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異界閃機ブレイバー -Another World Glint Machine BRAVER-  作者: 葵零一
八章 天を目指す者たち
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五節 アークガイアの天

 ブレットは、いつになく狼狽うろたえていた。

 必死に手振りを交えて説明しようとしているのを見れば、それはジョーにもわかる。

 ちなみにガスと剣戟を続けるトーマスは、そんな姿を見れるほどの余裕はない。


「あの扉、押しても引いても、横に開こうとしても、びくともしないんだ!」

「さっきみたいにサクラが何かしないといけないのでは!?」

「貴様らっ! サクラを利用する気か!」


 トーマスがサクラの名を出すと何故かガスが怒りだし、その剣の速度が目に見えて上昇する。

 当のサクラはどうすれば良いのかわからないようで、ただただ見守っているのみである。

 そんな状況を尻目に、ジョーはブレットの言う『開かない扉』へと歩き出した。


 それは一見すると二枚の分厚い鋼板で作られた両開きの扉だが、取っ手のようなものは無い。

 ジョーは試していないが、確かに押しても引いてもスライドしても動かなかった。

 それも当然であろうと内心ブレットを馬鹿にすると、ジョーはトーマスに檄を飛ばす。


「……トーマスさん! あと少しだけ、その人抑えておいてください!」

「どれくらいだ!?」

「わかりません! でも、そんなにかからないはずです!」

「そんなに時間をかける気などないっ!」

「ちいっ!」


 ガスの繰り出す剣は常人には捉えきれないほどのスピードとなり、トーマスを襲う。

 対するトーマスはぎりぎりのところで躱し、いなし続けているが、そう長くはもたないであろうことをジョーは感じ取る。

 気が気でないジョーは手を組み合わせ、『早く来い』と祈るのみだ。


「ちょっと、どういうことよ!?」

「これだよ」

「これ……? あ、そういうことね」


 ジョーの下に駆け寄るサクラが、疑問を呈する。

 その問いに対しジョーは、壁に埋め込まれたボタンを指した。

 縦に並んだそのボタンの片方――上側に位置するボタンは、既に発光していた。


「サクラッ! その男から離れろぉっ!」

「ひっ!」


 ガスの目が、淡い光を放つ。その眼光にサクラは怯え、ジョーにすり寄る。

 それを見たガスから放たれる殺気が通路の中を支配し、空気を冷え込ませる。

 そしてガスの剣技はより鋭さを増し、トーマスを襲った。


「くっ、こいつ……人間か!?」

「今この瞬間は『狼』だ! 本来貴様など、超常感覚センスを使うに値しないのだがなっ!」

超常感覚センスだとっ!? 獣人の力かっ!」


 トーマスはガスの人間離れした膂力りょりょくに驚愕し、超常感覚センスの力に圧倒されそうになっている。

 元々圧され気味であったトーマスだが、今は完全に防戦一方であった。

 ジョーはトーマスを信じ、声援を送る。


「トーマスさん! もう少し……もう少しです!」

「わかっている!」


 ガスの振るう剣に体勢を崩され、よろけだすトーマス。

 目に見えてガスの動きに追いつけていないが、それでもトーマスは紙一重で剣を受け流し、躱す。

 ガスは慣れてきたのか、見下したような目つきで適当に剣を繰り出し、追い打ちをかけている。その視線の先に、既にトーマスはいない。


「ピーター……見下げ果てた奴! 貴様も戦士なら、この男の背に隠れていないで私と戦え!」


 その言葉でジョーは理解した。

 ガスはトーマスとの決着を着けようとしていないのではなく、甚振ってジョーをその気にさせようとしているのだと。

 ジョーはそのやり方を快く思わなかった。故に憤りを乗せ、叫ぶ。


「あいにく僕は『戦士』とやらじゃないんですよ!」

「ブレイバーを操るほどの男が、並みの戦士の訳は無かろう!」

「だからっ! その戦士ですらないんだって!」

「何を戯けたことを――!」


 ガスとジョーが不毛な言い争いをしていると、鐘を一回鳴らしたような音が響く。

 ジョーとサクラは希望に満ちた目をしているが、それ以外の者は懐疑的な眼差しで辺りを見渡していた。


