五節 ブレイバー・ジョウ
「さあ……どうする! 答えろ、ジョウ・キサラギ!」
ブレットは迫る。
撃鉄の降ろされたリボルバーの銃口を、ジョーに向ける。
その言葉に、構える手に、躊躇などない。それはジョーにだってわかる。
ブレットの鋭い眼光の前では、ジョーは迂闊に答えることが出来ない。
少しでも間違えれば、それは死に直結する。
「あまり待つつもりはない! すぐに答えを出さないならっ!」
銃声が響いた。
ブレットのリボルバーから火が吹き、銃弾が発射される。
瞬時に発動したジョーのブレイブ・センスは、高速で飛来する弾の軌道を見切らせていた。
――その射線上には、誰一人立っていない。
ジョーは微動だにせず、ブレットを見据える。
弾がジョーの耳元を飛び、風を切り裂く音を奏でる。
「きゃあ! 撃った!? また撃ったわコイツ!」
「賢者殿!」
「……今のは警告だ。言っておくが、時間稼ぎに乗るつもりはない……!」
ブレットは、あくまでジョーに問う。
外野の声になど、耳を貸していない。
そして、これ以上の沈黙を無意味と見たジョーは、ようやく言葉を紡ぎ出す。
「……貴方の言うことは分かりますよ」
「そうかっ! なら撤回しろ!」
「でも、僕の考えは変わらない! マシン・ウォーリアはこの世界に生きる人々にとっての害悪だ!」
「あくまでも取り上げるというのか! 我々から! 抗うための力を!」
ジョーは考えを改めたりはしない。
マシン・ウォーリアの危険性を、生み出されるであろう悲劇を、見て見ぬふりなどできはしない。
だが――
「それでも! どうしても戦う必要があると言うのなら――!」
ブレットの言葉は、確かにジョーに響いていた。
このアークガイアで得た経験の数々から、ブレットの言い分もまた、真理なのだということを理解していた。
故に、ジョーは命ずる。
「工場は残す! だから、貴方が責任をもって管理しろ!」
「私がだと!?」
「いや、貴方だけじゃない! 未来永劫、貴方の一族の使命だ! この世界で初めにズルをした、貴方たちが『賢者』だと言うのなら――!」
ジョーの叫びだけが、室内に木霊する。
「それぐらいはやってみせろよっ!」
静まり返る。
誰もがジョーの剣幕の前に、言葉を発することが出来ない。
ジョーの荒ぶる吐息が、生半可な覚悟での発言を許さない。
静寂は、永遠にも感じられた。
時間の経過を気にする者は無い。
そしてついに、命じられし男――ブレットが口を開いた。
「……わかった。そこまで言うのなら、とりあえずはそれでいい。だが、本当に我が一族でいいのか?」
「ええ。非常に残念なことに、あなた以外に任せられる人間がいません」
「はははっ……それはそうだろうよ……」
ブレットは震える腕で、リボルバーを下げる。
腹の奥底から漏れたような、力ない乾いた笑いを漏らす。
「さて、これで俺たちの方針は決まったわけだが……まずは工場とやらの方に行ってみるか?」
「ええ、場所を確認してみましょう」
ジョーは手に持っているメモリーカードを、映像を再生した機械とは別の端末に挿入する。
部屋の前方のスクリーンに、二つの項目が表示される。
「なるほど……マップデータと、ReadMeがあるわけね」
「そうみたいだね」
ジョーは端末を操作し、マップを表示させる。
いつだかにトーマスが見せた地図と、似たような形の大陸が現れる。
そして、その中に一点だけ――マシン・ウォーリアの生産工場の位置を示す光点があった。
「ここは……!」
「なるほどね、これなら確かに合点がいく」
絶句するトーマスと、納得しているかのような様子のブレット。
ジョーにはその意味するところは分からなかったし、サクラも理解している様子は無かった。
「どういうことです? 二人で納得してないで教えてくださいよ」
「ああ、そうだな……ジョー、お前ここがどのあたりかって分かるか?」
「分からないですよ、そんなの」
ジョーがはっきりと答えると、トーマスは呆れたように頭を抱えた。
その仕草に微妙な苛立ちを覚えながらも、ジョーは黙って聞く。
「……帝都だよ。帝国が大量のマシン・ウォーリアを持っている理由が、ようやくこれで分かったわけだ」
「帝国がこの生産工場を使っていると……?」
「そう考えるのが自然だろう」
「だとしたら、どうするつもりだい? きっと警備は厳重だ、入り込める隙なんて無いよ。もうあきらめた方がいいと思うけどね、私は」
ブレットの善意の忠告を、トーマスは鼻で笑う。
「ご冗談を。何が何でもやりますよ、俺たちは」
「何か考えはあるのかい?」
「いえ、特には。だが、潜り込むことにかけては俺たちはプロです」
「そうかい」
「それに……ブレイバーがあるならば、きっとどうにでもできましょう」
その時、ジョーの頭の片隅に、ぼんやりとした記憶がよみがえる。
『ブレイバー』――その姿を、不確かな記憶と重ね合わせる。
「ブレイバー……そうだ!」
「どうした?」
「ブレイバー! ブレイバーがあったんですよ!」
そして、ジョーは思い出した。
アークガイアで覚醒し、地下の世界を徘徊していた時に見た光景が、はっきりと浮かび上がる。
その脳裏には、白金の巨人が思い浮かんでいた。
「何!? どこにだ!」
「地下です! 地下の、ここに来る途中の道で見かけたんです!」
「俺たちは地下なんて通ってないだろう?」
「貴方たちと会う前に見たんですよ!」
「よくわからんが……それなら見に行く必要があるな」
