二節 復讐のダーク・ブレイバー
「……やっぱりあたしも行く!」
突然に、サクラが言い出した。
彼女の操るブレイバー・ジーク……彼女の言うところのジーク・レイが、駆動輪を僅かに加速させる。
『アンタね……ジョーに言われたこと、もう忘れたのかい?』
呆れたようにアデラは言う。
それも当然だろう。ジョーが去ってから、まだ数分しかたっていないのだから。
「忘れてないわよ! アンタたちを守れってんでしょ!? でも、そんなのアタシには関係ないじゃない!」
『まあ、そうだね。でも、それだけだと思うのかい?』
「思ってないわよ! だから行くのっ!」
『あのねぇ――』
サクラとしては、何としてでもジョーを追わなければならなかった。
合理的な理由など、無い。虫の報せとでも言うべき直感が、彼女を突き動かしていたのだ。
このままジョーを放っておけば、取り返しのつかないことになるような予感があった。
しかしアデラの反応は、芳しくない。
そうなるのも当然だということは、サクラにも納得できる。『危険だから来るな』というジョーの真意も、手に取るようにわかる。
だが意外にも、ベンの言葉は正反対であった。
『……構わん』
『えぇっ、いいんですかぁ!?』
『あぁ、あとは俺たちだけで何とかなると思うぜぇ。つーか、居たって邪魔なだけだしよぉ! ヘヘヘヘヘヘッ!』
『それはそうかもしれませんけどぉ……』
サクラは自身が邪険に扱われているというのに、この時ばかりは有り難く思った。
彼らに感謝する必要などどこにも無いのだが、思わずサクラは口に出す。
「……助かるわ!」
『ああ、もう……アタシは止めたからね! 後で文句言われる筋合いはないからねっ!』
アデラが嘆くのと同時に、ジーク・レイが前に出る。
いくつもの車両と、アデラたちのアーミーを追い越し、先頭を走っていたピーターのデュエラーをも追い越す。
そしてサクラはペダルを踏みこみ、ジーク・レイの速度を急上昇させた。
その速さは、ジョーの操るキサラギの発進速度には遠く及ばない。
『……これだけは約束してください。危なくなれば引き返すと……。ジョーも、そう言ったのですから』
今まで口を開かなかったルイーズが、心配そうに声をかける。
その言葉にサクラは、何故だか異様に腹立たしくなった。
「言われなくてもわかってるわよっ!」
そしてジーク・レイは、通信圏外まで走り去った。
――――――
「これは……!」
ジョーは、その光景に驚愕していた。
燃える街、逃げ惑う人々、そして蹂躙するマシン・ウォーリアたち――
ここはまさに煉獄。苦しみ喘ぐ生者と、地獄の獄卒たちの入り混じる、混沌であった。
暴れているアーミーの一体のカメラが、ジョーの操るブレイバー・キサラギの双眸を捉える。
睨まれたジョーは反射的にレバーを操作し、キサラギがヒート・サムライ・ソードの一本を手に取る。
そしてジョーは、叫んだ。
「うわああああぁっ!」
キサラギがアーミーに向かって加速する。アーミーもそれに反応し、剣を振りかざす。
しかし、その動作は遅すぎた。ブレイブ・センスなど使わなくとも、ジョーにはそれが解る。
そして、キサラギとアーミーが肉薄し、すれ違った刹那――
振り上げたアーミーの上腕は、切り裂かれていた。
「もう終わったんだぞ! 戦う理由なんかもう無いんだぞっ! どうして大人しくできないんだよぉっ!」
振り返ったキサラギの胸から、光弾が放たれる。
光はアーミーの脚を貫き、立つ力を奪って膝を突かせる。
完全に沈黙したその姿を見たジョーは、とてつもなく虚しくなった。
ジョーは再び旋回させると、キサラギは前に向かって走る。
逃げる人々を巧みに避けながらも、迷いなく進む。
その途中、ジョーは切り裂かれたアーミーの残骸を見た。
――肩の赤く塗られた皇国のアーミーが、『溶断』されて転がっているのを。
「何だあれは……!」
それを見た瞬間、ジョーの全身を悪寒が巡る。
その傷跡から推測できる危機を本能的に察知し、野生の感のようなものがジョーを怯えさせる。
しかし、それでもジョーは退けなかった。
マシン・ウォーリアによって行われる、非道な行為を彼は見過ごせない。
それが強大な敵であろうとも、ブレイバーとブレイブ・センスによって、彼の勇気は支えられている。
『来たか! ブレイバー!』
聞き覚えのある声と共に、見覚えのあるシルエットが姿を現した。
その機体は建物を挟んだ路地から跳躍し、石畳を砕いてキサラギの眼の先に着地した。
その姿は黒――仄かに青みを残した、ダークブルーであった。
『ほう……貴様も新たな力を手に入れたか……!』
