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異界閃機ブレイバー -Another World Glint Machine BRAVER-  作者: 葵零一
九章 古代文明の語る真実
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四節 賢者の使命

「さて、お前はどうするんだ?」


 全ての映像が終わった。

 静寂が室内を包むと、トーマスが切り出す。


 言葉の意味をジョーは瞬時に理解し、その回答を口にした。


「地上に戻りましょう」

「へえ、意外だな。ここに残るなり、もっと迷うなりするかと思ったんだが」


 ジョーも、この天上の世界に残ることは考えた。

 しかし、彼には使命がある。託された人類の未来と、自らの運命に決着を着ける、重要な役目が残っていた。

 ジョシュアの残したメッセージの数々は、ジョーに己のなすべきことを自覚させていた。


「……その理由、聞かせてもらってもいいかな?」

「話さないと駄目ですか?」

「気にはなるね。君たちの世界は既に滅びているのだし、ここにいれば不自由することもないだろう?」


 賢者は問いかける。

 心なしか、その声には不安があるようにジョーには思えた。


「そうよ! もうあんなところに行かなくても、ずっとここで暮らせばいいじゃない! どうして戻るなんて言うのよ!」

「それはできない……」

「何で! どうして――!」


 サクラが訴える。

 しかし、ジョーにはそれができない理由がある。

 親の負の遺産を受け継ぐ必要などないサクラと違い、彼には清算しなくてはならない『過去』がある。


「――この世界を狂わせているのが、マシン・ウォーリアだからさ」


 ――そう、マシン・ウォーリアだ。

 ジョーの命を救ったマシン・ワーカーの後継機にして、このアークガイアに蔓延する兵器。

 彼は任されたのだ。この機械が、『未来』にとって必要なものであるのか、その判断を――


「狂わせている? どういうことだい?」

「そのままの意味ですよ――」

「ほう?」


 そしてジョーは決断した。


「この世界に生きる人たちは、まだ未熟です。剣や弓で戦う人たちに、こんなものを与えてしまえばどうなるか――その末路は、さっき見たでしょう」


 ――未来に生きる者たちに、過去の遺産は不要であると。


「つまり、我々にはマシン・ウォーリアは手に余る存在だと……そう言いたいのかね?」

「そうです。この世界には在ってはならないものです」

「ふむ……」


 賢者は右手で片眼鏡のブリッジを押さえる。

 何かを考えているのかとジョーが察すると、その合間にサクラが喚いた。


「でもそんなの、コイツらに任せればいいじゃない!」

「駄目だ。託されたのは、僕なんだ。未来を託すべき人々や、ましてや実の娘の君でもない……僕なんだよ」

「でも……!」


 納得ができない様子のサクラを他所に、再びブレットがジョーに問う。


「なるほど……言いたいことは分かった。それで、結局のところ君はどうしたいんだい?」

「マシン・ウォーリアの工場を使えないようにします」

「……それで、その後は?」

「全てのマシン・ウォーリアを、破壊します」


 ジョーは宣言した。

 このアークガイアから、全ての機械巨人を消し去ることを。


 そして、その声に同調する者が現れた。


「なるほどな。ならば、俺に手を貸せ」

「貴方ならできると?」

「さあな。だが俺も、マシン・ウォーリアなんてものは、無い方がいいと思っている。あんなものが蔓延しているのは、あまりにも危険だ」

「そういうことなら構いませんよ。というか、元よりそのつもりです」

「だろうな。わかっていたよ」


 トーマスは、ジョーに協力を申し出た。

 ジョーも、差し伸べられたトーマスの手をとる。


 お互いの使命を理解した二人には、もう迷いはない。

 決意と友情で結ばれた彼らには、疑いなどない。


「でも、現実的じゃないわよ。工場をどうにかするだけならともかく、出回ってる奴を全部壊すなんて……」

「そうだね。でもこれは、けじめだ。僕の手でやらないと、気が済まないんだよ」

「もう、好きにすればいいじゃない」


 そしてサクラまでもが、引き止めるのをやめてしまった。


「ありがとう。君はここで待っててくれ」

「ふざけんじゃないわよ。アタシを一人にする気?」

「たまには来るよ」

「そういうことじゃないわよ! ……もう、こうなったら意地でも着いてくわよ」


 ――それどころか、彼女までもがその気になってしまう。


「悪いね」

「……バカ」


 最早、ジョーを止めようとする人間は、誰もいなかった。

 ――ただ一人を除いて。


 ブレットは誰にも見えないよう、懐からある物を取り出していた。

 そして、最後の忠告をするブレット。


「……ジョウ君、考え直す気はないかい? マシン・ウォーリア自体は、人類にとってとても有益なものだ」

「ないですね。いくら有益だろうと、悪影響があると分かっていて放置するわけには――」


