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異界閃機ブレイバー -Another World Glint Machine BRAVER-  作者: 葵零一
終章 生者によって、未来は築かれてゆく
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一節 皇都炎上

 トーマスの魂の輝きは、ジョーたちの目にはっきりと映った。

 愛するものを守るため、命を賭した彼の戦いは終わったのだ。

 残された者達も、自らの戦いに終止符を打つべく動き出す。


 その先に、より良い未来があると信じて――



………………



 一行は進んだ。

 最早、皇都へと急ぐ必要などなかったが、それでも車両とマシン・ウォーリアの集団は足を速めた。


 ジョーは彼の青年の死に対して何も口に出さず、真っ直ぐ前を見据える。

 トーマスの光は、ジョーに人の死ぬ意義を見出させた。

 ブレイバー・キサラギは歩く。立ち止まることなど、操縦者であるジョーが許さなかった。


『ねえ、ジョー……もう、終わるのよね? トーマスがあれだけやってくれたんだもの。もう、マシン・ウォーリアなんてあんまり残ってないはずよね?』


 サクラが、不安そうな声音でジョーに問いかける。

 ジョーはそれに対する明確な答えなど持たないが、それでも答えた。


「うん……きっと、もう終わる。いや、終わらせないといけない……!」


 トーマスは、やり遂げた。

 命と引き換えに、皇女ルイーズを脅かす敵を打ち倒したのだ。


 ジョーの目的であったマシン・ウォーリアの破壊でさえも、トーマスが大部分を成し遂げてしまった。

 果たして、一万という数のマシン・ウォーリアが帝国の戦力の全てであったのかは、ジョーにはわからない。

 だがトーマスが導いてくれた今、ジョーはあとどれだけのマシン・ウォーリアが残っていようと、戦い抜ける自信があった。


『……そうですね。トーマスがやってくれたのですから、私たちがそれを無駄にしてはなりません。戦いの混乱を治め、天下に泰平をもたらさなければ、トーマスの死に報いることが出来ません』


 ジョーには、ルイーズが話を勘違いしているのが分かったが、特にそれを指摘したりはしない。

 結局の所、ジョーが望んでいるのも平和であり、人類が危険な武器を手放すことなのだから。


『皇都についたら、まずはお父様を説得しましょう。そして、人々が共に手を取り合うことのできる世界を目指さなければなりません。人と人の間に身分や権力の差、勝者と敗者の溝など、作ってはならないのです――』


 毅然とした声で、未来のビジョンを語るルイーズ。

 そこには、トーマスの心配していた気弱な皇女の姿はない。


『そのためには、トーマスの意思を受け継ぐ貴方たちが、私には必要です。……協力してくれますね?』


 そしてルイーズは、自信に満ちた声音で問う。

 まるで初めから、答えが分かっているかのように――


 ジョーはその言葉に、面影を感じた。

 根拠などないはずの自信と、それなのに他者を納得させる不思議な力強さをもった、その男の影を。


『……ああ』


 ベンが短く答える。

 その僅か一瞬の言葉に、ジョーは決意のような意思を感じ取った。


『わかってますよ。あの馬鹿の後始末は、アタシたちがやらないとね』


 アデラも素直に従った。

 ジョーには意外だった。彼女から、何の反発もないことが。

 嫌味の一つでも言うのだろうかとジョーは身構えていたが、全くの杞憂であった。


『ヘヘヘヘヘヘッ! こりゃあ、面白いことになりそうだぜぇ!』


 ピーターが喜ぶ。

 彼が何を望んでいるかなど、ジョーにはわからない。

 しかしそれでも、ルイーズに協力的なのであろうことだけは分かった。


『これから大変そうですねぇ』


 シェリーがまるで他人事のように言う。

 彼女はそこまで協力的でないことはジョーにもわかった。


『ま、頑張りなさいよ。アタシたちはもう関係ないけど』

「いや、関係大有りだよ」

『え? 何でよ?』

「皇国がマシン・ウォーリアを手放すには、相応の準備が必要だからさ。戦争が終わったからって、すぐにポイと捨てられるものじゃない。それに――」

『それに?』


 たった一度しか会ったことのない人物を、ジョーは思い出した。

 あの傲慢さに満ち溢れた、まるで全てを見下しているような眼を。

 世界の全てが自分の物だと言わんばかりの、尊大な態度を。


「あの王様に、「マシン・ウォーリアを処分させてください」なんて言ったところで聞いてもらえるとは思えない。だからまず、僕たちもあの人を説得する必要がある。……悪用されてしまう前にね」

