一節 ジョーへの懺悔
天へと続く世界樹を上り、スクリーンの空を超えて、天上の世界へたどり着いた四人。ジョーとサクラを襲うフラッシュバックに従い、一行は進む。
知らない記憶に導かれてやってきた部屋が、真実を語るための施設であったことを、彼らはこれから思い知るだろう。
もう後戻りはできない。どれだけ恐ろしくとも、『知る』以外に残された道はないのだ――
………………
ジョーは散らばる資料の中から、クリップでまとめられたいくつかの封筒を手に取った。
「あったの?」
「うん、きっとこれだよ」
手に取った封筒の束をジョーは見せる。
それこそが、彼らの求めていた――いや、『求めさせられていた』物であった。
「何なんだ、それは」
「分からないです。でも、これを探さないといけないような気がしました」
「とにかく開けてみたまえよ」
クリップを外したジョーは三つある封筒のうち、一つをサクラ、二つ目をトーマスに渡した。
意味も分からないまま渡されたトーマスは戸惑い、宛名を見て更に困惑する。
「何だこれ……『この世界に生きる者たち』だと?」
封筒にはそれぞれ、『ジョー君へ』、『サクラへ』、『この世界に生きる者たちへ』と宛名が書かれている。
差出人の名前は無い。だが躊躇いもなく、ジョーとサクラは封筒を開けた。
ブレットに急かされ、トーマスも続いて開ける。
その中には手紙のようなメッセージは一切入っておらず、手で包みこめる程に小さいサイズのメモリーカードのみが封入されていた。
三人はそのカードを手のひらに乗せると、目を合わせる。
「僕のからでいいですか?」
「ええ、最初は譲ってあげるわ」
「私たちのは後でいいよ」
「そもそも使い方が分からないからな。まずはお前らに任せる」
確認を取ったジョーは、部屋の隅に設置されていた機械にカードを差し込んだ。
部屋の灯りが消え、天上に取り付けられた円盤のような形の装置が光を放つ。
激しく回転しているような音が聞こえると、室内は白い光で満たされた。
そして再び電灯が点いたかと思うと――
「何だここは!? いつの間にこんなところに!?」
そこは、別の部屋であった。
鉄の床は高級そうな絨毯になっており、無かったはずの窓からは『太陽』の光が差し込んでいる。
部屋に設置された天蓋付きの巨大なベッドは、そこが強大な財力を持つ者の寝室であることを示していた。
突然の変わりようにトーマスが驚くのも無理はない。ジョーでさえ、慌てたのだから。
「落ち着いてください。これはきっと……立体映像です」
「立体映像?」
「本物じゃないってことですよ。足元は絨毯でも、柔らくないでしょう?」
「……どういうことだ?」
トーマスが足踏みをすると、確かに鉄板の音が響く。
「動かないほうがいいわよ。元々あったものが見えなくなってるから」
「なるほど、確かにそうみたいだね」
サクラが警告を飛ばすと、ブレットは拳を握り、壁のあったはずの場所を叩いてみせた。
「おっと、どうやらお出ましのようだな」
ジョー達の目の前の空間が歪む。
人間に近い形をしたその歪みは徐々に正されてゆき、一人の老人が顕現する。
その男はジョー達にとってなじみ深い人物であった。
「――あ、貴方は!?」
「パパ!?」
そう、現れたのは――ジョシュア・ホワイト。
サクラの父であり、ジョーの命の恩人である。
しかし、その人物には決定的におかしい部分があった。
「ち、違う! ジョシュアさんはこんなに年は取ってないはずだ!」
「いえ、これは間違いなくパパよ! でも……何で!?」
狼狽えるジョーとサクラ。
目の前に立つ老人は、彼らの知るジョシュアよりも遥かに年齢を重ねていた。
肌はしわがれ、腰は曲がり、杖を突く手は震えている。
年老いた親を見ているような、そんな哀れみがジョーの心に広がっていった。
「おや、何やら話を始めるようだよ」
ジョシュアに似た人物は何回か口を開閉すると、ようやく声を発し始める。
『このビデオを見ているのは、ジョウ・キサラギ君で間違いはないかな? もしそれ以外の者が見ているのならば、即座に退室ないしは停止してほしい。彼以外には聞かれたくない話だ。三十秒だけ待つ』
それだけ話すと、ジョシュア似の老人は再び硬直した。
「出ていった方がいいかしら?」
「……いや、全員で聞こう」
退室を提案したサクラだが、唾を飲むジョーには一人で聞けるだけの覚悟がない。
名指しされている以上、失礼なことであるとはジョーもわかっている。それでも、全身を襲う悪寒には抗えない。
「いいのかい?」
