二節 親と子
ジョーとサクラは運悪く、ガス・アルバーンと出くわしてしまっていた。
一通りの会話を交わし、穏便に立ち去ろうと画策していたジョー達であったが、ガスは動き出した。
ガスの手が剣の柄に重なったことをジョーが視認すると、ブレイブ・センスが彼に命の危機を知らせる。
抜かれた剣の軌道がゆっくりと――しかし、能力発動中にしては速すぎるスピードで、自身に迫るのをジョーは知覚できる。
そして、振り下ろされる剣の速度に怯み、ジョーは退いてしまう。
体勢を崩してしまったが、それでもジョーは剣を睨み――自身を害する前に、両の掌で挟み込んだ。
「え……?」
何かに驚いているようなサクラの声が、はっきりと、ゆっくりと聞こえるが、そんなものに構っている暇などジョーには無い。
そうしてブレイブ・センスの効果が切れると、ジョーは怒りに歪むガスの顔を見上げた。
「その声、聞き覚えがある! 貴様、ブレイバーだろう!」
「違いますよ! 名乗ったでしょう!」
「黙れ! そうでなければ、この私の剣を受け止められるかっ!」
尻もちをつき、力の限り、顔の寸前にある剣を押さえるジョ―。
下ろした剣に力を込め、押し込むガス。
そのどちらもが、必死の形相であった。
「何するの、やめて! お願いだから!」
「何かあればそう言うように脅されているのだろう! 安心するがいい、今、私が開放する!」
「違うわよぉっ!」
サクラの言うことにも、ガスは耳を傾けようとしない。
その様子を見たジョーは、微かに抱いていた説得への望みを捨てる。
ジョーは意図的にブレイブ・センスを発動させると、強化された脚力でガスの股間を蹴る。
「ぐうっ――!」
ガスが局部の痛みに悶絶する。
その痛みを知るジョーは同情しながらも、この隙に自身を狙う剣の向きを逸らして、膠着状態から抜け出した。
「また、光った……?」
またサクラが何かをつぶやいているが、ジョーとしてはそんなことに耳を貸している場合ではない。
ジョーはサクラの手を握り――
「逃げよう!」
「えっ!?」
走った。
「ちょ、ちょっと!」
「いいからっ!」
ジョーは有無を言わさず、サクラの腕を引っ張り、街の中を逃げる。
ガスもそれを見逃すわけは無く、息を荒げながら追ってくる。
「待て、逃がさんぞブレイバー!」
ジョー達が距離を離せていたのも束の間、ガスは人間とは思えぬ速度で、確実に間を詰めて行く。
ありとあらゆる障害物を利用して攪乱するも、ジョー達は距離を離すことが出来ない。
そして、彼らが鬼ごっこを始めてから数分もしないうちに、ガスはジョー達を追い詰めていた。
「ここまでだな、トーマスとやら……! 貴様との決着はMWで付けるものだと思っていたが……よもやそうも言ってられん!」
「アンタ、人の名前を覚えてないのか!?」
「覚えているだろう! トーマス!」
剣を構え、にじり寄るガス。
その眼は怒りと憎しみに染まっており、その瞳は紅く輝いていた。
ジョーは名乗ったはずの名前を憶えられていないことに、軽いショックを受けた。
だがそれ以上に、ガスの変化に驚愕する。
「目が……光ってる!?」
瞳自体が、淡い光を放っていた。
それは、ガスの握る剣にぼんやりと移りこんでいることからもわかる。
「これが<超常感覚>だ……! 私と貴様の持つ、『力』だ!」
「僕も!? 何を言って――!」
「とぼけるなよ、貴様の目もさっき光っていただろう!」
「――え?」
ジョーには、覚えがなかった。
『超常感覚』という言葉にはどこか聞き覚えがあったが、自身の目が光っていたことなど、見たことは無かった。
尤も、自分の目から光が出ているのだから、気が付かないのも当然のことである。
「本当よ。さっき、光ってたわ!」
「嘘だろ!?」
「嘘だろうが本当だろうが関係ない! 貴様はここで殺す!」
「やめてってば!」
「聞けんな、アルの仇でもある! ……覚悟っ!」
ジョーが困惑する間もなく、ガスの剣が振り下ろされた。
危機に反応して、ジョーのブレイブ・センスが発動する。
この状態になって冷静に考えると、確かに視界が僅かに赤くなっていることに気が付くジョー。
そしてガスの剣を躱そうとしたその時――
剣が、割り込んできた。
横合いからジョーの目の前に刺しこまれた剣は、振り下ろされる剣を受け止める。
強靭な力と力が、剣に乗せてぶつかる。響き合う音が、その凄まじさを表現している。
「ここは吾輩に任せてもらおうか――」
「あ、貴方は――!」
割り込んできた剣の持ち主は、フルプレートの鎧を着た老人であった。
鎧の男がジョーの前に立ち、ガスに立ちはだかる。