考え込むように腕を組み、トーマスは唸る。
工場とブレイバー――どちらを優先するべきかで悩んでいるのは、ジョーにだってわかった。
「……よし、一旦工場の件は置いておこう。ベン達にも相談する必要があるしな。それよりはブレイバーだ」
「んじゃ、話が決まったんならさっさと行きましょうか」
「そうかい、ここを去るのは名残惜しいが……知らないうちに工場を壊されていたら、たまったものじゃないからね」
一行の意思が固まる。
話がひとまとまりすると、ジョーは残るReadMeを開いてみた。
正面のスクリーンにテキストが表示され、同時に音声が流れる。
『注意事項……このマップデータは、西暦二一七七年当時のデータを基に作成されているため、地形に差異がある可能性がある』
ジョーは語られた内容が頭の中に入らない。
聞き覚えのある声を思い出そうとするばかりで、言葉を聞いていない。
『また、セキュリティ・クリアランスによっては、入れない場所もある……以上、製作者N.Y』
「あれ、これだけ? 随分杜撰ね」
製作者の名前が述べられると、ジョーは声の主を思い出した。
事情を知ってしまった今となっては、ジョーにとって懐かしさすら感じられる男の声であった。
『……追伸、借し一つ追加だ』
ジョーは肩を震わせた。
借りを返せなかったことを僅かに後悔しながら、二度と会えなくなってしまったことを大いに悲しみながら。
「馬鹿言うなよ……もう返せるわけないだろ……!」
「え? どういうことよ?」
苦笑いしながら、ジョーは泣いた。
――――――
ジョー達は再びエレベーターを使い、下層まで来ていた。
様相は上層とほぼ同じだが、所々に土砂が入り込んでいる。
ジョーは上から疎らに降り注ぐ砂に辟易しながらも、記憶に刷り込まれていたルートをたどって歩いていた。
「ねえ、まだぁ?」
「もうすぐだよ……確かね」
「確かって何よ! 確かって!」
激しく喚くサクラから目をそらし、ジョーは先導する。
足音が響かせながら、一行は通路を往く。
そして、何度目になるかわからない扉をくぐると、トーマスが呟いた。
「ここは……」
そこは、天井の崩れた部屋であった。
土砂がなだれ込み、地上へ続く坂道を形成している。
天からは光が注ぎ込み、ジョーの心を満たしていた。
だがそんなことよりも、ジョーはトーマスの漏らした言葉が気になった。
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も……ここはお前が倒れていた遺跡だぞ……!」
「え!?」
驚いたジョーが自分の記憶をたどると、確かにその光景はあった。
この地下の世界を徘徊した時に見た、最後の記憶――その空に、見覚えがあった。
「……なるほど」
「何を納得しているのかは知らないが、早く案内してくれないかい?」
ジョーが空を見上げていると、ブレットが急かした。
渋々とジョーは先へ進む。
「この部屋です」
シャッター脇の扉を開き、招き入れるジョー。
その中には、輝く巨人が立っていた。
腰には、何かを覆い隠しているかのような巨大なサイドアーマー。
背中には、古代の戦士――サムライの剣を模した、二本のヒート・ソード。
そしてその顔には、人の双眸のようにも見える二つのドーム型カメラ。
各所に違いこそあるものの――
「これが、新しいブレイバーか……!」
その姿は確かにブレイバーであった。
ジョーには、大部分がプロトやジークと共通していることが分かる。
「で、ヘッドギアはどうするんだい? 専用のものが必要なんだろう?」
「プロトを予備機にしましょうか? 多分、こっちのほうが役に立ちますし」
ブレットの疑問に対し、トーマスに提案するジョー。
だが、当のトーマスは既に部屋の中を漁り始めていた。
脇に置かれていた机の引き出しから、何かを取り出したトーマス。
布のベルトに金属のプレートが付いたそれは、鉢金のようであった。
「ジョー、これが何か分かるか?」
「さあ?」
ジョーが首を傾げていると、サクラはその鉢金をじっくりと見ていた。
そうしていると、彼女の顔は何かを思い出したかのように晴れやかになる。
「それ、ヘッドギアじゃないの? 似たようなのを、パパの部屋で見たことがあるわ」
「なるほどな、これがブレイバー用のヘッドギアかもしれん」
「なら、動かしてみませんか」
「そうだな、やってみよう」
トーマスは鉢金を額に巻くと、プレート部分についているボタンを押し、電源を入れる。
目に映像が映し出されたのが確認できたのか、もう一度ボタンを押すと、白金のブレイバーの梯子を上っていく。
トーマスがジョーを見下ろすと、ジョーは脚部の蓋を開き、ハッチ開閉レバーを引いた。
開いたハッチの中に、勢いよく乗り出すトーマス。
「……よし、動いた!」
ブレイバーは鼓動を鳴らし、生きていることを表明する。
動かすのだろうかとジョーが脇に避けると、トーマスは操縦席から身を乗り出していた。
「おいジョー、これはお前が使え!」
「どうしてですか!?」
「乗って見ろ! 分かるはずだ!」
「はあ……」
トーマスは操縦席から飛び降りる。
痛くないのだろうかと無駄な心配をしながらも、ジョーは梯子を上った。
シートに着き、コンソールをジョーは立ち上げる。
「これは……」
コンソール上には、このように表示されていた――
『戦闘型マシン・ウォーリア ブレイバー v1.0 暗号名ジョウ』




