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異界閃機ブレイバー -Another World Glint Machine BRAVER-  作者: 葵零一
九章 古代文明の語る真実
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二節 サクラへの釈明

「ふざけるなよ……!」


 静まり返った室内に、怒気を孕んだジョーの声が漏れ出した。


「ふざけるなよっ……ふざけるなよ、ふざけんなよっ、ふっざけんなよぉっ!」


 壊れたように同じ言葉を呟くジョーは、とにかく物に当たり散らす。

 机を蹴り、壁を殴り、とにかくその辺に落ちている物を投げる。

 それは、狂人と言っても差し支えないほどの狂いっぷりであった。


 サクラは黙って見ていることしかできない。

 当然だ、ジョーをこうまで怒らせているのは、彼女の父親であるジョシュアの所業なのだから。

 優しく声をかける資格など、娘である彼女には無いのだから。


「おい、いい加減落ち着いたらどうだ」

「うるさい! これが落ち着いてられるかよ! 僕はアイツに何もかも奪われたんだぞ! 両親も、人生も!」


 今までであれば、ジョーがジョシュアを『アイツ』呼ばわりすることなどありえなかった。

 それほどまでに尊敬していたのだろうし、憎んでいるのだろう。


 サクラは、いつかこうなってしまうことを予期していた。

 ジョシュアの危険性を訴えたこともあるが、ジョーは聞く耳など持たなかった。

 そして今、恐れていた自体が起き始めている。これ以上状況を悪化させないため、意を決してサクラは声をかけた。


「お願い、落ち着いて……パパはもう、いないのよ……」

「そうだよ! アイツにはもう逃げられたんだ! 代わりに君が責任でもとってくれるのかよっ!」


 ジョーの視線が、サクラに向く。

 サクラは心底その眼が恐ろしかった。憎悪、殺意、狂乱、いくつもの負の感情が混ざりあったような、禍々しい眼であった。


 それでもサクラはジョーへと近づく。


「お願い……お願いだから、落ち着いて……いつものジョーに戻って……!」

「『いつも』? 『いつもの』だって? ――それはアイツに歪められたものだろうがぁっ!」


 ジョーは拳を振り上げる。その矛先は、間違いなくサクラであった。

 サクラとしては、それでも良かった。自分を殴るぐらいで気が済むのならば、安いものだと考えていた。

 しかし、そうはならなかった――


「よせ、それはただの八つ当たりだ」

「放せっ! 放せよ!」


 トーマスが、ジョーの手首をつかんでいる。

 その眼差しは険しくジョーを見つめ、一瞬の隙さえをも突かせない。

 だがそれは、サクラの望むところではなかった。


「いいのよ、別に……放してあげて」

「そうはいかんな。今のこいつは俺にも通じるところがある」

「通じる? アンタとジョーじゃ何もかも違うわよ」

「違わないな。憎むべきものがあって、傷つけるべきでないものがあるのは同じだ」


 そのようなことを言われても、サクラにはわからない。

 だがこの場は大人しく、トーマスに任せることにサクラは決めた。

 トーマスは、未だに暴れようとしているジョーを宥めるように話しかける。


「……なあ、ジョー。お前の気持ちは俺にだってわかる。俺にだって、殺してやりたい奴がいる」

「それはまだ生きている人でしょう!」

「そうだ、お前とは違う。だから人の憎み方なんてのは、お前の好きなようにすればいい……」


 トーマスの手に、力がこもる。眼差しが、ジョーを見据える。


「――だがな、その子供には関係無いことなんだ。親の罪は子供の責任じゃないんだ。そこだけは、絶対に間違えるな……!」


 やけに実感のこもった言葉であると、サクラは感じた。

 彼女はトーマスのことなどほとんど知らないが、その想いが本心からのものであろうことだけは分かった。


 そしてそれを感じ取ったのかは定かでないが、ジョーは駄々をこねる子供のように暴れ出す。


「うるさい、うるさい、うるさいっ! わかってる、わかってるんですよ!」

「なら――!」

「でも、僕はもう親の顔なんて覚えてないんですよ! あの日本当に僕を助けたのはマシン・ワーカーなんかじゃなくて、僕の母さんだったのにっ! そんなことすら、もう思い出せないほどに踏みにじられたんだぞっ! どうすれば……どうすればいいんだよ……!」


 無念の言葉をジョーが吐き出すと、ようやくサクラは理解した。

 ジョーが親のことを思い出して悲しむそぶりを見せないのは、その死を乗り越えたからではない。

 ただ単純に蔑ろにしてしまっていただけなのだ。マシン・ワーカーという偶像によって、記憶を塗りつぶされてしまっただけなのだ。


 そんなジョーを利用したのは、『事故』を起こしてしまったこと以上の愚行だろう。

 サクラは、自身の親を心の底から嫌悪した。そこにはもう、肉親として擁護できるほどの余地もない。


 ジョーが沈黙すると、これまで静観を決め込んでいたブレットが動き出した。


「ねえ、次のビデオを見たいのだけど、早くしてくれないかな」

「ああもう、わかってるわよ! 空気の読めない奴ねえ!」


 苛立ちを隠さないサクラは、自身の手にあるカードを機械に入れる。

 再び天井の装置が作動し、光景が寝室に切り替わる。目の前には、ジョシュアが出現する。


『このビデオを見ているのは私の娘、サクラ・ホワイトで間違いはないかな? もしそれ以外の者が見ているのならば、即座に退室ないしは停止してほしい。彼女以外には聞かれたくない話だ。三十秒だけ待つ』


