前に聞いてた通り天上界に行くって言うなら、また来ることだってできるだろう?」
アデラが問うと、ジョーは心を決める。
慣れないぐらいに強気な声音で、自身の想いをはっきりと言い放つ。
「それは簡単です。僕に『その気が全く無いから』です」
強めに吹いた風が、沈黙を際立たせる。
ジョーの中にある、裏切ってしまったような罪悪感を、より一層冷え込ませる。
だが彼は、悟ってしまったのだ。もう、関わるべきではないのだと――
それは大分前、以前に世界樹で上層に上がる前から実感していたことではあったのだが、いかんせんジョーはトーマスたちに依存しすぎていた。
ある種の運命共同体とまでなっていたのだが、今はもう違う。各人がそれぞれの進むべき道を歩み始めた今、ジョーたちの選んだ道が彼らと交わる必要はない。
故にジョーは、自らの迷いを吹っ切る意味でも、突き放す道を選んだのだ。
「ヒェッヒェッヒェッ! 俺たちも随分と嫌われちまったなぁ!」
「……そうか?」
「ジョー……貴方の真意を、教えてはもらえませんか? それではピーターの言うように、私たちが嫌われてしまったように聞こえます」
ルイーズに促されたジョーは、元々話そうと思っていたその心のうちを明かす。
「僕が今日までこの『地上界』にいたのは、個人的にマシン・ウォーリアに思うところがあったからです。でも、マシン・ウォーリアは破壊しました。もう、ここに留まる理由はありません。そして――」
「そして?」
ジョーは、思い返していた。
自らの行いによって、命を失った者たちのことを。自らの存在によって、生き方を大きく捻じ曲げられてしまった者たちのことを――
その中には、ある二人の男の影すらあった。彼らの死も、ある意味では自分の影響であると考えると、ジョーは胸が苦しくなった。
「僕は、干渉しすぎてしまいました。この世界に生きていた人たちの人生を、いくつも狂わせてしまいました。僕はこの世界にいてはいけないのだと、」
「へえ……意外と傲慢なんだね、君は。……いや、意外でもないね。私たちからマシン・ウォーリアを奪った人間が、まともな人間なわけがないか」
ブレットの物言いに、ジョーは嫌味を感じていた。
だが言っていること自体を否定することは出来ず、ジョーは思わず押し黙る。
そうしているとブレットは、溜息をついてジョーに言い聞かせ始めた。
「ジョウ君……私は君がいなくなってくれるなら、正直とてもありがたい。だが、一応の『賢者』として、君に一つ言っておこう」
「……何ですか?」
「君が壊してきた人生など、私の一族に比べれば微々たるものだ。節度を守ってくれるというのなら、アークガイアは喜んで君を迎え入れるだろう」
「『統一国家』としても、異存はありません。……今のところ、私の一存ではありますが」
「いえ、私も議席の一つを譲り受けた者として、貴女に賛同致しますよ」
「ブレットさん、ルイーズさん、ダンさん……」
思わぬ歓迎にジョーは、思わず目に涙を溜めてしまっていた。
袖で目を拭うと、ジョーは感謝を口にする。
「ありがとうございます。でも、この世界に来てはっきりわかったんです。死んだ人間は、生きてる人の足を引っ張っちゃ駄目なんですよ」
――だが、決意は揺らがない。
天へと還ることを決めたジョーは、考えを改めることはなかった。
ルイーズもダンも――いや、ごく一部を除いた誰も彼もが、仕方の無いようなものを見る微笑みで、その意思を肯定する。
後腐れの無いようにしてくれているのだと、ジョーにはわかる。
「そうかい、それは残念だね」
「ええ……では、そろそろ僕たちは行きます。ここにいると、いつまでも居座ってしまいそうなので……。皆さん、今まで本当にありがとうございました」
「じゃあね! 元気にしてるのよ!」
サクラが世界樹の表面に手のひらを置くと、幹が裂かれ、鉄色の道が出現する。
ジョー達はその新たなる旅路の中へと入り、手を振る。
「どうしても行くのですね……ならばせめて、天上界での健やかな生活を、祈らせてください」
ルイーズは、新たなる門出を祝った。
ジョーはありがたくその言葉を受け取り、新たなる地への想いを馳せる。
「ジョー君、君は人を傷つけたのだと思っているのかもしれないが……救われた者だっているはずさ。……私みたいにね」
ダンは、負い目を祓おうとした。
ジョーはその言葉に、幾分か救われたような気がした。
「上に行っても気を着けなよ。アンタ気付いてないかもしれないけど、あの馬鹿に似て危なっかしいとこあるからね」
アデラは、トーマスとジョーの姿を重ねてか、忠告をした。
ジョーは実感の湧かないまま、とりあえず言葉だけを受け取っておいた。
「ケケケ! 約束は反故にされちまったなぁ! まぁ、別にいいけどよ」
ピーターは、どこまでもふざけていた。