ダークブルーの機体のドーム型カメラが、キサラギの姿を捉える。
無表情な単眼は、キサラギの中にいるジョーをも見透かしているように睨む。
黒いマシン・ウォーリアが、キサラギに向かって歩み寄って来る。一歩一歩と、さりげなく距離を詰める。
『――だが私にはわかる。貴様はブレイバーだ! 私の討つべき、たった一人の『敵』だ! そうでなければ、狼の血がこうまで騒ぐ理由はない!』
その荒唐無稽な語り口調で、ジョーは確信した。黒い機体に乗っている男の正体を。
そして、この意味のない戦いを終わらせるべく、ジョーは拡声器で呼びかける。
『なぜこんなことをする、ガス・アルバーン! あの光が見えなかったのか! もう戦うのが無意味だって、わからないのかよっ!』
『見えたとも! あの一撃によって、帝国の軍は滅びたのだろう! だが――!』
ガスのマシン・ウォーリアは剣を振り上げ、加速した。
まるで、ジョーの呼びかけを拒否するように――
キサラギもまた加速し、ヒート・サムライ・ソードを構える。
『私たちの決着はまだついていない! そこに帝国など、何の関係もない! 私と貴様のどちらかが生きている限り、戦いは終わらんのだ!』
長大な剣が、キサラギに振り下ろされた。
その軌道を見切ったジョーは、キサラギを急制動させ停止させる。
赤熱する剣の切っ先が、キサラギの胴体の寸前を切り裂き、破砕音を立てて地に埋まる。
ジョーはその剣筋に込められた殺意と破壊力に、戦慄した。
しかし、その単調な軌道がただの『宣戦布告』であることも、見抜くことは出来た。
『何を馬鹿なことを言ってるんだよっ!』
『何が『馬鹿なこと』だっ! 貴様を倒さぬ限り、私は真の『勝者』にはなれぬのだ!』
『うるさいなっ! 勝つことに何の意味がある! 勝って何か得でもするのかっ!』
『黙れっ! そう言えるのは貴様が勝者だからだ! 敗者が奪われるだけの存在であることを、知らないからだっ!』
ジョーには、ガスの言い分が解らない。
勿論、敗者が勝者から奪われる存在であることは知っている。
彼だって数多くの敗れた者たちを見てきたし、時には自らの手で生み出してきたのだから――
だがそれでも、ジョーはガスから何かを奪った覚えなどない。彼自身には、思い当たる節が全くない。
精々がストライカーぐらいの物だろうか。とにかく、ジョーには害意などなかったのだ。
故に、理解などできない。わかり合えるはずなどない。
『……もういい! 貴様と言葉を交わしても不愉快なだけだ!』
『相変わらず自分の都合ばかり押し付けてきてっ!』
『敵対関係とはそうあるべきだ! 『この力』で、貴様が散々行ってきたことだっ!』
ガスの操るダークブルーの『ブレイバー』が、再び剣を構える。
ジョーが心の中で『ダーク・ブレイバー』と名付けたその機体には、一見レーザー・マシンガンの銃口らしきものは見えない。
ヒート・バスター・ソードとでも呼ぶべき巨大な剣と、少し膨らんだ腕の袖口以外の個性を、ジョーは見出すことが出来ないでいた。
『くそっ! もう終わろうとしているのにっ! こんなところで邪魔されてたまるかよぉっ!』
ダーク・ブレイバーの次の動きを察知したジョーは、やるせない怒りをトリガーとしてブレイブ・センスを発動させる――
――――――
ジーク・レイは、燃える皇都の中へと突入した。
その真紅のマシン・ウォーリアを操るサクラは、ジョーほどにも皇都には明るくない。
そんな彼女が迷いに迷って辿り着いた門は、キサラギがくぐった門とは別のところであった。
俗に言う、裏門である。
「あれは……!」
都合よく開いていた裏門の先には、彼女にとって見覚えのあるマシン・ウォーリアが立っていた。
その左右非対称の影は左腕が太く大きく、その先には手がない。
その異様な左腕が大きく唸りを上げ、赤熱する。
『エル! エルなんでしょ! アタシよ、サクラよっ!』
サクラが拡声器で呼びかけるが、そのマシン・ウォーリアは止まらない。
左腕がヒート・ドリルに換装されたアーミーは、二本の脚で一歩ずつ、確実にジーク・レイに迫っている。
『ねえ! 聞こえてないの!? 止まって!』
まるで声など聞こえていないかのように、アーミーは止まらない。
それどころか、その歩む脚がますます速くなっている。
『――貴方が……貴女さえいなければあぁぁぁぁっ!』
ドリルを前に構え、遂にアーミーは走り出した。
エルの怨嗟の声がサクラを凍り付かせ、戸惑わせていた。
『え……!?』
そして、憎悪を乗せて回るヒート・ドリルが、ジーク・レイの腹部に迫る。
サクラは、あまりに突然に向けられた悪意の前に、反応することが出来なかった。