 ジョーが反論したその時、銃声が響いた。

 銃弾は誰にも命中することはなく、壁に穴をあける程度に留まった。

 しかし、その場にいる者たちは驚きを隠せない。


「きゃっ!?」

「賢者殿!?」

「な、何の真似ですか!?」


 ブレットの手に握られた拳銃からは、硝煙が漏れ出していた。

 その匂いに本能的な危機感を感じるジョーは、強がることしかできない。


「これで二発目……このリボルバーには、弾があと六発残っている」

「どういうつもりかって聞いてるんですよっ!」

「君たちに一発ずつ打ち込んで、その上で止めを刺すことが出来るギリギリの数だ」


 ブレットの目は真剣であった。ジョーにはそれが解る。

 しかし、予告したうえで目の前の三人を殺害しようなど、ジョーにはとても成功するようには思えなかった。


「そんなの……できるわけないでしょう!」

「早撃ちには自信があるよ。やってみるかい?」

「正気ですか!?」


 ジョーの言葉に、ブレットは眉をしかめる。

 予想外の反応に、ジョーは思わず怯んだ。


「正気かだって……? 君たちの方が、よっぽどどうかしているっ!」


 それは、ブレットの感情の声であった。

 今まで見たことのないブレットの一面に、ジョーは気圧される。

 言葉に詰まり、つぎの句さえも頭に浮かばない。


 そんなジョーに代わり、トーマスが問う。


「賢者殿……俺にはわかりません。何故、マシン・ウォーリアなんてものが必要なんです? あんなもの、戦いを呼び起こすだけでしょう」

「違うね……! あれは、我々には無くてはならないものだっ!」

「その『我々』と言うのはっ!?」


 ブレットは答える、当然だと言わんばかりに。


「決まっている! このアークガイアに住む、すべての人間だ! 人間は、マシン・ウォーリア無くして存続できない!」

「何言ってるんですか!?」

「わからないのかっ! 戦うことを忘れた人間など、家畜以下の存在だ! 武器がなければ、人は生き残れないのだよ!」


 飛躍していくブレットの言い分に、どうしてもジョーは納得ができない。

 『マシン・ウォーリア』という兵器の存在価値を問うジョーと、『人間』という種の在り方を説くブレット。

 二人の見据えるものは、まるで違う。


「どうしてそうやって決めつけるんです!」

「決めつけではない、事実だ! 現に、『狂獣』に滅ぼされかけた過去だってあるのだ!」

「狂獣!?」


 ここに来て、ジョーのよく知らない言葉を持ち出すブレット。

 そのような過去を持ち出されても、ジョーに分かるわけはない。


「そうだ。人類は狂獣の猛威によって、一度は滅びかけた……! だが、私の先祖がマシン・ウォーリアを解禁したからこそ、このアークガイアは人間の世界なのだ!」

「何!? マシン・ウォーリアを発見したのは、『救世主』たちでは!?」

「そんなわけないだろう! 彼らは三代目の賢者によって、戦う力を与えられただけのごく普通の人間だ!」


 ブレットの話す真実は、トーマスに響いたようだ。少なくとも、ジョーにはそう見えた。

 そしてジョーは、初めてこの『ブレット・ワイズ』という男に興味を持った。

 ジョシュアとは違う真理を知っているのであろう、目の前の貴族を――


「貴方は……いや、貴方の先祖は、いったい何なんです!」

「いいだろう! それを聞いて気が変わるのならば、いくらでも話してあげよう!」


 そしてブレットは語った。

 自らの先祖の秘密――誰もが知らない、この世界最大の秘密を。


「――私の先祖は……初代『賢者』は、ホワイト重工の社員なのだよ!」


 ジョーには意味が解らなかった。

 それもそのはず、ジョシュアの話を聞く限りでは、同じ境遇の人間などいくらでもいたはずなのだから。

 呆気にとられるジョーに代わり、その意をサクラが代弁する。


「お、おかしいじゃない! 社員なんて、ごろごろいるはずでしょ!? 何でアンタの先祖だけ特別なのよ!」

「私の先祖は、『賢者』とは名ばかりの愚者だったのさ……!」


 段々と落ち着いてきた様子のブレットが、言葉を続ける。

 息をのみ、ジョーは語られた言葉の真実を聴く。


「ジョシュア・ホワイトの目論見通り、地球人類の生き残りたちは、記憶を消して旅に出た。新惑星に着いた頃には、新たな文明を築いているはずだった」

「それがどうしたって言うんです!」

「結果から言えば、その考えは限りなく甘かった。想定外イレギュラーが、人類を阻んだのだ」

想定外イレギュラー?」


 不思議そうに眉を顰めるジョー。

 そんなジョーに、ブレットはいつものような、どこか人を見下したような口調で語りかけた。


「ジョウ君、君は懸垂けんすいができるかね? 私は一回も出来ないよ」

「さあ? やったことないですけど、それが……?」


 訳の分からない話を持ち出され、ジョーは怒りや焦り、向けられていた威圧感さえも忘れ、素で答える。

 ブレットはそんなジョーを見ると、儚げに話した。


「人は想像以上に退化していたのさ。野生になど、適応できないほどにね」

「まさか……!」