ジョーはその方が彼らしいと、軽く笑って見せた。
「……達者でな」
ベンは、相変わらず無口であった。
ジョーは特にそれを気にすることはなかったが、気持ちだけは存分に伝わっていた。
「まあ、私はいつでもそっちに行けるのだが……君はもう会いたくないのだろう? なら、私も不干渉を貫こうではないか」
直接ジョーから未来を託されたブレットは、約束をした。
ジョーはありがたく思いながらも、礼は言わなかった。
――そして最後に残る一人だけは、決して別れを受け入れなかった。
「ちょっと……何言ってるんですか! 皆さんおかしいですよ! ジョー君、行っちゃうんですよ! 何で誰も止めないんですかっ!」
「シェリー……」
歩みを進めようとジョーが振り向くと、背後から声がした。
慌ててジョーが再び外を見ると、今まで人の後ろに隠れていたシェリーがアデラとベンの間をかき分けて現れ、その目から涙を流す。
今日一番の罪悪感を覚えながらも、せめてその想いを聞き届けようとジョーは足を止める。
「別に天上人だろうが異世界人だろうが、過去の人だろうが死人だろうが、何だっていいじゃないですか! ジョ―君はジョー君ですよ! わざわざ天上界に行ったりしなくてもいいんですよぉっ!」
シェリーの叫びは、確かにジョーに届いていた。
――だが、応えない。
これこそが、ジョーの一番恐れていた事態であった。
過度の感情を抱かれ、本来関わるはずもなかった人間の心に入り込んでしまうことが、ジョーは堪らなく恐ろしかった。
思わずジョーは、ガス・アルバーンの最期を思い出す。そのたびに、自分がこの世界にとっての異分子であることを彼は思い知らされる。
「何で行っちゃうんですか! 私、まだ言ってないことあるんですよぉ!」
「……すみません、シェリーさん。僕はもう行きます」
「あっ、待って――!」
ジョーは卑怯だと思いながらも、彼女の想いを聞き流して歩きだした。
足取りには迷いがあったが、それでも止まるわけにはいかなかった。
アークガイアは新人類の故郷であり、ジョーたち異世界人の世界ではないのだから。未来は既に、新しい人々によって創られているのだから。
――そして地球人は、そんなアークガイアを滅ぼす危険性すらある、この世界にとっての癌なのだから。
「――ごめんなさい。僕のことは、もう忘れてください」
それが、ジョーが地上に残した、最後の言葉であった。
その瞬間、樹の表皮は閉じ、ジョーたちは世界から隔絶された。
もう、声は届かない。
◇
――アークガイアの大地が離れて行く。
これまでの記憶を辿る二人の瞳は、その人工の世界を見据えていた。
良い出会いも、辛い別れもあった。彼らが見知らぬ世界で生きて行けたのも、出会えた人々のおかげだろう。
「……よかったの? あんな別れ方で」
「仕方ないさ。本当なら、記憶すら残さないのが一番なんだ」
「そう……」
旅立つジョーが、アークガイアに一切の未練がないかといえば、そうではない。
彼とて、もう少し居たいという気持ちはあったし、何よりも本来片付けるべきであったことを放り投げて来ている。
ジョーはシェリーの顔を思い浮かべたが、つまらなそうにしているサクラを見てそれを止めた。
「それよりも、ごめん」
「何がよ」
「僕の我が儘のために、こんなにも待たせて……」
「いいわよ別に。異世界旅行も中々楽しかったわよ。次はもっと、アタシたちに優しい世界だといいわね」
「……本当にごめん」
ガスの最期の言葉を思い出し、ジョーは消沈する。
どんな事情があったにせよ、彼はサクラに孤独を味わわせてしまったのだ。非はなくとも、後悔はあった。
当のサクラは気にしていないかのようなことを言っているが、それが強がりであることはジョーにだってわかる。
それを悟られまいとしたのか、サクラはガラス張りの外に見える空を見上げ、明るく問う。
期待に胸を膨らませているような、朗らかな声で語りかける。
「ねえ、アタシたちが行くところってどんなところなのかしらね」
「さあ。でも、どんなところでもきっと大丈夫さ」
「どうして?」
新たなる世界へと旅立つジョーとサクラ、しかしその表情に不安はない。
ジョーはスクリーンの空を指さすと、一切の迷いなく答えた。
「――天の上には、『あの人たち』がいる」
「ふふっ、そうね。ガスもトーマスも、アタシたちを見守ってくれてるわ」
死んだはずの人間たちは、今を生きる者たちに未来を託し、本来あるべき場所へと還る。
地を発った揺り篭は、男と女の魂を乗せて天へと昇る。
空はただ広く、行き場を失った死者たちを迎え入れ、生者へと光を降り注ぐ。
やがて雲の上へと上がり地表が見えなくなると、一組の男女は口づけを交わした。
アークガイア英雄伝Ⅲ 異界閃機ブレイバー -完-




