三節 炎のレッドカーペット作戦
思わぬアクシデントにより窮地に立たされてしまったトーマス。
だがそんな彼を救ったのは、彼にとっても見覚えのあるマシン・ウォーリアであった。
「デュエラー……ピーターか!?」
そう、それは緑色のマシン・ウォーリア――ブレットの持っていたユニークマシン、デュエラーであった。
思わぬ援軍に、トーマスは頼もしさを覚える。
『ヘヘヘヘヘッ! 面白い戦い方してるじゃねぇか、隊長さんよぉ! まるでドブネズミみたいだぜぇ! ギャハハハハハッ!』
――乗っているピーターの嫌味さえなければ、だが。
そして、デュエラーに続いてきたのであろう二体のアーミーがやって来る。
そのアーミーの肩は紅く塗られており、皇国の所属機であることが分かった。
『ちょっと! 遊んでないでさっさと逃げるよ!』
「好きでこうしてるわけじゃない! ジョーの奴が仕込んだ妙な動作のせいで、立ち上がれないんだっ!」
『そぉかい……ならハゲ、クソアマ! さっさと間抜けな隊長さんを運んじまえ! 後ろから来る奴ぁ俺がやっからよぉ!』
デュエラーは駆ける。その手に持つクレセンティウムの剣が、迫る敵を次々と切り裂く。
アーミーの振り回す剣を難なく躱し、必要最小限の反撃で確実に仕留めていた。
構造上、左手が使えないというハンデをものともせずに、デュエラーは華麗な剣捌きを見せる。
ピーターは既に、デュエラーを乗りこなしているようであった。少なくともトーマスには、そう感じられる。
『……ああ』
『何でアンタが仕切ってんのさ!』
『じゃあてめえがやるかぁ? あぁん!?』
「いいから早くしろ! 囲まれるぞ!」
『…………ああ』
ベンとアデラの駆る二体のアーミーがプロトを掴み、引き摺っていく。
あまり積極的に攻めてこない軍勢を、ピーターのデュエラーがいなす。
そしてトーマスは、情けなさと感謝の入り混じった複雑な感情を抱くのであった。
――――――
アーミーを蹴散らして、平原を駆ける二機のブレイバー。
キサラギとジーク・レイを止められるものは無く、帝国の軍勢は後ろから徐々に崩されていく。
――だがそれでも、破壊されたアーミーの数は千にも及ばない。
ジョー達は一々倒した数を数えてなどいないが、それでも全体からすれば微小なものであることは体感的にわかる。
時は既に夕刻。空は暮れに染まり、暗闇の夜の到来を予告していた。そうなれば、追撃は難しい。
「くそっ! 全然減らない!」
キサラギはレーザー・ブラスターを連射し、一射につき十数体ものアーミーを屠っている。
ジーク・レイもレーザー・マシンガンで、ジョーが取りこぼしたアーミーの脚を狙って打ち抜く。
だが、それでも全然及ばないのだ。少し前進すれば、新たなるアーミーの波が彼らを待ち受ける。
『いつ……いつ終わるのよぉっ!』
「知らないよ! いいから撃ち続けてくれ!」
終わりの見えない戦いの中で、サクラが喚く。
ジョーには、サクラを慰める言葉など出てこない。命を懸けた戦いの中で、他人に構えるだけの余裕など彼にはない。
それに――喚きたいのはジョーも同じであった。
「そろそろバッテリーが切れる! その辺から拾って!」
『またぁ!?』
「撃ち続けてるとすぐに切れるんだよっ!」
『ああもう、わかってるわよ!』
ジーク・レイは屈みこみ、倒れ伏していたアーミーの背中からバッテリーパックを抜き取る。
キサラギが最後のレーザー・ブラスターを発射し、停止したその背中からバッテリーが外され、装着される。
そして再びキサラギはレーザー・ブラスターを――
『待って! あそこに何かいるわ!』
構えたが、発射はしなかった。
サクラの声に反応し、ジョーはすんでのところで踏みとどまる。
「どこさ!?」
『そこのアーミーの前よ!』
「『そこ』とか言われてもわからないんだよっ!」
とは言ったものの、ジョーも確かに何かがアーミーに隠れて動いているのを捉えていた。
それはマシン・ウォーリアとは違う、普通の車両である。ジョーはそれを確認すると、思考を張り巡らせた。
マシン・ウォーリアの大部隊に随行しているということは、行軍に必要な物資を運んでいる可能性は高い。それはジョーにだってわかる。
では、その必要な物資とは何か――
ジョーは閃いた。それは、彼の乗るブレイバー・プロトの操縦席内にも載せているもので、人が生きるのに必要なものだと。
『ねえ、見えた!?』
「うるさいな! 見えてるよ!」
『どうするのよ!』
「危険だけど、接近戦であの積み荷を奪う!」
『どうして!?』
「あの中はきっと食糧だ! あれを止めれば、もう進軍なんてできないはずなんだ! それに……僕たちの食料ももう少ないからついでに分けてもらう!」
ジョー達は帝都を発つ際に、数日分の保存食を買い込んでいた。
