三節 狂う者たち、壊す者たち
同じような機体を操るもの同士、同じような能力を持つ者同士、激しい戦いになるであろうと、ジョーは予測した。
相手がブレイバーならば機体性能に大きな差はなく、先日の突発的な遭遇のことを思えば、ジョーのブレイブ・センスとガスの超常感覚に大した違いはない。
それならば、条件は互角。先に隙を晒したほうが敗けると、ジョーは考える。
――だが実際のところは、そのような勝負にはならなかった。
『ブレイバー! 覚悟!』
先に動き出したのは、ガスの操るダーク・ブレイバーであった。
自身の背の丈ほどもあるヒート・バスター・ソードを脇に構え、突撃する。
ジョーはブレイブ・センスを行使し、冷静に剣の軌道を見切ろうとする。
そして、ダーク・ブレイバーがその剣を振り上げた瞬間――
操作入力を受け付けたブレイバー・キサラギは、ジョーの意思通りに引き下がる。
だが――
『甘いっ!』
「くっ!」
ダーク・ブレイバーはそれを読んでいたかのように、急加速して距離を詰めた。
ブレイブ・センスをもってしても、ガスの攻撃から逃れることが出来ない。
スローモーションな世界にいられるのは、今やジョーの特権ではない。
ジョーは反応こそできたものの、咄嗟にヒート・サムライ・ソードで受けさせることしかできない。
結果、細身の刀身に多大な負荷がかかり――刀は折れた。
『読めるっ! ブレイバーと同じ世界に、私は立っているっ!』
キサラギが引き下がると、調子づいたのかガスはどんどんと攻める。
ダーク・ブレイバーはヒート・バスター・ソードを次々と振るい、キサラギを追い詰める。
ジョーはその全てにおいて最適な対処を行うことが許されず、キサラギの装甲が次第に剥がれていく。
相手の獲物が鈍重なバスターソードでなければ、とっくに負けていてもおかしくないほどにジョーは圧倒されていた。
「強すぎるっ!」
そう、ジョーの考えには誤算があったのだ。
それは、マシン・ウォーリアの操縦者としての腕の差である。
戦闘技術で圧されたことが殆どないジョーは、無意識のうちに互角だと――あるいは、自分の方が上であるとさえ慢心していたのだ。
ジョーが今日まで負け知らずだったのは、ブレイバーの性能とブレイブ・センスに頼った、型破りな戦い方が許されていたからだ。
そうであるのに、機体性能と人間としての能力が同じになってしまえば――
格上との戦い方はおろか、通常のマシン・ウォーリア戦の定石すら知らないジョーが圧倒されるのは、至極当然のことであった。
『このブレイバーをもってすれば、ブレイバーなど雑魚同然! 最早、貴様とて私の敵ではない!』
回避行動の中で、何とかもう一本のヒート・サムライ・ソードを背中から抜き取るキサラギ。
そして同時に、その隙を作りだすために左腕を防御に差し出し、前腕が両断される。
久々に見たダメージ警告の前に、ジョーは焦りを募らせる。
「くそっ!」
『ははははははっ! 勝てる! 私は今日こそ!』
絶え間なく迫るダーク・ブレイバーに対し、ジョーは仕切り直しを計る。
ガスが行ったように、キサラギを跳躍させて建物を飛び越え、向こう側の路地へと飛び移る。
地に足が着く直前で、サイドアーマーに仕込まれた着地制御用の補助噴射機が、風を吹く。
当然ダーク・ブレイバーも、それを追って再び跳躍した。
スムーズに着地したキサラギとは異なり、鋼鉄の足が重量感のある音を立てて、石畳を砕く。
――そしてその着地の瞬間こそが、ジョーの狙いであった。
キサラギは剣を地に突き刺し、レーザー・ブラスターを展開する。
「これならどうだっ!」
右のアーマーから放たれた光線が、ダーク・ブレイバーの脚に迫る。
刹那、ダーク・ブレイバーは横方向に加速した。
だが、それでは避け切ることは出来ず、レーザーの一閃は脛に命中する。
「駄目かっ!」
――そう、確かに命中はしたが、ダメージはない。
装甲が赤熱するのみで、一切の傷はない。
キサラギがレーザー・ブラスターから手を離し、突き刺したヒート・ソードを抜き取る。
ダーク・ブレイバーは加速し、一気にキサラギと距離を詰め――肉薄した。
「馬鹿なっ!」
それは、完全にジョーの予測を超えた行動であった。
ダーク・ブレイバーのヒート・バスター・ソードは、大きすぎるが故の破壊力と取り回しの悪さを持っている武器だ。
ギリギリまで近づいてしまえば、十分な威力を発揮することができない。