「何一つ道具のない原始的な生活は、最早人間にはできないのだよ。ましてや彼らは元『地球人』。恵まれた環境に育まれてきた者たちが、庇護を失って生きられるはずもない」


 そう、人類は、極度の虚弱体質となっていたのだ。

 ある意味では発達した文明に合わせた『進化』と言えるが、野生の世界で生きるならばそれは退化だ。

 それはジョーにだって理解できたし、人間の命の儚さを痛感してきた今ならば、人間が他の生物に比べて『弱すぎる』のも分かる。

 納得と悲哀が入り混じった複雑な感情が、ジョーを苛む。


「そんな……!」

「それが、第一の異分子イレギュラーだった」


 ジョーの反応などお構いなしに、ブレットは次々と話す。


「初代賢者は、不正な手段を用いて記憶消去を免れた男だった。彼は生きる術のない人々に、様々な知識を授けた。……どれも、地球の文明からの受け売りだったがね」

「それが、賢者……!」

「ズルしたヤツが『賢者』……ね。面白い冗談じゃない」

「ああ、我が先祖ながら、皮肉が効いてると思うよ。だが、結果として彼のやったことは、確かに賢明だったのだ」


 自嘲するブレット。

 その姿をジョーは、意外に思った。


「――さて、曲がりなりにも生きる術を得た人類だが、数十年もすると新たな問題が起こった」

「新たな問題?」

「……狂獣ですか」

「そう、狂獣を始めとする『突然変異生物』たちの登場だ」

「『突然変異生物』?」


 突然変異などと言われるとジョーは、筋肉や眼球の露出した、どす黒い肌を持ったグロテスクな生物を思い浮かべる。


「……ジョウ君、おかしいと思わなかったかね? ここは確かに地球を移植した世界だった。なのに、狂獣や獣人なんてものが過去にいる」

「確かに……」

「それに、君も見たことがあるだろう? 地球にはいなかった生き物たちを……」


 言われてみて、ジョーは思い出した。

 羽の生えたウサギや、角の生えた馬のこと――

 そして常人を超えた身体能力を持つ者たち――ピーター・アビーや、ガス・アルバーンのような人間のことを。


「……まあいい。重要なのは、人類に想定外の敵が現れてしまったことさ。狂獣には狩猟につかってるナイフなんて効かなかったし、抵抗できない多くの人間を喰った。獣人は自らを『人間』であるなどと言い、ホモ・サピエンスという種を脅かしてきた」

「獣人と言うのは本当に人間じゃないんですか!?」

「知らないね。だが、危険であったことに間違いはない」


 ようやく話がつながりそうだと、ジョーは確信した。

 彼が知りたかったのは、人類の興亡史ではない。

 あくまでも、人類にとってマシン・ウォーリアが必要であるか否だ。


「それで、マシン・ウォーリアを使ったんですか! 狂獣とやらに対抗するために!」

「その通りだよ。どう足掻いても、人間は狂獣に勝つことが出来なかった。滅ぼされるのを待っている訳にもいかないだろう?」

「他に方法は無かったんですか!?」

「知らないよ。私は当事者ではないしね。だが、この脅威を乗り越えたところで、いずれはマシン・ウォーリアが必要になるはずだ」


 そんな理由など、ジョーには想像できない。

 故に、問う。


「それは何故です!?」

「簡単なことさ。ここは既に外宇宙で、地球のあった太陽系ではないということだよ。人類は既に、君たちの常識では図れない『異世界』に来ている。なら、外敵に備える必要はあるだろう?」


 ジョーには痛いほどよくわかった。

 彼自身も、今の今までブレイバーというマシン・ウォーリアによって、身を守ってきたからだ。


 そう、『異世界』と言う未知の環境で、戦う力も無しに生きていけるはずもないのである。

 ましてや、敵となるものの能力どころか、姿形すらも分からないというのに……


「でもそれじゃあ、記憶を消した意味なんかないじゃないか……!」


 ブレットが、ジョシュアの考えを『限りなく甘い』と言い放ったことの意味を、ジョーはようやく理解した。

 自身やジョシュアを始めとする地球人類は、『戦い』というものを根本から履き違えていたのだと、思い知らされた。

 生き物の悲しきさがを思い、ジョーは沈黙する。


「……そうだね。結局、人類は戦うことからは逃れられない。だからこそ、私の先祖は獣人たちを迫害させ、争いの種を撒いたわけだ。人類を守るためには、狂獣の駆除だけでは、足りないと思ったんだろうね」

「なんてことを……! 何様なんですか、貴方の一族は!」

「この世界を創ったジョシュア・ホワイトが神ならば、僕たちはその使い――天使といったところかな」


 憤るジョーだが、それ以上強く言うことは出来なかった。


「……さて、決めてほしい。これからも起こり得る不測の事態に備えるか、それともまだ、人々から戦う力を奪うというのか」


 ブレットは、人間の在り様を示した。

 次はジョーが、マシン・ウォーリアの存在価値を示さねばならない。

 新人類にとって必要あるものなのか、あるいは否定されるべきものなのか――


「――君の答え次第では、容赦なく撃つ」


 ジョーは、決断を強いられる。

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