「何だこの音はっ!?」

「やっと来たのね!」


 開かずの扉が開いたことを確認すると、ブレットはその中を覗き、絶望の叫びをあげた。

 そう、その扉の先は――


「駄目だ! この先も行き止まりだ!」


 小部屋であった。

 窓など無く、家具の類すら置かれていない、異様な部屋であった。

 外に通じているのは、今しがた開いた扉のみである。こもったが最後、普通に考えれば逃げ場所は無い。


 ――だがそれも、ジョーの予想通りである。

 その部屋に入ったジョーは、入口の扉付近の壁を右手で押さえながら告げる。


「いえ、いいんです! 『乗って』ください! トーマスさんも早く!」

「あ、ああ……」


 ブレットは気の抜けた返事を発すると、サクラに押されながら渋々と中に入る。


「立てこもる気か! そうはさせん!」

「ちいっ!」


 トーマスは未だガスに翻弄されており、離れられそうな余裕は無かった。

 それでもジョーは、トーマスを呼び寄せようとする。


「トーマスさん! 早くっ!」

「駄目だ! 誰かがこいつを食い止めねば――!」

「なら――」


 ジョーが外に出ようとするが、ブレットがそれを遮って前に出る。

 そして懐をまさぐり始めると、トーマスに向かって言った。


「いや、それには及ばない。私を信じて、こっちに向かって走りたまえ。ジョ……ピーター君に考えがあるようだ」

「……信じますよ、賢者殿!」


 トーマスは剣を打ち合う中で少しずつ小部屋の方へと下がる。

 そして機を見計らい、剣を投げつけた。ガスはそれをあっさりと躱すが、その隙にトーマスは背を向けて駆け出す。


「ちいっ! 逃がすかぁっ!」


 ガスがトーマスの後を追う。

 人間離れしたガスの脚力によって差は一瞬で縮まり、剣をトーマスに突き入れる。

 しかし、トーマスは仕掛けるタイミングを読んでいたのか、身をかがめて避けた。対象を失った剣が、宙を突く。


 そして丁度そのタイミングで、ブレットは取り出した黒鉄色の物体をガスに向けていた。

 ジョーは見覚えのあるその『武器』を目にして、驚愕する。


「そ、それってまさか――!」


 乾いた破裂音が木霊した。

 ブレットの持っていた物体の口からは火が吹き、常人には目に捉えられないほどの高速で鉛の塊が飛ぶ。

 そうして放たれた弾はガスの腿を貫き、立つ力を失わせ、跪かせる。


「ぐおおぉぉっ!」


 ガスが痛みに悶絶する。

 溢れ出る血が、その威力を物語っていた。

 ジョーは確信に至り、その武器の名を叫ぶ。


拳銃ピストル!?」

「しかもリボルバーじゃない!」


 そう、ブレットが使ったのはジョー達にとっても馴染みのある武器――

 その比較的原始的なタイプである。

 剣や弓を遥かに上回るこの世界に似つかわしくない武器を見て、ジョーとサクラは驚きを隠せない。


「そんなことはいい! それで、どうするつもりなんだい!?」

「おっと、こうするんですよ!」


 トーマスが部屋の中に滑り込んだのを認めると、ジョーは部屋の内側にあるボタンを押した。


「ま、待てっ――!」

「ガス、ごめんなさい!」


 扉が再び締まり、這いずりながらも追いつこうとするガスを拒む。

 しまっても尚、ガスの怨嗟の声が入り込んできていた。

 しかし、持ち上げられるような感触が一行を襲うと、次第にその声も聞こえなくなった。



――――――



 その『小部屋』は既に動き出していた。

 懐かしい感触と共に、ジョーは安堵を噛みしめる。


「……何だこの感覚は?」


 今起きている事態を推測することすらできないトーマスが、疑問の声を上げている。


「これは……なるほど、これが『エレベーター』というやつだね」

「そうです。どうやら、この樹の中はエレベーターホールだったみたいです」

「エレ……なんだって?」


 この部屋はエレベーターという一種の昇降装置であることにブレットは気が付いたようだ。

 ジョー達は、未だ理解の追いつかぬトーマスを置き去りにして話をする。


「なら、もしかしてこれ軌道エレベーターとかなのかしら?」

「かもしれないね」

「宇宙に続いてるの?」

「今、僕の中ではそれが最有力説だよ。天上界なんて言うぐらいだからね」