それなのに、苦手なはずの超接近戦に移ろうとする意図が、ジョーにはつかめなかった。
『切り札はこうやって使うっ!』
ダーク・ブレイバーの左手が、ジョーの目に映る。
その手がキサラギの頭を鷲掴みにし、視覚を遮る。
そして、やたらと動き回る手首が、ジョーに違和感を覚えさせる。
「くっ!」
ダーク・ブレイバーの袖口を見た瞬間、ジョーは咄嗟に頭のレーザー・マシンガンを起動させた。
袖から見える銃口が光り出す。ブレイブ・センスでそれを知覚すると、ジョーは狙いもつけずに引き金を引く。
――次の瞬間、互いの放った光条が、それぞれの頭部を貫いた。
――――――
アーミーのヒート・ドリルが、ジーク・レイの腹部に迫る。
その切っ先が装甲板に触れ火花を散らした。
「きゃあああああっ!」
そして、今まさにハッチを貫き、中のサクラごと穿とうとしたその時――
ジーク・レイは横に逸れ、突き出されたドリルを紙一重で躱す。
『ちぃっ! やっぱり厄介! アルが攻略法の一つでも探し当ててくれていればっ!』
苛立ちのこもるエルの声が、サクラの心を突き刺す。
まるで親兄弟の仇を逃したように悔しがられてしまえば、いくらサクラでも尋常ではない憎しみをぶつけられていることはわかる。
サクラは自動的に動いたジークのコントロールを取り戻すと、アーミーを操るエルに向かって叫ぶ。
『エル、どういうこと!? アタシよ! わからないの!?』
『わかっているわ! だから、ここで死んでもらうのよ!』
『アタシが何をしたって言うのよっ!』
エルは、すぐには答えない。
その沈黙はまるで、恨みつらみを募らせているようにもサクラには思えた。
それほどまでに、その間には邪悪な空気が感じられた。
バック走行でジーク・レイが距離を取ると、エルのアーミーはドリルを回しながら歩く。
激しい挙動のジーク・レイに対し、アーミーはゆっくりと迫る。
サクラは、アーミーの静かなる動きの奥に隠された、エルの真意が恐ろしかった。
――そして遂にエルは、吐き出すように叫ぶ。
『……貴女、邪魔なのよ! いつもいつも私たちを引っ掻き回してっ!』
『えっ……? 何言ってるのよ!』
エルの言葉は、サクラにはわからない。
恨まれるほど大きな迷惑をかけた覚えなど、彼女にはない。
サクラの本能が理解を拒んでいると、エルは呪詛を続ける。
『貴女さえいなければ、アルフレッドは死ななかった!』
『アタシ何も関係ないじゃない!』
『黙りなさい! アルは貴女のせいで判断を誤ったのよ! 貴女がジークなんて動かさなければっ! それに――!』
より一層の感情がこもるのが、サクラにはわかった。
まるでそちらが本心であるかのように、エルは叫ぶ。
『ガス様だって、貴女のせいで変わってしまった!』
『どういうことよっ!』
『貴女がいなければ、ガス・アルバーンは孤高の存在であり続けられたのよ! 絶対に負けたりなんてしなかったのよ!』
『さっきから訳が分からないのよ!』
アーミーが膝を折り、走行モードに変形する。
履帯が回りだし、アーミーは走る。
足下から飛び散る砂と小石が、サクラには怨念の波動にも見えた。
『ガス様を狂わせたのは間違いなく貴女! 私にはわかる! ずっとあの方を見てきた私になら!』
『そのガスが黙ってると思うわけっ!? 勝手にこんなことして! 戦いが終わろうとしているのにっ!』
『わかってないわね! これはガス様が望んだことなのよ!』
『ガスが!?』
ジーク・レイの背中が建物にぶつかると、サクラはすぐさま切り返して角を曲がる。
アーミーもそれを追い、華麗なドリフトで曲がり角をスムーズに攻める。
それなりに離れていた距離が一気に縮まり、エルの言葉も相まってサクラの心を追い詰める。
『全部貴女のためのことでしょうね! 本当、憎たらしい子! あの方の名誉も誇りも奪っておいて、心まで掴んだままだなんて!』
『なんで止めないのよ! こんなこと、意味がないってわかるでしょ!』
『わからないわね! ガス様が、何故貴女のような小娘にご執心なのかなんてっ!』
モーター音が高まる。
アーミーの左腕のドリルが高速回転し、緋色に染まる。
その様子は、まるでエルの胸中にある昂る怒りを表しているようにも、サクラには思えた。
『――でも、貴女だけは認めるわけにはいかないの! ガス様を誑かす女は、放置してはおけないのよっ!』
鬼気迫るエルの声に、サクラは竦んだ。
