一節 絶望の軍勢
世界の真実を知ったジョーは、異世界に来た理由、そして自らの使命を悟った。
強大な力の一端を知ったトーマスは、それでも尚、守るための力を欲した。
彼らは、己の道を定めた。そして、アークガイアを呑み込まんとする機械巨人の波を払うべく、共に手を取り戦いへ臨む。
……賽は投げられた。
世界の行く末は今、彼らの勇気に託されたのだ――
………………
「馬鹿な……一万のマシン・ウォーリアだと!?」
初めに驚きの声を漏らしたのは、トーマスであった。
トーマスほどではないが、ブレットもまた驚愕を隠せていない。
そしてジョーは……あまり驚いていなかった。
それは彼が、工場という施設の規模を正しく想像できていたからだろう。
しかしその顔には、焦りが見える。
「では、今まで帝国が動こうとしなかったのは……」
『きっと、その力を誇示するためだろう。大量のマシン・ウォーリアを見せつければ、その後の統治がやりやすくなる』
「なるほどな、もう勝ったつもりでいる気だったのか。それなら大概のことは納得できる――」
目を伏せていたトーマスは、遠くに見える城へと目を向ける。
ジョーもまた、ダンがいるのであろうその建物を注視した。
「だが、俺がまだわからないのは貴方だ。ダン殿」
『私が何か変なことをしているか?』
「ああ、おかしいな。なぜこんな情報を渡す? 敵である俺たちに伝える理由もわからないし、止めてほしいならもっとやりようはあるはずだ。貴方は帝国内部の人間なのだからな」
「確かにね。皇帝陛下に進言すればいいだけではないのかな?」
ダンの忠誠心の無さを知るジョーからすれば、さほど不思議には思えないことであった。
しかし、トーマスとブレットは疑問を抱かずにはいられないようである。サクラもまた、懐疑の表情を見せていた。
だがジョーはそんなことよりも、ヘッドギアを着けているようには見えないブレットが、当然のように会話に混ざれている理由を知りたかった。
『それは不可能なのです。独断専行し、更には貴方たちを取り逃した罪で、私は投獄されているのだから』
「ではなぜ通信できる!? どうやって知った!?」
『今、私は同郷の協力者を頼り脱獄している。私がこの情報を知り得たのも、彼らが教えてくれたからだ。頼む……信じなくてもいいから、確認だけはしてくれ!』
虫と動物の鳴き声のみが、森の中を駆け巡る。
それは一瞬の間であったが、ジョーには空気が凍り付いたかのようにも感じられた。
「……それが本当なら、こっちだって悠長に話している暇はない! 作戦変更だ、俺たちはすぐに皇国に戻る!」
――そしてダンの訴えは、確実にトーマスに届いていた。
トーマスは高らかに、方針転換を宣言する。
その声を受けた彼の部下たちは一斉に動き出し、雨後のように静まり返っていた森は、嵐のように騒がしくなる。
『出立したのは昨日のことらしい。今ならまだ、追いつけるだろう』
「……本当かどうかはまだわからんが、感謝しておきましょう」
『筋違いなのは承知の上だ! だが、このような行いを認めてしまえば、アークガイアの未来は隷属の歴史となってしまう! そうなれば、人々に安寧は訪れないだろう! それだけは阻止しなければならない! だから……すまないが、後は任せたっ!』
最後に言いたいことだけを一方的に述べたダンは、通信を切った。
意外なほどに先のビジョンを視ていたダンに、ジョーは関心を寄せる。
そして、彼のような人物がこの世界にいたことを嬉しく思いながら、ジョーは奮起した。
「そうと決まれば!」
「いや、お前たちは工場へ行け! 手薄な今ならお前だけでも切り抜けられるだろう!」
「でも……!」
「これは『俺たち』の問題だ! お前にはまず、優先するべきことがあるだろう!」
叱咤するトーマスだが、ジョーは腑に落ちない。
マシン・ウォーリアが関わっているのならば、それはジョーにだって関係のある話だ。
それに、地球人類の子孫たるアークガイアの人々の未来が掛かっているのならば、最後の地球人類であるジョーにだって見過ごせる問題ではない。
だがトーマスとて、ジョーを突き放したわけではないのだ――
「――だが、それが終わったならば、来てくれると助かる!」
「……はい!」
こうして二人は、それぞれの戦場を定めた。
彼らは二手に分かれ、自らの役目を果たすべく動き出す。
ジョー、サクラ、ブレットの三人と、トーマス率いる商隊の面々は、それぞれ反対の方向へ――しかしながら、その想いは限りなく近い方角へと進んでいた。
――――――
驚くほど簡単に、工場に辿り着けた。
帝都内にはジョーの操るブレイバー・キサラギを止められる者はおらず、また、足止めできるほどの戦力も残ってはいなかったようである。
