三節 新たなる人々への激励
「うっ……ううっ……」
膝をつき、泣き崩れるサクラ。
ジョーは同情するような視線を向けているが、トーマスは特に気に掛けたりはしない。
そんなことよりも、トーマスは今までで手に入った情報を頭の中で整理し、歓喜していた。
有用な情報の数こそ少ないものの、どれも戦況を覆す可能性があった。
アーミーの生産工場の話や、プロトの秘密――考えるだけで、トーマスの中に希望が湧いてくる。
それを考えれば、泣いている女の一人や二人、気にしている暇はなかった。それが気に食わない人間ならば、尚更だろう。
「次を見るぞ」
「……貴方も大概デリカシーの無い人ですよね」
「いいじゃないか、構っていたら時間がもったいない。私もトーマス君に賛成だよ」
トーマスは機械へと歩み寄り、ジョーやサクラの真似をしてカードを挿入する。
空間が歪み、最早見飽きてしまった寝室が姿を現す。
『これを見ているのが誰なのか、僕にはわからない。想定通り、アークガイアに根付いた『新人類』であるならば良し、別にサクラやジョー君が見ていても構わない。だがここでは、君を新しい人類だと信じ、僕の言葉が通じるものとして、話を進めることとする』
「早くしてくれ、もう聞き飽きた」
うんざりとした声音で、トーマスは急かす。意味がないことは、彼もしっかり理解していた。
そんなトーマスの態度を嘲笑うかのように、ジョシュアの背後でゆっくりと球体状の機械が現れる。
そう、それは移民船『アークガイア』だ。
『僕たち旧人類は、君たち新人類の祖に当たる。我々の故郷は滅びてしまい、旧人類の文明を捨てた新人類だけが、この『アークガイア』で旅に出たのだ。目的地は設定してあるから、君たちはこの船を信じて待っていればいい。地球に代わる、『新たなる故郷』への到着を――』
ジョシュアが語り始めるが、トーマスの頭には入らない。
地球の滅亡や新天地への到着など、彼にとっては関係の無いことだからだ。
『まずはこれを公開しておこう。このアークガイアの大まかな構造だ』
ジョシュアの後ろのアークガイアが半分に割れ、片割れのみが残る。
その断面に見える一番外側の層を指し、ジョシュアは説明を始めた。
『今、君がいるのはきっと、この上層だろう。ここにはこの船を管理する設備がある。行先の変更や、気温の調節、天気のコントロールや、酸素濃度の変更まで……』
その指が円の内側へと向かう。
『そしてここが『地上層』。地球の環境をなるべく再現している。ここが君たち新人類の生まれた――』
「早くしてくれっ、じれったい……!」
トーマスが、ジョシュアの声をかき消す。
だが構わずジョシュアは指をさらに内側へとずらした。
『最後に、ここが『下層』だ。ここは発電施設や、倉庫、それに各種生産設備を備えている』
「生産施設? ……そこだ、そこの詳細を――!」
「ちょっと静かにしてくれないかな」
ブレットが、騒ぎ始めたトーマスを諫める。
冷静さを取り戻し、トーマスは黙り込む。
『各設備の使い方は、この部屋にあるマニュアルにあるはずだ』
「残念だけど、これをすべて持ち帰るのは不可能だろうね」
辺りを見渡したブレットに続き、トーマスも周りを確認する。
床に散乱する紙の資料や棚にまとめられた本は、到底四人の手で運べる量ではない。
『さて、このアークガイアの構造については分かってもらえたと思う――』
トーマスは施設の詳細を教えてくれないことに文句を言いたかったが、言っても無駄であることは理解できていたので、特に何も言わなかった。
『そしてここから先は、少々衝撃的な内容を含んでいる。君に覚悟がないのであれば、再生をここで停止してほしい。だがもしも、君が『力』を求める者ならば、この先も見るべきだろう。三十秒だけ待つ、決断してほしい』
「言われるまでもないだろう、なあ?」
衝撃的と言われれば、今までの内容もそうだろうと、トーマスは思う。
故にトーマスは、回答が分かっているものとして、問う。
――しかし、返ってきたのは沈黙であった。
「……まあいい。それにしても、この男は案外気が利くらしいな。こんな忠告をしてくれるなんて」
サクラに視線を移し、トーマスは言った。
先ほど悪く言ってしまったことに対する、彼なりのフォローなのかもしれない。当然、サクラがこの程度の言葉で喜ぶはずもないが。
そして、そんな気まずい雰囲気の中、ジョシュアは重く語りだした。
『……そうか、この先を見ることに決めたか……ならば、真実をありのままに伝えよう。地球を滅ぼした『力』、その恐ろしさを……』
誰もが黙って見守っていると、光景が切り替わる。
そこは、ビルの立ち並ぶ都市。トーマスにとっては、見慣れぬ世界。
そして、その場所こそが戦場。
『これは、我々旧人類がかつての故郷、地球で起こした最後の戦争だ』
整備されたアスファルトの道を、疾走しているものがある。
脛の履帯を駆使して駆けるそれらは、トーマスにとっても見覚えのある機械であった。