怒りと憎悪と嫉妬と羨望の混じった、激情の声の前に――
『ア、アタシを殺したところで、ガスがアナタに振り向くと思うわけ!?』
『思わないわね! でもそれでもいいわ!』
サクラは生まれて初めて人の狂気に触れた。
取り返しのつかない段階に来てしまっているのだと、本能的に察することが出来てしまった。
嘆く以外のことが、彼女にはできなかった。
『ああ、もう! 話にならないじゃない!』
ジーク・レイとアーミーの距離が詰まると、再びドリルが突き出される。
そしてまた、突き刺さる寸前でジーク・レイは避ける。
あまりにもわかりきった結果であった。あまりにも無駄であった。
これ以上続けても仕方ないと、サクラは呼びかける。
『アタシが嫌いなのはわかったから、とにかく止まって! そのアーミーじゃ、ジーク・レイに勝てるわけないじゃない!』
それは、圧倒的な性能差があるが故の言葉であった。決して自惚れではない。
それどころか、単純なマシン・ウォーリア乗りとしてでの腕では、劣っているとさえ考えていた。
かつて、エル・ポールソンの弟であるアルフレッド・ポールソンを圧倒したことこそあったが、サクラは何とか操縦できるだけの素人なのである。
――だが、ブレイバーは『特別』なのだ。
戦うためだけに生み出された、戦闘の申し子なのだ。
アーミーやそのほかのマシン・ウォーリアなどとは、根本から違うのだ。
それを理解したのか、エルのアーミーは足を止めた。
そして、うわごとのようにエルは語りだす。
『ジーク……そうね、思えば全ては、ブレイバーが始まりだったわ……』
『……え?』
『あの『灰色』と出会ってから、何もかも崩れていった!』
サクラにはわかった。
エルの言う『灰色』が、今は無きブレイバー・プロトのことであると。
――そして同時に、ジョーのことを指しているのだと。
『あの灰色といいっ! 貴方のジークといい! 黒い奴だってっ! ブレイバーはいつも壊していく!』
『黒い奴っ!?』
『それは貴方の知ることじゃないわ!』
黒いブレイバーになど心当たりのないサクラは驚くが、エルは語る舌を持たなかった。
そしてアーミーは再び走り出す。より一層の感情を乗せ、ドリルは回り、履帯が走る。
アーミーは、エルの怨念を表現しきれていないようにサクラには思えた。
今にもサクラを呪い殺してしまいそうな怨嗟の声に比べ、アーミーのカメラはあまりにも無表情であった。
『ああ、ブレイバー! 私の全てを奪っていくブレイバー! 絶対に許さないわ! ブレイバーはみんな敵よっ!』
怒り狂うエルに、サクラは掛ける言葉が見つからなかった。
エルの人生を滅茶苦茶に壊したのは、突如として異世界からやって来たジョーや自分自身だと、わかってしまったからだ。
優しく声を掛ける資格もなければ、非難できる立場でもないのだ。
サクラはジーク・レイを下がらせ、距離を保ちながら逃げる。
そして、静かに謝った。
『……ごめんなさい、エル』
『謝るくらいなら、死を持って償いなさい!』
サクラとしても、その願いにこたえるのはやぶさかでもなかった。
しかしその前に、彼女には成さねばならぬことがある。エルとの邂逅を通して、サクラは悟ったのだ。
壊れてしまった世界を、踏みにじってしまった人生を、正さなければならないのだと――
『ガスが何かバカなことをしようとしているなら、止めなきゃいけないわ! だから――!』
現状、エルを説得する言葉を、サクラは持たない。
彼女としては非常に不本意であるが、ブレイバーの力で無理矢理ねじ伏せることに決めた。
『本当にごめん!』
ジーク・レイの胸の機銃が僅かに動くと、その銃口は火を――いや、光を噴いた。
無数の光弾が雨あられのように飛び、アーミーの足下を、膝元を打ち抜く。
『ああああああっ!』
エルはその光に反応したのか、恐怖に叫んだ。
レーザー・マシンガンの斉射が止まると、アーミーの脚部は穴だらけで、所々から煙が漏れていた。
サクラはその様子を確認すると、ジーク・レイを翻す。
『ガスは止めるわ! ジョーに何かある前に!』
『ま、待ちなさいサクラ! 待ちなさい、ブレイバァァァァァッ!』
動かなくなったアーミーを残し、ジーク・レイは二人の男を探して走った。
どちらかでも止めなければ、大変なことになってしまうような予感が、サクラにはあった。
――そしてその予感は、最悪の形で的中することになってしまう。