その背中を、ジョーは知っている。
「リックさん!」
ジョーは頼もしさを、嫌というほどに感じる。
自身を陥れた人間であっても、追い詰められたこの状況では感謝せざるを得ない。
「そして、戻って伝えるのだ。『一刻も早く街を出ろ』とな」
「ふん……この私が、貴様如きに止められると思うか?」
「いいことを教えてやろう、若造。この世には貴様よりも強い者はごまんといる」
「貴様がそうだとでも?」
「――そのつもりだっ!」
リックは剣に更なる力を込め、ガスの剣を押しのける。
その瞳が赤く光り、全身の筋肉が肥大化し、鎧の止め具が千切れ、老体を覆っていた金属板のいくつかが地に落ちる。
「まさか、このおじいちゃんも!?」
サクラが、次々と現れる超人たちに驚愕する。
しかし、それを黙って見ている訳には行かない。ジョーは再びサクラの手を取る。
「行こう」
「あっ、ちょっと!」
ジョー達はこの場をリックに任せ、逃げ去った。
――――――
ガスは、歴戦の兵と思われる老人と対峙していた。
彼の目的はトーマスと名乗るブレイバーの男を倒し、サクラを取り戻すことであった。
しかし、目の前の戦士が放つ尋常じゃないではない威圧が、それを許してはくれなかった。
そしてガスは、生まれて初めて人間を相手に戦慄していた。
自分以上に強い者などいないという絶対的な自信が、崩れてしまいそうなほどに――
「……名のある武人とお見受けした。貴様の名は?」
「吾輩の名が知りたいか?」
「ああ、是非に」
人の名を問うたことなど、ガスにとって初めての経験であった。
それほどまでにガスは目の前の男に興味を持ち――
そして、打ち砕く悦びを想像し、震えていた。
「ならば教えてやろう――!」
老兵は剣に刻まれた紋章を見せつけ、叫ぶ。
「吾輩の名は、リチャード・タイラー! かの機兵戦争を勝利に導いた、誇り高き戦士であるっ!」
ガスの武者震いは最高潮にまで達していた。
想像以上――いや、考え得る限り最高の戦士が、彼の目の前に立ちはだかっているのだ。
その名乗りは自慢でしかなかったが、周知の事実。聞いて畏怖しない者はいない。
「タイラー将軍! 貴様ほどの者が、ブレイバーの手先とはな!」
「黙れ、アルバーンの小僧!」
「ほう、私の名を知っているか」
「それだけ強力な『超常感覚』を使える者など、他には思い当たらん! 貴様は危険だ、ここで討つ!」
リチャードの瞳が、より強く輝く。
それを認めたガスは、自身の超常感覚を高め、これから始まるであろう戦いに備える。
そしてリチャードが踏み込んだのを確認すると――ガスも飛び出した。
――絶え間なく響き渡る剣と剣の音、地面を這う足の音、そして人間の体が風を切る音。
超常感覚を持つ者同士の戦いは、熾烈を極めた。
端から見てもわかるほどに彼らは強かった。飛び込もうものならば、一瞬のうちに切り刻まれてしまうのではないかと、誰もが思ってしまうほどに。
しかし、その激闘からは想像できないほどに、決着は早かった。
「ぐっ……!」
ガスの頬から、血が流れる。全身に着けられた傷から、出血する。
この勝負を制したのは――
「……ふふふ……ははは……ははははははははははっ! 私の勝ちだ、タイラー!」
「ぐうっ……!」
ガスであった。
綺麗に裂かれたリチャードの右の腿からは血が溢れ、膝をついている。
鎧が外れてしまったことが仇となり、裂け目から白い骨が見えるほどの深い傷を負っていた。
対してガスは、かすり傷しか負っていない。
思わずあふれ出た嗤い声を落ち着かせると、ガスはリチャードの首に未だ血の残る剣を突きつけた
「私をここまで追い詰めたのは、ブレイバー以外では貴様だけだ。遺言があれば、聞いてやろう」
ガスは、勝利した相手を見下し愉悦に浸る。
それこそが勝者の特権であり、勝つことの意義だからだ。
もう彼の眼には、『英雄』の姿など移ってはいなかった。そこにいるのは、ただの哀れな敗者のみである。
「くうっ……! 吾輩はここまでか……ならば――!」
天を仰ぎ、リチャードは叫ぶ。
「あとは頼んだぞ……トーマス!」
『トーマス』――その名を聞いた瞬間、ガスの剣が動いた。
リチャードの首は宙を舞い、断面からは鮮血が噴き出す。
そして、切り離されたそれが鈍い音を立てて地に転がると、仰向けになったリチャードの顔を、ガスは睨んだ。
「トーマスか、気に食わんな……」
リチャードは、何かに縋っているようにも見える表情であった。
少なくとも、ガスの目にはそう映り、彼を苛立たせた。
いつの間にか集まっていたギャラリーから、ガスはその中に紛れ込んでいる部下を呼びつける。