 誰もが無言のまま、時が過ぎた。

 静寂の中、ジョシュアは語りだす。


『サクラ以外の者が聞いていないことを信じて話を進めよう。念のために言っておくが、僕は君の父だ。早速だが、話をしよう――』

「ここまでは同じね……」

「そのようだね」

『お前と……ついでにジョー君は、『殺されてしまった』。誰の手によるものかは、未だに定かではない。僕が極秘裏にマシン・ワーカーを売っていたテロリストなのかもしれないし、そういった手合いを憎む者だったのかもしれない……だが、僕に対する何らかのメッセージであったことは確かだ』

「さっきの話と違うじゃないか……!」


 ジョーが驚く。

 いや、彼だけではない。サクラもまた、驚愕していた。

 自身が殺されなければならない理由など想像もしていなかったのだろう。


『僕は、お前を失いたくなかった。だから数十年もの時をかけて、この『人体再生装置』を開発したのだ……』


 先ほど見た棺桶のような機械のある部屋へ、光景が切り替わる。


『だが試算では、お前が生き返るのは数百年後。どう足掻いても、私は生きられない……。同じ状態のジョー君がいたのは、不幸中の幸いなのだろう。いや、あるいは運命なのかもしれない』

「まだ僕を利用しようとしているのか、コイツはっ!」

「勝手よね、ホント……」


 ジョーが更なる怒りをあらわにする。

 サクラも、それには静かに頷くことしかできなかった。


『この映像を見てくれているのならば、装置は正しく動いたのだろう。だが僕は、お前にだけは話さなくてはならない』


 愚かな父の遺した負の遺産――その重みを想像してサクラは身構える。


『我らが地球の末路と、お前が今いるこの『アークガイア』の生まれた訳を――』


 場は静まり返る。

 物音の一つさえも、今の彼らにとっては大きな雑音ノイズとなり得るだろう。

 生み出される緊張感が、これから語られる内容の重大さを示している。


『お前の死後から間もなくのことだ。テロリストに刺激され、とある国が動き出した。それに反応するかのように世界中の国が軍を動かすと、数年後には世界規模の大戦となっていた。……表向きは、原因がよくわからないまま、煽られるがままに始まったことになっている。だがその実態は、月からのみ採掘できる新資源『クレセンティウム』の独占を、誰もが求めた結果だったのだ』

「クレセンティウム……!?」


 驚きの声を上げるジョー。

 サクラにも、その名前は聞き覚えがあった。


『クレセンティウムはある意味魔法の金属だった。硬度が高く、しなやかで折れにくい。それでいて軽量で、経年劣化を起こさないのだから、需要はうなぎ上りだ。ホワイト重工も採掘事業に参入していたが、多くは採れなかった――』


 ジョシュアは咳ばらいをし、仕切りなおす。


『……話が逸れた。とにかく、当時の人類は争いに飢えていたのだ。僕はビジネスチャンスだと思った』

「娘が死んだってのに、性懲りもなく……!」


 学習しない自らの父に、サクラは思わず憤りの声を上げる。

 当然ジョシュアに反応は無く、何事も無いかのように視線を移すと、その先には『アーミー』が現れる。


『ホワイト重工はマシン・ワーカーに更なる汎用性を持たせた新世代重機、『マシン・ウォーリア』を売り出した。こいつの売りは二足歩行による様々な地形への適応だ。そして『戦士ウォーリア』という名前からわかるだろうが、これはマシン・ワーカーと違い始めから兵器への転用を前提に開発している。この第一号には、『兵隊アーミー』と名付けた』

「やっぱり、こいつはっ……!」

「そんなことだろうと思ったわよ!」


 名前の由来を聞かされると、ジョーとサクラの意思が一致する。

 わざわざ敵を作ろうとする馬鹿な父親に、侮蔑さえをもサクラは覚えていた。


『マシン・ウォーリアは、登場すると瞬く間に陸戦兵器の代表格へとなった。汎用性と機動性、地形への適応能力や、素人が一人で動かせる手軽さまで、従来の陸戦兵器に劣る部分は何一つなかった。それでいて安価なのだから、各国は独自のマシン・ウォーリアを開発しようとしたし、ホワイト重工にも『戦闘用』の機体を製造するプロジェクトはあった』


 段々と、ジョシュアの声に張りが生まれる。


『ふふふ……面白かったよ。僕の売り出した兵器が、世界中で暴れまわるんだ。きっと、お前を死に至らしめた者たちも、このマシン・ウォーリアによって報いを受けたことだろう……! それに、これによって得た資金で『人体再生』の研究を始めたのだ! 我ながら最高の復讐だと思ったよ!』