「構いませんよ、別に」
「そうか、なら俺たちも聞かせてもらおう」
それだけ話し合うと、全員が老人の幻を睨んで次の句を待つ。
例えようのない緊張感が、作り出された空間を支配していた。
そして、再び幻影は口を開いた。
『ジョー君以外の者が聞いていないことを信じて話を進めよう。念のために名乗るが、僕はジョシュア・ホワイトだ。こうまで年老いてしまったのには、訳がある。順を追って話そう――』
空間が、切り替わる。
そこは、集中治療室。何故かぼやけていてはっきり見えないが、無残な遺体であろう物体が、台の上に置かれている。
医師らしき白衣の者たちは項垂れ、患者の死亡を示唆していた。
「これは……」
ジョーには、その遺体が誰なのか分かった。
傍に置かれていたヘッドギアは、彼自身の物だからだ。
『はっきりとした記憶があるか分からないが、君はトラックに轢かれて死んだ。サクラもだ』
ジョシュアは、言い淀みもなく事実を告げた。
ジョーの胸の中には、ショック以上の恐怖が満たされる。
今ここにこうして生きている自分が何者なのか――
考えるたびに、ジョーの本能は逃避を求める。
そんなジョーの心も知らないでか、ジョシュアは話を続けた。
『僕は、何もかもが嫌になったよ。残った妻と一緒にこの世を旅立とうかとも考えたぐらいだ。でも、諦められなかったんだ……』
そして、また映像が切り替わる。
先程までいたような――いや、丁度今いる飾り気のない部屋に、大型の棺桶にも見える機械が二つ、鎮座している。
棺桶の窓からは、それぞれ黒髪の男と金髪の女が眠っているのが見えた。
――そう、それはジョーとサクラだ。
『死亡だと判断されると、僕は君たちの遺体をすぐに冷凍して保管した。そして、何十年もの歳月をかけてこの装置を完成させたのだ――』
ジョシュアの笑みからは、危険な香りしかしなかった。
話の流れと、今自身がこうして生きているのを考えれば、その装置がどんな物かはジョーにだって想像に難くない。
そしてジョシュアは、その『禁忌』の名を告げた。
『この『人体再生装置』を。まだ試作品だが、これは死んでしまった細胞でも生き返らせることが出来る機械だ。損傷の激しい死人でさえも、『理論上は』復活させてしまう』
部屋にいる全員の息が荒くなっている。
人の命をも再生するという、あまりにもおこがましい所業に、誰もが戦慄していた。
「死人を生き返らせる……? 嘘だろ……!」
トーマスの声が漏れる。
当のジョーにも信じられないが、こうして生きている以上は信用せざるを得ない。
『そう、理論上だけだ……! 死者を復活させるには、何百年かかるか分からない! 君がこの映像を見てくれる保証さえないのだ!』
淡々と話していたジョシュアが、急に感情を乗せて嘆く。
見たことのないジョシュアの姿にジョーは度肝を抜かれ、おののく。
『……このビデオを撮影しているのは西暦二一八〇年だが、君がこれを見ている頃にはもう、僕は生きていないだろう。そして、再生装置を開発している間に地球は滅びてしまい、残った人間はこの『アークガイア』で宇宙の旅に出ることになった……。だからこそ今、懺悔したい』
「地球が滅んだって――!?」
『地球の滅亡』という、ジョーにとって聞き捨てならない言葉はあっさりと流され、ジョシュアは言い辛そうに告げた。
『――君の両親を殺したのは僕なんだ』
「……えっ?」
ジョーは理解が追いつかない。
当時の記憶はまだ残っているし、トンネルの崩落によって両親が死んだのははっきりと覚えている。彼自身だって、その場にいたのだから。
『あれはまだ、マシン・ワーカーの開発をしていた頃の話だ。僕は、この画期的な発明をどうやって売り出そうか悩んでいたよ。当時のホワイト重工は町工場よりはマシ程度の会社で、新製品を大々的に売り出せるほどの力は無かった』
話半分程度には、ジョーも聞いたことのある話である。
ホワイト重工は当時、大手の重機メーカーから独立したベンチャー企業であったことも。
『そこで僕は考えた、『実際に動いているところを見せてやればいい』とね』
社会的に子供なジョーには、ジョシュアの執念など想像できるはずもなかった。そう、地球に居た頃だったならば――
しかし、多くの人間の生き様と散り様を見てきたジョーには、手段を選ばない者達の言い分だってわかるし、その恐ろしさもわかる。
今にして思えばジョシュアもそういった手合いだったのだろうとジョーは考え、次なる言葉に備える。