だがそれも底をつき始めており、このままでは危うい。
ジョーは空腹感を思い出したがために、作戦と称して食料を強奪することを決めた。
『へえ、アンタにしちゃよく考えてるじゃない! わかったわ!』
キサラギとジーク・レイは共にヒート・ソードを抜き放ち、加速して接近する。
そこかしこに転がるアーミーの残骸を避け、着々と距離を詰めていく。
アーミーが立ちはだかろうとも、三本の剣によって次々と切り伏せられてしまう。
「捉えたっ!」
ジョーは右目に映る映像を、胴部の照準器からのものへと切り替えた。
その照準の中心は、トラックのタイヤ――
そして、キサラギが放った一発の光弾がゴムを破き、トラックをスリップさせる。
「次っ!」
同様のトラックが、他にも何台か走っている。
ジョーはそれらすべてに狙いをつけ、パンクさせて周ったのであった。
それがどのような結果をもたらすかなど、知りもせずに――
――――――
トーマスたちは一旦引き上げ、残りの隊員たちと合流していた。
四体のマシン・ウォーリアと、複数台の車両が並んで停められている。
時は既に夜。火の灯りのみが、彼らの視界を照らしていた。
「俺は砦に行けと言ったんだがな……」
不貞腐れたように、トーマスは地に腰掛ける。ため息という形で、僅かばかりの疲れを吐き出す。
対するアデラたちは疲れた様子も無く、立ったままトーマスを見下ろす形となっていた。
「そっちはシェリーがやってるよ」
「そうか。ならいいんだが……それよりも、お前たちは何か考えでもあって戻って来たのか?」
「いや? 冷静になって考えれば、別に全員でいく必要がなかったってだけさ」
「ああ、そう……」
堂々と命令違反をされていても、トーマスには追及する気力は無い。
それで結果的に助かっているのだから尚更だ。
「しかし隊長さんよぉ……ありゃどうしようもねえぜぇ。キキキッ!」
「だが、どうにかするしかないだろう」
「……案、あるのか?」
「無いことはない――」
トーマスは立ち上がり、離れて聞いていた男を呼び寄せる。
「おい、薪はどれだけある?」
「殆ど捨てたぜ」
「そうか、ならかき集めてくれ。至急だ」
薪を管理していた男を行かせると、今度はまた別の男を呼びつけるトーマス。
「油はあったか?」
「ああ? 樽一杯ぐらいなら……」
「十分だろう。本当はもっと欲しいがな」
「なんだい? アンタ、キャンプファイヤーでもやろうってのかい?」
「まあ、そんなところだ」
「はあ?」
考えを読むことのできないアデラが、怪訝そうに首を傾げる。
トーマスはそんな彼女を無視し、全員に向けて声を発した。
「よく聞け! この先の谷で、俺たちは陣を敷く! ここは皇国に入るなら必ず通らなければならず、道が狭い! つまり、確実に敵が来るのが分かってて、かつ少数でも比較的迎え撃ちやすい場所だ!」
「でも隊長さんよぉ! 四人で抑えるのはぜってぇに無理だぜぇ!」
「わかっている! だからこそ、俺は一計を案じることにした――!」
トーマスは腕を広げ、今から発表することのスケールと重大さをアピールする。
人数が重要となるこの策に、一人でも多くの力を貸してもらうために。
「来るのが分かっているのだから、罠は仕掛けられる! 例え見えているものだとしても、敵は通らなければならないはずだ! ここ以外に道は無いからな!」
「……ああ」
地図を見ていたベンが首肯する。
そう、ネミエ帝国とセンドプレス皇国の国境は山岳地帯であり、超えるのは難しいのだ。
――ただ一点、トーマスの言う谷を除いて。
「そこでだ! 俺は奴らを出迎えるための『絨毯』を敷いてやろうと考えたわけだ!」
「『絨毯』? 何だいそりゃ……」
「奴らを歓迎する、赤い絨毯だ! 尤も、奴らが通れるとは限らないがな!」
「もったいぶってないでさっさと言いなよ」
アデラが急かすと、トーマスは咳ばらいをして続けた。
「薪を敷き詰め、奴らが到着したら着火する! 止まるならそれでよし! 止まらないならば、炎と俺たちの剣で迎え撃つ! どっちに転んでも実のある作戦だ、失敗は無いと断言しておこう! ……お前らの働きさえ悪くなければなっ!」
トーマスが吐き捨てると、隊員たちが立ち上がり、一斉に騒ぎ出した。
「――ふざけんな!」
「――失敗してんのはいつもてめえじゃねえか!」
「――俺に代われ!」
口々に騒ぎ立てるその声に、トーマスは確信した。作戦の成功と、この戦いの勝利を。
成功する保証など無いにも関わらず、トーマスの心は満たされていた。失敗など、疑いもしていなかったのだ。
「……何か変な声も聞こえるが、まあいい。では、これよりこの作戦を――」
そしてトーマスは、燃え上がる己の意志をその作戦名に込め、高らかに発表する。
「『炎のレッドカーペット作戦』と呼称する!」
隊員たちの雄叫びが、木霊した。