「おい、これを丁重に葬ってやれ。墓に刻む名は……『リック』でいい」
「この男をご存じで?」
「知らんな。それよりも、街にあるアーミーを一体使わせてもらう。そして私はしばらくこの街を離れる」
ガスは一方的に用件を述べ、踵を返す。
「……は? ま、待ってください、隊長! 隊長のいない間、私達はどうすれば!?」
「知らん。貴様に任せる」
指示を出しても尚、喚き散らす部下たちに構わず、ガスは去った。
「それにしても……何をしているのだ、『ジョー』とやらは……! サクラが危険な目に遭っているのだぞ……」
そう嘆くガスの声は、当のジョーには届かない。
――――――
賑わう広場の中でトーマスを見つけると、ジョーは慌てて事情をトーマスに説明した。
考えるトーマスの顔つきは苦々しく、それを見たジョーを苛立たせた。
「……ジョー、リックは何と言っていた?」
「え? 『一刻も早く街を出ろ』と――」
「そうか、なら出立の準備を始めよう」
それだけ告げると、トーマスは広場で商売をしている部下たちに指示を出す。
その指示の中に、リックに関する言及はない。
「ちょっと、トーマスさん! どういうつもりですか!?」
「何がだ?」
「何がだ、じゃありませんよ! リックさん助けなくていいんですか!?」
「そうよ、ガスは強いのよ! このままじゃ、あのおじいちゃん死んじゃうわよ!」
ジョーとサクラが抗議する。
しかしトーマスは揺れ動く様子もなく、淡々と準備を進めている。
その姿を見たジョーは、一つの結論へと至った。
トーマスは、敵愾心からリックを見殺しにするつもりなのではないかと――
「危険なら逃げるだろ、お前たちを逃がせればそれで十分なんだからな。特に『助けろ』とも言われていない」
「そ、そんな……!」
「あの爺さんだって、命を無駄にはしないはずだ。放っておいても大丈夫だろ」
「そ、そうですか……」
トーマスの言葉に、自らの考えが間違いであったと気づくジョー。
見捨てているのではなく、信頼の証なのだと考えると、野暮なことを言ってしまったのではないかとジョーは反省した。
「それよりも、俺たちは先にこの街を出るぞ」
「何でよ?」
「お前たちは顔が割れているんだろう? ここにいると不味い」
ジョー達三人は、馬車の一台に乗り込むと、トーマスを御者として発車する。
街を出たころには、空は夕暮れの朱に染まっていた。
馬車が一台、草原の中に整備された道を走っている。
カラスらしき鳥の鳴き声と、馬車の揺れる音だけが蔓延する――
そして街がはっきりと見えなくなるほどに遠ざかると、トーマスが沈黙を破った。
「なあジョー……俺、お前にリックとの関係って、話したことあったか……?」
「アデラさんから聞きましたよ、親子だったって」
トーマスが唐突に始めた話題に、ジョーは答える。
「そうだ。俺は昔、皇族の馬車を一人で襲撃してな……俺は毎日腹を空かせていて、いつも苦しくて、死にそうだってのに、奴らだけいい暮らしをしていると思うとどうしても許せなかった……」
いつになく弱気な声で語り始めるトーマスだが、ジョー達は黙って話を聞く。
「その時俺を赦し、命を救ってくれたのが皇女殿下だった。その時俺に目をつけて、養子として引き取ったのがリックだった」
トーマスの声が、震え始める。
「あの爺さんからは、いろんなことを教わったよ。読み書き計算、戦い方、マシン・ウォーリアの操縦の仕方……でもそれは、奴が俺を『戦士』として育てるための訓練だった……それは俺もわかっていたし、お互い利用し合っているだけなのは今も変わらない」
ここに来て初めて、ジョーは悟った――
「――なのに、何でだろうな……」
血のつながりなど無くとも、彼らはお互いに敬い、見守っているのだと。
二人は『親子のようなもの』なのではなく、真に『親子』なのだと。
それは、幼くして親を亡くしたジョーに、肉親の情を思い出させるほどの深い絆であった。
そしてそれを考えると、背を向けているトーマスの表情も、容易に想像することが出来た。
「何で俺は涙なんか流しているんだろうな……! もう会えない訳でもないのに……どうしてなんだ……!」
ジョーは、その答えをすぐに出すことが出来なかった。
何も言えないジョーの代わりに答えたのは、サクラであった。
「『親子』だからよ……親が心配だからよ……! 何でそんなこともわからないのよ、バカッ……!」
サクラもまた、泣いていた。
生きているであろう『親』に会えないサクラの気持ちを考えると、ジョーは自分がいかに空虚な人間であるかを思い知らされた。