『試作品を何とか動かせる状態まで完成させ、個人的な伝手を使って『デモンストレーション』を報道してくれるよう根回しした。そして、『事故』を起こす場所を決めたら、事前に爆弾を設置しておいたんだよ。爆破したら急行する手はずになっていたのだが……』
「ま、まさかっ……!」
そこまで言われれば、ジョーにだって想像はできた。
そう、キサラギ一家の巻き込まれた事故が、『演出』されたものであったことに――
『滅多に人の通らないトンネルだから、あの日に限って君たち一家が通るとは思っていなかった!』
「そんなの……そんなのあるかよ!」
信じていた人間に裏切られ、ジョーは悲痛に叫ぶ。
ジョーの胸中にある悲しみは、怒りへと変わって行く。
あまりにも身勝手な言い分が、ジョーの神経を逆なでする。
『その事件以来、僕は英雄になった……当初考えていたのとは違う形でマシン・ワーカーは報道され、君には命を救われたことを感謝された。民衆は僕を称え、マシン・ワーカーは想像以上の大ヒットとなった……! 僕は、多くの人間を騙して富と名誉を手に入れてしまった! 君がいなければ、今の僕は無かっただろう!』
当時のことを思い出してか、ジョシュアは嬉しそうに語る。
その饒舌な語り口調は、遂にジョーの逆鱗に触れてしまった。
「ふざけるなよ! 人を殺しておいてっ!」
「……この男、最低だな」
ジョーはジョシュアの胸倉をつかもうとするが、手がすり抜けてしまう。
黙って見ていたトーマスは、誰もが思っていながら口に出さなかったことを呟いた。
『……すまないことをしたと思っている。一度ぐらいちゃんと顔を合わせて謝りたかったのだが、それももう叶わない』
「そんな言葉で許してもらおうってのかよ! 赦されようとしているのかよっ!」
「ジョー、落ち着いて! それは立体映像よ! パパはもう――きゃっ!」
立体映像であると知りながらも、ジョーは怒りを抑えられない。
今もなお、ジョシュアを掴まんと腕を振るい続けている。
サクラはそんなジョーを止めようと必死に止めにかかるのだが、力づくで振り払われてしまっていた。
『だから僕は、君に未来を託すことにした。この惑星型移民船『アークガイア』には、記憶を消した地球人たちの末裔が乗っているはずだ。今はどれだけの世代を経てきたのかわからないが、きっと新たな文明を築き始めているだろう。そこでだ――』
空中に、見覚えのあるシルエットが浮かび上がるとジョーは動きを止めた。
そう、その人間型の機械は――
『これは、『マシン・ウォーリア』。マシン・ワーカーの発展形で、今現在最も普及している作業重機だ。二足歩行も可能で、あらゆる地形を踏破する、新世代マシンだ。これの生産工場が、この『世界』にはある。場所はこのチップの中に記録されているはずだ』
「そんなものが……!」
ジョー達が幾度となく見てきたマシン・ウォーリア『アーミー』であった。
始めからマシン・ワーカーの子孫だと知っていれば、こんなにも嫌悪することもなかったかもしれないとジョーは思索する。
しかし、それも今となっては無意味な仮定だ。彼は散々マシン・ウォーリアに酷い目に遭わされたのだし、最早ジョシュアの作り出した物など信じられなくなっていたのだから。
ただの記録であるジョシュアには、ジョーの心情の変化など知る由もない。
それを示すかのように、何事も無いかのような体で話を進めていた。
『これは贖罪だ、どうするかは君が決めてほしい。新たな文明を築いた人類に譲り渡すのか、それとも稼働しないよう封印してしまうべきか……マシン・ワーカーの申し子たる君ならば、きっと正しい決断ができると信じている』
希望に満ちた物言いで、ジョーに託すジョシュア。
ジョーは、それを冷めた目で見ていた。
『最後に……ここでどう生きるかは、君たちの好きにするといい。今君たちがいるであろう『上層』には、生活に困らないだけの設備はあるだろうし、『地上層』に出て他の人間達と暮らすのも良いだろう』
未来を想像してか、にこやかに話すジョシュア。
だが次の句は重要な事らしく、その顔が僅かに強張る。
『――だが、地上に降りるなら記憶を消してくれ。事情は話せないが、そういう決まりだ。やり方は分かるだろう?』
確かに、ジョーの『記憶』にはある。
しかしながら今、そのようなことは彼にとってどうでもいいことだ。
『さて、名残惜しいがこのビデオもここまでだ。サクラを頼むよ、ジョー君』
ジョシュアが消え、部屋の光景は映像の再生前に戻る。
我に返ったジョーは、溢れ出る憎悪を抑えることが出来なかった。