 ジョーとサクラが夢に満ちた会話をしていると、壁に外の景色が射し込む。


「へえ。この樹の上の方は、マジックミラーみたいに中からだけ外が見えるようになってるんだ……」


 夜であるがゆえに、外の光景ははっきりと見えない。

 しかし、地上の光が遠ざかるのを見れば、自分たちが上昇しているのが解る。


「おお、凄いな。これがアークガイアか。夜なのがもったいない」


 トーマスが感嘆の声を上げる。

 ジョーもその言葉には同感であった。


「……綺麗。あんなことがなければ、ガスにも見せておげたかったわ」

「そうだね。神様にでもなった気分だ」


 覗ける光景は暗く、見えるのは疎らに灯る火の光のみだ。

 それでも蛍の光のようには美しいし、人々の営みは感じられる。


「このエレベーターひとつとっても、古代文明の力というのは凄いね。天上界が楽しみだよ」

「ええ。雲をこんなに間近で見たのは、きっと俺たちが初めてでしょう」


 トーマスとブレットも、天に浮き上がる感覚をその身に感じたことで、心の震えを隠せていないようである。

 そして、一行を乗せたエレベーターは暗い雲を突き抜ける。


「このエレベーター速いわね、パパの会社のやつなんか目じゃない速さよ」

「本当だね。これならあと少しかな、ははは……は……は?」


 ジョーが空を見上げると、その冗談めかした笑い声が止まる。

 現実を受け止められないジョーは、空を指さして固まっていた。


「どうしたの!? ……えっ?」


 異常を察知したサクラが、ジョーの視線の先にある物を見て同じような反応を取る。


「空なんかじゃない! これ――」


 そう、その空は地球の物とは違ったのだ。

 異世界だからと言われてしまえば、その通りだろう。

 しかし、今回ばかりは受け入れられなかったようだ。


 ――なぜならばその空は、淡い光を放っていたからである。

 広大な空の上にある星々がではない。『一面の空』が、輝いていた。


「スクリーンじゃないか!」


 地上ではわからなかったが、間近で見れば誰にでもわかる。

 その星空が、『天井』に映し出された映像であることに。

 このアークガイアは、文字通り『閉ざされた世界』なのである。


 その事実に驚くジョーだが、心を落ち着ける間もなく次の問題が発生する。

 サクラがいきなり頭を抱え、苦しそうに唸りだした。


「ジョー……アタシ、頭が痛い。頭が……変になる!」

「こんな時に何を言って……うっ!」


 ジョーはサクラの言葉の意味を理解することが出来なかったが、すぐに身をもって味わうこととなる。

 頭に急激な異変を感じたジョーはうずくまった。


 脳裏に大量の『覚えのない』記憶が浮かび上がり、思考能力を鈍らせる。

 まるで強制されているかのように、意思が無理矢理捻じ曲げられる。

 ジョーは自身の脳を脅かす謎の暗示の前に、とてつもない不快感と恐れで震えるしかできなかった。


「お、おい……どうした!?」


 心配そうに声をかけるトーマス。

 しかし既に、ジョーは『自らに課せられた使命』に目覚めていた。


「お、思い出した……!」

「何をだ!?」


 エレベーターが『空』を超え、目的地に到達する。固く閉ざされていた扉がゆっくりと開く。

 外には、乗る前と同じ無機質な金属の床と壁――しかしながら、大きく構造の違うホールへと出ていた。

 体を起こすと、トーマスたちを誘導するべく動き出すジョー。


「こっちです……!」


 ジョーとサクラはエレベーターを降り、歩き出す。トーマスとブレットも顔を合わせると、その後を付いて行った。

 道中にいくつもあった扉や分岐路を一瞬の迷いも見せずに進んでいくジョー達。

 そして、一行は目的地と思われる部屋へと辿り着く。


「何だ、この部屋は……!」


 その部屋の中には、大量の紙と円盤、それに使い道のよくわからない電子部品が、散らばっていた。

 そして、『記憶』を頼りにジョーは漁りだし、『目当ての物』を見つけ出す。


 ――ついに運命が、彼らの前に姿を現した。

 散乱する資料の中には、ジョーとサクラに宛てた封筒があったのだ。


八章 天を目指す者たち ‐了‐

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