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異界閃機ブレイバー -Another World Glint Machine BRAVER-  作者: 葵零一
九章 古代文明の語る真実
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三節 新たなる人々への激励

「うっ……ううっ……」


 膝をつき、泣き崩れるサクラ。

 ジョーは同情するような視線を向けているが、トーマスは特に気に掛けたりはしない。


 そんなことよりも、トーマスは今までで手に入った情報を頭の中で整理し、歓喜していた。

 有用な情報の数こそ少ないものの、どれも戦況を覆す可能性があった。

 アーミーの生産工場の話や、プロトの秘密――考えるだけで、トーマスの中に希望が湧いてくる。

 それを考えれば、泣いている女の一人や二人、気にしている暇はなかった。それが気に食わない人間ならば、尚更だろう。


「次を見るぞ」

「……貴方も大概デリカシーの無い人ですよね」

「いいじゃないか、構っていたら時間がもったいない。私もトーマス君に賛成だよ」


 トーマスは機械へと歩み寄り、ジョーやサクラの真似をしてカードを挿入する。

 空間が歪み、最早見飽きてしまった寝室が姿を現す。


『これを見ているのが誰なのか、僕にはわからない。想定通り、アークガイアに根付いた『新人類』であるならば良し、別にサクラやジョー君が見ていても構わない。だがここでは、君を新しい人類だと信じ、僕の言葉が通じるものとして、話を進めることとする』

「早くしてくれ、もう聞き飽きた」


 うんざりとした声音で、トーマスは急かす。意味がないことは、彼もしっかり理解していた。

 そんなトーマスの態度を嘲笑うかのように、ジョシュアの背後でゆっくりと球体状の機械が現れる。

 そう、それは移民船『アークガイア』だ。


『僕たち旧人類は、君たち新人類の祖に当たる。我々の故郷は滅びてしまい、旧人類の文明を捨てた新人類だけが、この『アークガイア』で旅に出たのだ。目的地は設定してあるから、君たちはこの船を信じて待っていればいい。地球に代わる、『新たなる故郷』への到着を――』


 ジョシュアが語り始めるが、トーマスの頭には入らない。

 地球の滅亡や新天地への到着など、彼にとっては関係の無いことだからだ。


『まずはこれを公開しておこう。このアークガイアの大まかな構造だ』


 ジョシュアの後ろのアークガイアが半分に割れ、片割れのみが残る。

 その断面に見える一番外側の層を指し、ジョシュアは説明を始めた。


『今、君がいるのはきっと、この上層だろう。ここにはこの船を管理する設備がある。行先の変更や、気温の調節、天気のコントロールや、酸素濃度の変更まで……』


 その指が円の内側へと向かう。


『そしてここが『地上層』。地球の環境をなるべく再現している。ここが君たち新人類の生まれた――』

「早くしてくれっ、じれったい……!」


 トーマスが、ジョシュアの声をかき消す。

 だが構わずジョシュアは指をさらに内側へとずらした。


『最後に、ここが『下層』だ。ここは発電施設や、倉庫、それに各種生産設備を備えている』

「生産施設? ……そこだ、そこの詳細を――!」

「ちょっと静かにしてくれないかな」


 ブレットが、騒ぎ始めたトーマスを諫める。

 冷静さを取り戻し、トーマスは黙り込む。


『各設備の使い方は、この部屋にあるマニュアルにあるはずだ』

「残念だけど、これをすべて持ち帰るのは不可能だろうね」


 辺りを見渡したブレットに続き、トーマスも周りを確認する。

 床に散乱する紙の資料や棚にまとめられた本は、到底四人の手で運べる量ではない。


『さて、このアークガイアの構造については分かってもらえたと思う――』


 トーマスは施設の詳細を教えてくれないことに文句を言いたかったが、言っても無駄であることは理解できていたので、特に何も言わなかった。


『そしてここから先は、少々衝撃的な内容を含んでいる。君に覚悟がないのであれば、再生をここで停止してほしい。だがもしも、君が『力』を求める者ならば、この先も見るべきだろう。三十秒だけ待つ、決断してほしい』