『えぇ、めんどくさい……』


 ジョーは、センドプレス皇帝の今後の動向を危惧していた。

 帝国が大打撃を受けた今、この世界の支配者になろうとしている人物だ。しかし、その人格をジョーは快く思っていない。

 故に、実の娘であるルイーズに配慮などせず、はっきりと言った。


 しかし当のルイーズから返ってきたのは、ジョーにとって意外な言葉であった。


『勇者ジョー……貴方はマシン・ウォーリアが憎いのですか?』

「違いますよ。こんなものがあっても誰も得をしないから、さっさと捨ててしまおうってだけです」

『しかしマシン・ウォーリアは抑止力となります。この先平和が訪れたとしても、その存在は強大です』

「……思ってたより、現実的に物事を考えてるんですね」


 トーマスの話す人物像から、ジョーは彼女を理想家だと思い込んでいた。

 だが今ならば、彼にもわかる。トーマスは理想と現実の間で苦しむルイーズこそが、愛おしかったのだと。

 そして、そんな苦悩の中でも尚、人の痛みを知ろうとする人物にトーマスは未来を賭けたのだと。


 だからこそ、ジョーは意地でも納得させなければならなかった。


「でも、マシン・ウォーリアなんて危険なだけなんですよ。マシン・ウォーリアに対抗できるのはマシン・ウォーリアだけですから、持ってなきゃ対抗のしようがない。極端な話、この世界にあるマシン・ウォーリアの過半数を手に入れるだけで、その国が王者になれてしまうんです。……今回の帝国のように」


 ジョーの言うことは極論だが、あながち間違いでもない。

 それは、偶然にも圧倒的な数のマシン・ウォーリアを手に入れてしまった、ネミエ帝国の台頭が物語っている。


『だからすべて壊すのですか?』

「そうです。人間同士が死力を尽くして争うならまだしも、マシン・ウォーリアなんて道具の数で勝敗が決まるんじゃ、やってられないでしょう?」

『それはそうですが……』


 煮え切らない態度のルイーズに辟易したジョーは、語調を強める。


「……確かに今回は、『たまたま』勝てました。それは、丁度マシン・ウォーリアを超える圧倒的な力があって、偶然にもそれを手にした人が喜んで死んでくれたからです」

『そのような言い方はないでしょう!』

『ひゃっ!』


 高潔なトーマスの意思を貶めるのは、ジョーとしても望むところではない。

 だがしかし、そうでも言わなければ理解してもらえそうもないとジョーは考えた。


 そしてジョーの考え通り、ルイーズは反発する。

 その剣幕にシェリーが驚いたのは予想外であったが。


「次もそんな都合のいいものがあるとは限りません。次があっても、その人はもう貴女を助けてくれません。だから僕は、あの人のためにもマシン・ウォーリアをすべて壊します」


 諭すように、ジョーは語る。


 ジョーにはトーマスの意思など、分からない。

 だが確かに、トーマスはジョーの目的に賛同したのだ。

 たとえ、トーマスの意にそぐわぬ嘘をついているのだとしても、『マシン・ウォーリアの排除』という願いだけは真実である。


 だからジョーは、躊躇しない。

 ルイーズの考えに反していたとしても、否定しなければならない。

 そう、多少の卑怯なことをしてでも。故人の名を持ち出し、同情を誘ってでも――

 そして、その効果は確実にあった。


『……そう言われてしまっては、私が薄情な女みたいではないですか……!』

「トーマスさんは気にしないと思いますよ。貴女のやることなら」

『顔向けができないと言っているのです』


 ルイーズの説得など、ほんの一歩でしかない。

 これ以上に面倒な人間が多くいることを、ジョーは知っている。

 一息だけ突くと、ジョーは再び前を見据える。


 そんな時、話が終わったと思ったのか、アデラが声をかけた。


『とりあえず、姫様との話はついたみたいだね』

「実権を握っているのは皇帝陛下ですから、あんまり意味は無いですけどね」

『お力になれず、申し訳ありません……』


 ジョーがバッサリと言い放つと、ルイーズが申し訳なさそうに謝る。


『それにしても……これが終わったら、ジョー君は天の世界に帰ってしまうんですよね?』

「ええ、ずっとここにいる気はありませんよ」

『ジョーだけじゃなくて、アタシもね』


 シェリーの何気ない問いにも、ジョーはぶっきらぼうに答える。

 サクラはつまらなさそうに訂正していた。


『もうちょっといられないんですかぁ? 私、まだジョー君に何もお礼してませんし――』

「いりませんよそんなの」

『な、なら、皇都観光とか興味ありませんか!? 私、皇都のことなら結構知ってますから案内しますよ!』

「終わったらすぐ帰ります。僕たちは、ここにいていい人間ではないので……」

『そ、そんなぁ……!』


 シェリーの提案を、ジョーは次々とそっけなく切り捨てる。

 下手に悔いを残さないために、情を湧かせないために。


『ケケケケケッ! そのへんにしときなぁ! そのガキの頑固さは今に始まったことじゃねえだろぉ』

『で、でも……!』

『それに死んじまうってわけでもねえだろぉ? 天上界に飽きて、またそのうち地上に来たっておかしくぁねえ。なら、観光なんてそんときの楽しみにさせてやりゃいいじゃねえか』

