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二節 決死の足止め

 大地を埋め尽くすオリーブ色の集団が、仇なすものを滅ぼさんと行進していた。

 その履帯が地を抉り、草と泥を撒き散らして前進する。

 圧倒的な物量を誇るマシン・ウォーリアの大部隊は、強大な存在感と威圧感を放ちながら進んでいた。


 進む先に敵が立ちふさがることなど、まるで考えていないかのような足取り。敵う者など有りえないという、絶対的な自信を孕んだ密集陣形。

 彼らは理解していたのだろう。この地上において、最強の存在が誰であるかを。

 圧倒的な『数』に勝る『個』などおらず、即ち立ち向かうことこそが愚行であることを――


 だがそんな彼らの自信を打ち砕き、馬鹿はやって来たのだ。

 灰色のマシン・ウォーリアが、赤熱する剣を構えて『波』の中へ突撃する。

 あまりに突然の奇襲に対応することが出来なかったのか、ブレイバー・プロトはあっさりとアーミーの軍勢の中へと飛び込めた。


「止まれよぉぉぉぉっ!」


 集団という『波』の中へと飛び込んだトーマスは、叫ぶ。

 本能が恐怖という形をとり、彼を引き下がらせようとする。

 だがトーマスは退けない。その後ろには彼の守るべき者と、生きる意味がある。

 故にトーマスは、最大限の鼓舞で己の表層にある恐れを誤魔化す。心の奥深くにある、真の志を守るために――


「ちいっ!」


 プロトはヒート・ソードを振るう。その刃が次々と装甲と剣を溶かし、幾多ものアーミーを戦闘不能へと追いやる。

 だが、止まらない。その圧倒的な物量の前では、トーマスの倒せる敵の数などたかが知れている。

 『波』の中で前進し、一騎当千の働きをするプロト。だがその装甲には、掠めた剣による裂傷がいくつも出来上がっている。


「くそっ……!」


 ダメージ警告がトーマスの耳に響くと、彼はこれ以上の継戦を諦めた。

 真っ直ぐに前進していたプロトは横に逸れ、トーマスは敵の猛攻を捌くことのみに集中する。

 そしてプロトは、『波』の中を抜けだした。


「ブレイバーでは駄目だというのか……! なら……他に何があるっ!」


 プロトは敵に背を向け、オリーブ色の塊から遠ざかっていく。

 トーマスはリアカメラを使い、敵が追ってきていないことを確認した。


 ――そして、相手にもされていないことに歯噛みした。



――――――



 ジョーは、アーミーの軍勢の最後尾を捉えていた。

 キサラギとジーク・レイは、一定の距離を保ってその後を追う。


『ねえ、仕掛けないの!?』

「トーマスさんと合流することを考えればレーザーは使いたくないし、あれに突っ込むなんて論外だ!」


 実のところ、ジョーはアーミーの群れに飛び込んだところで、それなりに戦える自信がある。

 しかしサクラを巻き込むわけには行かず、決断が出来ないでいた。


『どこいるかわからないんでしょ! なら、バカみたいにモタモタしてる場合じゃないわ!』

「ま、待てっ! 早まっちゃいけない!」


 ジョーの制止も虚しく、ジーク・レイは加速してキサラギの一歩前へと出た。

 そして、胸部のレーザー・マシンガンを斉射する。

 無数に放たれる光弾が、アーミーの幾体かの脚を貫いた。履帯が裂けたことでバランスを崩し、勢いを止めることもできずにアーミーは滑る。


『やったあ!』

「『やった』じゃないんだよおっ!」


 しかし、その後のアーミーたちの反応は、ジョーの予想と反していた。

 左右への動きが少し増えたのみで、一向に振り替える気配が無いのだ。


「……まさか……戦い方を知らないのか? そういえば……」


 相手の反応に疑問を抱いたジョーは、トーマスから聞いたことを思い出していた。

 帝国において、マシン・ウォーリアへの搭乗を許されるのは『上級騎士』のみ。資格のないものが乗るのは、死罪に値すると――


 ジョーは帝国の内部に明るいわけではないが、『上級』というからには数が少ないであろうことには思い至った。

 そして、ここに連れてこられている殆どが、マシン・ウォーリアなど碌に操縦したことのない素人であることにも――


「なら、やりようはあるか!?」


 ジョーもペダルを深めに踏み込み、キサラギを加速させる。

 それと同時にキサラギは、左右の腰の二門のレーザー・ブラスターを展開する。

 二本の光の帯と、胴から放たれる無数の光の霰が、幾多ものアーミーを破壊した。