「言われるまでもないだろう、なあ?」


 衝撃的と言われれば、今までの内容もそうだろうと、トーマスは思う。

 故にトーマスは、回答が分かっているものとして、問う。

 ――しかし、返ってきたのは沈黙であった。


「……まあいい。それにしても、この男は案外気が利くらしいな。こんな忠告をしてくれるなんて」


 サクラに視線を移し、トーマスは言った。

 先ほど悪く言ってしまったことに対する、彼なりのフォローなのかもしれない。当然、サクラがこの程度の言葉で喜ぶはずもないが。


 そして、そんな気まずい雰囲気の中、ジョシュアは重く語りだした。


『……そうか、この先を見ることに決めたか……ならば、真実をありのままに伝えよう。地球を滅ぼした『力』、その恐ろしさを……』


 誰もが黙って見守っていると、光景が切り替わる。

 そこは、ビルの立ち並ぶ都市。トーマスにとっては、見慣れぬ世界。

 そして、その場所こそが戦場。


『これは、我々旧人類がかつての故郷、地球で起こした最後の戦争だ』


 整備されたアスファルトの道を、疾走しているものがある。

 脛の履帯を駆使して駆けるそれらは、トーマスにとっても見覚えのある機械であった。

 だがその手に持つ長物は、アークガイアでは確認されたことのないものだ。


「これは……マシン・ウォーリア? 武器を持っているのか……」


 駆け巡っていたアーミーが停止すると立ち上がり、手に持つ武器から火を噴かせる。

 発射された無数の弾丸が、ビルに当たってガラスを撒き散らせる。

 その様は、地球が涙を散らしているようにも見えた。


 今の一撃で幾人もの人間が死んでいったのを思うと、トーマスは恐ろしくなった。

 そのあまりの威力と、手軽さ――そしてそんな恐るべき力を、凡百のアーミー達が当たり前のように備えていることに。


『この巨人は、マシン・ウォーリア。我々の作り出した最後の兵器。そして、本来は人を助けるべきであるはずの機械だ』

「どの口が……!」


 ジョーがジョシュアの言葉を受け、吠える。しかし、トーマスはそれどころではなかった。

 この強大な力を、我が物にせんとする欲望が、トーマスの思考を塗りつぶしていた。


 だが、こんなものはただの導入に過ぎない――


『この頃はまだよかった。人類は戦いを捨てることが出来なかったが、その感触を忘れないぐらいの分別は持っていた……』


 そのジョシュアの言葉に、ようやくトーマスもこれが本題ではないことに気が付く。

 そう、こんなものをはるかに凌駕する力が、存在したのだ。


『だが、己の手を汚すことに、何の感情も持たなくなった者の末路は悲惨だ。己の行為を恥じもせず、誇りにも思わなくなったのであれば、こうなってしまうのも無理はなかったのだろう……』


 突如、閃光に包まれた。

 訳の分からない状況に、唖然とする四人。

 そんな一行の反応を予期していたのか、空から見ているかのような視点へと切り替わる。

 見る目が変わると、何が起きたのかがトーマスにも分かった。


「なんだ……これは……!」


 都市全体を包みそうなほどに、巨大な爆発がすべてを破壊した。

 そしてさらに上、空よりも遥かに高い場所――宇宙からの映像に切り替わる。

 球体の上ではいくつもの光が発生し、地球という星を包み込んでいた。


「ひ、酷い……! こんなのが、最期なの……?」

「これが核兵器というやつか。凄まじいものだね」


 悲しむサクラと、興味深そうに見ているブレット。

 そしてジョーは、呆然とそれを見守っていた。


 その一方でトーマスは、自らの心に疑問が生まれるのを感じとる。

 求める物は、果たしてこんな物であったのか。求める物の究極が、このような結末を引き起こすのか。

 ――それよりもそもそも、何が『力』を求めさせているのか。

 様々な問いを、自らの胸に投げかけるトーマス。


『こうして人類同士の戦いは、破滅という形で幕を閉じた。何もかもを巻き込んだうえでの、最悪な結果だ』

「違う! こんなものは、戦いじゃない! ただの破壊だ!」


 光が収まると、地球に緑は無かった。

 青の領域は明らかに拡大しており、陸地らしきものは疎らに残るのみ。

 僅かな陸も、少しずつ海に呑まれてゆく。それの意味することは、トーマスにも解る。


 トーマスにとって戦いとは、『生きる』ための行為だ。

 だがそれは、必ずしも自分を生かすためのものではない。他者であったり、国であったりもする。

 生きることもままならない貧民に生まれ、人生の殆どを『戦い』に捧げたトーマスには、自らをも滅ぼしてしまう力など理解できない。


『力を振るうことに、正義などありはしない。力を求める者の末路は、自滅だけだ』

「それは使い方を間違えたからだ! その大きさを計り違えたからだ!」


 トーマスは古代文明人たちに哀れみすら覚え始めていた。

 戦うことの意義を見失い、己の力によって無様に滅んだ、古き人々を……


 だが、決意は揺るがない。

 求めるべき力を、トーマスは間違えない。

 なぜならば――


『そのことを、しっかりと肝に銘じてほしい。君たちは戦いなど知らず、力への欲求など覚えないで暮らすべきだ。そうでなければ、いずれ滅びることになる。我々と同じくな……』

「それでも俺は……力が欲しいっ! そんな大層な物じゃなくてもいい! 『守る』事さえできれば、それでいいんだっ! だから――!」


 その心にはいつも、皇女ルイーズの優しい眼差しがある。

 それを守るためならば、トーマスは水爆の業火に焼かれる覚悟さえある。

 だからこそ、彼は力を求め続けるのだ。


「落ち着きたまえ、それはただの記録だ」


 激情に吠えるトーマスを、ブレットが宥める。


『これは忠告だ。再び滅亡の道を進むようなことだけは、避けてほしい。そうでなければ、君たちが旅に出た意味は無いのだから……』


 真剣に、ジョシュアを見据える一同。


 そんな中でトーマスは、ジョーを見る。

 ジョーの目つきにはもう迷いなど無く、トーマスには確かな意思が感じられる。

 目が合うと、互いに首肯する。


『私からのメッセージはこれで終わりだ。君たちの繁栄を、心から願っているよ』


 トーマスは決意した。強大な力に溺れぬよう、常に自身を保つことを。

 そして彼は、決して目的を見失わぬ、強靭な意思をその心に宿すのであった。

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