『そうでしょうか……?』


 ジョーは戻って来る気など毛頭なかった。

 しかし今は、ピーターの言葉を黙って聞く。

 肯定もしなければ否定もせず、ただシェリーに希望を持たせるため、口を紡ぐ。


『つーことだからよぉ。おめえもいつでも戻ってきていいぜぇ――』


 ピーターの意外な優しさに、ジョーは感心した。

 ただの取っつき辛い狂人だとジョーは思っていたが、人間としての心を幾分か持ち合わせていたことに驚いた。

 だが――


『そんときゃ俺がまた皇都を案内してやるよぉ! ヒェッヘッヘッヘッ!』

『えぇ……』

『アンタね……』


 その瞬間、ジョーはピーターに対する印象を改めることをやめた。

 シェリーも困惑を隠しきれず、アデラも呆れ果てていた。


「まあ、とりあえず皇都に行きましょうよ」

『そうですね。積もる話は、その後でも遅くはないでしょう』

「あとどのくらいでしたっけ?」

『もうそろそろ見えるころさ。着いたらさっさと休みたいところだね』


 アデラの言葉に反応し、ジョーは向かう先を見る。

 闇夜に紛れる木々が視界から退けると、その先には――


『な、何ですか……あれは……!』


 炎上する皇都があった。


「燃えてる……? 何故……どうして……!」


 ジョーには訳が分からなかった。

 確かに、帝国の軍勢はトーマスによって消え去ったはずであった。

 まさか、先行していた部隊があったなどとは思えないだろう。


「様子を見てきます!」

『アタシも行くっ!』

「君はここで待ってろっ!」

『なんでっ!?』

「姫様を守るんだ! まずは僕だけで行って、危なかったら引き返してくる!」


 それだけ言い残すと、ジョーはブレイブ・センスを発動させ、キサラギは全速力で走り出した。

 キサラギは一瞬のうちに加速し、常人には耐えられず、制御することもできない速度域にまで到達する。

 そんな中でもジョーは、当然のようにキサラギを操る。


『……お願いします、ジョー。どうかご無事で――』


 ルイーズの祈りがジョーに届いたのを最後に、通信は途切れた。


 紅蓮の炎のみが灯る闇の中でも、キサラギは白き輝きをまとって驀進ばくしんする。

 圧倒的な存在感を放つその姿は、まるで彗星――あるいは、ジョーを救い出した二度の光のようにも思える姿であった。


 そして彼は、最後の戦いへと臨む。



―――――――



 燃える帝都の中に、炎に照らされながらも消えない影があった。

 その影――ダークブルーのカラーに身を染めた機械巨人は、両手で握った己の身長ほどもある剣を振り回し、石造りの建物を次々と崩壊させていく。


 赤熱するその大剣の前には、いかなるマシン・ウォーリアも歯が立たない。

 そのような獲物を扱いながらも華麗に立ち回る技量には、いかに熟練の戦士であろうと太刀打ちはできない。

 ただいたずらに、残骸が増えていくだけであった。


 そのダークブルーの機体を駆る男――ガス・アルバーンは、嗤う。


「ハハハハハハッ! こうまで雑魚共が虫けらのように思えたのは初めてだっ!」


 また一体、不用意に近づいてきたアーミーが、長大な剣によって両断される。

 ダークブルーのマシン・ウォーリアの前に、立ちはだかることのできる者はいなかった。


 ガスは確信する。

 己の力が、人類種の頂点に達したのだと。

 自らの操るマシン・ウォーリアこそが、何者にも屈しない最強の武器なのだと。

 そして――


超常感覚センスとこの機体を手にした私に、最早敵はないっ!」


 この圧倒的な力で、倒せぬ者などありはしないのだと。

 自分こそがこの世界においてただ一人、支配者としての資格を持っているのだと。


 慢心するガスは、今やそれ相応の力を手にしている。

 いかなる敵であろうとも、一撃の下に叩き伏せることが出来る。

 敵うものがいるとするならば、それはただ一人――


 彼は、その男の顔を思い浮かべる。


「早く出てこい、ブレイバー! その時こそ、貴様の最後! そしてその時こそ、私が『王』となる瞬間だっ!」


 ガスは、憎き仇敵の登場を渇望していた。

 彼の野望の成就はもう目前。あとは『ブレイバー』を打ち倒し、サクラを救出するだけである。

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