『アンタもやる気なんじゃない!』

「気が変わった! 僕たちは後ろから叩く!」

『OK! さっさと終わらしましょ!』

「エネルギーは全部使わないようにね!」

『わかってるわよ!』


 こうして、ジョー達も戦闘を開始した。

 前方のトーマスと、後方のジョー達。一見すれば、挟み撃ちという優位な状況にあるようにも見える。

 彼らの意図したものではないにせよ、帝国の軍勢に混乱を与えることは出来ていただろう。


 ――しかしこの判断は、結果として間違っていたのかもしれない。

 だが彼らがそれを知ることは、もう無いだろう。



――――――



 トーマスは、何度目になるかわからない突撃を仕掛けていた。

 プロトの装甲は剣による傷だらけで、継ぎ接ぎされていた装甲の何枚かが剥がれ落ちている。


 ここまでに討ち倒したアーミーの数は数知れず。トーマス自身も数えてなどいない。

 だが、ストロイ王国を何回も亡ぼせるだけの働きを、トーマスとプロトは行っていた。

 その姿はまさしく英雄で、普通ならば歴史に名を遺すほどの活躍であった。


 ――しかしそれでも、一度動き出した『波』は止まらない。

 異常なまでに発生したマシン・ウォーリアの前では、戦闘用コンバットマシン・ウォーリアたるブレイバーでさえも、歯が立っていなかった。


「はあ……はあ……」


 トーマスは憔悴し、最早無感情に殺戮を繰り返す機械マシンとなり果てていた。

 使命感のみに突き動かされ、生存本能である恐怖さえも忘れ、ただ敵に立ち向かう。

 まさしく、機械の戦士(マシン・ウォーリア)。力のみを振るい、そして果てていく――そんな、理想の兵器であった。


 プロトのヒート・ソードが、突き出される剣を腕ごと切り払う。

 左から近付くアーミーの顔に、左手が裏拳を打ち込む。腕を戻すと、そのまま肩から体当たりし、押し倒す。

 ヒート・ソードを振り上げ、旋回して後ろから迫っていた敵を両断する。


 だが、それが常人であるトーマスの限界であった。

 ジョーのようなブレイブ・センスを持つわけでもなく、ガスのような人並み外れた身体能力を持つわけでもない――

 彼にできることは所詮そこまでなのである。


「……なっ!」


 アーミーたちの隙間を縫って繰り出された剣が、目の前に現れた。

 唯一残っていた本能――想定外のことに対する驚愕が、トーマスにいち早くそれを察知させ、行動に移させる。

 トーマスは引き下がるべく、レバーを思い切り引いた。


「うおぉっ!」


 ――更なる想定外が、トーマスを襲う。


 後退させるべく思い切り引いたレバーは、別の動作アクションへのトリガーであった。

 プロトは後ろに倒れ、左の前腕は地に着く。体が倒れる感覚と、響く衝撃がトーマスを襲う。


 そう、プロトのとった体勢はスライディングの姿勢であった。トーマスがペダルを踏むと、急速に発進する。

 トーマスは朦朧として揺れる視界の中でレバーを操作し、プロトはアーミーたちの間を駆け巡った。


「あいつ、こんなことをやっていたのかっ……!」


 トーマスは、思わず我に返っていた。ヘッドレストに叩きつけられた頭の痛みを堪え、冷静に操作する。

 プロトは慎重に『波』の前方へと抜けて行き、脱出した。しかしその背からは、数体のアーミーが追ってくる。


 ――だが、倒れた状態から起き上がらせる方法が分からないトーマスは焦った。

 左腕を地に擦らせている都合上、あまり速度が出ないのだ。当然、反撃に転じることもできない。


「起きろよっ! くそっ!」


 トーマスは思いつく限りの操作をするが、プロトが立ち上がる気配はない。

 無理もなかった。この状態からの機体の起こし方など、アクションパターンの設定者であるジョーにしかわからないのだから。


「ここまでなのか……!」


 アーミーがプロトに追いつく。

 並走するアーミーは剣を逆手に持ち、振り上げた。

 見下すようなアーミーの視線が、光る黒鉄色の剣の切っ先が、トーマスの目に映る。


 トーマスが諦めかけそうになったその時――

 彼を見下していたアーミーが、美しい輝きを放つ剣によって貫かれた。


「クレセンティウム!? ……ということは!」


 一体のマシン・ウォーリアが、アーミーを切り裂く。

 そして、遅れて二体のマシン・ウォーリアが向かって来ているのを、プロトの目は捉えていた。

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