 自らの父親でありながらも、サクラはその感性に理解を示すことは出来なかった。

 それは今まで、男と女の差であろうと彼女は考えていたが、今は違う。ジョシュアが異常なのだと、はっきり認識できる。


 そして、その気質を深く理解しているが故に、サクラは次にジョシュアが見せた表情を信じることが出来なかった――


『……でも、喜んでいられたのも束の間だった。人体再生の研究は進んだが、さっき言った通りかなりの時間を要する事が分かった。それに――』


 ジョシュアは、悲しんでいた。娘であるサクラには、それが一目でわかる。


『人類は思っていた以上に短気だった……』


 ため息をつき、憂うような眼差しを、『他人』に向けているのをサクラは見た。

 生前では見たことのない――いや、平気で人を踏み台にする人間であることを考えれば、絶対にありえないことだった。


『西暦二一七五年、地球は滅びた。戦いは遂に核戦争へと移行し、純粋水爆の落とし合いが始まってしまったのだ。地球の自然は全て焼かれ、海面は急激に上昇した。温暖化は留まるところを知らず、地球は人間にとっての地獄となってしまった』

「うそ……」


 ジョシュアの変化に驚いていたのも束の間、地球滅亡の詳細を聞かされたサクラは、固まっていた。

 背景に映し出された地球は、かつての姿を保っていなかった。陸地の多くは海に沈み、生物らしき影は見られない。

 その光景を目にしてジョーは一言も漏らさず、トーマスとブレットに至っては他人事のような姿勢で聞き入っていた。


 絶望するサクラに構わず、ジョシュアは続ける。


『幸いにも、僕は兆候に気が付くことが出来た。地球を見限った僕は、我が社の社員とその身内を引き連れ、月へと移住した。その中にはジョー君の保護者も含まれている』

「……叔父さんと叔母さんが?」


 初めてジョーが、嬉しそうに声を上げた。

 サクラはこんな親にでも少しばかりの良心が残っていたのだと考えると、少し胸が温かくなった。


『しかし、ずっと月で暮らすわけにもいかない。そこで僕は、地球が滅びるまでの間になるべく多くの生物を月へと移した。月を惑星改造テラフォーミングするか、新たな地球型惑星を求めるかは最後まで悩んだが、結局宇宙の旅に出ることを我々は決めたのだ』


 ジョシュアが手を広げると、宇宙を漂っている、球体のような機械が姿を現した。


『そうして、この惑星型移民船『箱舟の大地(アークガイア)』は建造された。お前たちには狭い場所だと思うが、許して欲しい』


 軽く謝ると、力強く語りだすジョシュア。


『この船に乗るにあたり、全ての者は記憶の消去を受けている。戦いの歴史に塗れた人類に、未来など無いと証明されたからだ。だからどうか、彼らの闘争本能を刺激するようなことだけは避けてほしい。それを破ってしまえば、待っているのは再びの破滅だ……!』

「……もう手遅れだろ……!」


 ジョーが嘆く。

 別の視点からアークガイアの戦乱を見てきたサクラも、思いは同じだ。


『だから、お前に頼みたいことがある――』

「頼み……?」

『このアークガイアの『下層』には、きっと多くのマシン・ウォーリアが遺されている。その中にはきっと、戦闘型コンバットマシン・ウォーリア『ブレイバー』だってあるだろう。その試作一号機――暗号名コードネームプロトと呼ばれるものが有ったのならば、絶対に廃棄してほしい。そのために、お前たちのヘッドギアをブレイバー用の通信プロトコルに対応させておいた』

「プロト……灰色の事か?」


 トーマスが反応を見せるが、ジョシュアの言葉は途切れる。

 そして左手を顎に当て黙り込むと、再びジョシュアは口を開いた。


『さて……伝えるべきことは以上だが、最後にこれだけは言わせて欲しい』

「え?」


 ジョシュアは手に持っていた杖を離し、震える両の足で体を支える。

 力んでいるようにも見えるその表情に、先ほどまでの落ち着きは見られない。


 そして、溜めるように息を吸い込むと、ジョシュアは力の限り叫んだ。


『――お前の父は、お前を愛していた! サクラ・ホワイトは僕の最愛の娘だ! だから……このようなことになってしまっても、悔いはない。再び会えないのは残念だが、それでもジョー君と共に幸せな人生を送ってくれると、僕は信じている……!』


 力を使い果たしたかのようにジョシュアがへたり込み、項垂れる。

 その無様な姿は、サクラに父親の衰えを感じさせた。人の力が失われてゆく当然の摂理を、理解させていた。


「遅い……遅いのよ、馬鹿っ! もう会えないなら意味ないじゃない! 何で……どうしてもっと賢い生き方が出来なかったのよぉっ!」


 今になって父親の死を実感したサクラは、思わず叫んでいた。

 父親の所業には感づいていても、恨むことが出来ないでいた。

 『事故』さえなければ続いていたかもしれない日常を思い出し、壊された日々を想うサクラ。

 

 ――その思い出の中には、ジョシュアだっている。


『すまなかった……本当に、すまなかった。馬鹿な父を許してくれ……!』


 映像が終わるとサクラの頬に一滴の涙が伝わり、その膝は崩れていた。

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