だがその手に持つ長物は、アークガイアでは確認されたことのないものだ。
「これは……マシン・ウォーリア? 武器を持っているのか……」
駆け巡っていたアーミーが停止すると立ち上がり、手に持つ武器から火を噴かせる。
発射された無数の弾丸が、ビルに当たってガラスを撒き散らせる。
その様は、地球が涙を散らしているようにも見えた。
今の一撃で幾人もの人間が死んでいったのを思うと、トーマスは恐ろしくなった。
そのあまりの威力と、手軽さ――そしてそんな恐るべき力を、凡百のアーミー達が当たり前のように備えていることに。
『この巨人は、マシン・ウォーリア。我々の作り出した最後の兵器。そして、本来は人を助けるべきであるはずの機械だ』
「どの口が……!」
ジョーがジョシュアの言葉を受け、吠える。しかし、トーマスはそれどころではなかった。
この強大な力を、我が物にせんとする欲望が、トーマスの思考を塗りつぶしていた。
だが、こんなものはただの導入に過ぎない――
『この頃はまだよかった。人類は戦いを捨てることが出来なかったが、その感触を忘れないぐらいの分別は持っていた……』
そのジョシュアの言葉に、ようやくトーマスもこれが本題ではないことに気が付く。
そう、こんなものをはるかに凌駕する力が、存在したのだ。
『だが、己の手を汚すことに、何の感情も持たなくなった者の末路は悲惨だ。己の行為を恥じもせず、誇りにも思わなくなったのであれば、こうなってしまうのも無理はなかったのだろう……』
突如、閃光に包まれた。
訳の分からない状況に、唖然とする四人。
そんな一行の反応を予期していたのか、空から見ているかのような視点へと切り替わる。
見る目が変わると、何が起きたのかがトーマスにも分かった。
「なんだ……これは……!」
都市全体を包みそうなほどに、巨大な爆発がすべてを破壊した。
そしてさらに上、空よりも遥かに高い場所――宇宙からの映像に切り替わる。
球体の上ではいくつもの光が発生し、地球という星を包み込んでいた。
「ひ、酷い……! こんなのが、最期なの……?」
「これが核兵器というやつか。凄まじいものだね」
悲しむサクラと、興味深そうに見ているブレット。
そしてジョーは、呆然とそれを見守っていた。
その一方でトーマスは、自らの心に疑問が生まれるのを感じとる。
求める物は、果たしてこんな物であったのか。求める物の究極が、このような結末を引き起こすのか。
――それよりもそもそも、何が『力』を求めさせているのか。
様々な問いを、自らの胸に投げかけるトーマス。
『こうして人類同士の戦いは、破滅という形で幕を閉じた。何もかもを巻き込んだうえでの、最悪な結果だ』
「違う! こんなものは、戦いじゃない! ただの破壊だ!」
光が収まると、地球に緑は無かった。
青の領域は明らかに拡大しており、陸地らしきものは疎らに残るのみ。
僅かな陸も、少しずつ海に呑まれてゆく。それの意味することは、トーマスにも解る。
トーマスにとって戦いとは、『生きる』ための行為だ。
だがそれは、必ずしも自分を生かすためのものではない。他者であったり、国であったりもする。
生きることもままならない貧民に生まれ、人生の殆どを『戦い』に捧げたトーマスには、自らをも滅ぼしてしまう力など理解できない。
『力を振るうことに、正義などありはしない。力を求める者の末路は、自滅だけだ』
「それは使い方を間違えたからだ! その大きさを計り違えたからだ!」
トーマスは古代文明人たちに哀れみすら覚え始めていた。
戦うことの意義を見失い、己の力によって無様に滅んだ、古き人々を……
だが、決意は揺るがない。
求めるべき力を、トーマスは間違えない。
なぜならば――
『そのことを、しっかりと肝に銘じてほしい。君たちは戦いなど知らず、力への欲求など覚えないで暮らすべきだ。そうでなければ、いずれ滅びることになる。我々と同じくな……』
「それでも俺は……力が欲しいっ! そんな大層な物じゃなくてもいい! 『守る』事さえできれば、それでいいんだっ! だから――!」
その心にはいつも、皇女ルイーズの優しい眼差しがある。
それを守るためならば、トーマスは水爆の業火に焼かれる覚悟さえある。
だからこそ、彼は力を求め続けるのだ。
「落ち着きたまえ、それはただの記録だ」
激情に吠えるトーマスを、ブレットが宥める。
『これは忠告だ。再び滅亡の道を進むようなことだけは、避けてほしい。そうでなければ、君たちが旅に出た意味は無いのだから……』
真剣に、ジョシュアを見据える一同。
そんな中でトーマスは、ジョーを見る。
ジョーの目つきにはもう迷いなど無く、トーマスには確かな意思が感じられる。
目が合うと、互いに首肯する。
『私からのメッセージはこれで終わりだ。君たちの繁栄を、心から願っているよ』
トーマスは決意した。強大な力に溺れぬよう、常に自身を保つことを。
そして彼は、決して目的を見失わぬ、強靭な意思をその心に宿すのであった。