そしてレーザー・ブラスターの前では、鋼鉄の門でさえも役立たずであった。
キサラギと、腕にブレットを乗せていたジーク・レイは、今は地上にある。
ジョー達一行は、拙さのある階段を下った地下にいる。
「まだかね?」
「今やってますよ!」
端末を操作するジョーと、つまらなさそうに歩き回っているサクラとブレット。
彼らのいる区画は、出来上がったモジュールを組み上げ、マシン・ウォーリアとして完成させるセクションのようであった。
立ち並ぶ大量の腕と脚、そして首の付いた胴体が次々と流れ、生まれたばかりのアーミーたちがベルトコンベアで流れていく。
薄暗さもあってか、ジョーはその光景に生理的な不気味さを覚えていた。
「それにしても……こんなに次々とアーミーが出来上がっていくのを見ると、恐ろしくなるね」
「地球の工場はもっと凄かったわよ? マシン・ワーカーは一日に何万台も作ってたんだから」
「あれ? 地球でも、たったのそれだけだったのかい?」
「工場は何百とあったわよ」
サクラとブレットが他愛のない会話を繰り広げている傍で、必死になって端末を叩くジョー。
いつの間にかアーミーの流れは止まり、工場の機能はすべて停止している。
そして最後のキーが叩かれると、ジョーはブレットの手を乱暴に引っ張った。
「さっさと登録してください!」
「どうすればいいんだい?」
「ああもう……! 手を出して! カメラに目を合わせて! 後は僕がやりますよ!」
「あ、ああ……」
ジョーは端末にブレットの手を乗せ、目線は内蔵のカメラに向けさせたまま姿勢を維持させた。
そして、そのままジョーは叫ぶ。
「ユーザー登録! ブレット・ワイズ! 権限、管理者!」
『ユーザー登録完了。ユーザー名、ブレット・ワイズ』
「終わったっ! 行こう!」
完了を告げる機械音声が響くと、ジョーは手を離し、地上へと続く階段へと走る。
サクラも慌ててその後を追ったが、ブレットだけは何故かその場から動こうとしない。
「どうしたんです!? 早く行きましょう!」
「そうよ! なにもたもたしてんのよ!」
「……いや――」
立ち止まっていたブレットであったが、近くにあった段差に腰かけた。
「私はここに残ろう。いても邪魔だろう?」
「それは――」
「言わなくても分かっているさ。デュエラーも貸している以上、付いて行ったところで意味がない。それに私がいるとスピードが出せないだろう」
ジョーは、ブレットの英断に感謝した。
確かに彼がいては邪魔でしかない。それが、ジョーの偽らざる本心である。
だが、懸念もあった。ジョーには、ブレットが帝都に残るのは危険に思えてならなかったのだ。
「大丈夫なんですか?」
「ああ。幸い、私はそれなりに顔が効く。そうだな……しばらく休んだら、ダン君にでも会いに行こうか」
「……ありがとうございます!」
そしてジョーは、駆け出した。
彼を待ち受ける新たな戦場へ。彼を待つ友の元へ――
――――――
商隊が帝都から離れて、二日が経った。
トーマスは丘の上から、遠くに見える景色を覗いている。とはいっても、光り輝く青い空や、遥か彼方まで続く人工の大地のことではない。
――雪崩だ。あるいは、津波と言い換えてもいいかもしれない。
全てを飲み込んでしまいそうな巨大な力の濁流が、長蛇の列となり皇国に向かって進んでいた。
「あれが一万という数か……どう足掻いても勝てないな、これは」
「だろうさ。どうする気なんだい?」
幸いにも、一万のMWと高々数十程度の商隊とでは、進軍速度が違う。
先回りすることが出来たトーマスたちは、まずはこうして様子を伺っていた。
まともに戦えば、その圧倒的な物量の前に為す術はないからだ。
トーマスは焦りながらも、冷静にそのアーミーの群れを見据えている。
「お前たちは砦に戻って、このことをランドール将軍に伝えろ。その後は皇都まで退き、皇女殿下に伝えるんだ。……将軍に何を言われようが、決して戦おうとするなよ」
「……ああ」
指示を受けたベンは、無言で号令を出す。
隊員たちは大急ぎで行動を開始し、いくつかの車両には既にエンジンがかかっている。
そんな中でもトーマスは、焼き付けるようにアーミーの大軍を見つめていた。
「で、あんたはどうすんのさ?」
「決まっているだろう――」
アデラの声を受けると、翻ったトーマスは灰色のMW――ブレイバー・プロトの元へと向かった。
決意と覚悟が、いま固まったのだ。もう、彼を止めようとするだけの邪魔な恐怖など、その心には存在しない。
「あんなのに対抗できるのは、ブレイバーだけだ。ならば、あれを食い止められるのは俺しかいない――!」
トーマスの孤独な戦いが今、始まろうとしている。




